「成長戦略」としての武器輸出?――日独の新段階            2014年12月29日

制服姿のメルケル首相

年最後の「直言」である。総選挙の直後、『東京新聞』12月17日付一面トップを見て驚いた。「武器輸出に資金援助」「国が企業向け促進策検討」「相手国の訓練・整備支援も」という見出し。この政権が打ち出す施策の数々を形容する言葉として、最近はやりの「jaw dropper」(あごが外れるほど驚きの代物)がぴったりだった。至れり尽くせり。ここまでやるか、の世界である。

3年前の直言で、「世界第3位の武器輸出国であるドイツ。日本もその真似をして武器市場に参入しようと狙っている。TPPのあとには、武器輸出3原則の緩和→撤廃の動きが出てくるだろう」と書いた。今年4月に直言「禁じ手」破り――武器輸出三原則も撤廃」を出して、安倍政権が武器輸出三原則を撤廃し、「防衛装備移転三原則」の閣議決定を行ったことを批判した。47年間維持してきた武器の禁輸を解いただけでも大問題なのに、総選挙後に表に出てきたのは、武器輸出を奨励するだけでなく、企業の武器輸出を、政府が資金援助までして促進しようというものである。しかも、輸出した武器を相手国が使いこなせるように、訓練や修繕・管理を支援する仕組みまで整えるという(2016年度予算で要求)。

インドなどに原発の「トップセールス」をやってその軽薄さを世界中に露出した安倍晋三首相が、今度は武器商人の元締めとして登場しようとしている。さすがに、輸出する武器や輸出先の管理を徹底するというが、しかし、いったん売られたものに鎖はつけられない。いろいろなところに転売・転用・譲渡されて、やがては武力紛争の当事者たちの手に渡る可能性は否定できない。パキスタンで140人以上の子どもたちがタリバン運動に無残に殺されたが、将来、そういう殺戮に「made in Japan」の武器が使われないという保証はない。武器輸出を促進するのが「アベノミクス」の「第3の矢」(成長戦略)であり、「積極的平和主義」だというのなら、日本は何とさもしい国になったことだろうか。

ところで、海外での軍事活動や武器輸出の面で、日本はドイツを周回遅れで追っている。世界屈指の武器輸出国(11%を占める)ドイツも、A.メルケル政権のもと、武器輸出積極路線を進めている。冒頭の写真は、週刊誌『シュピーゲル』の表紙を飾った軍服姿のメルケル首相である。中東諸国にレオパルド2型戦車を輸出し、イスラエルには潜水艦を輸出しているが、これらのなかには武力紛争に関わっている国々が少なくない。国内反対派を弾圧する手段に使われるとして、人権の観点からも疑問視される国も含まれている。

連邦議会前デモ

右の写真は、ベルリンの国会議事堂前で、爆弾型の風船を空に向けて放つキャンペーン風景である。「ドイツから戦争が生ずる。武器取引を阻止せよ」と横断幕にある。そのドイツが今年9月、ドイツ製の武器を海外に「提供する」(武器輸出だけでなく、無償の軍事援助を含む)という点において、さらに先に進んだ。

「8月31日夜、ドイツは長い伝統に終止符を打った。初めて武器が戦闘地域に提供される」と、ドイツ紙は大きく報じた(Deutsche Wirtschafts Nachrichten vom 31.8.2014)。連邦政府が、イラク北部で「イスラム国」(IS)と戦うクルド人武装勢力に対して、武器と弾薬を提供することを決定したのだ。メルケル首相は9月1日の連邦議会で政府声明を発表した。その最初の言葉は、「75年前の今日、第二次世界大戦が始まった。1939年9月1日、ドイツはポーランドに侵攻した」で始まる。戦争への反省の言葉をしばらく続けたあと、戦後ドイツの歴史のなかで「前例がない」ことに踏み込む決意を示した。「世界のどんな紛争も軍事的手段だけでは解決され得ない。どんな紛争も固有の歴史をもっている。そしていつでも、我々は連邦議会で正しい道について議論している」と首相は語った。そして、「今日の状況は特別であり、イスラム国のテロは考えられないほど残虐でかつ非人間的である。テロに対して、武器と弾薬を提供するという道である」と述べた。

ドイツのアムネスティ・インターナショナルが9月2日に公表した報告書(全18頁)には、イラク北部における「イスラム国」による大量虐殺、強姦、拉致などの残虐行為が列挙されている。80万人以上が追放されて、難民となっている。報告書のタイトルは「歴史的規模の民族浄化」である(Die Welt vom 3.9)。この「イスラム国」の暴走・暴虐をどう止めるか。これが国際社会の難問であることに間違いはない。メルケル首相は、ドイツ連邦軍の派遣は拒否しつつも、クルド人武装勢力(Peschmerga)に対する武器提供という形で対応しようとしたわけである。

Panzerfaust 3

この政府の決定の歴史的意味は、ドイツが戦後初めて、戦闘地域の武装勢力(紛争当事者)に対して直接の軍事援助を行うということである。提供されるのは、携帯対戦車榴弾30基、突撃銃(自動小銃)1万6000丁、手榴弾1万個、拳銃8000丁、輸送トラックなど、総額7000万ユーロ(約102億円)になる。

従来、ドイツ政府は「人道支援」として、イラク政府軍とクルド人武装勢力に、ヘルメットや防弾チョッキ(ボディアーマー)、暗視装置など、直接人を殺傷する装備ではないものを供与してきた。その意味で、9月1日は大きな転換である。もっとも、政府は「人道支援」であるから、「武器(Waffen)ではなく、軍事装備(militärische Ausrüstung)を提供する」というスタンスではあるが(Deutsche Welle vom 23.8)。このあたりの言葉の操作は日本とよく似ている。

メルケル首相は議会で、この武器提供に際して重要なことは「ドイツの安全保障利益」である、と説明した。日本でも、こういう無理筋のことを正当化するときに持ち出されるのが「国益」や「安全保障利益」という抽象概念である。なお、平和主義的姿勢をとる「左派党」もこの問題では内部に対立を抱えている。G.キジ国会議員団長は武器提供に賛成したが、他の幹部はこれを強く批判している(FR vom 12.8)。1999年のコソボ紛争のときの社民党や緑の党の混乱を思い出す。

ところで、今回のクルド人武装勢力への武器提供はさまざまな矛盾をはらむ。まず、議会でも議論になったが、野党は、提供された武器を「誰が使うか」をコントロールできず、リスクが高すぎるとして反対している。特に、トルコ軍とたたかっているクルド労働者党(PKK)に武器が渡ることが危惧される。PKKはドイツでは「テロ組織」に指定され、禁止されている。EUも2002年にこの組織をテロ組織と認定している。そういう組織に武器がわたるリスクをこの決定は本質的に含んでいるわけである(SRF vom 25.8)。

「イスラム国」の外国人戦闘員は増大する一方で、過去数年で、80カ国1万5000人におよぶともいわれており、そういう複雑な相手と戦闘しているクルド人組織への武器提供は、「暴力の連鎖」を拡大しかねない。

また、ドイツ連邦政府は、「イスラム国」を支援している批判されているカタールのほか、アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、アルジェリア、ヨルダン、オマーン、クウェートに対する武器輸出を新たに承認したとして問題になっている(Süddeutsche Zeitung vom 3.10)。輸出される武器には戦車や機関銃などが含まれている。

アフガンの戦車絨毯

ドイツも日本も、経済的理由から武器輸出に積極的になっている。戦闘地域への武器提供にまで踏み込んだドイツ。日本はといえば、まずは武器輸出へのこれまでの抑制を解除して、税金を使ってでも武器市場への参入を拡大するということだろう。だが、この方向と内容は自らも批准した「武器貿易条約」(ATT:Arms Trade Treaty)の本来の目的に反する。

武器貿易条約は、通常兵器が大量殺戮やテロに利用されることを防ぐための、通常兵器の国際移転の規制の法的枠組みである。戦車やミサイルなどの大型武器7種と小型武器8種で、これらの移転が規制される。これは、「ピストルから戦車に至るまで、武器の国際取引を初めて規制する条約」で、ジェノサイド、戦争犯罪、重大な人権侵害につながるあらゆる武器輸出が禁止される。ノーベル平和賞受賞者が呼びかけ、NGOなどの国際キャンペーン(コントロール・アームズ)のなかで生まれたものである。対人地雷禁止条約(1997年)クラスター弾禁止条約(2008年)に次いで、安全保障分野においてNGOが成立過程に積極的に関わった条約である。2013年に日本を含む156カ国の賛成で採択された。反対は北朝鮮、イラン、シリアだけで、棄権は中国、ロシアなど22カ国だった。人権団体アムネスティ・インターナショナルのS.Shetty事務局長はこの条約を「一つの里程票」と呼び、「人権侵害者の手に武器が渡らないための世界規模の確固たる規制となるだろう」と評価した(FR vom 25.9.2014)。

最後に指摘しておきたいことがある。世界から武力紛争がなくならない根底には、武器で儲ける人間の存在(軍需産業)があることである。紛争があるから武器が必要なのではなく、武器で利益をあげるために武力紛争が必要となる。そして、武器取引のマーケットは、膨大な民衆の犠牲の上に成り立っている。3年前の「直言」で指摘したように、「9.11」はアフガン戦争とイラク戦争という二つの戦争の根拠に使われ、米国の国防予算は2倍に増えた。冷戦が終わり、大規模な国家間紛争に備える装備を売るのが困難になるなか、「テロとの戦争」は無限の需要創出装置として機能し、軍事産業にとって追い風となった。世界を変えたのは「9.11」ではなく、ブッシュ大統領が世界を戦争に導く宣言をした「9.12」である(die taz vom 5.9.2011)。

そして、どんな独裁政権でも、外からの軍事介入で倒してよいのかという問題がある。それで本当に民主主義は定着するか。「圧制」を除去したあとの「民主化」はいずこでも「アメリカ化」と同義となる。言い換えれば、軍隊の海外出動とその拠点(軍事基地)の海外展開は、軍隊と軍需産業にとって有効需要の創出装置なのであり、逆にいえば、その「需要」がある限り、「テロ」や地域紛争の「供給」は続くという「暴力の連鎖」がなくなることはない(直言「映画『戦争のはじめかた』の『おわりかた』」)。

このことをカント『永遠平和のために』(Zum ewigen Frieden,1795.宇都宮芳明訳〔岩波文庫〕)は喝破していた。来年はその220周年である。第3条項には、常備軍を時とともに全廃しなければならない理由として、「常備軍が刺戟となって、たがいに無際限な軍備の拡大を競うようになると、それに費やされる軍事費の増大で、ついには平和の方が短期の戦争よりも一層重荷となり、この重荷を逃れるために、常備軍そのものが先制攻撃の原因となる」という構図が鮮やかに示されていた。常備軍に寄生する軍需産業の「需要」がなくならない真の理由もここにある。

軍事国債が禁止される理由も明快だ。カントは第4条項でこういう。「国家の対外紛争にかんしては、いかなる国債も発行されてはならない」。なぜか。それは「国家権力がたがいに競いあうための道具としては、はてしなく増大し、しかもつねに当座の請求を受けないですむ安全な負債であるが、これは危険な金力、つまり戦争遂行のための宝庫であって、この宝庫はほかのすべての国の財貨の総量をしのぎ、しかも税収の不足に直面しないかぎりは空になることもない」からである。

税金を使って武器輸出を促進する安倍政権の方針は、武器の国際取引を規制していく「武器貿易条約」の理念と目的に逆行するものである。アクセルとブレーキを同時に踏み、ハンドブレーキまでかけてしまう安倍首相のことだから、この矛盾に気づくことはないだろうが。

なお、武器貿易条約(平成26年条約第16号)が11月6日に公布され、先週、12月24日のクリスマスイブに発効した。

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