外国領土での抗命の処罰規定を新設――徹底分析!「平和安全法制整備法案」(その1)            2015年6月1日

法案の山

「直言」では、今回から、この法案の問題点を徹底的に明らかにしていく。まだ委員会でもメディアでも指摘されていない内容も含まれる。これは『ライブ講義 徹底分析!集団的自衛権』の「補講」ともなる「徹底分析!平和安全法制整備法案」である。主な論点はすべて『ライブ講義』に書いてあるので、これを読みながら「直言」もお読みいただくと理解が深まるだろう。幸い、国会で質問する議員の方々に本書は徐々に行き渡っているようで、質問でもずいぶん使っていただいている。発売1カ月を待たずに増刷も決まったので、「直言」読者の皆さんには是非お読みいただきたいと思う。

小泉首相

いま、国会に、「平和安全法制整備法案」なるブラックジョークのような名称の法案がかかっている。あえて略せば「平安法案」である。その審議風景は殺伐としていて、目も当てられない。安倍首相は、自らの内閣が決定した法案を議会の審議にかけているというのに、審議の妨害をしているとしか思えない態度である。質問にはまともに答えず、一方的に自分の意見をまくしたて質問時間を浪費し、あまつさえ、質問者に向かって「早く質問しろよ」とヤジを飛ばす。この「国会崩壊」状況を新聞記者に電話で問われて、「内閣が国会に提出した法案を審議しているのに、憲法上の問題点や条文の矛盾を突かれると『首相の政策判断だ』とかわす。国会審議の体をなしていない。ここまで国会を軽視する首相を見たことがない」とコメントした(『東京新聞』5月29日付第3総合面)。これだけ問題の多い法案をかつ11本まとめて、一国会だけで通そうとするのは異常である。会期末まであと1カ月を切った。国民よりも、米国ばかり見ている安倍政権は、「夏までに法案を成立させる」という米国への約束を果たすため、このまま強行採決に突き進むのか。それを阻止すべく、法案の問題点をしっかりとみていこう。

まずこの法案は、「我が国に対する武力攻撃の発生」が存在しないにもかかわらず武力を行使するという、戦後60年間、政府でさえも憲法違反としてきたことが平然と条文化されている。徹頭徹尾、違憲の法案である。だが、「夏までに」という安倍首相の「対米約束」に付き合いすぎたことによる拙速さが、矛盾やほころびとなって随所にあらわれている。


1. 「自衛隊の任務」からの「直接侵略及び間接侵略」の削除

自衛隊法3条1項は、自衛隊の任務を次のように規定する。「自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。」と。この自衛隊の「本来任務」については、2006年12月、防衛庁から防衛省に昇格する法案をめぐって私自身も、参議院外交防衛委員会で参考人質疑をしたことがある。9年前は、海外派遣任務を「本来任務」に加えるということが焦点となっていた。自衛隊の自衛隊たる所以をあらわす「直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛する」という点は自明の前提だった。ところが、「平和安全法制整備法案」による自衛隊法3条1項の改正案では、ついに「直接侵略及び間接侵略に対し」が削除されてしまっている(PDFファイル)。「我が国に対する武力攻撃の発生」がなくても、武力の行使を集団的自衛権の行使として認めた「7・1閣議決定」に沿った改正とはいえ、これは自衛隊の本則中の本則に手をつけた、自衛隊発足以来の重大な改正といってもいいだろう。集団的自衛権の行使は、日本に対する侵略がなくても武力の行使を認めるのであるから、自衛隊法の「自衛隊の任務」から「直接侵略及び間接侵略に対し」を削るのは素直な改正ということになるのだろうが、これにより、自衛隊は侵略に対する「自衛」隊ではなく、「他衛」隊にもなったことを自覚すべきである。安倍首相は「専守防衛」を維持していくというが、侵略以外の場合でも武力を行使する政策のどこが「専守防衛」なのだろうか。安倍首相の「戦後レジームからの脱却」の一つは、「専守防衛からの脱却」も含まれるのだろう。安倍首相は「7.1閣議決定」により、自衛隊「合憲」の憲法的正当化根拠を、根底から覆してしまったのである。


2. 国外犯処罰規定の整備――外国領土での抗命への対処

安倍首相は、中東で集団的自衛権を行使する事例として、ホルムズ海峡での機雷掃海を繰り返し挙げる。そして、「現在、ほかの例は念頭にありません」とまで言い切った(2015年5月27日 衆院平和安全特別委員会)。「大丈夫なの?」とおでこに手をあてたくなった。私はすでに1年前、「安倍首相の妄想」として、このホルムズ海峡問題について詳細に論じている。民主党の辻元清美議員らがこの「直言」(および前掲拙著『ライブ講義』)の指摘と当該資料を使って平和安全法制特別委員会で質問している。

さて、まだ委員会でもメディアでも指摘されていないが、実は改正案には、自衛隊が集団的自衛権を外国の領土において行使することを前提とした規定がある。この点の注意を喚起しておきたい。それは、「平和安全法制整備法案」による改正後の自衛隊法122条の2の国外犯処罰規定である。

やや法学部的な議論になるがご容赦いただきたい。刑法は1条1項で、「日本国内において罪を犯したすべての者に適用する」と定める。そして、1条2項で、「日本国外にある日本船舶又は日本航空機内において罪を犯した者についても、前項〔1条1項〕と同様とする」としている。地球の裏側にあっても、自衛隊の艦船や航空機に乗っているが犯罪を行った場合、日本の刑法が適用され、処罰されるということである。

この点、中谷元・防衛大臣は現行自衛隊法について、「自衛隊法における罰則には国外犯を処罰する規定がないために、我が国船舶又は我が国航空機において行われたものでない限り、国外で行われた行為について自衛隊法の罰則が適用されることはありません」と答弁している(参予算委 2015年4月9日)。

今回の改正案では、自衛隊法122条の2として、①上官の職務上の命令に対する多数共同しての反抗及び部隊の不法指揮(3年以下の懲役又は禁錮)、②防衛出動命令を受けた者による上官命令反抗・不服従等(7年以下の懲役又は禁錮)について、国外犯処罰規定が新たに設けられている。ここでは、②の防衛出動の場合についてみてみよう。従来、「専守防衛」で、「海外派兵」をしない自衛隊の場合、自衛隊員が外国領土内で自衛隊法上の犯罪を行うことは想定しておらず、国外犯を処罰する規定は当然なかった。今回の改正案で国外犯処罰規定が新設されるのは、集団的自衛権を国外において行使することが前提になっているからである。

例えば、集団的自衛権を行使するための防衛出動命令を受けた自衛官が「集団的自衛権の行使は違憲である」という憲法上至極まっとうな理由により、国外で上官の命令に反抗したり、服従しなかったりした場合には、その自衛官は「犯罪者」として処罰される。注目すべきは、この国外犯処罰規定は、外国の領土に自衛官がいる場合を念頭に置いていることである。国外にある自衛隊の艦船や航空機内で自衛官がこれらの「犯罪」を犯した場合には、刑法1条2項が適用され、現行法でも処罰される。公海や他国の領海、公海上の空や他国の領空で自衛隊が集団的自衛権を行使する場合は、要するに自衛官が艦船か航空機に乗っている場合であるから、国外犯処罰の規定を新たに設けなくても、現行の刑法1条2項により自衛官を処罰することができるわけである。ホルムズ海峡で機雷掃海をしている自衛官が上官命令に反抗したり服従しなかったりした場合には、当該自衛官は海上自衛隊の掃海艇に乗船しているから、現行の刑法1条2項が適用されて処罰される。大型輸送ヘリコプターCH-47の機内で命令に違反して、米軍への弾薬補給任務を拒否した場合も同様である。したがって、新設される国外犯処罰規定が意味をもつのは、自衛官が外国の領土において(まさにBoots on the ground)、これらの「犯罪」を行った場合に限られてくる。自衛隊が外国領土の地上において集団的自衛権を行使する可能性を、自衛隊法122条の改正案は想定しているわけである。

安倍政権は、集団的自衛権の行使を容認した「7.1閣議決定」とそれに基づく「平和安全法制整備法案」により、自衛官に対し、7年以下の懲役・禁錮という刑事罰をもって威嚇し、国外での防衛出動とこれに基づく集団的自衛権の行使を強要しているわけである。防衛出動命令が自衛官に出されるということは、自衛官は遺書を書くということである。自衛官のことなど他人事だと考えている人は想像力を働かせて、違憲の命令を実行するために遺書を書かされることの非人道性をよく考えていただきたい。集団的自衛権行使を自衛隊に命令する「最高指揮官」である安倍首相本人は、「私はお国のために死ねる」という質問に、「〇」ではなく「△」を出した。死ぬ覚悟のない人間が他人に死ねと言う。自らは決して戦場におもむくことはない「最高指揮官」が、刑事罰をもって憲法違反の集団的自衛権行使を自衛官に強要しているのである。

自衛隊に入隊するとき、必ず服務の宣誓が行われる(自衛隊法施行規則39条)。「私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、…事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。」と。「我が国」の平和と独立を守るのではなく、他国(特に米国)を守ることを入隊の際に宣誓していない。だが、改めて宣誓のやり直しをすることを政府は恐れている。それを拒否する者が出てくる可能性があるからである。米国のために死ねるか。安倍のために死ねるか、と。この施行規則39条を改正し、「私は、我が国の平和と独立を守り、我が国と密接な関係にある他国の安全を確保することが、ひいては我が国の安全にも資することを確信し、…」とでもするのだろうか。

今回の国外犯処罰規定の新設と同時に、今後、海外における自衛官の命令違反などを処罰する特別の裁判所が必要になってくる。これまで政府は、憲法76条2項は特別裁判所の設置を禁止しているから、軍法会議(軍刑事裁判所)の設置は憲法上できないと解してきたが、安倍政権は「安全保障環境が変わった」を理由にさえすれば何でもありなので、軍法会議や海外での軍律会議の設置も俎上にのぼってくるかもしれない。

5月25日の自民党役員会で、安倍総裁(首相)は、「自衛隊員のリスクが高まるといった、木を見て森を見ない議論が多い。自衛隊員のリスク以前に、安保環境が厳しくなり、国民の安全リスクが高まってきている」と述べたという。かけがえのない生身の人間の命を「リスク」で一括りにしていいのか。また、安倍首相は、「政治家は大所高所からものを見なければいけない」という台詞もよく使う。森を高みからしか見ていない。森は一本一本の木からなっている。その木を粗末にするような者に、一人ひとりの個々人や、森林などの自然環境を守ることができるはずもない。

先週は、「日本の母親たちよ、安倍政権に子どもを差し出すな」という思いで女性週刊誌の『女性自身』のことを書いた。今週は、「自衛隊員よ、安倍政権の違憲行為を拒否せよ」と呼びかけたい。まだ法案は通っていない。来週は、「平安法案」のさらなる論点を検討するとともに、その基礎にある「7.1閣議決定」についての議論を、新たなアングルから批判する。

《この項続く》

《付記》写真は、5月24日21時放送のNHKスペシャル「自衛隊の活動はどこまで拡大するか」より。

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