トランプ政権と新しい「壁」の時代――「ベルリンの壁」崩壊27年後の11.9
2016年11月14日

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週9日。「ベルリンの壁」が崩壊して27年になった。この20年間、毎年、NHKスペシャル「ヨーロッパ・ピクニック計画――こうしてベルリンの壁は崩壊した」(1993年)を1年ゼミ生たちに見せて感想を聞いてきた。4分の1世紀(25年)が経過した2014年の1年生の感想文を読んで、「壁」崩壊が「本能寺の変」のような歴史上の出来事になっていたことを知って驚いた。「ベルリンの壁」は1961年か89年まで28年あまり存在したが、「壁」がなくなって「冷戦終結」が語られるようになってからすでに27年。それだけ時が経過したということである。ドイツのある世論調査によると、「11.9」が「壁」崩壊の日ときちんと答えられたドイツ人は71%だったという。つまり4分の1のドイツ人が「壁」崩壊の日を知らなかったのである(ZEIT ONLINE vom 2.11.2016)。

「冷戦終結」の象徴となった「11.9」。そこに今年から新しい意味が加わった。米合衆国にトランプ政権が誕生することになったのである(米国は「11.8」)。「冷戦終結の終わり」は「新たな冷戦の始まり」なのか、それとも「熱戦の始まり」なのか。確実なことは、「壁」崩壊の日に、新たな「壁」の建設を掲げた米合衆国大統領が誕生したことである。メキシコ国境の「壁」はシンボルにすぎない。「米国第一主義」を前面に押し出して、ボーダレス化した世界に向けて、さまざまな「壁」(ボーダー)を新たに生み出していくだろう。歴史は4分の1世紀で大きく転回したわけである。

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ドイツ滞在中に英国のEU離脱(Blexit)を目の当たりにし、それを直言「「連合」の終わりの始まり?」で書いた際、その末尾で次のように指摘した。「…ヨーロッパが混乱期に入るなか、米国にトランプ政権が成立する可能性がある。これは悪夢である。この写真は、今回の旗振り役のB・ジョンソン(元ロンドン市長)とトランプ(米大統領候補)とのキスシーンである。」と。ジョンソンを批判するEU離脱反対派のポスターだったが、いま、それにヒラリー・クリントンの紙人形を加えたのが右の写真である。

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私の研究室には、いろいろな米大統領グッズがある「ブッシュ大統領グッズ」も数多くある。オバマ・グッズの数々を紹介した「わが歴史グッズの話(29)合衆国大統領のグッズ」も参照されたい。そこに、今回のトランプ・ステッカーとバッジ、「2016ドル紙幣」が加わった。トランプがかぶる赤い帽子には、“MAKE AMERICA GREAT AGAIN”と書かれている(写真)。「紙幣」の裏側にもトップに書かれている(写真)。「偉大なアメリカを取り戻す」というのは、 2012年総選挙で「日本を、取り戻す。」というスローガンを掲げた安倍自民党とも重なる。トランプは国民のなかにある不安と不満を巧みにすくい取り、それを「米国第一主義」へと収斂して勝利を得た。おおかたの予想はヒラリー勝利だったが、私は、2000年11月の大統領選挙がフロリダ州の郡部での票の再集計にまでもつれこんだことから(直言「米大統領選挙の「幻の号外」」)、今回もかなりの接戦となって、簡単には決着がつかないのではないかと考えていた。そして、6月27日「直言」でも書いたように、ヨーロッパ各国におけるポピュリズム政党の躍進の動きから、ひょっとしたらトランプ政権誕生の可能性もあると見ていた。だが、トランプは予想を超えて、民主党がもともと勝つと見られていた州でも軒並み勝利した。

今回の大統領選挙についての分析はさまざまな媒体に出ている。冒頭の写真は、ドイツの週刊誌Der Spiegelの11月5日号の表紙である。「次の大統領:悲劇の脚本」とあり、まさに「泥仕合」そのものを描いている(特集記事ではヒラリー側の「不都合な真実」も扱われている)。主論説は、2000年の大統領選挙でブッシュが(最終的に最高裁の裁判官によって! )選ばれてから、「9.11」からイラク戦争、中東の混乱、イスラム国、難民・・・、米国とヨーロッパの弱体化、さらには西欧と民主主義の弱体化へとつながっていったことを指摘しつつ、「不可逆的な誤り」が米国においても行われる可能性があることを示唆していた。1933年のヒトラー政権の誕生もまた、労働者層を不安と不満、「エスタブリッシュメント」(既得権益層)に対する怒りと不信をすくい取るだけでなく、はじめのうちは景気の安定や雇用の創出などの「夢」と「希望」も与えてみせた。今回、トランプのすさまじい暴言の数々に惑わされて、彼がそれにもかかわらず支持を拡大していった事実を過小評価していたのではないか。彼の言動は実は巧みに計算されていた。「忘れられた国民」に向けて発せられた言葉の数々は、白人労働者層をつかんだ。

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Der Spiegelも書くように、この選挙は「より小さな悪」の選択だった。ヒラリー・クリントンは「最初の女性大統領」という売り込みポイントをまったく活かせず、トランプは女性蔑視発言にもかかわらず、女性票を確実に獲得した。女性もまた、ヒラリーを選ばなかったのである。これにより、ヒラリーは3度負けたことになる。まずは2008年の民主党予備選挙でオバマに負けた。その時の両候補のバッジがこれである。そして、今回の予備選挙でヒラリーは、若者たちの支持という点ではサンダース上院議員に負けた。サンダースは43.1%も得票して、若者たちを中心に熱烈な支持を得た。その主張は、グローバリズムによってしいたげられた人々、とりわけ若い世代の雇用や福祉を改善する政策だった。これまでの大統領選挙で、予備選段階ながら、ここまで社会民主主義的政策を掲げた候補者が高い支持を得たことはかつてなかったのではないか。ヒラリーを嫌う若い世代の票がどのように動いたのかは、詳細な選挙分析を待たねばならないが、サンダースを支持した若い世代がトランプにどれだけ投票したか。あるいは、ヒラリーを支持しないことを貫くために棄権にまわったのか。いずれにしても、「エスタブリッシュメント」(2005年小泉「9.11総選挙」では「既得権益」「抵抗勢力」)を攻撃して、「忘れられた国民」に希望を与える言説を展開した「挑戦者」のトランプが勝利した。彼自身が大富豪で、「エスタブリッシュメント」の典型にもかかわらず、その主張は、没落の不安を抱える、高等教育を受けていない、白人男性の心をつかんだ。「隠れトランプ」という言い方をする向きもあるが、貧富の格差が極限にまで進んだ米国社会のなかで、これが結果的にトランプを押し上げる「起爆剤」となったようである。

5月22日のオーストリア大統領選挙6月23日のEUをめぐる英国の国民投票、そして、9月4日のドイツのメクレンブルク=フォアポンメルン州議会選挙(「直言」の付記参照)と、ヨーロッパでは、右翼ポピュリスト勢力が大きく伸長した。ロシアのプーチン大統領は右翼ポプュリストの躍進に好意的な姿勢を示しているといわれ、オーストリア大統領選挙の再選挙で右翼ポピュリストのホーファーが、フランス大統領選挙で国民戦線のルペン党首が当選することに期待しているという(Nach der US-Wahl: Moskau hofft auf weitere Populisten, in:Frankfurter Rundschau vom 11.11.2016)。ロシア国営放送はトランプ当選を歓迎している。トランプとプーチンの米ロ首脳会談も、2017年の早い時期に行われるかもしれない。12月15日の日ロ首脳会談でプーチンにすり寄って、北方領土問題で自分の「成果」をあげようと狙ってきた安倍首相の目論見は、想定外のトランプ政権誕生によって外れたと見るべきだろう。

それにしても、トランプ当選にいち早く飛びついた安倍首相は、実に「みっともない」首相である。11月10日朝にトランプに電話して、「類まれなリーダーシップにより、米国がより一層偉大な国になると確信する」と、歯の浮くような言葉でトランプを持ち上げ、「経済成長の中心のアジア太平洋の平和と安定は米国の力の源泉で、強固な日米同盟はこの地域の平和と安定を下支えする不可欠の存在」と述べたという(『毎日新聞』11月10日付夕刊)。11月17日(現地時間)には渡米してトランプと会談することも決まった。安倍首相は、6月に広島を訪れたオバマ大統領を褒め讃えたが、その現職大統領を差し置いて、当選したばかりの大統領候補のもとに馳せ参じるのは異様である。「超高速! 参勤交代」みたいであり、「みっともない」と評する所以である。

他方、ドイツのメルケル首相はしたたかだった。トランプとの電話会談で、「ドイツと米国は、民主主義、自由、法と人間の尊厳の尊重――出自、肌の色、宗教、性別、性的指向、政治的立場にかかわりなく――という共通の価値によって結びつけられている」ことを強調し、「こうした価値を基礎として密接な協力をしていく」と提言した(首相府のホームページ参照)。これは、ヒスパニック系住民や黒人、イスラム教徒、女性、性的マイノリティなどへの激しい差別的言動を展開するトランプへの見事な苦言であり、牽制といえるだろう。

「もう一つのアメリカ」(Die Zeit Online vom 12.11.2016の記事の見出し)。いま、米国各地で反トランプのデモが起きている。「私の大統領ではない」(Not My President)というプラカードを掲げ、特にヒラリーが62%の得票をしたカルフォルニア州やオレゴン州で激しいデモになっている。オレゴン州は、大統領予備選でサンダースが勝利した州である。サンダースがヒラリーに勝利した23州のうち、その半分近くをトランプがとっている。サンダースが主張した社会民主主義的な提言をトランプも無視できない所以である。選挙中はあれだけ廃止するといっていた「オバマケア」(患者保護並びに医療費負担適正化法等)についても存続の方向だし、ごく最近になって(11月13日)、唐突に、「自分は同性愛者の権利の擁護者だ」とか、同性婚を容認するというようになっている。あの激しい蔑視発言は、すべて選挙までのパフォーマンスだったのか。いや、そうではあるまい。生粋の政治家とはかなり異なるメンタリティの持ち主である点に着目するならば、トランプ政権の発足以降、むしろ拍子抜けしそうな現実主義的政策が打ち出されてくる可能性もある。だが、トランプについて楽観は禁物である。

来年1月のトランプ政権発足により、軍事・経済・貿易などをめぐる対日要求は一気に加速されるだろう。日本国憲法の改正要求も、角度と質が変わるかもしれない。それを見越して、自衛隊に軍隊としての全属性を具備させるため、組織、編成、装備から運用思想、死生観に至るまで変えていく動きが現在進行形である。造船業界の合併の動きと相まって、2万トン級の本格空母(次期主力戦闘機、F35搭載可能)を「攻撃型空母ではない」として建造する方向が進むだろう。「軍産複合体」の長年の悲願だからである。

いま求められていることは、南スーダンへの自衛隊派遣を中止することである(トランプ当選翌日の『毎日新聞』11月10日「論点」〔PDFファイル〕の、水島朝穂「9条改正連動させる狙い」批判、伊勢崎賢治「PKOは交戦主体に変質」批判も参照)。これから出発する第11次隊は、「駆け付け警護業務」(PKO等協力法3条5号ラ)における武器使用(同26条2項)が認められるミッションとなる(11月15日閣議決定)。これは「海外派遣」ではなく、「海外派兵」というべきものではないか。南スーダンで死者を出す前に撤退させることが必要である

(文中敬称略)

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