5月3日の憲法記念日に、明治大学アカデミーホールで開かれた全国憲法研究会主催「憲法記念講演会」(チラシ)には、1000人を超える方々が参加してくださった。お礼申しあげたい。私は冒頭の代表挨拶を行った(写真)。講演は、香山リカ(精神科医・立教大学教授)の 「憲法を『精神分析』する――精神科医から見た意義と解釈」と石川健治(東京大学教授) 「エンジン・ステアリング・コントロール――クルマではなく憲法のはなし」。異色の組み合わせでどうなるかは未知数の面もあったが、これが見事に響きあい、絶妙なコラボレーションが生まれたことは、主催者として望外の喜びだった。ここで講演内容を再現するよりも、当日の雰囲気の一端をお伝えするために、参加した学生の感想(必ずしも講演を正確に表現しているとは限らないが)から2、3紹介することにしよう(講演内容は、全国憲編『憲法問題』25号(三省堂)に掲載される)。
「香山さんの講演は、私が今まで聞いたことのない切り口で憲法改正を進める現政権を批判していて、時間の経過を忘れてしまうほど面白い内容でした。安倍首相が憲法解釈変更の最高責任者は自分だとうっかり言ってしまったところにその人の考えの本質があらわれていること、暴力を支持する若年層の心理、「大文字の他者」の位置につこうという安倍首相の愚かな試みなど、精神科医ならではの視点からの話で、憲法を身近に安易に語ることの危険性を考える機会になりました…」。
「…石川さんの講演は、クルマと憲法学を結び付け、政府の在り方をも考えさせられる内容でした。主体(政府)のみを強くするのではなく客体(国民など)の相互協力によって問題が解決し得ること、下から上の力も必要だということを学びました…」。
「…“痛車”と“クラシックカー”を例に挙げ、他者の不存在や普遍の否定を特徴とする“痛車”ではなく、『再演される基本構造と基本理念』を持つ“クラシックカー”こそが、憲法のあり方ではないか、と仰っていました。憲法とクルマがどう繋がるのか、講演を聞くまでは全く想像がつきませんでしたが石川さんの師である樋口陽一先生から始まり、清宮四郎、美濃部達吉、そしてゲオルグ・イェリネック、エミール・イェリネックからメルセデスへという意外な繋がりには驚きました。石川さんが、安倍政権に欠けているコントローラーの重要性や、上からの力と下からの力の動的均衡、時代や目的に合ったステアリングの必要性を説いた点も新鮮でした…」。
二人の講演で浮き彫りになったのは、安倍政権が「他者」性を意識的に排除して、権力の自己抑制を喪失していること、そのことがもたらす立憲主義の深刻な危機である。日銀総裁や法制局長官、NHK会長などをすべて自分と同意見の人にすげかえ、自分と異なる意見の人を決して加えない諮問機関を憲法解釈変更の根拠に使うという異様・異常な政治手法の数々。こうした動きに対して、国民は徐々に気づき始めている。すでに4月の『朝日新聞』世論調査について、直言「集団的自衛権行使を国民は支持していない―最近の世論調査」で明らかにしたが、憲法記念日に公表されたNHK憲法世論調査(Wordファイル)も、憲法をめぐって、昨年からの国民意識の変化を反映していると言える。
この調査によると、憲法改正の必要について(私はこの設問の仕方には疑問があるが)、「必要がある」28%(-14ポイント)、「必要はない」26% (+10ポイント)という数字が出た。これは、憲法を変えることに積極的な意見が明らかに減っていることを示す。9条改正についても、「必要あり」23%(-10ポイント)、「必要ない」38% (+8ポイント)で、9条を変えることに賛成する意見がかなり下がった。今回、世論調査として初めて「立憲主義」について聞いたところ、71%が重視すべきとこたえている。この数年で立憲主義が国民のなかに、少なくとも言葉としては広まり出したことが確認できるだろう。
同じ日の『日本経済新聞』憲法世論調査でもおもしろい結果が出た。日経がこの時期に憲法世論調査を開始して以来、一貫して「改正すべき」が多い状況が続いてきたが、今回、「改正すべきだ」が昨年の調査に比べて12ポイント減って44%、「現在のままでよい」が同16ポイント増えて44%と、「拮抗するのは初めて」という状況が生まれた。だが、データをよく見れば、「現在のままでよい」が44.4%、「改正すべき」が43.7%で、僅差とはいえ、「憲法を変えない」という意見が僅差で上回ったというのが事実である。「拮抗」という表現は数字の操作の結果だろう。この調査についてコメントを求められたが、同紙の東京本社版(14版)に私のコメント(Wordファイル)が掲載されることはなかった(かろうじて地方の11版に9行のコメントが載った)。
なお、NHKの憲法世論調査について連休中、仕事場で取材に応じたが、残念ながら放映されたのはほんのさわりだった。調査結果の扱い自体も、ニュース全体のなかでは驚くほど小さかった。NHKも日経も、安倍政権にとって都合の悪い数字が出たので、これをあまり目立たせたくないという上層部の意向が微妙に反映したのではないかと勘繰りたくもなるような小さな扱いだった。とはいえ、NHKが初めて立憲主義について世論調査で扱い、そのことを放映したことは評価できる。
連休明けから新聞紙面には安保法制懇の報告内容の先触れ記事が続くようになった。『読売』8日付が「集団的自衛権歯止め6要件」と、報告書のポイントをいち早く伝えた。次いで『産経新聞』9日付が報告書の内容「判明」と伝え、『朝日新聞』は1日遅れの10日付でこれを伝えた。『産経』よりも安倍政権寄りとなった『読売』は、報告書公表の「前祝い」のような自社世論調査の結果を12日付で、「集団的自衛権71%容認――「限定」支持は63%」の一面大見出しで伝えた。行使容認に賛成・反対の二択だと反対が多いので、「必要最小限の範囲で使えるようにすべきだ」という初めての三択を用いた調査である。この数字は、「限定的ならば…」という誘導がありありの調査であり、結果もその通りになった。
それにしても、『読売』8日付が報告書のポイントとして報じた「6番目の要件」を見て驚いた。「これまで明らかになっていた5要件」、すなわち①密接な関係にある国が攻撃を受けた場合、②放置すれば日本の安全に大きな影響が出る場合、③当該国から明確な要請があること、④第三国の領域通過に許可を得ること、⑤国会の承認を得ることに加えて、「首相が総合的に判断すること」が6番目の「要件」だというのである。記事自体が、5つか6つかで混乱しているが、見出しをつけた整理(校閲)デスクは「歯止め6要件」という見出しを大きく打って、一時ネットにもそう流れた。
「首相が総合的に判断すること」がなぜ「歯止め」になるのか。これには本当に驚いた。いま、私たちは、自分で決めたことを自分でチェックすることが「歯止め」になると本気で考える政権と向き合っている。どんな政権でも、自己以外の他者のチェックを受けることを当然のように折り込む。しかし、安倍政権にはそれがない。
昨年12月に成立した「特定秘密保護法」の欠陥中の欠陥とされているのは、特定秘密の指定・解除の妥当性などをチェックする「第三者機関」がまさに首相の「身内」で固められていることである。内閣総理大臣が第三者としてチェックするというトンデモ答弁も飛び出すなか、内閣官房の「保全監視委員会」、内閣府に置かれる「独立公文書管理監」と「情報保全監察室」、「有識者」の「情報保全諮問会議」が出来た。この会議のトップはオトモダチの読売新聞会長である。「他者」を徹底的に排除して、まさに自分で決めたことを自分でチェックする驚くほどの「自己チュー政権」である。自分のことしか考えないという自己中心型(通常の「自己チュー」)を超えて、自分自身に盲目になって他者排除に向かう自己中毒型(私のいう「新自己チュー」)の域に達しており、まさに排他的ナルシズムの極致である。
この安倍「新自己チュー政権」に対して、身内からも批判的な声があがり出した。岩波書店の雑誌『世界』6月号に、野田聖子自民党総務会長のインタビュー記事が載っている。5月号の村上誠一郎元国務大臣に続く党内からの批判である。詳しくは書店で『世界』を入手していただきたいが、私が注目したのは次の3点である。
まず、「安全保障政策の安定性」という指摘である。自民党政権も未来永劫続くわけではないから、解釈変更で憲法を変えた場合、違う政党の政権になったときに好き勝手にされたらどうするか。疑問や異論を投げかけていく必要がある、と。他者への眼差しによる抑制がきちんと踏まえられている。
2点目は、出産で一時仕事を離れている間に「自民党の風景」が変わったことへの驚きを表明しつつ、「集団的自衛権を行使できる、武力行使ができるとなれば自衛隊は軍になる、軍隊は殺すことも殺されることもある。…人を殺す、人が殺されるかもしれないというリアリズムを語るべき」という指摘である。党内からは「女の平和ボケ」という悪口が出ているというが、とんでもないことである。
そして3点目。これは非常に重要な点であるが、総務会の全員一致制を改めて強調し、「閣議決定は党内手続きなしにはできません」と断言したことである。自民党という政党は、総務会(党の重鎮が入る)において全員一致で決めたことが政府の政策や法律案となっていく。一人でも総務が反対すれば、政府の方針とならない。一種の元老院である。これが戦後の日本政治において、強力な野党が存在しないなか、政権の暴走を抑制する効果を屈折した形で発揮してきたことはつとに指摘される通りである。この仕組みを壊したのは、郵政解散に突き進んだ小泉首相(当時)である。野田総務会長という自民党三役、しかも総務会を仕切る総務会長からこのような発言が出たことはきわめて注目される。
いま、集団的自衛権行使に向けて今週中にも公表される安保法制懇報告書をめぐって、これを死文化させるのか、それとも実行に移させるのか。連立与党の公明党の抵抗と並んで、党内からも異論が表面化してきた。これに世論の動きが絡んで、今週以降、憲法をめぐる問題は正念場を迎える。
なお、憲法記念日の『山梨日日新聞』にもインタビュー記事が掲載された(三面PDFファイルはこちら)。