先週の月曜日(10月27日)、世界遺産の平泉を訪れた。岩手弁護士会の講演は夕方からだったので、早めに現地入りして、厳美渓、中尊寺、毛越寺などを見てまわった。毛越寺の池の周りの紅葉はすばらしかった(写真)。紅葉がアーチになっているところから見ると(写真)、同じ紅葉でも色彩がさまざまなのに驚かされる。中尊寺から毛越寺まで歩く道すがら、民家の軒下にこのポスターを見つけ、思わずシャッターを切った。「日本を、取り戻す」の字が隠れてしまい、雨風にさらされ変色している。この顔と出会って、重厚な中尊寺や美しい紅葉で満たされた気分になっていた私の頭は、講演に向けて一気にリセットされた。
岩手弁護士会の講演は2回目である。前回は「東日本大震災と憲法」(チラシPDF)がテーマ。衆議院が解散された数日後、安倍自民が圧勝する総選挙の直前だった(直言「3.11と総選挙――岩手県沿岸部再訪」参照)。講演の翌日、陸前高田、釜石、大槌の被災地をまわり、政治の貧困がもたらす復興の現実を取材した。今回は、「集団的自衛権行使の何が問題か――「7.1閣議決定」後の日本」と題して、あの「7・1閣議決定」から4カ月になるこの国の現実について、さまざまな角度から分析した(『毎日新聞』10月28日付岩手県版の記事と写真参照)。
このところ、9月の内閣改造で入閣させた大臣たちの不祥事が続いている。安倍流「お友だち人事」の脇の甘さのなせるわざである。冬を前にした東北の被災地(氷点下になる)の復興住宅の整備など、被災者の「住」の確保は最重要課題のはずなのだが、内閣改造にあたり安倍首相は復興について何も触れなかった。だから、改造内閣発足翌日の『河北新報』(2014年9月4日付)の見出しはきわめて厳しかった。3面は「被災地 見放された」という横見出し。2面は「3県出身大臣ゼロ 復興素っ気なし」「お友だち返り咲き 安倍カラー前面」の縦見出しだった。
被災地の復興が進まないのに、安倍首相は世界各国を頻繁に訪問。経済援助などを大盤振る舞いしている。その数は49カ国と歴代最多を記録した。訪問国の選択は実に恣意的で、政治的である。国連の非常任理事国に選ばれたいがための人気とりのような訪問もあった。その一方で、中国と韓国との首脳会談が行われない期間も、これまた歴代最長になろうとしている。中韓両国との首脳会談をひたすら逃げながら、さして優先順位が高くない国々を頻繁に訪問し、援助をばらまいていく。自分をほめてくれる「お友だち」のような国々しか訪問しない。これでは外交になっていない。
そうしたなか、先週末、「お友だち」の黒田東彦日銀総裁がやってくれた。市場に流し込むお金を増やす追加の金融緩和を唐突に行ったのである。国債買い入れ30兆円増(年80兆円に)、物価指数に連動する上場投資信託(ETF)は年3兆円、上場不動産投資信託(J-REIT)は年900億円にそれぞれ3倍増するなど、「アベノミクス」の「3つの矢」の「3」を妙に意識した内容になっている。
この追加緩和は、2013年4月、過去最大規模の「異次元の金融緩和」を決めて以来のことになる。株価が一気にあがり、円安も急速に進んだ。まさに「サプライズ」なのだが、何ともタイミングが怪しい。閣僚の不祥事が続き、拉致問題で北朝鮮に足元をすくわれる失態を演じた安倍首相への非難が高まりつつあるときだけに、「お友だち」の助け船ではないかと疑いたくなるような強引さである。
実際、これを決めた日銀政策委員会では意見が対立した。新聞各紙のなかでは『毎日新聞』11月1日付が1面トップで、「追加緩和 異例の僅差」「賛成5反対4」という大見出しを打ち、追加緩和をめぐる日銀政策委員の賛否をそれぞれの肩書とともに1面にもってきた。総裁、副総裁2人、それに2人の大学教授が賛成。三井住友ファイナンス・リース社長、モルガン・スタンレー証券と野村証券のチーフエコノミスト、東京電力取締役の4人が反対した。民間から選ばれた4人全員が反対した追加緩和であることを記憶しておきたい。大学教授の委員が1人でも反対にまわれば否決という僅差だった。
黒田総裁は「異次元緩和」でうまくいっているという認識を示してきたから、なぜここで「追加」なのかという疑問が政策委員の間にあったようだ。追加緩和で金利が低下すれば、円安が進む。輸入商品や材料の価格があがり、消費を冷え込ませる危険がある。経済や物価にカンフル剤のつもりだろうが、こういう手法は劇薬となって健康(経済)を害するおそれがある。
各紙11月1日付社説のなかでは、「脱デフレへの強い決意」(『読売』)と、『日経』と『産経』が積極的評価である。「誤報」問題で元気のない『朝日』は、「目標に無理はないか」なんて腰のひけた、中途半端な社説を出している。これに対して、『毎日』は「泥沼化のリスク高まる」、『東京』は「危ない賭けではないか」と、批判的トーンが鮮明である。ブロック紙、地方紙は批判的立場が圧倒的に多い。「副作用」を懸念するもの(『北海道』『中国』『高知』など)、暮らしへの影響を危惧するもの(『西日本』『河北』など)と、地方へのしわ寄せに一様に敏感である。「劇薬の危うさを忘れるな」(『神戸』)や、「極めて危うい」(『大分合同』)など、踏み込んだ批判をするのも地方紙である。
そもそも、このような重要な決定が、5対4の僅差というのは問題だろう。民間の全員が反対というのは、黒田総裁の強引な運営をうかがわせる。「危ない賭け」(『東京』)という点では、株の大幅高は「悪い物価上昇」などの弊害を生じやすい。株価が上がって喜ぶのは富裕層だけで、圧倒的多数の国民の財布のひもは固くなるし、中小企業は存続の危機に直面している。「家計や中小企業を犠牲にしてでも、日銀が掲げた『2年で2%の物価上昇』を実現することに大義はあるのだろうか。まさか消費税を8%から10%に上げるための環境づくりではあるまい」という『東京』社説の危惧が現実のものとなる可能性は否定できない。
安倍政権がこの国を危うくする「異次元の政策」の2つ目は、年金の運用問題である。130兆円の公的年金の積立金を運用する「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)という組織がある。GPIFは世界有数の機関投資家である。公的年金の積立金を運用するGPIFが進める運用見直しについて、田村憲久厚生労働相(当時)は2014年6月6日、作業の前倒しを要請した。GPIFは2014年内の見直しを目指していたから、その見直しが早められることになった(『朝日』6月6日付夕刊)。
報道によれば、田村厚生労働相のこの動きの背後で、実は、安倍首相が同大臣に対し、GPIFの運用資産の構成の見直しを前倒しするよう指示していたというのである。この「指示を受けた」という事実を、田村大臣は6日午前の閣議後の記者会見で明らかにした。安倍首相はその3日前の6月3日に、田村大臣に指示を出していた。株式市場がこの年金の運用の変化に注目している。私たちの重要な年金を外資が狙っている。従来は国債などの利回りはよくないが、安定したところに向かっていたが、今後はハイリスク・ハイリターンの金融商品に投資され、「ハイリスク」の影響をもろにこうむるおそれなしとしない。
首相がそうした投機的な政策をとるように厚生労働大臣に「指示」できるか。憲法72条は「内閣総理大臣は、…行政各部を指揮監督する」となっており、内閣法6条は「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する」と定める。総理大臣が自らの判断で、各相大臣の所掌事務に細かく指示を出すことができるわけではない。だが、運用資産の構成にまで、事実上、首相が口を出してきたわけである。
実際、2013年末の資産構成は、国内債券55.22%、国内株式17.22%、外国債権10.6%、外国株式15.18%、短期資産1.77%になっているが、安倍首相は、この比率を見直し、国債の比率を下げて、国内株式の比率を引き上げて、株式市場に年金資金を投入しようとしている。すごい規模の資金が市場に流れるから、株価を上げる効果がある。これは「露骨な株価対策」という批判が出てくるのは当然だろう。
9月の内閣改造で厚生労働大臣になったのは塩崎恭久氏である。株でもうける政治家として有名な人物であるだけあって、早速、GPIFの「改革」に乗り出し、10月31日、運用基準の見直しを発表した。国内株式と外国株式の割合をそれぞれ25%と倍増させ、外国債権も15%に増やした。一方、6割を占めていた国債などの国内債券は35%と大幅に下げた。国内株式の比率を1%幅引き上げると、市場に1兆円強が流れ込むというから影響は絶大である(『朝日』2014年10月31日付)。私たちの大切な年金資金130兆円が、安倍政権の株価政策や政治の道具にされ、「異次元の運用」の対象にされようとしている。
「年金資金は国民のもの。GPIFが運用するのは、その資金を確実に増やすのが目的であって、経済成長や株価操作のためではない。政治が下心をもって扱うのはもってのほかだ」「資産配分は運用戦略の要であり、議論には相当の時間をかける。簡単に変更の前倒しなどできないし、運用のプロでもない政府が指示できるものでもない」。これは2014年春までGPIFの運用委員会委員だった小幡績氏(慶応大学准教授)の言葉である(『毎日』2014年6月30日夕刊)。小幡氏は別のところで、「債権と株式を半々にするというが、国内株式を中心にリスクを極端に上げ過ぎている。国民が高リスクを望んだのか。国民的議論がないままでは、経済成長を目指す首相官邸が目先の短期的な株価上昇を狙ったと取られかねず、信頼感が深まらない」と批判している(『毎日』11月1日付2面)。年金の当事者を無視した、政府の勝手な政治的運用は許されない。
安倍政権の「異次元の政策」の3つ目は武器輸出のさらなる展開である。武器輸出3原則によって「武器でもうけること」を抑制されてきた日本が、箍(たが)が外れたように「武器商人国家」の道を進んでいく。これについてはすでに書いた。
4つ目は、教育分野における安倍色のさらなる徹底である。これは道徳教育を押し付けられる小中学校から、細部まで管理が強められる大学まで他分野、多岐にわたる。人事や補助金や翼賛的な運営から、個々の授業への抑圧的な空気の醸成に至るまで、実に巧妙な方法を駆使しており、安倍首相とその政権の「大学解体」(反知性主義)への執念を感じる。
そして、5つ目の「異次元の政策」が、「カジノ賭博解禁法案」である。2013年12月に議員立法で国会に提出された。いま、日本は「ギャンブル依存症国家」といわれるほどに、ギャンブル依存症の疑いのある人は成人の5%、536万にのぼるという。米国の1.6%、オーストラリアの1%に比べても高い数字である。ここにカジノが参入すれば、ギャンブル依存の傾向はさらに進むと見込まれている(『東京新聞』2014年11月1日「こちら特報部」)。
「7.1閣議決定」で武力行使へのハードルを一気に下げるとともに、武器輸出も可能にし、年金資金の投機的・政治的利用、カジノの解禁など、日本がこれまで抑制的だったものに対して箍が外れたような状況が生まれている。戦後70年を前にして、この国は「再び世界の中心で活躍する国」(枢軸国)に向かって「全速後退」をするのだろうか。
おごる安倍政権が繰り出す「異次元の政策」はすべて、納税者、この国で暮らしていく人間にとって、放ってはおけない問題である。