すべては1年前の「7.1事件」から始まった。安倍内閣は、歴代内閣が60年以上も「違憲」としてきた集団的自衛権行使を、閣議決定で「合憲」に解釈変更した。私はこれを、憲法の根幹(首)を切り落とす「憲法介錯」と呼んだ。安倍首相の記者会見は、まさに「憲法違反します宣言」であった。
この1年間は、「直言」バックナンバーをクリックしていただければ明らかなように、民主主義を退化させ、市民の権利と自由を縮減するような出来事のオンパレードだった。それは、ヒトラーが首相となった1933年1月から1934年1月までの急激な変化を彷彿とさせる。マスコミに圧力をかける具体的な方法まで「勉強」する会合が政権党の本部内で開かれ、その総裁である首相がこれを黙認している状況は異様である。首相が信頼する「お友だち」の百田尚樹氏(元NHK経営委員)は、その会合で、「沖縄の2紙はつぶさないといけない」とまで言い放ち(本人のインタビュー参照)、参加した若手議員たちは「マスコミを懲らしめるには、広告料収入がなくなるのが一番。経団連などに働きかけしてほしい」などと、言いたい放題だったという(6月27日付各紙)。「傲慢無知」も極まれりである。そして、今国会の会期延長問題も、常軌を逸している点において「7.1事件」と“軌を一にするもの“となっている。ここでのキーワードは「95日」である。3カ月前に初めて会期延長を自民党国対委員長が語ったときは、「お盆前の8月10日まで47日間」だったから(『産経新聞』3月21日付)、2倍の数字である。
6月22日(月)午後8時12分、衆議院本会議が開かれ、民主党などが欠席するなか、会期を9月27日まで、95日間延長することを与党などの賛成多数で議決した(8時27分散会)。野党はこれに強く反発して、すべての審議が止まった。通常、会期延長は、「両議院の一致の議決」により行われる(国会法12条)。22日夜に参院本会議が開かれるかと思ったが、参院側に動きはなかった。22日付「参議院公報」にこうある。「第189回国会(常会)議院運営委員会経過 議院運営委員会 都合により取りやめとなった。議院運営委員会理事会 次の件について協議を行った。イ、会期延長の件。ロ、本会議及び本委員会の運営等に関する件。本会議 議事経過 今二十二日の本会議は開くに至らなかった」と。
参院側が議院運営委員会を「取りやめ」にしたということは、会期延長について審議せず、本会議も開かないということである。国会法13条には、「参議院が議決しないときは、衆議院の議決したところによる」とある。会期延長にも「衆議院の優越」が貫かれている。
ある自民党参院議員(高知選挙区)は6月21日夜半、次のようにつぶやいていた。「朝一便で上京、参議院は午後から決算委員会、その後、予定では衆議院が20時頃から2時間の本会議、その後22時頃から参議院本会議との事ですが、まだ定かではありません。議運の皆さんが調整してくれてます!」。結局、この議員が本会議場に向かうことはなかった。
高校生でも授業で習うことだが、憲法は「衆議院の優越」を定める。予算と条約の承認は、「30日以内」(60条、61条)。内閣総理大臣の指名は「10日以内」(67条2項)に、それぞれ参院が議決しないと、衆院の議決が「国会の議決」となる。国会は衆議院と参議院からなる(42条)。しかし、この3つの場合は一定期間の経過により、自動的に衆院の議決だけで決まる。これを「衆議院の優越」という。だが、法律案は異なる。参院が衆院と異なる議決をした場合、衆院は「出席議員の3分の2以上の多数で再び可決」すれば法律となる(59条2項)。衆院から法案を受け取ったあと参院が「60日以内」に議決しないと、「参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる」(同4項)。そのときも、衆院の「3分の2再可決」で法律となる。これも「衆議院の優越」だが、法律は衆院と参院がそろって可決するのが原則であるから(59条1項)、再可決はあくまでも例外である。だから、メディアが使う「60日ルール」という言い方には違和感がある。「3分の2再可決」を憲法はあくまでも「例外」としていることは、59条の1項から4項までの慎重な定め方をみれば明らかだろう。
安倍首相は「95日という最大の延長幅を取って、十分な審議時間を取って徹底的に議論していきたい」と述べた(23日付各紙)。しかし、「十分な審議時間」「徹底的に議論」という言葉は額面通りには受け取れない。事実、最終日の9月27日は日曜日で、「60日経過+再可決」を見込んだ場合でも、9月25日(金)までの93日間で十分だからである。しかも、20日には自民党総裁選が予定されている。土日を含んで95日にしたのは、過去の最大延長幅が、1981年の鈴木善幸内閣のときの94日間だったことから、今回これを1日のみ超える仕掛けで「戦後最長」をアピールするためだったのではないか。だから27日の日曜日まで延長したのではないかと推察されている。「戦後最長」として、「ギネス登録」を狙ったか。そうだとしたら、首相の趣味で政権運営をしていることになり、政権の私物化である。それよりも重大な問題がある。それは政権与党内において、「60日ルール」を含んだ会期延長という言い方がされていることである。
衆院で7月下旬までに採決して、法案を参院に送りさえすれば、法案の欠陥がさらに明らかになって参院の審議がストップする。だが、「60日の保険」があるわけで、最終的に「3分の2再可決」で成立できるというわけである。8月は戦争と平和に関する行事の「70周年」が目白押しであり、この「平和安全法制整備法案」の「違憲立法」「戦争法案」というイメージが人々のなかに浸透しやすい「季節」である。参院での審議が停滞する可能性は高い。それを想定して、法案の「60日放置」、しかる後に「3分の2再可決」ということを見越した会期延長95日だったとすれば、これは最初から「参議院はいらない」と言うのに等しく、二院制の著しい軽視ということになる。憲法は「衆議院の優越」を定めているが、最初から「3分の2再可決」を含んだ国会運営は、「衆議院の超越」であって、憲法の二院制の趣旨を没却するものと言えよう。
伊吹文明元衆院議長は6月25日の二階派の総会で、「安保関連法案を衆院で再可決できるようにするため大幅延長した」という趣旨の解説をした溝手顕正自民党参院議員会長に対して、「参院の自主性を何だと考えているのかと怒りを発しないといけない」と苦言を呈し、かつて党内で影響力を誇示した村上正邦、青木幹雄両元参院議員会長の名前を挙げて、「(当時は)こんな解説は許されなかった。参院が再可決を期待しているなら、参院無用論につながる」と指摘したという(『信濃毎日新聞』6月26日付総合面)。伊吹氏が嘆くほどに、いまの自民党の国会議員は衆参ともに劣化が著しい。とりわけ今回の会期延長に対して、参院自民党から何の声もあがらなかったことは驚くほかはない。
安倍首相はこれで、「夏までに安保関連法案を成立させる」という米国連邦議会上下両院合同会議での「約束」を、まだ暑さの残る時期に達成できると内心ほくそえんでいるのだろう。しかし、そう簡単にいくだろうか。百田発言や安倍親衛隊の暴走によって、与党の内部から安保関連法案の成立を妨げる逆噴射が起こっている。のみならず、95日延長したことによって、安倍首相の「傲慢無知」による戦略的失敗に連動する可能性もある。メディアは年に一度の「8月ジャーナリズム」モードに入る。今年は戦後70年。各社ともに、戦争の悲惨さを伝え、何らかの形で「現代」との関係で平和を問う企画が目白押しになる。そのとき、「戦死者」が確実に出る安保関連法案のリアリティが明らかになり、内閣支持率が下降の一途になるだろう。
すでに、共同通信社が6月20・21両日の実施した世論調査によれば、安保関連法案に「反対」は前回比11%増の58.7%(「賛成」は27.8%)、法案が「違憲」と思うが56.7%(「違憲とは思わない」が29.9%)に達している(『東京新聞』6月22日付)。国会審議中の法案を成立前に多くの国民が「違憲」と評価するようなことはかつてなかったのではないか。内閣支持率も調査のたびに下がり続け、朝日新聞社が共同通信社と同じ日に行った調査によると、支持は39%で、前回調査(5月16-17日)の45%から6ポイントも下落している(不支持は37%で5ポイント上昇)。支持率40%割れは、安倍内閣発足以降最低の数字である(『朝日新聞』6月23日付)。おそらく7月には、支持と不支持は逆転するだろう。市民のさまざまな抗議行動を見ても、法案に対する直感的な危機感が、年齢の違いを問わず急速に広がりはじめている。
「戦後最長の会期延長」は、安倍政権の終わりのはじまりになるかもしれない。