2010年7月10日、ハワイ沖で行われた「環太平洋合同演習」(リムパック)において、海上自衛隊のイージス艦「あたご」などが、強襲揚陸艦「ニューオーリンズ」(全長180メートル、19000トン)を標的に主砲による砲撃を加え、これを撃沈していた。時事通信が5月27日に配信し、『東京新聞』『静岡新聞』『西日本新聞』などの5月28日付が報道して明らかとなった。『西日本新聞』は一面と総合面でこれを伝え、私のコメント(31行)も掲載している。「個別的自衛権の範囲超える」という見出しは、整理部記者がつけたものだろう。
「リムパック2010」における「撃沈」問題については、時事通信が長期にわたり地道な取材を続けてきた。このほど記事を配信した『東京新聞』などを通じて、この問題がようやく一般にも知られるようになった。
そこで、2年前の「リムパック2010」について、時事通信の報道を軸にその経緯を明らかにしておこう。まず、当時の海上幕僚監部広報の発表文は次の通りである。
1.期間 平成22年6月23日(水)~8月1日(日) 2.場所 ハワイ周辺海域 3.派遣部隊(指揮官) (1)護衛艦部隊(第1護衛隊群司令 海将補山下万喜) 護衛艦「あたご」及び「あけぼの」 (2)航空部隊(第51飛行隊長 二等海佐降旗琢丸) P-3C哨戒機3機 (3)潜水艦部隊(「もちしお」艦長 二等海佐植田康照) 潜水艦「もちしお」 4.参加国等 (1)参加予定国 オーストラリア、カナダ、チリ、コロンビア、フランス、イン ドネシア、日本、韓国、マレーシア、オランダ、ペルー、シンガポール、タイ、米国 (2)参加予定兵力 艦艇34隻、潜水艦5隻、航空機100機以上、人員約20000人 5.訓練内容 海上自衛隊は、対潜戦、対水上戦、対空戦等各種戦術訓練を実施するほか、ミサイル発射訓練等を実施します。 6.その他 RIMPACは、1971年からほぼ隔年実施され、今回で22回目となります。また、海上自衛隊は1980年から16回目の参加となります。 |
広報の発表文には、艦艇を撃沈する訓練のことは一切出てこない。「対水上戦」に含められていたということだろうか。また、当時、メディア向けに、「海賊対処訓練」ということも強調されていた。だが、海賊は19000トンの巨大揚陸艦など持っていないから、これを撃沈する訓練のどこが「海賊対処」だったのだろうか。
問題となったのは、7月10日早朝より約9時間にわたり、“Sinking Exercise”という名称で、カウアイ島北西112キロの海域で行われた訓練である。参加国は、米、カナダ、オーストラリア、フランスと日本の艦艇計8隻。海上自衛隊のイージスシステム搭載ミサイル護衛艦「あたご」(DDG-177)と、護衛艦「あけぼの」(DD-108)が参加した。
米海軍の退役・強襲揚陸艦「ニューオーリンズ」(LPH11)に向けて、まず、米、カナダ、オーストラリアの艦艇が対艦ミサイル「ハープーン」を発射した。続いて、オーストラリアと米軍の哨戒機P3-Cが上空から「ハープーン」を発射。「ニューオーリンズ」は海上と上空から計7発を被弾した。さらに、米空軍のB52爆撃機がレーザー誘導爆弾GBU12(500ポンド)を投下した。傷だらけで海上を浮遊する「ニューオーリンズ」。そこに、8隻の艦艇が順次、主砲を使った砲撃を行い、同日午後6時11分、ついに「ニューオーリンズ」は撃沈された。冒頭の『東京新聞』の写真は時事通信が配信したものだが、19000トンの巨大な揚陸艦が船底を見せながら沈んでいくさまは鬼気せまる。
訓練は米軍によってコーディネートされ、5部構成になっていた。前半は対艦ミサイル攻撃とB52爆撃機による航空爆撃が中心だったが、後半は、「あけぼの」と「あたご」が、米軍3、オーストラリア1の艦艇計6隻の縦列で航行し、米イージス艦の砲撃に続いて、まず「あけぼの」が76ミリ速射砲を、次いで「あたご」が5インチ単装速射砲を「ニューオーリンズ」に向けて発射した。米海軍によると、シナリオは「あけぼの」と「あたご」と米とオーストラリアの艦艇が「約2000ヤード(約1800メートル)の間隔で縦列を組み、撃沈まで東から西に向けて射撃」となっていた。米海軍の記録では、日米の砲撃の時間帯が重なった場面もあったという。海自の砲撃は「第5部の仕上げの局面」とされている。対艦ミサイルや誘導爆弾、さらに各国の主砲の砲撃でダメージを受けた揚陸艦に対して、自衛隊はまさに「とどめをさす」役割を果たしたわけである。
参考までに、護衛艦「しらね」(DDH-143)の5インチ単装速射砲の射撃シーンが上記の写真である(海上自衛隊「しらね」見学者用パンフレットより)。研究室には、某国艦艇の5インチ砲弾がある。全長70センチ。ずっしり重い。「あたご」はこのようなタイプの砲弾で「ニューオーリンズ」を撃沈したわけである。
海上自衛隊はリムパックに1980年から参加しているが、回を重ねるごとに実戦的性格の強い訓練になっている。この写真は米海軍が「リムパック2002」に参加した関係者に限定配付したものである。「亜米利加海軍」の下に海自の「十六条旭日旗」がある。米海軍に組み込まれた「リムパック」を象徴するかのような帽子である。地上砲撃訓練(艦砲射撃)も行われたことがあるし、2010年も米空母「ロナルド・レーガン」(CVN-76)を軸にした空母機動部隊に海自艦艇も加わり、これを護衛する訓練が行われ、ついには艦艇を撃沈する訓練まで行うに至ったわけである。
この「撃沈」訓練について、海上自衛隊の公式見解は下記の通りである。
(1)参加国ごとに時間を区切り、射撃順序を決めて訓練を実施しており、参加国が連携・
共同して実施したものではない。 (2)当該演習は、他国の海軍と連携・共同して実施した海賊対処訓練のような多国間訓練 とは異なり、参加国ごとに実施する射撃訓練である。なお、実施に当たっては、参加国ご とに時間を区切り、射撃順序を決めて訓練を実施している。射撃訓練の実施に当たっては、 参加国艦艇の安全を確保するため、射撃開始まで安全な位置を航行し、順序に従い各艦ご とに射撃を実施した。 (3)自衛隊は、所掌事務の遂行に必要な範囲内のものであれば、外国との間において訓練 を行うことは可能である。このため、自衛隊は、戦術技量の向上を図るとともに、相互理 解と信頼関係を増進するため、平成12年以降、各種の多国間訓練に参加してきている。な お、RIMPACは、参加艦艇の戦術技量の向上等を目的とした訓練であり、集団的自衛権の行 使を前提として特定の国又は地域を防衛することを目的とした訓練ではない。 |
順番を決めて射撃するということ自体、「連携と共同」の作業そのものではないか。防衛省設置法4条9号の「所掌事務の遂行に必要な教育訓練」に含まれるから問題ないというのも疑問である。また、実戦ではなく訓練であるので問題ないという見解もあるかもしれないが、撃沈までする訓練が「武力による威嚇」(憲法9条1項)を暗に意図しているとすれば、その点でも問題であろう。これらの諸論点について、2010年9月、時事通信の求めに応じて執筆したコメントは次の通りである。
水島朝穂
海上自衛隊が「リムパック」に参加してから30年になる。この間、演習の想定や内容をめぐって国会でも議論になってきた。政府は一貫して、「集団的自衛権の行使にはあたらない」「防衛庁設置法の『所掌事務の遂行に必要な調査及び研究』の範囲内にある」という説明を繰り返してきた。
例えば、リムパック82の際、海自艦艇はハワイ・カホオラベ島に対地射撃訓練(艦砲射撃)を実施している。強襲上陸作戦の支援ではないかという野党の質問趣意書に対して、政府は、上記の法的説明に立って、「わが国を防衛するための戦術技量向上」と説明している(101国会答弁書第22号、1984年5月18日)。
では、今回のヘリ搭載強襲揚陸艦の「撃沈訓練」(SINKEX=sinking exercise)もその範囲内のものと言えるだろうか。赤星海幕長は、今回は「海賊対処訓練と捜索救難活動訓練のみに参加する」と述べていた(2010年6月29日)。揚陸艦を「海賊の母船」に見立てたと言いたいのだろうが、「海賊対処法」8条に基づく武器使用は、正当防衛や停船のための船体射撃に限られ、撃沈まで含まない。海賊船の撃沈訓練は、防衛省設置法4条9号の「所掌事務の遂行に必要な教育訓練」に違反する疑いがある。
また、各国が割り当て時間内に、それぞれ別個に射撃するもので、「単なる戦術技量の向上を図るためのもの」と説明されている。だが、強襲揚陸艦が単なる標的であり、撃沈を目的とした訓練ではないというのはいかにも苦しい。軍事演習には基本的な作戦想定があり、それに基づき参加部隊が連携して行動するところに意味がある。「撃沈訓練」(SINKEX)という訓練自体の性質から、個別的自衛権の範囲にとどまるという説明には無理がある。そもそも強襲揚陸艦を有する国は、米英仏露中など十数カ国にとどまる。リムパック参加国を除けば、SINKEXの「仮想対象」はロシアと中国以外には考えられない。この訓練は、「集団的自衛権の行使」を前提としたものと言わざるを得ない。
政府は、30年間にわたるリムパック参加について、その訓練想定から内容まで公開すべきだろう。
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上記のコメントは、掲載されるまでにかなり時間が経過し、5月28日に掲載されたときには半分程度に圧縮されていたので、この機会に全文を「直言」で公表することにしたい。時事通信配信の記事に対して、政府の対応は早かった。当日午前の記者会見で藤村修官房長官は、退役艦艇を標的に撃沈訓練をした事実を認めた上で、「共通の敵対目標の想定や、共同での射撃訓練をした事実はない」として、集団的自衛権の行使を禁ずる憲法との関係で問題はないとの考えを示した。「参加国が戦術技量向上のため、時間をそれぞれに区切って順次、個別に行ったと聞いている」と述べて、共同の訓練にはあたらないとした(『朝日新聞』5月28日付夕刊)。
巨大な標的船を「よってたかって」沈めることに参加しながら、「集団では参加しておらず、個別の参加である」といっても、そういう論理は成り立たない。「あけぼの」の76ミリ速射砲よりも、次いで砲撃した「あたご」の5インチ単装速射砲の方が破壊力ははるかに強い。米海軍のシナリオの「第5部の仕上げの局面」(時事通信)で、「あたご」は仕上げ(とどめ)を行って、「ニューオーリンズ」を海底に沈めたわけである。ちなみに、1941年12月の真珠湾攻撃の際、日本海軍の爆弾1発を近くに受けて多くの乗組員が負傷した重巡洋艦の名前が「ニューオーリンズ」だった。
ところで、強襲揚陸艦の方の「ニューオーリンズ」を撃沈したイージス艦「あたご」は曰く付きの艦である。旧日本海軍の重巡洋艦「愛宕」が背後霊のようにいるこのポスターは日本人が作ったものではない。米国のロッキード・マーチン社製である。下の方にロゴが見える。これまでも自衛艦の名称は意味深長である。例えば、広い甲板をもつ護衛艦「ひゅうが」(16DDH)のように、かつての航空戦艦「日向」を念頭において命名されたと推察されるものもある。
その「あたご」であるが、4年前の2008年2月、千葉県野島崎沖で、新勝浦市漁協所属のマグロ延縄漁船「清徳丸」に衝突して、これを1840メートルの海底に沈没させた。7トンの漁船に、7750トンの「あたご」がぶつかったのだから、ひとたまりもない(直言「イージス艦、漁船轟沈」参照)。乗組員親子の遺体は未だに発見されていない。この「あたご事件」のことは、もう忘れられてしまったのだろうか。あの時「あたご」はハワイ沖で米海軍とミサイル発射訓練の後、横須賀基地に向かう途中だった。「現場海域にそんなに多くの漁船がいるとは思わなかった」(当時の「あたご」艦長の言葉)。こういう感覚で、小さな漁船がたくさん操業する東京湾に巨艦を乗り入れてきたのである。その「あたご」が「ニューオーリンズ」という名前の艦を撃沈する「仕上げ」(とどめ)の役割を果たしたことは、いろいろな意味で記憶されていい。
リムパックにおける撃沈訓練にせよ、2011年2月9日に米カリフォルニア州で行われた陸自西部方面普通科連隊と海兵隊との着上陸作戦にせよ、米軍と一体となった実戦的性格の強い訓練が目につくようになった。「夜陰に乗じて密かに上陸する自衛隊員」。「離島防衛」のためというが、着上陸作戦の訓練を米海兵隊と一緒にやるということ自体、「なぐり込み部隊」としての実質を備えようとしているのではないか。「任務遂行射撃」を可能にさせるなど、武器使用のハードルを一層引き下げる動きも進んでこよう。「新防衛計画大綱」のいう「動的防衛力」の具体化である。
東日本大震災における自衛隊の活動に対する国民の支持と、撃沈訓練まで行うようになった「軍隊化する自衛隊」との間には距離があるように思われる。