「徴兵制違憲」解釈の変更は「あり得ない」か            2014年8月25日

召集令状・その1

「一般に」という言葉を連続して3回も使うのは尋常ではない。7 月 15 日、集団的自衛権行使の問題をめぐる参議院予算委員会の閉会中審査でのこと。民主党の福山哲郎議員が、集団的自衛権の行使をすれば、それは従来の政府解釈で許されないはずの「海外派兵」になるのではないかと質した。これに対して安倍首相は、「一般にですね、一般に、一般にですね、海外派兵はできない」(参議院審議中継〔7月15日〕)と、「一般に」という言葉を3回も使って答弁した(議事録には「一般に」と一言でまとめられているが)。これは「丁寧に説明した」というよりも、「可能な海外派兵」があることを言外に語ってしまったのではないか。事実、安倍首相はその答弁のなかで機雷掃海を例にあげ、これは国際法的には武力行使として扱われるが、日本がこれを行うことができるという趣旨の答弁をしている。ということは、従来の政府解釈の「海外派兵」の定義である、「武力行使の目的をもつて武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣すること」に該当する場合――ホルムズ海峡の機雷掃海はまさにそうした事例――も憲法上容認できると考えているのではないか。集団的自衛権行使の違憲解釈や、武器輸出三原則と、わずかな期間にこれまでの安全保障政策の重要な原則を覆してきた安倍首相は、「海外派兵禁止原則」もこうやってすり抜けて、いよいよ徴兵制違憲解釈にも手をつけようというのか。

5月17日、福島を訪問した安倍晋三首相は、漫画「美味しんぼ」をめぐる問題に関連して、「根拠のない 風評に対しては国として全力を挙げて対応する必要がある」と発言した(『朝日新聞』2014年5月18日付総合面)。安倍首相は、同じ言い回しをいろいろな場面や文脈で使い回すことが多い)。いま、「風評被害」と言えば、もっぱら原発事故によるマイナスの影響をあらわす。その言葉を、首相は、8 月9日の長崎平和祈念式典後の記者会見で使った。まったく違う文脈で。首相は、「海外派兵は一般には許されない」(ここでは「一般に」は一度だけ! だがやはり使っている)としながらも、続けて、「徴兵制は根拠のない風評」と言い切った(YouTube)。果たして、徴兵制は「風評」にすぎないのか。

集団的自衛権行使を認めた「閣議決定」と徴兵制との関係の問題には、二つの問題が含まれている。一つは、集団的自衛権行使を容認すると将来的に兵力(自衛隊員)が不足することが予想されるので徴兵制度の導入が将来的な課題にならざるを得ないのではないかという問題(後述のように、この見解を私はとらないが)。もう一つは、従来から憲法改正をしなければあり得ないとされてきた集団的自衛権行使について、「閣議決定」による憲法解釈の変更という先例を作ってしまったため、従来から憲法改正をしなければあり得ないとされてきた徴兵制導入についても、安倍首相のように思い込みの強い権力者がやろうと思えば「閣議決定」により徴兵制を合憲とする解釈変更をする途ができてしまったという問題である。

以下では、法律論である後者について論ずるが、安倍首相は、後者について尋ねても意図的に前者の問題として答えるというはぐらかしを行うので、このような答弁を絶対に許してはならない。マスコミや議員などの質問者は、後者の観点から徹底的に追及すべきである。後者は論理の問題であるので、議員はきちんと質問を組み立てれば(演説をしないで)、安倍首相を追い詰めることは可能である。

集団的自衛権の行使は、憲法改正をしなければできないというのが従来の政府の憲法解釈であった。公明党の市川雄一議員の質問に対し、内閣法制局長官は、「仮に、全く仮に、集団的自衛権の行使を憲法上認めたいという考え方があり、それを明確にしたいということであれば、憲法改正という手段を当然とらざるを得ないと思います。したがって、そういう手段をとらない限りできないということになると思います」(1983年2月22日衆院予算委 角田内閣法制局長官)と答弁し、安倍晋太郎外務大臣も谷川和穗防衛庁長官も「法制局長官の述べたとおりでございます」と答弁していたのである。このように、解釈変更による集団的自衛権行使の容認は、あり得ないことであったのであるが、安倍首相は、閣議決定により憲法解釈を「変更」し、集団的自衛権の行使を可能としてしまった。

召集令状・その1

重大なことは、安倍首相は、従来から憲法改正をしなければあり得ないとされてきた事柄について、「閣議決定」による憲法解釈の変更という先例を作ってしまったため、他の憲法解釈についても、時の権力者の気分によって変更される可能性が否定できなくなってしまったことである。

憲法改正をしなければ導入はあり得ないとされてきた事柄の一つが徴兵制である。徴兵制について、政府は、「徴兵制度は、我が憲法の秩序の下では、社会の構成員が社会生活を営むについて、公共の福祉に照らし当然に負担すべきものとして社会的に認められるようなものでないのに、兵役といわれる役務の提供を義務として課されるという点にその本質があり、平時であると有事であるとを問わず、憲法第十三条、第十八条などの規定の趣旨からみて、許容されるものではないと考える」(1980年8月15日衆議院議員稲葉誠一君提出徴兵制問題に関する質問に対する答弁書)という立場をとる。憲法18条は、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」と規定している。政府は、「政府が徴兵制度を違憲とする論拠の一つとして憲法第十八条を引用しているのは、徴兵制度によつて一定の役務に従事することが本人の意思に反して強制されるものであることに着目して、・・・「その意に反する苦役」に当たると考えているからである」(1981年3月10日衆議院議員森清君提出憲法第十八条に関する質問に対する答弁書)としてきた。

そして、内閣法制局は、集団的自衛権の行使と同様、徴兵制についても、憲法改正をしなければ導入はできないという立場を維持してきたのである。例えば、下記がそれである。


衆院内閣委 1983年3月3日

○味村内閣法制局第一部長 お答え申し上げます。
   徴兵制の問題はもうすでにたびたび国会で御論議になりまして答弁申し上げているとおりでございまして、徴兵制は現行憲法の解釈といたしましてとることができないというように考えている次第でございます。
   それから海外派兵の問題でございますが、海外派兵と申しますと、一般に海外において武力を行使する目的で実力の部隊を派遣するというようなことでございます。そのような海外派兵は一般的には個別的自衛権の範囲を超えるものでございまして許されない、このような解釈が、これも憲法の解釈といたしましてすでにたびたび政府が答弁しているところでございまして、現在そのとおりに考えております。

○鈴切委員 そうなりますと、徴兵制度並びに海外派兵というのは憲法を改正しない限りはできない、こういうふうにとってよろしゅうございますね

○味村政府委員 この問題につきましては、憲法の厳正な解釈を行いまして政府が従来から答弁を積み重ねてきたところでございまして、政府といたしましては、この解釈を変更するということは考えられないというように考えております。

○鈴切委員 だから、解釈を積み重ねてきたわけでありますけれども、しょせんはいまの憲法解釈の中から、結局憲法を改正しなければできないかという問題についてはお答えいただいてないわけですね。その点どうでしょうか。

○味村政府委員 これは市川議員に対する法制局長官の答弁の際にも、政府としては憲法改正ということは全く考えていないということを申し上げている次第でございます。ただそれを、あえての御質問でございましたので、あのように集団的自衛権について申し上げたわけでございますが、徴兵制等につきまして、ただいま御質問の問題につきましても同様なことになろうかと存じます。

このように、徴兵制の導入には、集団的自衛権の行使と同様、憲法改正が必要とされてきたのであり、「憲法解釈による変更は許されず、認めたければ憲法改正によるしかない」という問題状況は、集団的自衛権の行使と全く同じである。

安倍首相は、集団的自衛権行使を認めた「閣議決定」後の 2014年7月15日の参院予算委員会で「徴兵制を導入することは憲法上あり得ないということであります」と答弁した。しかし、歴代政府は集団的自衛権を行使することも憲法上あり得ないと解釈してきた。例えば、1988年1月27日の衆院本会議における竹下登首相答弁はこうだ。「我が国として、憲法上禁じられております集団的自衛権を行使するということはあり得ないというふうに考えております」。解釈変更による集団的自衛権の行使が憲法上「あり得ない」ことだったのに、これを解釈変更でやってのけた者が、徴兵制の導入は「憲法上あり得ない」といったところで、どうして解釈変更をしないという保証になるのか。

こうして、「7・1閣議決定」により、閣議決定による集団的自衛権行使の容認という狼藉が行われた以上、いつの日か(近い将来?)、徴兵制を合憲とする解釈変更が閣議決定で行われる可能性は否定できなくなってしまったのである。

実は、徴兵制を合憲と主張する政治家が出現するかもしれないという懸念は、決して夢物語ではない。石破茂自民党幹事長は、2002 年 5 月 23 日の衆院憲法調査会で次のように発言していた。

○石破小委員 ・・・日本の国において、徴兵制は憲法違反だと言ってはばからない人がいますが、そんな議論は世界じゅうどこにもないのだろうと私は思っています。徴兵制をとるとらないは別として、徴兵制は憲法違反、なぜですかと聞くと、意に反した奴隷的苦役だからだと。国を守ることが意に反した奴隷的な苦役だというような国は、私は、国家の名に値をしないのだろうと思っています。少なくとも、日本以外のどの国に行っても、社会体制がどんなに違ったとしても、そのようなことは、あなた、本当に何を考えているんですか、そういう反応になるのだろうと思っています。徴兵制が憲法違反であるということには、私は、意に反した奴隷的な苦役だとは思いませんので、そのような議論にはどうしても賛成しかねるというふうに思っておりますが、御見解を承れれば幸いです。

次期首相とも噂される人物の衝撃的な発言である。もし、将来、石破氏が首相になったとき、徴兵制を憲法違反とする政府解釈が変更されないという保証がどこにあるだろうか。

思えば 36 年前、当時の制服トップの栗栖弘臣統合幕僚会議議長(第 10 代)は、『週刊ポスト』1978年7月20日/8月4日合併号のインタビュー記事のなかで、「いざ戦闘となれば自衛隊は独断する」「徴兵制は有効だ」「イザとなれば超法規で戦闘突入する」という、有名な「超法規的発言」を行った。当時の金丸信防衛庁長官は、制服組トップの栗栖氏を直ちに解任した。後にこのことを問われた金丸氏は、「私の原点は出征する私を両親の目の前で殴った憲兵の横暴である。シビリアン・コントロールがいかに大事かということは、習わずとも身にしみている」と回想している(坂本龍彦『風成の人』岩波書店168頁)。金権政治家のイメージが強いが、この時は立派だった。

また、1981年1月、竹田五郎統幕議長(第12代)・空将は、月刊誌上で、徴兵制は憲法違反という政府統一見解を公然と批判した。政府見解は「徴兵制は憲法 18 条にいう『意に反する苦役』ならば、自衛隊は苦役なのか」と語った。野党は国会で竹田議長の罷免要求を提出し、大村襄治防衛庁長官(当時)は、注意処分にした。竹田空将は直ちに辞任した。

軍事的合理性の観点から見れば、確かに現代日本で徴兵制を導入するリアリティはない。「戦前の徴兵制復活に反対!」といった主張も古い。現代の軍隊は、コンパクトで機動性と柔軟性にすぐれたハイテク軍隊であり、それは少数精鋭の志願兵制がベースになる。志願兵制でも、大学入学資格や奨学金などと連動させて、貧困層が志願せざるを得ないような、実質的な「経済的徴兵制」のように機能する場合もある(米国を見よ)。また、軍事における民営化(民間軍事会社/PMC)〔PDFファイル〕の傾向も無視できない(最近のシリア邦人拘束事件で、PMCという言葉が出てきた)。

そういう事情を踏まえれば、一般兵役義務制の本格導入は当面の焦点にならないとはいえ、今後、「戦略予備」という観点から、若者の間に「防衛に親しむ」という切り口で、人員徴募の形態を導入することはあり得る。即応予備自衛官制度をさらに一般にも拡大し、学生や会社員なども参加させる形態(予備自衛官補)や、企業が新入社員研修を自衛隊で行うこと、あるいは、教育現場での「奉仕義務」導入なども、こうした動きと連動してくるだろう。過小評価や楽観は禁物である。「有事」における医療・建設・運輸などの専門家に絞って従事義務を負わせるという手法をとりながら、「有事」における「市民参加」の形態も追求されるだろう。実際、今年の 5 月 15 日、参議院予算委員会で安倍首相は次のように答弁している。

そこで、国を守るということについて、言わば意に反する苦役でありますが、国を守るということについては、例えば現行の国民保護法制等についても言わば武力攻撃事態には様々な協力をお願いをすることになっているわけでありまして、そういう意味においては、言わば自由や民主主義、これは何が担保しているかといえば日本国という存在によってそれを担保しているわけでございまして、それそのものが危機に瀕したときには、言わば自由や民主主義や法の秩序を守るためにも様々な協力をしていただく、しかしそれは兵役ではないということでございます。

「兵役」と呼ばなくても、市民に何らかの防衛負担を課すには法的根拠が必要となる。その際、「徴兵制違憲」の政府解釈が邪魔になるようなときは、解釈「変更」もあり得るということである。いざとなれば、政府の憲法解釈など、「見解の相違ですね」の一言で片づけることのできる人物が「最高責任者」であることを忘れてはならない。


《付記》冒頭の写真は、旧第7師団の4つの連隊区の司令部印付臨時召集令状である。歩兵第25連隊(札幌)、26連隊(釧路)、27連隊(函館)、28連隊(旭川)。なお、1940年の軍制改革で3個連隊制になったため、札幌の歩兵第25連隊は樺太に移駐した。中程の写真は臨時召集令状で、所管は山口連隊区司令部になっている。これは安倍首相の選挙区と重なる。

トップページへ。