半年ぶりの雑談シリーズである。前回は「ドイツでの生活(2)」と「音楽よもや話(22)」を兼ねたものだった。4年前、「緩慢な思考力低下の危うさ」を「スマートなアホ化」、略して「スマホ化」と呼んだが、これが政治の分野でさらに深刻度を増している。今回はこのことについて書くことにしよう。
ホームページの「直言」の更新を20年以上続け、今回で1090回目となるが、実は私はアナログ派である。ブログすらやらない(直言「ブログをやらないわけ」参照)。だから、このホームページについて、「先生のブログを拝見して…」などと書かれると悲しくなる。講義や講演でもパワポを使わない(直言「『脱IT依存』は可能か」)。ただ、大学もデジタル化、IT化が進み、この20年、アナログ派の私も妥協を余儀なくさせられている。そもそも、当初は携帯電話すら持たない主義だったが、4年前に「スマホは使わない」というところまで妥協し、昨年のドイツ在外研究の際に必要に迫られ、ついにスマホを導入した。それでもなお、ツイッターやフェイスブックはやらずに、距離をおいている。
2016年11月、歴史上初めて、そのツイッターで統治する合衆国大統領が誕生した。2年前に「つぶやき民主主義」の陥穽を出して、熟議ではなく、瞬時に決まる「即議」の世界を批判した。《(140字という限られたスペースのため)いきおい、印象的で瞬間的で、表面的な判断が先行する。語尾がいいかげんになり、およそ公共空間において、公的な事柄について発言する際には使わないような物言いになる。・・・頭に浮かんだことが漏れだしたものが「つぶやき」であって、思考を経由した意見とは言えないものも少なくない。感情的反応、生理的不快感の表明、単純な反発などが理性のフィルターを通過しないで出てきたものがネット空間にあふれる。・・・自らの政治活動を多方面に、瞬時に知らせたり、講演会などの情報を短時間で広めたりするのには適している。だが、他方で、本音丸出しの荒れた言葉で、ことさらに問題を単純化して発信するため、その人の思考や意見が十分に展開されない段階で、140字に対して瞬間的な反応・反発が引き起こされ、それが連鎖していく。こじれたときは、汚い言葉の応酬が続くことになる・・・》 こういったことを指摘した。
いまも上記のコメントは有効と考えている。トランプは、大統領選の期間、1日何度もつぶやき続けた。「メキシコとの国境に壁をつくれ」などの過激な発言は支持者を熱狂させ、当選につながった。就任後もツイッターを乱射し続け、就任半年の時点でそれを検証した記事「「指先攻撃」加熱 トランプ大統領 就任半年」(共同通信配信「分断の風景」『東京新聞』2017年7月19日付夕刊)によれば、フォロワーは3400万人という(@realDonaldTrump)。乱暴な言葉と論法で、国内外の問題、国内の政治家や外国の指導者について遠慮会釈なしに言葉の銃弾をぶつけていく。政権の人事も運営もめちゃめちゃだが、本人の「つぶやき」はとまらない。上記の共同配信記事によれば、トランプに好意的なFOXニュースの世論調査でさえ、71%が「つぶやき」は政策遂行の妨げになっていると回答しているという。
トランプによる「つぶやき政治」に対して、ドイツの第12代連邦大統領となったF. -W. シュタインマイアーは、インターネットを通じて「白と黒」の情報を広める「140字での政治」に反対した(Die Zeit vom 12.02.2017電子版)。その半年前、シュタインマイアーは連邦外相として、大統領候補だったトランプに対して、「憎悪の説教師」(Hassprediger)という言葉を使っていた(Der Spiegel vom 04.08.2016電子版)。トランプの嫌われ具合は並みではない。トランプとベタベタする安倍首相に対して、保守系紙でさえ、間抜け顔の画像を出して固定している。
3年前の夏、俳優の故・菅原文太さんのラジオ番組「日本人の底力」(ニッポン放送)に呼ばれて、1時間ほど語り合ったことがある。2週連続の放送となった。菅原さんは、安倍首相による強引な内閣法制局長官人事にたいそうお怒りで、話はそこから始まった。しかし、後半では、「政治家の質が下がっているのはなぜなんでしょうか」という質問から、スマホやツイッターなどを駆使して、政治家の言葉がすごく軽くなっていることなどに話が及んだ。「そういうものがひとつの文化、遊びとしての文化で終わればいいんだけど、そうじゃなくて、政治とか国の大事な仕組みに関わることにまで侵犯して、人間の意識までも変えてるんじゃないかって、こんな指一本で世の中を動かせるとしたら・・・スマホなんてまったく使わない俺みたいな人間でも、その影響を受けざるを得ない。その結果、即断即決、すぐに答えを出すことを求められるようになり、一人ひとりの人間が“熟慮”することができなくなっているんじゃないか。」(菅原文太『日本人の底力』〔宝島社、2015年〕144-155頁)。文太さんの危惧は現実のものとなっている。
メディア自身もSNSの影響を免れない。何か記事が出ると、すさまじい反響(リツイートの嵐)がある。先日、私自身、時事通信のインタビューに応じたところ、8月13日14時23分に「安倍首相に改憲資格なし=水島朝穂早大教授-インタビュー・憲法改正を問う」としてアップされるや、ひどい言葉がネット上にあふれた。「この馬鹿! SEALDsと一緒に国会前で踊ったあのボンクラ教授だろ? すっこんでろ!💢💢 【悲報】水島朝穂早大教授「安倍晋三という人物に改憲する資格無し!」 人間として最低な人物! 国民は早く気がついて欲しい!」。最初にこれをツイートしたネトウヨ君は、記事のURLも書かずにつぶやいているのだが、ネット上のお仲間たちはこれを軽々しくもリツイートする。その中で実際に記事を読んだ人はどれほどいるのだろうか。
そのSNS上のネトウヨと一体化し、発信源となっているのが『産経新聞』である。一例が、8月13日0時40分のデジタル版の記事。朝日新聞論説委員のコラムに対するSNS上の下品な言葉をそのまま記事と見出しに使って、自ら「炎上」をけしかけている。タイトルは、「論説委員コラム「北朝鮮化する日本?」がネットで炎上 「寒気がする。悪意しか感じない」「朝日は終わり。頭おかしい」」。このような記事は報道機関が出すべきものではない。これではネトウヨの書き込みをまとめて拡散する「まとめサイト」と変わらない。
ところで、「歩きスマホ」をやっている人間のことを、英語で「スマートフォン・ゾンビ」というらしい。「人間の姿をしているのに人間らしい思考も感情もない。うつろな目をして集団で動き回る」。こうしたゾンビたちを横断歩道から締め出す条例がハワイのホノルル市で制定された。10月下旬施行で、スマホを使いながら横断すると15ドルの罰金が科せられるという(『朝日新聞』8月7日付「天声人語」)。
「スマホ歩き」をしていると首が前に垂れ、前屈姿勢になる。やや古いが、ここで2013年の新聞記事の切り抜きを紹介しよう。韓国では、スマホのやり過ぎを一因として、若者に首の異常が急増しているという。韓国保健福祉省所管の国民健康保険公団によれば、同国で20代を中心に頸椎椎間板ヘルニアが急増しており、うつむいた姿勢でのスマホの使い過ぎが一因とみられている。歩きながら下を向いて使うのは特に悪いとして、なるべく前を向き使うよう呼びかけている(『毎日新聞』2013年7月16日付7面)。
左右の写真は、スウェーデン・ストックホルム市内のスマホ歩き警告の道路標識である(Süddeutsche Zeitung vom 4.5.2017)。スマホ歩きは、世界各国で規制の対象になってきている。
スマホ歩きの危険性だけでなく、スマホの思考への影響も深刻ではないか。ネットの発達により「思索」と「検索」を取り違え、パソコン・携帯に支配されて知的劣化の「新3猿」(読まざる、書かざる、考えざる)に陥る危険性を指摘してから7年が経過した。私自身も昨年からドイツでスマホを始めたのは、「ライン」に入って、無料通話で東京の大学の教室で行われている水島ゼミの「最後の15分」にコメントを寄せるためだった。ゼミ長がスマホにマイクをあてると、教室に私の声が15分間流れる。まるで私が実際に教室にいるかのようだったと、ゼミ生は帰国後に語っていた。スマホでラインというと、私はまだ苦手だが、しかし9000キロ離れていても、無料通話で長時間語れるというのはすごいことだと思った。スカイプなるツールを使えば、もっといろいろとできるのだろうが、私がそれを使うまでに定年を迎えるだろう。12年前に書いた直言「雑談(44)個人のコンピューター(PC)からの自由?」の頃に比べれば私もかなり妥協をしており、パソコンで原稿を書いているし(親指シフトキーボードで)、スマホもラインも使っているけれど、しかし、これからも「コンピューターに支配されない個人の自由」だけは大事にしていきたいと思う。
《付記》冒頭の写真は、Die Welt紙のサイトにある購読宣伝バナーである。本文中の黒いバッジは、銃の保持者たちが、「我々の権利を守る」トランプを2016年大統領選で勝利させようという目的で製作・配布されたもの。全米ライフル協会(NRA)もしくはそれに近い組織のものではないかと推測される。