ドイツの保守系新聞Die Weltの電子版は、2月11日から安倍・トランプ会談の動画を、この間抜けな表情の画面で固定して発信を続けている。この新聞を発行するAxel-Springer社は日本で言えば読売新聞社に近い。
この写真の場面では、日本のマスコミ各社の政治部キャップ級の記者たちが、ツーショットを撮影するため、「目線くださ~い」とトランプに日本語で声をかける。何を言っているのか理解できないトランプは安倍に「What are they saying?」と尋ねる。安倍は微笑みながら「Please look at me」と答える(YouTube)と、トランプは微笑みながら安倍を見つめ続け、最後は左手で安倍の手をポンポンとたたいた。トータル18秒の握手。当該画像は、動画の後半に出てくるのだが、Die Welt紙はあえてその瞬間の安倍の顔をトップにして固定している。ここには意志を感じる。
『南ドイツ新聞』は「握手」の分析をしており興味深い(Süddeutsche Zeitung vom 15.2.2017)。一番左が安倍首相。トランプの左手が何ともやさしい。その右がマイク・ペンス副大統領。信頼できる「同志」との握手だ。その右が連邦最高裁判事に任命したニール・ゴーサッチである。グッとつかみ手を添え「頼んだぞ」という傾きを感じる。最後がトランプに抵抗して、移民受け入れの姿勢を変えないカナダのジャスティン・トルドー首相である。微妙な距離感がある。
「安全のためには何をしてもいい」と、合衆国憲法に違反する施策や手法を次々に繰り出すトランプ。連邦地裁が大統領令を差し止める命令を出すや、「いわゆる裁判官」と嘲笑し、権力分立原則を足蹴にする勢いである。EUやNATOに対して閣僚レベルで「意外に穏和な対応」をさせ、トランプ自身も各国首脳との直接の会談では穏やかな対応をとり続けた。日本でも、訪日した「狂犬マティス」国防長官が「尖閣諸島は安保条約5条の適用範囲」という趣旨の言葉を発するや、メディアには「安堵」の空気が広がった(5条では「施政権」が問題となるのだから当然のこと。「領有権」については何も言っていないことに注意)。マティスはブリュッセルでのNATO国防相会議の終了後、「米国はNATO条約5条および相互の支援を遵守する」と述べたが、その前日には、「米国は、同盟国が国防予算を増額しないのであれば、支援を減らす可能性がある」とガッツリ実をとっていった(die taz vom 16.2.2017)。
この写真は2月13日「直言」で紹介した「晋ちゃんラッキートランプせんべい」の中身を皿に乗せて撮影したものである。食べてみたが、メープル味で甘い。しかし、本物のトランプもプーチンも甘くはない。トランプが政治家ではなく、ビジネスマン、より正確に言えば不動産屋であることを忘れてはならないだろう。不動産屋の3点セットである「ノリ、ハッタリ、知らないフリ」を駆使して攻める一方、旧ソ連時代から屈指の諜報員だったプーチン・ロシア大統領が、謀略と智略、アメとムチ、心理戦の巧緻で挑んでくる。安倍首相はこの間、2人にいいように遊ばれたのではないか。米露からむしりとられる「被害状況」について、日本国民はもちろん、まだ日本政府も十分に読みきれていないようだ。安倍は「信頼できる」の一点ばりでピュアすぎる。ロシアからむしりとられる3000億円や、トランプに押しつけられる多大の負債と負担について、いま、「嵐の前の静けさ」の状況にある。確実に言えることは、この米露首脳との、準備不十分な会談をあわててやった結果、日本側が失ったものは想像以上に大きいということである。
ドイツの『シュピーゲル』誌の最新号には、トランプ政権について、「トランプゲート(Trumpgate)」事件という記事が掲載されている(Der Spiegel, Nr.8 vom 18.2.2017, S.72-75)。「トランプのホワイトハウスは、持続的にカオスが支配する舞台である」。発足から1カ月もたたない2月13日、トランプの信頼もあついマイケル・フリン安全保障担当大統領補佐官が突然辞任した。政権発足前の昨年12月段階で、米駐在ロシア大使と電話で、ロシアに対する西側の制裁について話し合ったことが理由である。情報機関が電話を盗聴していて判明した。イスラム教嫌いと差別的言動で知られた元国防情報局長だが、ロシア寄りの姿勢をもち、別件でオバマ大統領(当時)に解任された。オバマ憎しでトランプに急接近。トランプの信頼を獲得した。だが、政権内には反ロシアの傾向も強い。政権幹部が就任前からロシアと接触したというこの政権スキャンダルは、『シュピーゲル』が列挙する、ニクソン政権の「ウォーターゲート」や、クリントン政権の「モニカゲート」(モニカ・ルインスキーとの不倫スキャンダル)、「Eメールゲート」(ヒラリー・クリントンの私的メール問題)、「プッシーゲート」(トランプの女性蔑視問題)の比ではない。トランプはフリンとロシアの接触をどこまで知っていたかを含めて、「トランプゲート」事件に発展するかはまだわからない。
『シュピーゲル』によれば、オバマと2008年大統領選挙を戦ったジョン・マケイン上院議員は、争いが絶えないホワイトハウスについて壊滅的な判定を下している。「国家安全保障に関して、機能障害が生まれている。・・・誰が決定を行うのか。バノンか、31歳〔政策担当大統領補佐官のスティーブン・ミラーのこと〕か。これが軍事指導か。彼らがやっかいな用件を片づけねばならない」と悲観的である。また、「トランプの支配原理は、誰にも強すぎる力を与えず、そして政権内ですべての人を相互に対抗させるということである」。そして、妬(ねた)みと嫉(そね)み、僻(ひが)みとやっかみの空気(雰囲気)を作り出す。足のひっぱりあいを意識的にさせて、競わせる。フリンはそうしたなかで失脚した可能性が高く、これからも「暗闘」が続くだろう。
トランプ政権で最も影響力を行使しているのは、黒幕のスティーブン・バノン大統領首席戦略官兼上級顧問とされている。Alt Right(もう一つの右翼)で白人至上主義者。国家安全保障会議(NSC)のメンバーでもある。「テロ予防策」の名目で、中東・アフリカ7カ国市民の入国をストップするという、とんでも政策を思いついたのも、イスラム嫌いのバノンの発想とされている。「私はレーニン主義者だ」と言ってはばからないバノンは、「国家の破壊」を目指し、「それが私の目的だ」と断言。ワシントンの「既得権益」の破壊を狙っている。その後、何を生み出すのか。taz紙によれば、バノンは「国家を脱構築する(dekonstruieren)」として、国家を急激に変革しようとしている。具体的には、税金、規制、国際協定の絡み合ったシステムを「行政国家」という概念のもとに構想している。彼が「脱構築」概念によって国家の「破壊」を考えているかどうかまでは明確ではないが、この政権の閣僚の選び方そのものが「脱構築」を意味するという見方もある(die taz vom 24.2.2017)。
確かにトランプ政権の閣僚は「3G」、すなわち、大富豪(Gazillionaire)、ゴールドマン・サックス(強欲投資銀行Goldman Sachsの役員)、将軍(General)のいずれかである。国家の公共性や中立性の建前すら解除して、むき出しの利益追求(金もうけ)、戦争の追求、権利の制約が行われていくことが懸念される。オリバー・ストーン監督のトランプ評価は当然下がることになりそうだ。彼の最新作「スノーデン」では、米国情報機関がテロ対策を口実にして、普通の市民に対しても体系的・徹底的な監視活動を行っていた事実を、スノーデンの内部告発を通じて描いている。トランプの「安全のためには何をしてもいい」という論理は、このスノーデンの悪夢に再び向かいかねない。トランプ当選直後に「トランプ大統領。悪くない」と発言していたストーン監督は今、どう思っているのだろうか。
ところで、トランプの乱暴な手法そのものが、自らの政権基盤を不安定にし、墓穴を掘ることにつながる「弱さ」のあらわれとも言えるのではないか。はちゃめちゃな政権運営が続く限り、この政権はもって1年ほどという見立ても生まれている。政権の機能不全や機能障害が極点にまで達し、トランプが政権を投げ出す可能性(弾劾、辞任〔狭義の投げ出し〕など)も否定できない。その場合、一心同体のペンス副大統領(上院議長)ではなく、継承順位第2位の下院議長が大統領職に就任する事態も生まれるかもしれない。その意味では、政権投げ出しの「小先輩」安倍晋三と「気が合う」のも自然なことなのだろう。
この不安定で予測不可能なトランプ政権に、190以上ある世界各国の政府のなかで最も早く、かつ深く、濃く密着してしまった日本の安倍政権は、トランプ政権の迷走と暴走の影響をまともに受けることになる。日本の利益を考えれば、トランプ政権と適切な距離をとることが何よりも求められていた時期に、安倍首相がやったことはその正反対のことだった。それは、自民党党則が禁ずる総裁3選禁止規定を自らのために改め、史上最長の「総理・総裁」を目指す安倍首相の驕りと昂りと同時に、何らかの「焦り」が拙速の背景にあるように思う。そうしたなか、政権末期の症状も少しずつ出始めている。その一つが、大阪の学校法人の国有地払い下げ問題である。
大手メディアの扱いは鈍かったが、予算委員会での野党の追及が続くなか、先週あたりからようやく報道が始まっている。「総理は無関係。学校法人が勝手にやったこと」で幕引きをはかろうとする向きもあるが、『ハンギョレ新聞』は、「日本版崔順実(チェ・スンシル)ゲート」という声を紹介している。まもなく韓国憲法裁判所で弾劾に関する決定が出る朴槿恵韓国大統領。その長年の友人と側近たちのスキャンダルとのアナロジーだが、それはともかく、「安倍首相の政治生命まで危うくする本格政治スキャンダルに発展する兆し」(同紙)がそこに含まれていることは確かだろう。以下、新聞報道(ここでは『毎日新聞』特集サイトを挙げておく)を参考にまとめておく。
大阪府豊中市の国有地に、学校法人・森友学園「瑞穂の國 記念小學院」が建設されているが、ここで問題となるのはその売却価格である。この国有地は評価額9億5600万円。森友学園には1億3400万円で売却されたとされるが、国会での答弁によると、国は、「元国有地の土壌がゴミなどで汚染されているので、不動産鑑定による撤去費用約8億2200億円を差し引いたため」としている。しかし、本当にゴミなどが8億円以上かけて撤去されたのか疑問とされている。24日付各紙によれば、校庭の土地にゴミを埋めもどしたという業者の声が紹介されている。評価額9億5600万円からゴミなどの撤去費用8億2200万円を引けば、売却価格は1億3400万円となるのだが、どうもそうではないらしい。国がさらにゴミ撤去のために1億3176万円を補助した疑いも出ているので、結局、実買価格は約220万円ということになるようである。8770平方メートルの国有地を220万円で売却。その差額は不当な便宜供与となり、そこに政治家が介在すれば一大スキャンダルに発展する。野党は土地取得時の財務省理財局長の参考人招致を要求したが、与党側は拒否した。
この学校法人のホームページを見ると、「日本で初めてで唯一の神道の小学校」とされ、校内に神社も建設されている。一般的に言えば、憲法上、教育の自由が保障されており、仏教系やキリスト教系の学校も多々存在している。神道系の学校だからといって否定されるものではない。私立学校法1条は、「私立学校の特性にかんがみ、その自主性を重んじ、公共性を高めること」をうたう。神道を重視する教育自体は否定されないが、教育の公共性の観点から、小学校に必要な学科目などを含めて、知事の諮問機関である私立学校審議会の審査を受けることが設置の前提となる。大阪府知事が設置認可や廃止など一定の事項を行う場合、 あらかじめ私立学校審議会の意見を聴かなければならない(同法8条1項)。この学校の場合、「教育理念」として、「初等教育期は日本人としての国家観を醸成するにとても重要な時期であり、常に天照大御神様をはじめ八百万神に見護れているという認識」のもと、「教育勅語素読・解釈による日本人精神の育成(全教科の要)」とある。森友学園が運営する塚本幼稚園では毎朝、教育勅語を園児に朗唱させているといい、その実態が徐々に明らかになりつつある。小学校もこの幼稚園の路線を踏襲すると見込まれる。大阪府私立学校審議会の定例会では、財務状況から教育内容(カリキュラムなど)に至るまでかなり疑問が出されていたが、それにもかかわらず認可の方向は揺るがなかった。「最初に認可ありき」の松井一郎知事(日本維新の会代表)の意向が反映していたのではないかという疑問も指摘されている(追記:2月25日になって松井知事は、「森友学園が安定した経営ができないようであれば認めるわけにはいかないというのが府教育庁の立場だ」として、不認可の方向を示唆した(『毎日新聞』2月26日付))。
なお、小学校の「教育方針」には、「地球儀を俯瞰した教育」も挙げられている。「地球儀を俯瞰する外交」をすすめる安倍政権とかなり親和的な教育内容で、実際、安倍首相の夫人の昭恵氏が「名誉校長」としてホームページに掲げられていた(私も確認したが、2月23日午後1時以降閲覧すると削除されていた! )。この学校法人の会合でも、「こちらの教育方針は主人も素晴らしいと思っている」とはっきり語っている。24日の衆院予算委員会で野党の追及を受けると、安倍首相は夫人の名誉校長辞任を明らかにした。
甘利明内閣府特命担当大臣の辞任問題にみられる「政治家の口利き」は、形式的に見すぎてはならないだろう。一国の総理大臣の場合、直接に「口利き」をするはずがない。国有地の払い下げでも、学校認可でも、そこには巨大な「忖度」の構造が存在する。首相夫人が「名誉校長」というだけで、財務局の現場の動きは変わる。「政治は結果を出すことです」と日頃から強調している安倍首相が、自分と自分の妻の名前や権威を利用されたことについて、「向こうが勝手にやった」ではすまないだろう。少なくとも夫人が「名誉校長」に就任した事実を知り、それがホームページに掲載されたことを知った時点で何らかの行動を起こすべきだった。国会で追及されるに及んでホームページから削除となったわけで、その間、この学校の生徒募集に「名誉校長」の名前が影響を与えたことは否定できない。その結果に対する責任はどうなるのか。「私や妻が関係していたということになればこれはまさに私は間違いなく総理大臣も国会議員も辞めるということははっきりと申し上げておきたい」(2017年2月17日 衆議院予算委員会答弁)と胸をはるが、すでに重大な結果責任が問われているのである。
ちょうど2年前の毎日新聞世論調査(2015年2月4、5日)によれば、安倍内閣支持率が42%、不支持が43%と初めて「拮抗」した。これまで支持・不支持を明確にしてこなかった「中間層」や「無関心層」に変化が生まれたことが原因に挙げられていた。これに懲りた安倍政権は、その後の2年間、政策的には論点ずらし、「やってる感」の演出に力を入れ、また、メディアへの圧力を強めつつ、国費を使った「ネトウヨ」によるネット操作を展開しつつ、世論の支持をかすめ取ってきた。その結果、これだけの失態が続いても、安倍内閣の支持率は60%台を維持している(TBS世論調査、2017年2月4、5日では65.4%)。だが、安倍首相の「無知の無知」の突破力も、この種のスキャンダルには有効ではない。森友学園問題の展開しだいでは、世論に変化が生まれる可能性もある。「政権投げ出し」が日米双方で起きるかどうか。来月のオランダの総選挙、5月のフランス大統領選挙と、トランプ・安倍の「お友だち」が増える可能性があり、しばらくは「歴史反動」の時期が続くことになろう。