介入三昧・安倍的「国家先導主義」――賃上げから「就活」まで
2015年12月21日

目玉の写真①

《賃上げの花が舞い散る春の風 安倍晋三》 『産経新聞』2015年4月1日付が「首相が官邸の庭で花見 景気回復七分咲き、風に乗せて全国へ」というヨイショ見出しで報じた首相の「自前の俳句」である。ネットに流れたこのニュースに対して、早速、「舞い散っちゃダメだろ。RT…やはりこれは拡散しておきたい。若いときに勉強しないと、こういうことになる」、「賃上げといってもほんの一部の話だろう。本人は上機嫌。こりゃ、だめだぁ」(2015.3.31 14:35)といったつぶやきが流れた。

ニュース23と安倍

安倍政権の際立った特徴は、過度の国家介入主義である。まず、メディアに対する執拗かつ粘着質な対応は、日本の保守政権にかつてなかったものである。もともと安倍晋三氏は、2001年1月、慰安婦問題をテーマにした「女性国際戦犯法廷」をとりあげたNHKのETV特集について、放送直前にNHK幹部を官邸に呼びつけ、「偏った内容だ」と番組内容を改変させた張本人であることはよく知られている。この事実を報道した『朝日新聞』2005年1月7日付記事に猛反発して、朝日新聞に対する恫喝を行ったことも記憶に残っている。安倍氏が喧嘩腰(「戦闘モード」)になったときの破壊力は、他の追随を許さない。メディアへの恫喝は「安倍晋三の18番」である。だから、今年だけでも、安倍とりまきの勉強会(「文化芸術懇話会」)で、「マスコミを懲らしめるには広告収入がなくなるのが一番。経団連などに働きかけてほしい」という声が出て問題になったり(『朝日』2015年6月27日付)、表現の自由に関する国連特別報告者の来日調査を延期させたり(同11月21日付)、戦争被害者シンポジウム証言者のビザ申請を却下させたり(『東京新聞』11月28日付)、はたまたTBS「ニュース23」の司会者の岸井成格キャスター排除の動きなど、歴代政権では考えられないようなメディアへの露骨な介入・統制の姿勢が目立つ。

  そして、冒頭に紹介した下手な俳句の背景には、安倍首相肝入りの、連続3年にわたる「官製春闘」がある。そもそも、賃上げは労使交渉の問題である。首相がしゃしゃり出てきて賃上げを求めるなんて国がどこにあるのか。昨年、「朝日川柳」に選ばれた句に、 《こうなると労使交渉死語となり》(神奈川県 村田卓)があった(『朝日』2014年3月15日付)。s

2015年9月11日、安倍首相は唐突に、携帯料金が高すぎる、家計負担軽減のために料金設定を見直せと総務大臣に指示した(『朝日』9月12日付)。これも驚きである。資本主義経済ではモノの価格は市場が決めるはずなのだが、この国では、特定分野・銘柄の価格にまで首相官邸が過度に介入するなど、国家社会主義の様相を呈してきた。首相発言のあと、携帯大手3社の収益悪化への懸念が広まり、3社の株価は大きく下げたという。

安倍とナチス

何より異様だったのは、2013年4月19日、安倍首相が官邸で、経団連、経済同友会、日本商工会議所の首脳と会談し、大学生の就職活動の解禁時期を「大学3年生の12月」から「大学3年生の3月」に3カ月遅らせるよう直接要請したことである。その理由は、① 学業に専念できる、② 留学に行った人を不利にさせないため、である。経済界側はその受け入れを表明した(『日本経済新聞』2014年4月19日付)。経団連は「採用選考に関する指針」を策定し、採用広報の開始を3年生の3月にし、選考開始を4年生の4月から8月に後ろ倒しすることになった。その結果は、この夏の猛暑のなか、太陽光線をいっぱいに吸収する黒いスーツを着て企業まわりをした学生たちの記憶に刻まれていることだろう。親のコネで一流製鉄会社に就職して「就活」の経験が皆無の安倍首相に、この学生たちの苦労が理解も実感もできるはずはない。

安倍首相が経団連に要望した上記2点に合理的根拠があるだろうか。まず、4年生の採用選考開始時期が4月から8月に後ろ倒しされた結果、学業に専念できたか。私のゼミについていえば、創設以来18年間ずっと続けてきた8月第4週の夏合宿の実施が困難になった。ゼミ執行部から、「就活」を理由に延期の申し出があったからだ。検討の結果、後期授業の開始前の9月第3週に実施することになった。ゼミ合宿自体は成果をあげたが、前後の予定に無理が出るなど、いろいろと影響が出た。安倍首相のいう2点目については、留学も学生にとっては一つの決断であり、留年するか、留学中に「就活」に手をつけるかなど、すべて本人の問題である。政府がそこに介入して、一律に「就活」時期を動かせと経済界に要請して、4年で卒業せよというのはいかがなものか。留学も中途半端にしかねない、過度なお節介ではないか。

朝日新聞社の週刊誌『AERA』2015年11月16日号に、「安倍政権の「政治判断」が就活を迷走させた。青写真を描いたのは誰か?」 という記事が掲載された。「これだけ現場を混乱させて、誰に責任があるかうやむやというのはひどいと思います」(都内大学キャリアセンター担当者)など、現場の声は厳しい。

2013年3月の段階で「後ろ倒し」に反対していた経団連は、4月に安倍首相から直接要請されるや賛成にまわった。「後ろ倒しによって選考期間が短くなり、十分な採用活動ができないことを懸念した企業は学生とのさらなる早期接触を狙い、大学3年生向けサマーインターンシップが急増した。リクルーターを使ったり、面接を「ジョブマッチング」などと言い換えたりする企業のフライングも横行した。学生はまともに授業に出られず、4年生の夏に正念場を迎える理系学生の研究にも影響は大きかった。」(同上)。中小企業の採用現場も混乱するなど、悪影響が出た。

10月1日現在で、内閣府が大学生1600人に複数回答で聞いたところ、「就活期間が実質的に長期化し、負担が大きくなった」が57.0%、「卒業論文の時間が十分に確保できなかった」(46.8%)、「授業と重なり、おろそかになった」(35.9%)という回答で、よい影響について聞くと「特にない」が45.4%と最多だった(『朝日新聞』2015年11月20日夕刊)。

経団連の榊原定征会長は、「実際やってみて予見できなかった問題も出てきた」「学生への負担が大きかったと思う。・・・学生、大学、企業のいずれにとっても今回の新スケジュールは問題が多かった」と述べている(前掲『AERA』)。そして、経団連は、4カ月繰り下げて8月にしたばかりなのに、わずか1年で変更し、来年からは2カ月だけもどして6月にするそうである。なぜ、4月にもどさないのか。「白紙撤回」の色彩が強いから、半分だけもどすのだろうが、学業の現場、学生たちにはいい迷惑である。「2年連続ルール見直し」に対して、「学生不在」の見出しが踊る(『毎日新聞』11月21日付)。

安倍政権は「世界で一番企業が活躍しやすい国」(第183回国会施政方針演説、2013年2月28日)をめざして、法人税減税に異様に熱心である。これにより企業の収益がアップし、大多数の国民も恩恵を被る、と首相は本気で思っているようである。「トリクルダウン」理論というが、まったく根拠がない。税金をまけても、企業が雇用増や賃上げに向かう保証はない。減税分が設備投資や社内留保に使われるのは十分予測されるところである。ここまで露骨な大企業優先の政治はみたことがない。

先日、経済面の「自民献金経団連が見解」という見出しにおやっ、と思って読んでみて驚いた。「経団連は〔10月〕20日、昨年に続いて約1300社の会員企業に政治献金を呼びかけた。法人税引き下げや原発再稼働など自民党の政策を高く評価し、事実上、自民党を献金先に指定。この日示した見解で「経済と政治が『車の両輪』となって、あらゆる政策や手立てを総動員する」必要性を訴えた」(『朝日』10月21日付第1経済面)と。このわずか133文字の記事は、これまでにないほど本音の突出がみられる。安倍晋三をどんなにバカにしても、その政権がどんなに不快でも、もうけのためなら支持する。80年前のドイツ財界と同じである。

そこで一冊の本を紹介したい。柿崎明二『検証 安倍イズム――胎動する新国家主義』(岩波新書、2015年)である。著者は、共同通信の論説委員・編集委員で、テレビのワイドショーなどでもよく見かける方である。あまり期待しないで読んでいったが、けっこうおもしろい。直接取材した発言や言動を使わず、国会審議や政府会議の議事録、報告書などの客観的な記録だけに基づいて叙述されている点も手堅い。ジャーナリストにありがちな、自分だけのニュースソースをひけらかした著作とは一線を画す。本書の切り口は、歴史認識見直しや外交・安保、教育などの「安倍カラー」と呼ばれる政策と、経済政策とを分けずに、「国家先導」という構造から一体のものとして把握するのが特徴である。その上で、背景にある安倍の思考と意思を「安倍イズム」と名づけ、安倍の言動の読み解きに重点を置いている。

本書によれば、第2次安倍内閣以降、国家がより広範な問題に、「介入」と評されるほど積極的、かつ直接的に関与している。時には政府が率先して具体策を実行している。「女性の活躍」政策において、各省庁幹部への女性登用を促進したのもその例である。第3次内閣発足直後、前述のように、財界と労組のトップを集めて賃上げを要求した。携帯電話料金をさげろ、女性を採用せよ、あげくは、「介護離職」対策を政府の目玉にすえる。こうした過度で恣意的な国家の傾向を、本書は「国家先導主義」とよぶ。「関わっていく政治」である(8-9頁)。

祖父の岸信介が戦前、北一輝や大川周明に共感して、国家社会主義的傾向をもっていたことはよく知られている。安倍首相は伝統的な保守主義とは一線を画し、岸の国家社会主義の影響を強く受け、統制経済・計画経済を理想としているとみられる。そして、アベノミクスも国家社会主義的傾向を強くもつことを本書は明らかにしていく(170-174、196頁)。

  いま、私たちは安倍晋三の第3次政権という途方もないものに支配されている。私は第1次政権発足時に、この「直言」で次のように指摘していた( 直言「「失われた5年」と「失われる〇年」―安倍総裁、総理へ」)。

「安倍政権発足の本質的な問題は、安倍が何をやるか、である。安倍晋三という人物の思想と行動が、一議員や一閣僚(官房長官)にとどまっていた段階とは異なり、いよいよ内閣総理大臣という最高ポストを得て、本格的に動きだす。その危なさは、交通法規〔憲法〕を確信犯的に無視するドライバーが、大型トラックの運転席に座り、道路に走り出したのに近い。このトラックは行く先々で、たくさんのトラブルを起こすだろう。ドライバーは、饒舌に語りながら、「お目々キラキラ、真っ直ぐに」トラックを走らせていくのだろう。この国の不幸は続く。」

安倍晋三という「幽霊ドライバー」(Geisterfahrer)は、高速道路を猛スピードで逆走している。それをとめるのには相当な勇気とエネルギーを必要とする。普通の暴走車ではないから。野党、少なくとも私もスピーチした「2015年夏の国会前」に並んだ野党は結束して、安倍政権に立ち向かうべきである。7月10日に向けて、残された時間はあまりない。

《付記》冒頭の不気味な「目玉」の奥を見ていただきたい。「テレビ」が逆さになっている。これは2週間ほど前に、スカイブルーの封筒に入れられて大学の研究室宛に届いたものである。

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