先週13日の夜、普天間飛行場所属の新型輸送機MV22オスプレイが名護市沖に「不時着」して大破した。安倍晋三首相は14日午前、「重大な事故を起こしたことは大変遺憾だ。原因の徹底的な究明を強く要請している。飛行の安全確保が大前提だ」と述べた。稲田朋美防衛相は「コントロールを失った状況ではなく自発的に着水したと聞いている。墜落ではない」とぶらさがり記者会見で語ったが、かなり苦しい説明だ。「不時着」(政府)か「墜落」か。全国紙は米軍広報と政府が使った「不時着」という表現を使ったが、『琉球新報』12月14日付は1面トップで「オスプレイ墜落」と打った。同じ頃、別のオスプレイが普天間飛行場に「胴体着陸」していたので、『東京新聞』15日付1面トップは「オスプレイ2機事故」である。この紙面構成はいい。「不時着」か「墜落」かの表現にはこだわらず、「2機事故」という見出しを付けた。同じ時間帯に2機も事故を起こし、1機が大破したことは重大である。
4年前の直言「魚を食う鷹―オスプレイ沖縄配備の思想」でも書いたが、「垂直離陸して空中で水平飛行という二兎を追う構造のため、垂直飛行では、輸送ヘリコプターのような安定感がない」「事故の確率も他の航空機より高い・・・別名「未亡人製造機」と呼ばれている」(事故の瞬間のYouTube映像)。こんな欠陥機のために、いま沖縄北部の高江に「ヘリパッド」を新設している。自衛隊も17機(1機103億円)を購入する予定である。私は、「オスプレイの配備問題は、日米安保体制の矛盾を集中的に表現するもの」と書いたが(直言「日米安保を揺るがすオスプレイ」)、この事故をきっかけに、「オスプレイ」というキーワードは、この国の安全保障をめぐる歪みをわかりやすく提示し続けるだろう。
それにしても、安倍首相を見ていると、その高揚感、自己満足感、「自己効力感」は並みではない。その専制的手法も進化(深化)しているように思われる。国会では自分と意見が違う者を蹴散らし、信じられない速度で法案(特に「カジノ賭博解禁法案」)を成立させる一方で、中国に対して強硬姿勢をとりつつ、米ロに対しては目を背けたくなるような「媚態外交」を展開している。その意味で、12月15日のロシア・プーチン大統領との会談は、外交の汚点として記録されるだろう。
NHK(BS1)のワールドニュースは毎日録画してみている。ドイツで毎晩みていた第2放送(ZDF)の19時のニュース“heute”もやるからだ。この枠でロシアTVのニュースもみる。プーチン大統領訪日を報じたモスクワ時間15日20時のニュースをみると、プーチン訪日をめぐる一連の経過が、ロシア側のペースに完全にはめられていることがよくわかる。このニュースのナレーションは次の通りである(NHKのロシア語通訳による)。
「・・・プーチン大統領は今日、日本を訪問し、南クリール諸島(いわゆる北方領土)での共同経済活動を主要議題に安倍総理大臣との首脳会談に臨みました。プーチン大統領の日本訪問は2年前から検討されてきましたが、日本政府はアメリカ政府からの圧力で延期してきました。しかし、今年9月に行われたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の際、日本政府は最終的にロシア大統領の日本訪問を求め、今回の訪問が実現しました。」
「安倍総理がしきりに時間を気にしています。夫人にも衣服を整えるよう指示し、すべてに完璧をめざしているようです。安倍総理は今回初めて、自身の故郷に外国首脳を迎えることになりました。プーチン大統領の専用機は山口県宇部市に到着。ここから会談が行われる長門市まで車で2時間をかけ移動しました。プーチン大統領がホテルに到着したのは午後6時。あたりはすでに暗くなっていました。1カ月前、ペルーで行われたG20(主要20カ国首脳会議)のおりにも、安倍総理は改めてプーチン大統領に訪日を求めました。両首脳はまず記者団の求めに応じて握手をしました。」
ロシアTVは安倍首相とプーチン大統領の挨拶を伝えたあと、安倍首相が温泉をすすめたが、プーチンは、「温泉で疲れをとってくださいとのお言葉ですが、あまり疲れすぎないことが肝心ですね」と返して、安倍が爆笑しているシーンを流す。派手な遅刻を含めて、「そんなに言うから来てやったよ」という態度が露骨に示されている。
「こうした歓迎ぶりとは裏腹に、日本はこの3年間、ロシアに対して制裁を実施してきました。大統領の日本訪問も数回にわたって延期された経緯があります。アメリカ政府からのきびしい反応があったからです。ロシア政府が日本政府に日本訪問を是非とも行いたいと要請したことはありません。オバマ政権の相変わらずの厳しい反応にもかかわらず、日本ではプーチン大統領の訪日を心待ちにし、安倍総理は今回の訪問を貴重なチャンスと表現しています。日本の世論もメディアの論調も今回の訪問で日本にとっての懸案の問題が解決するかのような雰囲気一色でした。日本の官僚やメディアのヒートアップに冷水を浴びせたのは、来日前にプーチン大統領がインタビューで行った発言です。「露日間には領土問題は存在しない。領土問題があると考えているのは日本側だ。このデリケートな問題で接点を模索する用意はあるが、その前に両国は真に信頼できる二国間関係を築くための長い道のりを踏破しなければならない」という発言です。今回の会談で両首脳は南クリール諸島での経済協力に合意しました。専門家会議での合意が得られなかったため、文書は両首脳が1時間かけて手を入れました。しかし、日本の古い世代からみれば、日本がこうした共同プロジェクトに参加すれば、島に対する日本の主権に疑念が生じてしまうという懸念があります。・・・」
夕食会でも、プーチン大統領は遅刻した。エレベーターホールで、携帯を見ながら手持ち無沙汰の安倍首相をロシアTVはキャッチしていた。元KGBエージェントとして肉弾戦にも心理戦にも長けたプーチンの前に、安倍晋三などひよっこ同然だった。領土問題でまったく進展がなかっただけではない。平和条約交渉は事実上行われず、声明にも文書にもならなかった一方で、4島での「特別な制度のもとでの共同経済活動」に合意してしまった。「特別の制度」という曖昧な表現のもと、すでにロシアでは「ロシアの法律のもとで」という「解釈」がメディアを通じて流されている。安倍首相が「手応えを感じた」として前のめりになったのは、プーチン側から、1956年の日ソ共同宣言で明記された歯舞、色丹の2島返還と引き換えに、国後、択捉への経済援助を日本が行うという流れがほのめかされていたからである。安倍首相はこれに一方的な期待をかけて突っ走った。その結果、領土問題ではまったく進展がなかったどころか、1956年日ソ共同宣言の線よりも実質的には後退させてしまった上に、8項目の経済協力まで約束させられてしまった。そのあたりをロシアTVは「日本の官僚やメディアのヒートアップ」と茶化して、プーチンが「露日間には領土問題は存在しない。領土問題があると考えているのは日本側だ」という来日直前のインタビュー発言を「冷水」と表現したのである。トランプ当選を読みきれなかった外務官僚は、ここでもロシアに完全にやられてしまった。加えて、首相側近の筋の悪さは、歴代政権にも例がない。今回、ロシアとの交渉を安倍首相は外務省を超えて、特命大臣にやらせた。ぶらさがり記者会見の時に、背後霊のように控える世耕弘成である。ネット支配のプロジェクトを仕切った官房副長官から、出世して経済産業大臣となり、ロシア経済分野協力担当大臣を兼務している。今回の外交の失策の「戦犯」の一人である。ロシアTVは、「結果が出せず」に憮然とする世耕の姿を映し出していた。
北海道大学の木村汎氏は「日本完敗 合意は負の遺産」というコメントを寄せている(『東京新聞』12月17日付)。平和条約についてまったく成果がないのに、4島での「共同経済活動」の協議開始に合意してしまったことは、むしろマイナス効果を及ぼすと木村氏はいう。「主権の所在はどうでもよいという気分が醸成され、ロシアの実効支配が強化されるからだ」。そして、ロシア側にとっての大きな成果は、この訪日により、「G7による包囲網を突破した事実を全世界に喧伝できた」ことである。「安倍首相が前のめりの姿勢を示した結果として、プーチン氏は、ロシアが得意とする焦らしや恫喝、まず高値を吹っかける「バザール商法」などの交渉戦術を縦横に駆使し、最高首脳間の「信頼」関係の存在だけにすがる日本側を子供のように翻弄した」と。
「首脳間の信頼関係」というが、安倍の薄っぺらさはプーチンに最初から見透かされていた。プーチンとの会談についてオバマ米大統領の「許可」を得るために、TPPの国会承認を急いだ。途中でTPP反対のトランプが大統領に当選したのは大誤算だった。そして、「カジノ賭博解禁法案」を無理筋で成立させて、来年1月のトランプ新大統領との会談の「手土産」にしようとした。場当たり的、甘い認識、右顧左眄、無節操に彩色された「媚態外交」以外のなにものでもないだろう。
EU首脳会議は14日、ロシアのクリミア併合に対する制裁措置を来年半ばまで延長することを決めた(Frankfurter Rundschau vom 16.12.2016)。まさにその日に、プーチンと「仲良し」を演出する安倍首相は、まったく国際社会の「空気」が読めていない。「空気が読めない」(KY)のではなく、そもそも空気が見えていない(KM)のかもしれない。会談が行われている12月15日、「シリア白ヘルメット」と国際人権団体が、国連に対して、ロシア軍機によるシリア爆撃によって市民1207人(子ども380人を含む)が死亡したことを報告していた(ロイター、FR vom 16.12)。欧米では「シリアにおけるロシアの戦争犯罪」について非難の声があがっている。そうしたなか、安倍首相は功をあせって、大局を見誤り、「プーチンとの蜜月」を全世界にアピールしてしまった。安倍政権下の日本が、EU諸国から見て、「価値観を共有する国」として懸念をもたれてしまったわけである。
他方、安倍首相がトランプタワー58階に「駆け込み」、そこで日本でのカジノ解禁を「密約」した疑いがある。あれから「カジノ賭博解禁法案」の国会での優先順位は一気にあがった。女性蔑視やイスラム排斥、移民排除のトランプを、国際社会に向けて、「信頼できる人物」と太鼓判を押してしまったことのマイナスも計り知れない。日本は金をむしりとられ、信用まで失うだろう。
屁理屈はまだ理屈のなかに入るが、安倍首相には理屈がない。無理屈である一方で、情緒的に熱く語る。今回も唯一、元島民の墓参など自由往来を改善することで合意した。それを引き出すため、安倍は島民の手紙をプーチンに渡した。まさに泣き落としである。本来そうした手法は、大局的な問題解決への動きのなかで行われるべきものである。それを、安倍首相は「大きな成果」として胸をはるわけである。昨年、安倍首相は、集団的自衛権の行使を合憲という「論理」の説明に、「友だちのアソウ君」とともに不良三人組とケンカするという仰天の例え話を持ち出したことは記憶に新しい(その写真は「直言」参照)。「地球儀を俯瞰する外交」ならぬ「地球儀を弄(もてあそ)ぶ外交」の破綻は、今回の日露首脳会談で一段と明確になったといえるだろう。
トランプやプーチンらと向き合う安倍首相について「お坊ちゃま育ちの割には、不良と付き合うのがものすごく上手です」と語ったのは、萩生田光一官房副長官である(『朝日新聞』11月25日付社説)。安倍首相ととても気があい、何度も会談を重ねた人物が、トルコのエルドアン大統領である。麻薬関係者の絶滅を公言し、自らその殺害に関与したとするドゥテルテ大統領(フィリピン)とも気の合うところを見せていたので、側近の「不良」発言になるのだろう。プーチン大統領も相当な悪である。冒頭の写真の缶バッチは、今年7月にモスクワのみやげ物店で買ったものだが、射撃の名手プーチンが「我われを侮辱する者は、3日と生きられないだろう」とつぶやいている。ところで、安倍首相が日本でそのプーチンと会っている時に、米国政府は、先の大統領選挙でトランプ有利になるようにサイバー攻撃で介入したと非難した。オバマ大統領は、「ロシアが実行したとの絶対的な自信がある」「プーチン大統領なしでこうした行為は実行できない」と名指しで非難した(『朝日新聞』12月18日付)。プーチンに対して不自然で過剰な親近感を示した安倍首相に対して、オバマ大統領が12月26日の真珠湾でどんな顔を見せるだろうか。
《付記》
文中にある北方領土の写真は、2007年水島ゼミ北海道合宿の「北方領土班」が現地を取材した際に撮影したものである。羅臼町とその対岸の国後島である。なお、当時の13期副ゼミ長の多田彩さんが、合宿終了後、一人で現地に残り、国後島へのビザなし渡航をやってレポートをまとめた。時間がたったが、この機会に本人の同意を得て公表する(PDFファイル)。