憲法改正の動向――日弁連憲法委員会での挨拶 2012年4月2日

朝鮮がまたぞろ「人工衛星」を打ち上げるという。3年前とは違い、今回は南に向けて打ち上げ、沖縄本島南西に位置する先島諸島上空を通過すると見込まれている。これは長距離弾道ミサイル発射実験であるとして、田中直紀防衛大臣は「頭の体操をして準備」した結果、3月30日、自衛隊法82条の2第3項に基づく「弾道ミサイル等に対する破壊措置命令」を発令した。この「破壊措置命令」の問題性については、3年前に緊急直言「『弾道ミサイル等に対する破壊措置』命令について」で書いたので、ここでは繰り返さない(命令を根拠づける自衛隊法改正についても、7年前の直言「攻撃は最大の防禦?」で論じた)。しかし、3年前と違うのは、この問題の報道が通り一遍で、メディアの劣化が一段と進んだことだろう。かつて「関東防空大演習を嗤(わら)ふ」とやって軍部の怒りをかった信濃毎日新聞主筆・桐生悠々のような気骨ある論調はどこに行ったのか。それにしても、北朝鮮という国は、日米の「軍部」と軍需産業のために、まるで防衛予算の理由を提供してあげるかのように、桜の花が咲くころになると一騒ぎ起こす。何とも「不思議」なことである。というわけで、「弾道ミサイル」問題について詳しくは、上記3本の直言を参照されたい。

 1月31日、弁護士会館で開かれた日本弁護士連合会憲法委員会設立10周年記念行事に招待された。品川正治氏(経済同友会終身幹事、国際開発センター会長)の基調講演のあと、「リレートーク」として7分間挨拶をした。お題は「日弁連憲法委員会に期待するもの」である。以下、そこにおける挨拶文として起草した原稿をアップする。私は原稿を読むことはしないので、当然時間が足らず、終わりの部分は懇親会の挨拶のなかで述べた。その両者を合わせて、下記に添付することにしたい。なお、直言に転載するにあたり、原稿に若干加筆した。




日弁連憲法委員会10周年記念行事でのスピーチ

2012年1月31日/弁護士会館(霞が関)

ご紹介いただきました水島です。日弁連憲法委員会創設10周年、おめでとうございます。思えば、憲法委員会が創設された2002年、時の首相は小泉純一郎氏でした。それから7人目が野田首相です。一見地味に見えますが、これは憲法にとって「アンラッキー7」になるかもしれません。改憲に踏み込んだ小泉、安倍内閣のときに仕掛けられた3つのものが、実は野田内閣のいま、解凍されつつあるからです。 第1に、憲法審査会です。7年前の2005年4月、衆参両院の憲法調査会が報告書を提出しました。憲法調査会は国会法改正で衆参両院に設置されたものですが、憲法審査会は、2007年5月の憲法改正手続法(国民投票法)制定と同時に、衆参両院に設置されました。「憲法改正原案、憲法改正の発議」について審議する、憲法調査会よりも踏み込んだ性格のものです。憲法改正手続法は2009年5月に施行されましたが、憲法審査会はこれまで閉店休業状態になっていました。

東日本大震災の復興どころか、仮設住宅の暖房対策もままならないなか、震災後8カ月というタイミングで、11月17日、衆院の憲法審査会の審議が始まりました。メンバーの一人、民主党の鈴木寛議員はそこでこんなことを語っています。「未成熟だった憲法制定権力を育て上げ、憲法改正権力の行使を実現することが政治家の務めだ」と。これには驚きました。憲法の「制定」と「改正」の区別がついていないこと、そもそも権力担当者たる政治家を拘束し制限するのが憲法の任務なのに、こういう勘違い言説は「法の下克上」につながりかねません。

一方、参院の憲法審査会も12月7日に会議を開き、各委員が5 分ずつ自由に発言しました。たまたまYahooの「リアルタイム検索」に「憲法96条」と打ち込んだところ、自民党の宇都隆史議員のつぶやきをキャッチしました。「憲法96条を改正し、国民の手に憲法を取り戻そう」(12月9日)。そもそも憲法とは何かについてよくわかっていない議員たちが改正原案を審議し、発議までやる。実に危うい。詳しくは、私のホームページの「直言」バックナンバー2011年12月5日をご覧ください

 第2の仕掛けは、「憲法96条改正議員連盟」です。改正発議の要件を3分の2から過半数にする。改憲のハードルを下げることだけに特化した、おそらく史上最も志の低い議員連盟と言えるでしょう。そもそも「憲法改正規定の改正」というのは、憲法理論上、一つの論点です。学説のなかには、憲法改正規定の改正は「憲法改正の限界」を超えるとするものがあります。憲法改正権はその根拠である憲法改正規定を改正することはできないというわけです。また、改正規定の中身について、国民投票をなくすことは国民主権原理に関わるからできないとする点で学説は共通していますが、3分の2を過半数にする改正ならできるとする議論も存在します。しかし、改正を容易にするために、3分の2から過半数にすることを、現行憲法によって3分の2の重しがかけられている議員自らが主張するというのは矛盾です。権力制限規範により拘束されている権力担当者が自らへの規制を緩和するためにハードルを下げるということは、「権力にやさしい憲法」への変質を狙ったものと言わざるを得ません

ちなみに、手続のハードルを下げる点での志の低さは、2005年自民党新憲法草案にも見られます。同草案は、現行憲法56条1項が、総議員の3分の1が出席しなければ、「議事を開き議決することができない」としているのを、「議決することができない」に変更しようとしています。採決時に3分の1いればよいわけで、議事を開く時点の要件にはしない。これにより、会議中、定足数の心配なしに、国会内でコーヒーを飲んだり、国会内の美容室に行ったりしやすくなるということでしょうか。何とも志の低い手続緩和です

第3の仕掛けは「首相公選論」です小泉内閣の時に、首相公選に関する懇談会ができました。途中から小泉さんが関心をなくしてしまったため、懇談会は消滅しましたが、いま、別の筋からこれが復活しています。大阪市の橋下徹市長の議論です。彼は昨年5月3日、憲法施行記念の式典で、「憲法記念日を機として、しっかりと議論した上で国会議員から内閣総理大臣を選ぶ権限を国民のもとに取り戻す運動が、今のわが国に最も必要な政治運動だ」と述べました(『産経新聞』2011年5月10日付)。これも危なっかしい議論です。

このように、国会における3つの変化が野田内閣のもとで進行しています。震災からの復興どころか、復旧すらほど遠いという現地の声(2012年3月11日NHK総合、陸前高田市長の言葉)があるなか、自民党は、2012年2月28日、憲法改正原案を公表しました。特に「9条3」は混乱の極みです。「国は、主権と独立を守るため、領土、領海及び領空を保全し、資源を確保し、環境を保全しなければならない」。見られるように、「主権と独立を守る」という目的のため、「資源を確保」するとはどういうことか。主権と独立を守るために、環境戦争でもするのでしょうか。もっと奇妙なのは、「主権と独立を守る」国家任務のなかに、環境の保全が入っていることは何とも奇妙です。

こうした状況のもと、日弁連憲法委員会には、緻密な議論をしながら、適宜、適切に問題を提起していっていただきたいと思います。その際、憲法委員会の皆さんに申し上げたいことは、いつも弁護士会の講演の冒頭で私が必ず触れる弁護士法1条と8条の関係について一言申し上げます。1条は皆さんには言うまでもなく、弁護士の使命が基本的人権の擁護と社会正義の実現にあるというものです。8条は、弁護士は弁護士名簿に登録しないと業務ができないということです。つまり、弁護士が活動するには、弁護士会に入らないといけない。弁護士会は強制加入団体なわけです。そういう性格の団体が、なぜ憲法問題を扱うのか。憲法や改憲だというと、政治的な活動だとかいう人が世間にも、弁護士会内部にもいます。でも、これは間違いです。思想や信条の違いを超えて、強制加入団体たる弁護士会が憲法問題を扱うのは、まさに弁護士法1条の基本的人権の擁護と関わっているからです。憲法改正が基本的人権を縮減するおそれがあれば、まさに弁護士法1条の出番です。そのような改憲について議論を起こすことは、弁護士法からも導き出されます。皆さんは、弁護士法1条と8条の絡みで、当然のことをやっているのだということで、もっと胸をはって活動していただくことを期待したいと思います。

私はこの間、日弁連の企画に度々協力してきました。北は札幌弁護士会から南は九州弁護士連合会まで、全国52弁護士会のうちの16弁護士会で講演してきました。全国各地の弁護士会憲法委員会の発展を祈念して、私の話を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。

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