11 月23日14時半過ぎ、北朝鮮が突然、韓国の延坪島(ヨンピョンド)への砲撃を開始した。発射された170発中、80発が陸地に着弾。民家も破壊し、韓国軍兵士2人、民間人2人の計4人が死亡した。負傷者は22人に達した。1953年の朝鮮戦争休戦以来、初めての地上攻撃である。住宅地域に突然砲弾を打ち込む所業は、どのような論理をもってしても正当化できない蛮行である。北朝鮮はなぜそのようなことやったのか。さまざまな分析や観測があり、推測や憶測も飛び交っている。この直言もそれに参入して推測に推測を重ねる余裕はないが、報道のなかに見られるいくつかのポイントについてだけ指摘しておこう。
ドイツの新聞“Die Welt”電子版は11月23日18時配信の記事に、「北朝鮮と軍事攻撃への0.0001ミリメートル」(Nordkorea und 0,0001 Milimeter zum Militaerschlag) という 見出しを付けた 。ほぼ同時刻の“Frankfurter Rundschau”紙や“Die Presse.com“という通信社のサイトにもこの数字が残っている (赤字・引用者) 。この数字は朝鮮人民軍最高司令部の発表を伝えるなかで使われたもので、日本では共同通信の配信記事のなかにある。そこには、 「今後も韓国側が祖国の領海を0.001ミリでも侵犯するなら、ちゅうちょなく無慈悲な打撃を加える」とある (『山梨日日新聞』11月24日付。電子版は23日20時39分 ) 。おやっ、と思った。共同通信の記事よりドイツ各紙の方が、0が1つ多いではないか。0.001ミリは1ミクロンだから、ドイツでは0.1ミクロンということになる。政治的対決の場面では、「一坪たりとも渡すまい」とか「1ミリも立ち入らせないぞ」といった強い表現が用いられることがあるが、国境線をめぐる紛争にミクロン単位の表現が使われたのは珍しい。
「嘘」「恐怖」「やせ我慢」の3点セットによって、 北朝鮮はかろうじて存続している 。この国の「正統性」は金日成神話(究極の嘘)に始まる。顔も体型も金日成に限りなく似せて、3代目の正恩は登場した。秘密警察と密告・相互監視、強制収容所の恐怖体制。そして、餓死者を出しても、やせ我慢で何とかもっている国である。インターネット時代に恐怖によって嘘を維持し続けるのは困難だし、やせ我慢にも限界がある。そうしたなか、何の実績もない27歳(?)の三男・金正恩が最高権力者の地位を継承する。この体制の無理と弱点が一番露呈する危ない瞬間である。この三男が党軍事委員会副委員長になって、親子二代の「先軍政治」を実践する上でも、俄作りの実績が求められていたのだろう。この間、やたらと金正日についてまわる三男のお披露目行脚が目立つのは偶然ではないように思われる。
その点で注目されるのは、 11月26日の『朝鮮日報』が報じた情報である 。23日の砲撃直前、金親子が黄海地域を担当する第4軍団直轄の黄海南道海岸地域を視察に訪れ、軍内部でも強硬派として知られる第4軍団長の金格植大将と会ったというものである。金格植は2007年4月に総参謀長になったが、09年2月に解任され、第4軍団長に転出させられた。総参謀長から野戦軍司令官へ。常識的には明らかな降格だが、実は延坪島を含む北方限界線(NLL)地域の緊張を高めるために特別に派遣されたとの見方もある。実際、この人物が司令官になってから、 NLL周辺での海岸砲 による砲撃訓練を実施して、韓国軍を緊張させている、と『朝鮮日報』は伝える。真偽のほどはわからないが、さもありなむという話ではある。
今回の砲撃には、122ミリ多連装ロケット砲と76.2ミリ海岸砲の2種類が使われたという(『東亜日報』電子版11月26日)。もっとも、『朝鮮日報』同によると、海岸砲よりももっぱらロケット砲が主だったようだ。しかも、熱圧力弾という高熱と高圧を発生させる強力な砲弾が選択されていた模様である。映像や写真を見て、一般の砲撃現場よりも火災の起こり方が激しいと感じていたので、なるほどと思った。このような攻撃の仕方は、北朝鮮が民間人を巻き込むことを最初から狙っていたと見ざるを得ない。
独ソ戦や旧満州に攻め込んだソ連軍が、攻撃開始準備射撃として全縦深同時打撃を狙って用いるのが多連装ロケット砲(MLRS)である。沖縄戦でも上陸開始時に米軍が使用した。このようなものを住民のいる地域に使ったのは、限定的とはいえ、総攻撃の際に用いる全縦深同時打撃の兵器の政治的メッセージ効果を狙ったようにも思われる。党中央軍事委員会副委員長に就任したばかりの「青年大将」が、権力世襲に向けて実績をあげる。そのためには手段を選ばない、軍事力を玩具のように使う危険な軍事的冒険主義である。
そうすると、ミクロン単位の極端な表現にも納得がいく。23日朝に北朝鮮から韓国に対して、黄海における軍事演習に抗議するファックスが届いていた。北朝鮮は北方限界線を認めず、延坪島よりもずっと南に自分勝手に国境線を引いている。だから、北方限界線の南で韓国軍が海上に向けて砲撃をすれば、それは「わが領海への砲撃」となる。つまり、「断固たる自衛行動」の根拠にできる(北朝鮮国内でしか通用しない論理だが)。韓国側は当日朝の段階で北の抗議の意味をきちんとつかめず、午後の突然の砲撃となったわけである。北朝鮮としては、朝のファックスによって手順を踏んで、警告を発したというわけだろう。もちろん、この砲撃を自衛権の行使と見ることは不可能である。百一歩ゆずって「領海への砲撃」への反撃だとしても、国連憲章51条は自衛権の行使に枠をはめており、いきなり住宅地域を砲撃することは、必要な限度を超えており(比例原則違反)、許されるものではない。
北朝鮮は「2次、3次の攻撃」を警告している。横須賀から米空母「ジョージ・ワシントン」が黄海に向かい、米韓合同軍事演習も始まる。これは北朝鮮側の何らかの行動を呼び起こすだろう。突然、核実験を行う、という選択肢すらあり得る。ただ、23日の規模、あるいはそれ以上の砲撃を行えば、あるいは航空機を使えば、きわめて危険な状態になることは北朝鮮も熟知しているはずだから、何らかのリアクションがあるとしても「明後日の方向」の可能性もある。彼らなりのフェイントをかけてくるだろう。それもまた危険であることに変わりはないが。
それを止めることができるのは、北朝鮮に強い影響力をもつ中国であるという見方が広がっている。しかし、 巨大な「人権小国」に期待するのには限界がある 。中国も北朝鮮も、ともに憲法で「民主集中制」という歴史的遺物を国家原理として定めている国であり、 「党中央」の意向ですべてが決まるというだけではない 。具体的な根拠は示されていないが、今回の北朝鮮の砲撃の背後には中国の存在がある、という見方にも、否定しがたいインパクトを感じる。例えば、元北京師範大学教授の孫延軍教授は、「北朝鮮が単独で軍事行動に出た可能性は低い」として、「中国と北朝鮮は現在、いずれも国内外の厳しい危機に直面している。何らかの問題を引き起こすことによって、国際社会から最大限の譲歩を引き出すための行動ではないか」と指摘する(「大紀元日本」11月25日)。さすがの中国も北朝鮮には手を焼いているのだという見方ももちろんあって一概には断定できないが、中国がピンチを乗り切る切り札を求めていたという事情と、北朝鮮の権力世襲の事情とが見事に一致したという面はあるのではないか。
では、日本はどうすべきか。日本はいま、全周囲でトラブルを抱えている。中国および台湾との間で尖閣諸島問題、韓国との竹島問題、北朝鮮との拉致問題、ロシアとの北方領土問題、米国との沖縄・基地問題。現政権はそのいずれに対しても、まともに対応できていない。というよりも、いま日本に外交はない。歴史上行われた首脳会談で、国のトップがずっとメモに目を落としたまま、相手国のトップの顔をまともに見ないという仰天の事態はかつてなかったのではないか。11月13日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて行われた、胡錦濤主席と菅直人首相との「会談」(中国では会談よりも下の「会晤」といっている)の時の光景は、日本外交史に残るスキャンダルと言える。
8年前に私が38度線を訪れたころの南北関係とは一変した 。東アジアに「新冷戦」の気配ありという指摘もあるように(李鍾元『朝日新聞』11月25日付論壇時評)、いま、この地域はかなり難しい状況に立ち至っている。韓国・北朝鮮関係は険悪な状況である。ソウル大学の張達重教授が当時述べていた、 南北関係の4つのステージ 、すなわち、「全面的対決関係」から「制限的対決」と「制限的相互依存」関係へ、そして最終的に「全面的相互依存を通じた平和的関係」へと至る4段階に即して見れば、金大中政権から始まった「太陽政策」は「制限的対決」「制限的相互依存」へと向かう傾きを示していたが、今は「全面的対決関係」、しかも朝鮮戦争前夜のような最悪の状況に戻ったかに見える。しかし、ここは踏ん張り所である。少なくとも6カ国協議の枠組みが崩壊したわけではない。北朝鮮の行動(蛮行)は、6カ国協議の再開を求める「歪んだラブコール」という面も否定できない。「制限的対決関係」における局面の悪化(しかしかなり深刻な)と捉えることができるのではないか。「全面対決」への移行というふうに過大に評価すべきではない。
国境紛争をミクロン単位で絶叫する北朝鮮を、「窮鼠猫を噛む」状況に追い込まないようにするにはどうするか。それは、米韓合同演習を鼻先でやって過度に威嚇したり、周辺事態法の適用を云々したりすることではない。それはいずこでも、軍や軍需産業が喜ぶ緊縮財政下の軍事支出増大につながるだけで、東アジアの平和には寄与しない。大事なことは、北朝鮮の行なったことを国際法と基づき毅然と非難しながら、他方で、彼らがその非難を面と向って受けられるテーブルを用意することである(6カ国協議の再開)。緊張した現状を打開するには、日本がまずそうした提案を積極的に行なっていくことだろう。