25年ぶりのドイツの「軍拡」――第7次基本法改正60周年に
2016年5月16日

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ルギーのブルージュを再訪した。1999年6月はアウトバーンを330キロ走り、簡単に着いたような記憶があるが、今回はブリュッセル経由で3時間50分ほどの列車の旅だった。乗換をするブリュッセルには北駅、中央駅、南駅とターミナル駅が三つあり、しかも南駅の表記がオランダ語Zuid、フランス語Midiと分かれるので、駅員がいうのとネットチケットの表示が異なり、米国人らしき観光客も迷って同じ質問していた。重装備のセキュリティが随所に立ち、乗換時間が短いので走り出した私たちに、瞬間的に彼らが身構えたので、さすがにびびった。3月のテロ事件の影響を感じさせる。

ブルージュは旧市街全体が世界遺産そのもので、随所にユネスコの表示がある。かつて訪れたときは静かな旧市街だったが、今回はバスツアーの観光客が番号札をつけ、添乗員の掲げる「4a」といった旗に続いてぞろぞろと石畳を歩いている。なぜか日本人観光客だけが少ない。これもテロの影響か。中心部はどこも人、人、人…。日本の有名観光地の風景と重なり、やや興ざめだった。夕方6時を過ぎた頃にはバスツアーの観光客の姿も消え、暗くなってからは(日没は21時21分)、教会や鐘楼がライトアップされて絶景である。冒頭の写真は、「フランス・ベルギー55鐘楼群」(1999年登録)の一つを背景に、宿泊したホテルを撮ったものである。「ブルージュ歴史地区」(2000年登録)にあるので、「世界遺産が二つ重なるホテル」ということで予約した。今回は2日かけて舟と馬車と徒歩でじっくりまわったので、観光客があまりこない「穴場」もいろいろと発見できた。Kantcentrum(ボビンレースセンター)でレース編みの実演(写真)も見学した。いつか「雑談」シリーズで書くことにしよう。

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さて、行きのインターシティエクスプレス(ICE)のなかで読んだ新聞各紙の見出しには驚いた。「軍備縮小の時代は終わった」(Die Ära des Abrüstens ist vorbei.)と書く地元紙(Bonner General-Anzeiger vom 11.5.2016, S.3)。一流紙は「再び成長する時だ」という国防大臣の言葉をそのまま見出しにした解説記事を出し(Frankfurter Allgemeine Zeitung, S.1)、左派紙は「ドイツは軍拡する」という一面トップ見出しをうつ(junge Welt, S.1)。リベラルな論調の『南ドイツ新聞』が2日早く他紙を抜いて、この動きを詳しく伝えていたが(Süddeutsche Zeitung vom 9.5, S.1,7)、その11日付記事の見出しは「収縮に終止符」である(11.5, S.5)。「恒常的な収縮過程を終わらせ、静態的な上限を撤廃して、呼吸する人体にしなければならない」という国防大臣の言葉を紹介し、比較的好意的である。同じくリベラルな『フランクフルター・ルントシャウ』紙も「新しい軍備競争」(Die neue Wettrüsten)という見出しの評論で、「世界が再び世界軍拡の過程に入ったことは否定できないだろう」と書く(Frankfurter Rundschau, S.2)。

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話は前後するが、5月10日にウルズラ・フォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen)という女性国防大臣が公表した連邦軍増員計画について書く前に、連邦軍の「恒常的な収縮過程」について説明しておこう(以下、GA, S.3による)。現在、連邦軍には17万7077人の軍人がいる(3月31日現在)。16万7310人が職業軍人および任期制軍人(Berufs- und Zeitsoldaten)で、9767人が志願兵である。内訳は陸軍5万9263人、空軍2万8268人、海軍1万6016人、後方支援部隊4万1771人、衛生・情報・環境保護等に従事する軍人3万1759人である。これとは別に文官職員8万7000人がいる。「ドイツ統一の日」(1990年10月3日)の時点で58万5000人の軍人がいたが、統一をめぐる2+4条約(東西ドイツ+米英仏ソ)において37万人まで縮小することが合意されていた。旧東ドイツ国家人民軍(NVA)のリストラと並行して、「外国出動」の任務が飛躍的に増大していく。そうしたなかでも連邦軍の縮減は続き、このグラフにあるように、2011年7月に兵役義務が停止されると、20万人を下回る人数になった。

博士論文剽窃問題で失脚したフォン・グッテンベルク大臣は在任中、兵役義務の停止や連邦軍の縮減計画を進めていた(25万から18万5000人へ)。後任の大臣も連邦軍縮減の基本方針に手をつけることなく、五月雨式に「外国出動」の任務を増やしていった。最大時はアフガニスタンを含めて10000人の軍人が海外任務についた。2016年4月末現在、連邦軍はアフガンやマリなど16のミッションに3411人を派遣している。当然、連邦軍内部における矛盾も激化している。「外国出動」で戦死者103人を出したほか、後遺症(PTSD)も深刻である。そこにさっそうと登場したのが、この女性国防大臣である。

5月10日の記者会見で、25年にわたって縮小の道を歩んできた連邦軍を再び増強する方針を正面から打ち出して注目され、前述の各紙報道となったものである。当面は7000人の軍人を新たに採用。2023年までの7年間で1万4300人の軍人と4400人の文官職員を増員するという。ロシアの新たな脅威と、テロとの戦い、「サイバー戦争」などの新たな対応事象を挙げる。なお、現在、女性軍人は1万9372人(10.9%)だが、国防大臣はこれを20%にまで増やすと意気軒昂である。

この大臣は、2030年までに軍事費に1300億ユーロ(約16兆円)を投入すると明言し、装備の増強にも積極的である。また、就任当初から連邦軍に、労働法で規定される労働時間やフレキシブル勤務の導入を提案し、軍人が家族と過ごせる時間を増やす「魅力的連邦軍への攻勢」(Attraktivitätsoffensive)をかけている。このあたりは女性大臣ならではの「つかみ」との評価がもっぱらである。IT専門家からなる「サイバー軍」をボンに設置する計画も打ち出して注目されている。

連邦議会の防衛委員会委員長(社民党〔SPD〕)は、10日の記者会見直後にコメントを発表し、「計画には財政的裏付けとリアリティが伴わなければならない。…骨につく肉が欠けている」と手厳しい。この女性大臣がこれまで自分のキャリアアップのために、いろいろと派手な政策を打ち出してきたことを承知の上で、彼女が国防大臣再任を狙っているとみる与党幹部もいる(以上、Die Welt vom 11.5, S.1,2)。

フォン・デア・ライエン国防大臣は57歳。2013年12月に国防大臣就任のニュースをネットでみた私は、「やばい」と思った。この人だけにはやらせてはならないポジションだったからだ。なぜなら、彼女は超やり手で、とにかく目立つ。76年から90年までニーダーザクセン州首相を務めたエルンスト・アルプレヒトの娘という毛並みのよさ。名前に「von」がつく高貴な響き。医学博士号をもち、大学教授の夫との間に29歳から17歳までの2男5女がある。「7人の子育て体験」を語りながら、家庭・子どもの政策を語る彼女はド迫力だった。2005年に非議員で第1次メルケル内閣の連邦家庭・高齢者・女性・青少年大臣に任命され、すぐに子ども手当を実現した。保育所の大増設や児童ポルノの過激な規制などを矢継ぎ早に打ち出して話題をとる(いずれも与党内にも反対多し)。2009年に連邦議会議員に初当選するや、第2次メルケル内閣の連邦社会・労働大臣に任命された。そして前任者の不祥事辞任により、2013年12月、急遽、女性で初の連邦国防大臣となった。通常、新しい大臣は100日間のお試し期間があるといわれているが、この大臣の場合、就任早々に防弾チョッキ姿でアフガンのドイツ軍駐屯地にあらわれて、現場の軍人たちを驚かせた。マスコミも追いかける。だが、現場の反応はいい。特に職業軍人の互助組織である「連邦軍協会」(Bundeswehrverband)の評価は高く、「このトレンド転換(Trendwende)は…事実上、人事政策の180度転換を表現している」と手放しである。

Yahooで「フォン デア ライエン」と検索するか、ドイツYahooで「von der Leyen」と入力してBilder検索をかけると、その存在感(目立ちたがり具合)がよくわかるだろう。博士論文の剽窃疑惑では、彼女の博士論文も俎上にのぼったものの、潔白を主張してのりきった。とにかく自分のキャリアのために目立った成果を出すために突っ走るので目が離せない。

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冷戦後の安全保障政策の基調が軍縮だったのに対して、「9.11」以降の「対テロ戦争」、「イスラム国」(IS)の登場、ロシアとNATOの「新冷戦」状況、東アジアにおける日本、中国、北朝鮮という一党独裁ないしそれに近い権威主義的政権相互の対立、さらには米国大統領選挙の行方(「トランプ政権」の悪夢)などをにらんで、世界は再び「軍拡の時代」に入ったとみてよいのだろうか。17年前なら、ドイツのリベラル紙はこの女性大臣の「軍拡」計画に対してこぞって批判的論調を展開したことだろう。しかし、今回、前掲・左派紙が、7000人の軍人が新たに創出される点について、「軍事的外国出動のための衛生兵が新たに採用される一方で、病院の看護力が10万人も足りない」という批判するのが見られた程度である。

ボンの地元紙の論説も、フランス軍24万5000人、英国軍23万人と比べて、1万4300人を増員してもドイツ連邦軍は19万1000人であり、人口と経済力から見て「依然として小さな軍隊」であると書く(Von der Leyens Mission, in:GA, S.2)。このボン地元紙の一コマ漫画は面白い。国防大臣が、「難民の皆さん、連邦軍初の統合旅団にようこそ! ここでは軍事的な外国出動は初めてタブーであって、明確です…」と演説している(GA, S.2)。安全保障政策や連邦軍のありようが、この女性大臣のパワーで人員増に舵をきったとしても、軍事的「外国出動」が一気に拡大するとは思われない。世論も抑制的である。実際、「アフリカの角」と呼ばれるソマリア沖の海賊対処に連邦海軍の艦艇を派遣しているEU「Atalanta出動」については、縮小の方向が打ち出された。それを報ずる新聞のサブ見出しには、「2012年以来もはや成果なき海賊対処」とある(FAZ vom 13.5, S.4)。

「冷戦の終わりの終わり」は明らかだとしても、それが直ちに軍拡競争の再現につながるかどうか疑問である。女性国防大臣の方針は「軍拡」というよりも、人員縮小と任務拡大の間の帳尻合わせという側面もあり、この大臣のキャラクターとあいまって慎重な評価が必要だろう。「アフガントラウマ」の影響はなお大きい。

今年ドイツは、基本法第7次改正(1956年3月19日)の60周年を迎えた。あまり自覚されていないが、私はこれをテーマにしてドイツにやってきた。ボン大学の研究会でもこの60周年のことを述べた。実はこの7回目の改正で、防衛(Verteidigung)に憲法上の根拠を与えられ、連邦軍が設置されたのである。この改正は大規模で、これによりドイツ基本法に「軍事憲法」(Wehrverfassung)が導入された。とりわけ45a条による連邦議会防衛委員会の調査権限は重要である(こちらで入手した最新の研究が、M. -Ch. Meier, Öffentlichkeit im Verteidigungsausschuss als Untersuchungsausschuss gemäß Art.45a Abs.2GG, 2015, S.71ff.)。また、17a条で軍人の基本権が明記され、45b条で軍人の基本権保護のため、「防衛監察委員」(Wehrbeauftragter)という軍事オンブズマンの一種が設けられた。これがいまどのように作動しているかが今回の在外研究のテーマである。

なお、次回5月23日更新予定の「直言」は、たまたまドイツ基本法67周年の「ドイツの憲法記念日」にあたるため、この憲法の特質と今後の方向などについて書くことにしたい。肝心の日本の憲法記念日の方に間にあわなかったが(ひとえに私の責任)、先週、拙著『18歳からはじめる憲法〔第2版〕』(法律文化社、2016年)が発刊された。18歳選挙権や集団的自衛権行使の問題、「3.11」、憲法改正の問題などについて加筆・補充した改訂版なので参照されたい。

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