「即席の受け皿」の危うさ――東京都議選の効果
2017年7月10日

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7月1日、東京都議会議員選挙の前日、函館弁護士会主催の講演会のため、午前10時20分の便で羽田を発った。到着は11時40分の予定だったが、函館空港は濃い海霧のため、全日空機は空港上空を1時間20分、旋回を続けた。燃料がもつギリギリまで天候の回復を待つという機長のアナウンスに期待をかけた。予定の時間の5分前に、機長は最後のアプローチをかけた。ゆっくり雲が晴れてきて、五稜郭がはっきり見える。乗客から「よしっ、行け、行け! 」という声がかかる。もう少しと思ったその時、グオーッというものすごいエンジン音と同時に、体に強い重力を感じた。まるでタッチアンドゴー(艦載機が陸上空母離着陸訓練でよくやっている)のような急上昇である。「これより新千歳空港に向かいます」という機長アナウンスに頭が真っ白になった。

新千歳に着いたのは14時近く。講演は18時から。函館まで、特急で3時間10分はかかる。だが、ボーディング・ブリッジ(搭乗橋)を出てすぐに、乗客は動けない状態になっていて、到着ロビーまで長蛇の列である。なかなか外に出られない。函館からの他社便もまわされていて、ロビーの方にもJR券の引き換えを待つ長い列が見える。遅々として進まない。特急が出る南千歳駅混雑のため、函館行き北斗号は17時過ぎの列車まで乗れないというアナウンスが流れた。私はすくに腹を決め、警備員に頼んで到着ロビーへの扉を開けてもらい、タクシー乗り場に走った。タクシーは出払っていてほとんどいない。予約の車ばかり。やっと1台見つけ、女性運転手に「函館まで」というと、一瞬怪訝そうな顔をして、「札幌市何区の地名ですか?」というので、「道南の函館に18時前に着けますか」というとびっくりした顔をしたが、「やってみます」と一言いって車を発進させた。女性運転手は、道央自動車道の追い越し車線を大沼公園インターチェンジまで、237キロも走り続けてくれた。国道5号線に入り、合計272キロを走って、おかげで17時28分、函館・五稜郭近くの会場に無事到着した。体の緊張が一気にほどけた。ホールにはたくさんの市民の方々が待っておられ、講演にも力が入った。懇親会には函館弁護士会の全会員の5分の1が参加して、「もはや絶体絶命!と思った奇跡の講演会」(浦巽香苗弁護士〔ゼミ10期副ゼミ長〕の言葉)の成功を祝った。

本州なら、東京駅から日本海の見える新潟県長岡市までタクシーで行ったことになる。私としては、2015年カナダのバンクーバーから参議院憲法審査会参考人のために、サンフランシスコ経由で急ぎ戻ったときのヒヤヒヤ感まではいかないが、これに次ぐ体験となった。女性運転手の「講演に絶対に間に合わせる」というプロ意識と、函館弁護士会のご配慮に感謝したい。ちなみに、『函館新聞』7月2日付によれば、この海霧による空港の混乱で講師が来られず、市主催の講演会が中止になったようである。弁護士会の講演がこの記事に載らなかったのは幸いだった。

さて、私が函館にいる時に、東京では都議会議員選挙の投票が行われていた。2日20時少し前に帰宅して、すぐにNHKをつけると、開票速報へのカウントダウンが始まっていた。獲得議席のところで「自民党0」がかなり長い時間続いた。こんなことはかつて見たことがない。改選前57議席から約6割減の23議席となる「歴史的惨敗」だった。前回の「直言」で書いたように、「中央と地方のねじれ」が新たに生まれた。下村博文自民党東京都連会長は惨敗の理由について、「国政の問題、国会議員の問題が大きかった。自民党に対する怒りだったと受け止めている」と語り、加計学園をめぐる問題や、稲田朋美防衛相の失言など、国政での相次ぐ“失点”が影響したとの見方を示した(『読売新聞』7月3日付による)。特に稲田防衛大臣はもはや政治家の体をなしていない。彼女が法学部卒で、かつ司法試験に合格しているとは後輩たちに言えない。

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敗因はこれだ(THIS)〔豊田真由子・萩生田光一・稲田朋美・下村博文〕といわれているが、決定的なのはA(安倍晋三)だろう。7月1日、秋葉原駅頭での安倍首相の演説に対して、聴衆のなかから「安倍やめろ」コールが飛んだ。首相は、「こんな人たちに、皆さん、私たちは負けるわけにはいかないんです」と叫んでしまった。これは誰がみてもまずかった。IWJ(インディペンデント・ウェブ・ジャーナル)の記者がその時のことをこうレポートしている(「日刊IWJガイド・ウィークエンド版」7月8日号。「あそこで「安倍やめろ」の声をあげていたのは、・・・デモなどで見知った顔の人もいるし、見知らぬ顔の人もいる。横断幕やプラカードを用意していた人ばかりがコールしていたのではありません。手ぶらできた大多数の市民に、自民党側から、その場で日の丸の小旗が手渡されていましたが、そうした日の丸を拒むことなく受けとり、旗を振りながら、多くの市民が「帰れ!」「国会開け!」と口々に批判の声を上げていました。」と。首相には、自分を支持する人に対しても支持しない人に対しても等しく日本国民として対応にあたる職責がある。安倍首相は、震災が「まだ東北で、あっちの方でよかった」とやって更迭された復興大臣と同じようなことを言ってしまった。自民党幹部は、「あれで10議席減ったんじゃないか」と語ったという(TBS「Nスタ」7月3日放送)。最大の敗因は、安倍首相とそのご一党による政権運営そのものにある。前回の「直言」で、「最も重要なことは、安倍政権と国民との間の「ねじれ」である」と書いたが、これが始まったと言えるだろう。

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都議選の直前、岸田文雄外相は「今は9条の改正は考えない。自衛隊は今の憲法でも合憲である」としつつ、そこには「この憲法を使いこなしてきた日本国民の叡知が積み重なっている」と語っていた(日本テレビ6月28日19時ニュース)。選挙の3日後の7月5日の記者会見で、山口那津男公明党代表は、安倍首相が意欲を示す憲法改正について、「政権が取り組む課題ではない」と断言したのが注目される(『日本経済新聞』7月5日付夕刊)。自民党内にも大きな動揺が走り、改憲一直線の首相との間で「ねじれ」が生まれつつある。安倍一党の恐怖政治の終わりの始まりである

他方、自民党への怒りの「即席の受け皿」(fast outlet)となった「都民ファーストの会」は55議席を獲得して第一党になったものの、そのうちの39人は新人である。「当選以外の共通目的がない人々だというのを忘れてはいけない」(水無田気流「何を前に進めるのか」『朝日新聞』7月4日付「論点」)。端的に言えば、「小池チルドレン」というよりも「小池ベビー」に近い。早晩、不祥事や失言などによって何人かが消えていくだろう。次の選挙まで存続していないのではないか。実際、選挙の翌日、小池氏は代表を辞任した。6月1日に代表に就任してからわずか1カ月。選挙に勝つためだけの代表だった。ファストフードならぬ「ファスト代表」。しかも、辞任の際に気になる一言。これからは「国民ファースト」でいくことを示唆した。常に時の最高権力者に寄り添い、乗り換え、人を手段として使い、切り捨て、のし上がってきた彼女のしたたかな履歴をみれば、選挙で大勝した直後のこの「転換」も納得である。安倍政権の傲慢政治への怒りの「即席の受け皿」となったことは確かであるが、しかし、小池という人物とその今後の歩みには「猛毒」が含まれている。とりわけ、憲法との関係では、安倍首相の改憲路線の「遊撃隊」として位置づけられるだろう。元経産官僚の古賀茂明氏によれば、「都民ファーストは期間限定の「海の家」、その目的は改憲ファースト」ということになる。

「都民ファースト」の代表に再びなった野田数(かずさ)氏こそ、5年前の東京都議会9月定例会で、「『日本国憲法』(占領憲法)と『皇室典範』(占領典範)に関する請願」(平成24年6月8日受理、20日付託)に賛成した「東京維新の会」の代表だった。さすがに当時「日本維新の会」代表だった橋下徹氏は、そうした議論は「ありえない」と苦言を呈しつつ、「憲法破棄(の立場)は取らない。大日本帝国憲法復活なんてマニアの中だけの話だ」と批判した(直言「「東京維新」と大日本帝国憲法―世はアナクロニズムに満ちて(2・完)」)。

小池都知事の憲法認識もすこぶる怪しい。小池氏は2000年11月30日の衆院憲法調査会で、参考人として出席した石原慎太郎都知事(当時)が、現行憲法を「歴史的に否定」するよう国会に求めたのに対し、「いったん現行の憲法を停止する、廃止する、その上で新しいものをつくっていく」「基本的に賛同する」と応じたという(『しんぶん赤旗』2016年7月29日)。これは、その小池氏の2011年8月26日のツイートである。この時は、自民党総務会長をやっていた。

本日、サンフランシスコ講和条約発効日である4月28日を主権回復記念日として祝日とする議員立法を総務会で承認し、衆議院に提出いたしました。祝日が多すぎるというなら、借り物の憲法記念日5月3日を祝日から外します。 #JNSC

— 小池百合子 (@ecoyuri) 2011年8月26日

この「主権回復の日」こそ、壮大なる勘違いの代物である。サンフランシスコ講和条約3条で日本と切り離された沖縄の人々にとっては「屈辱の日」であり、その日を「主権回復の日」などとする歴史感覚を疑う。終わり際に唐突に「天皇陛下万歳」をやった安倍首相らに対して、天皇・皇后の静かな違和感の表明がなされたことは記憶に新しい。小池氏は自民党総務会長として、5月3日を「借り物の憲法記念日」と呼び、「祝日から外します」と言ってのける人物であることを忘れてはならないだろう。

明日、7月11日(火)、「共謀罪」法が施行される。277の犯罪について、実行の着手や未遂、予備よりもずっと手前の「共謀」段階で、警察は「合意」それ自体を処罰することができる(直言「「共謀罪」法案に隠された重大論点―「準備行為」(overt act)?」)。警察権力の市民生活への介入が進み、特高警察のようなタイプの組織が跋扈する「現代公安国家」(Sicherheitsstaat)の様相を呈するおそれがある。「忖度と迎合」の空気もさらに広がっていくだろう(直言「介入と忖度」)。その「空気」の兆候はすでにあらわれている。

前述の安倍首相の秋葉原での街頭演説で「辞めろ」とコールした聴衆を、「共謀罪」の疑いで「逮捕すべし!」と求めるフェイスブック(FB)の投稿に対し、自民党の工藤彰三衆院議員が「いいね!」ボタンを押していたというのである。自民党の悪名高き「二回生議員」の一人だった。工藤氏が内容を評価するボタンを押した投稿は、「テロ等準備罪で逮捕すべし!」と題され、「安倍総理の選挙演説の邪魔をした『反対者たち』とは(略)反社会的共謀組織『政治テロリスト(選挙等国政妨害者)たち』なのだから!早速運用執行すべし!」と書き込まれていたという(『朝日新聞』2017年7月7日付)。

都議会議員選挙では、安倍自民への怒りから「都民ファースト」が多数を占めたが、今後、小池知事の国政への踏み板として利用し尽くされるに違いない。「安倍一強」は崩れ始めると早い。二度目の「9.12事件」もまた、「安倍一興」だろうが、対抗軸としては、「ファスト」(fast)ではなく、安定的な受け皿が求められる。「立憲野党」とされる4党にとどまらず、自民党のなかの安倍総裁に批判的な人々を含めて、より広い連帯と連携、その発展形態としての戦後初の「立憲政党」を作り出していくことが求められている。

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