先週19日夜(日本時間20日未明)、私にとって大切な場所でテロ事件が起きた。冷戦時代の1988年5月に初めて出会い、20年前のホームページ開設当初から巻頭に掲げてきた「塹壕のマドンナ」。その原本のあるカイザー・ヴィルヘルム記念教会(Kaiser-Wilhelm-Ged?chtniskirche)前のブライトシャイト広場(Breitscheidplatz)のクリスマスマーケットに大型トラックが突っ込み、12人が死亡、48人が重軽傷を負ったのである。あと5メートルほど右にハンドルを切っていれば、新教会内の道路側壁近くに展示されている「塹壕のマドンナ」は破壊されていたかもしれない。スターリングラードの戦場で、家族を思いながら「光・命・愛」の木炭画を描き、帰らぬ人となったクルト・ロイバー。そして、この教会の建物は、1943年11月23日のベルリン大空襲で破壊され、戦争の悲惨さ の象徴として戦後保存されてきたものである。広島の原爆ドーム前で、見学する人々の列にトラックで突っ込んで殺害するような行為といえば、ドイツ人の衝撃の大きさが理解できるだろう。なお、容疑者とされる24歳のチュニジア国籍の人物が、イタリアのミラノ市内で警察に射殺された。「イスラム国」(IS)との関係を示す証拠も見つかったという(12月24日SZなどドイツ各紙デジタル版参照)。総選挙の年を前に、極右のみならず、与党内からもメルケル首相の難民政策への批判が高まっている。これが難民政策の転換点になるのかが注目される。
今年3月、ドイツ・ボンに向かうのに当初、ブリュッセル経由の便を予約した。しかし、ブリュッセル空港テロ事件(3月22日)によって空港が閉鎖されたため、フランクフルト直行便に変更した。エッフェル塔は3月23日、ベルギー国旗の色に染まって、ベルギー市民への連帯を示した。先週、エッフェル塔はドイツ国旗の色に染まり、ドイツ市民に対する連帯を示した。ベルリンの中心部で「イスラム国」(IS)が関連したテロが起こるに及んで、難民の受け入れを積極的に行ってきたドイツはいま、大きく揺れている。
22年前にピエール ルルーシュ=三保元監訳『新世界無秩序』(日本放送出版協会、1994年)を読んだ。 冷戦後の民族紛争、南の貧困と大量の難民、核拡散とテロの可能性など、「想定の範囲内」の指摘が並んでいた。それから22年。トランプ政権の登場によって、新たな「世界秩序2.0」(注1)が誕生しようとしている。その意味合いはかつてとは大分異なる。「トランプの新世界秩序」というのは、アメリカ主導の西欧的世界秩序の理念が過去のものとなったことを意味する。Pax Americanaの終焉である。西欧的価値を掲げた対外政策は、軌道修正がはかられるだろう。トランプは米国にとってよいものと判断すれば、独裁者とも大量虐殺者とも公然と取引をする(D.Haufler, Die neue Weltordnung des Donald Trump, in: Frankfurter Rundschau vom 18.12.2016)。「人道的介入」や「保護する責任」(R2P)と関連したミッションに米軍が関わることは直接的にはなくなる一方、米国の利益に必要とあれば、国連安保理を無視した単独軍事介入の可能性さえ否定できない 。一部では、トランプの訪朝と金正恩との「ハンバーガーを食べながらの会談」さえ予測されている。「奇妙な同盟」は、まずはロシアから、いずれは北朝鮮、さらには「イスラム国」(IS)との間でも成立するかもしれない。シリアをめぐる複雑な対抗図式も、オバマ時代とは異なる様相を呈してくるだろう(そして犠牲者はいつも現地の民衆である)。
「テロとの戦い」も形を変えてくるだろう。10年前に書いた「直言」では、ブッシュ政権の「テロとの戦い」を批判した。「テロとどのように向き合い、どう対処したらよいか。それには、まず何よりも、「対テロ戦争」という名で行われている、ブッシュ政権の「戦争一路」政策をやめさせることだろう。「見えない敵」への憎しみをひたすらあおり、人々の不安とテンションを高め、最新兵器の技術革新と絶えざる兵器需給を保証する「対テロ戦争よ、永遠なり」のブッシュ政権こそ、「テロリスト」よりも悪質で陰険な、暴力の活用者ではないだろうか。このブッシュ政権の戦争政策にブレーキをかけられれば、それは、テロと暴力の連鎖を断ち切る「はじめの一歩」になることは確実である」と。そして、ラルフ・ダーレンドルフ(社会学者)が、「世界は単純(simple)ではないし、単純になるべきでもない。世界が豊か(rich)なのは、それが複雑(complicated)だからである」という言葉を引用して、世界の複雑さをポジティヴに捉え、さまざまな文化や宗教などと共生していく視点を紹介した。だが、トランプの「新世界秩序」(あるいは「世界秩序2.0」)の成立によって、テロとの向き合い方も大きく変わってくるだろう。
トランプ新政権では「世界は単純(simple)」に色分けされていく。ブッシュ政権はまだ「西欧的価値」を掲げていたが、トランプは、自分にとってプラスか否かで物事を決めていくので、その限りでは独裁者やテロリストにとっては大変付き合いやすい相手となる。米国内でのテロはなくなり、安全になる一方で、ロンドンやローマ、そして東京が、ベルリンに引き続いてテロの対象となっていくだろう。むき出しの本音でわかりやすい米国に対して、「イスラム国」(IS)も微妙に態度を変えてくるはずである。その意味で、ベルリンでのテロは、トランプに対して西欧的価値を掲げて釘をさしたメルケル首相を追い込むための(注2)、トランプ当選後の欧州における最初の「政治的テロ」だったのではないか。ベルリンのテロは、トランプの「世界秩序2.0」への掩護射撃という側面をもっているかもしれない。
何とも暗い終わり方となった2016年。『シュピーゲル』誌は、2016年をまとめた巻頭言のなかで、「ボリス・ジョンソン〔英国のEU離脱を煽った元ロンドン市長〕の年、ドナルド・トランプの年、そして、嘘が辞任の理由になるのではなく、勝利をもたらし得るような年だった」と書き始め、2016年から私たちが教訓を引き出さねばならない点をさまざま挙げている(Der Spiegel vom 7.12.2016, S.8)。まずは、当たり前のような命題でさえも疑ってかかることが大切という。ヒラリー当選を誰も疑わなかった。「もしもウィスコンシン州とミシガン州とペンシルバニア州の10万人が別の候補に投票をしていたら、この国に女性大統領が誕生していただろう」と。1億3000万人のうちの10万人である。「民主主義のために我々は戦わなければならない」ことも学んだ。嘘をつき、中傷をし、民主的制度やルールを尊重しない候補者が選挙に勝利すれば、民主主義そのものが停止してしまう。2016年から教訓を引き出すべき新しいことは、ポピュリストたちが自由なプレス〔メディア〕を破壊しようとしていることである。「嘘のメディア」になったとき、誰も何も信じない。SNSが嘘を拡散していく。「人間は自由への不安をもっている」ことを、2017選挙年に向けて学ぶことが大切であると指摘する。
極度の不安定性を特徴とする2016年がまもなく終わる。2017年は「新世界無秩序2.0」への一歩となるのだろうか。その3月にはオランダ総選挙、5月のフランス大統領選挙、9月のドイツ総選挙、いずれも極右の躍進が予想されている。そしておそらくは日本の総選挙。安倍自民党(もはやかつての自民党ではない)と維新との連立政権、憲法改正へ。悲観的なことばかり書いてきたが、前述のD.Haufler「トランプの新世界秩序」という評論の結びでは、トランプ政権の誕生による「米国の挑発」に対して、同盟国は、米国に対する依存・従属から脱却すべき時がきたと書いている。トランプ政権の誕生で、これまでの従属関係からの離脱がさまざまな形であらわれてくるだろう。一つひとつ吟味してからでないと即断できないものも増えてくる。その時、米ロに「媚態」をふりまく安倍晋三ではこの国の行く末は危うい。トランプタワーでの「駆け込み会談」と長門市でのプーチン「待ちぼうけ会談」、そして12月28日午前(現地時 間27日午後)ハワイ・真珠湾でのオバマ「最後っ屁会談」によって、安倍晋三の「終わりのはじまり」がはっきりしてくるだろう。それを見えにくくしているのはメディアの責任であり、その「戦犯」が「つゆしゃぶ」仲間(ここをクリックして2時間35分も飲み食いした名前を確認してください! )(注3)である。
2017年が、世界と日本、そして読者の皆さまにとってよい年になることを祈りつつ、2016年最後の「直言」を終えたい。「ドイツからの直言」の26回を含む52回の更新を無事達成することができた。通算1054回となる。来年もこの「直言」をどうぞよろしくお願い致します。
(注1)ヴェストファリア講和条約(1648年)からを「世界秩序 1.0」とするならば、トランプ政権の発足により「世界秩序 2.0」が生まれた(R.N.Haass, The Case for Sovereign Obligation, in: Foreign Affairs, December 12, 2016)。
(注2)11月10日、メルケル首相はトランプとの電話会談で、「ドイツと米国は、民主主義、自由、法と人間の尊厳の尊重――出自、肌の色、宗教、性別、性的指向、政治的立場にかかわりなく――という共通の価値によって結びつけられている」ことを強調し、「こうした価値を基礎として密接な協力をしていく」と提言した(首相府のホームページ参照)。これは、ヒスパニック系住民や黒人、イスラム教徒、女性、性的マイノリティなどへの激しい差別的言動を展開するトランプへの見事な牽制だった。
(注3)「首相動静〔12月20日〕」欄(『朝日新聞』2016年12月21日付4面)