ドイツの知人からメールが届いた。有権者の半数が投票しなかった総選挙の結果について心底驚いていた。インターネットの普及で、来週、トランプが来日して、安倍晋三首相とゴルフをやることも知っていた。ドイツ人の大半は、トランプに対して嫌悪感を示す。米合衆国大統領のなかでは、ケネディとオバマに対するドイツ人への思いは強い。特に前者の名前を冠した通りはフランクフルトやボンにあり、ベルリン市民の記憶は特に強い。 それとの対比で、トランプへの嫌悪は憎悪に近いものを感じる。
先月フランクフルト空港で購入した『シュテルン』誌(Stern vom 24.8.2017)の表紙は衝撃的だった。特集タイトルは、ヒトラーの『わが闘争』(Mein Kampf)にひっかけて、『彼の闘争』(Sein Kampf)。中を開くと、ハーケンクロイツの入れ墨をした男たちの写真なども飛び込んでくる。同じ時期、アメリカの有名誌『タイム』がこれに近い構図を表紙に使った。北朝鮮の問題でも、トランプと金正恩について、ドイツの論調は、ほとんど二人を同列に扱っている。冒頭右側の写真は『シュピーゲル』誌がコラムに使ったポスターだが、ここでは二人は危ないサイコになっている(Der Spiegel, Nr.33 vom 12.8.2017, S.8)。メルケル首相は、安倍首相が「すべての選択肢がテーブルの上にある」というトランプを支持するのに対して、「外交的手段しかない」(軍事的選択肢はあり得ない)という立場を一貫してとっている。「対話による問題解決の試みは無に帰した」と妙にハイテンションになって一方的に北朝鮮を非難する安倍首相とは相当距離がある。
そうしたなかでの総選挙(民主主義国家では稀にみる低投票率)の結果は、世界中で大いに驚かれている。絶対得票率(小選挙区)25%の自民党が74.4%の議席を占める。早速、安倍首相は「これだけの民意を頂いた。我々(自民党)の発言内容にも国民は注目しているので、機会をきちんと確保していこう」と萩生田光一・幹事長代行に指示した(『朝日新聞』10月28日付一面肩)。この側近は直ちに忖度して、衆院予算委員会の与党2割、野党8割の質問時間の配分を見直す検討を始めた。「国会でお決めになること」と突き放す菅義偉官房長官も、「議席数に応じた質問時間の配分を行うべきだという主張は国民からすればもっともな意見だ」と妙に饒舌である。議会は熟議の府である。多数の議席をもつ与党よりも、政府が出す法案や予算について野党の質問時間を多く確保して、国会の行政チェック機能をはかるのが常道である。この戦後長きにわたる議会慣行に、安倍政権は手をつけようとしている。野党の質問時間の削減は、国会の大政翼賛化の危険な兆候である。野党は徹底して抵抗すべきである。
先月、ドイツでは戦後初めて、極右政党が連邦議会に進出した(94議席)。今月、チェコやオーストリアの選挙で右翼ポピュリストの政権が誕生した。ハンガリーやポーランドに続き、「立憲主義からの逃走」が加速度を増しているようにみえる。トランプと親密な関係をアピールする安倍首相は、強権的なエルドアン・トルコ大統領やプーチン・ロシア大統領とも異様に近しい関係を演出している。安倍首相は「立憲主義からの逃走」のお友だちというイメージは世界に広まっていくだろう。一国の憲法を「みっともない憲法」と唾棄する首相のもとで、この国は国際的に「みっともない国」になりつつあるのではないか。
たまたま10月29日の『朝日新聞』朝刊の記事を並べてみた。10月27日、国連総会第1委員会で、日本が24年間連続して提案している核兵器廃絶決議案の採決にあたり、これまで日本案に賛成してきた国が23カ国も減ったという。日本政府が、ノーベル平和賞をとったICANが推進した「核兵器禁止条約」に反対したことに加え、「核兵器のあらゆる使用による壊滅的な人道的結末についての深い懸念」という昨年の決議案の文言から「あらゆる」を削除して、米国の核戦略を忖度して、一定の核使用を容認するかのような表現に改めたことも反発の原因とみられている。「核軍縮、日本の影響力低下も」という朝日の見出しは、「唯一の被爆国」という日本の存在を、安倍政権が国際的に傷つけていることを象徴しているように思う。「「唯一の被爆国」存在埋没」という見出しをつけた新聞もあった(『東京新聞』10月29日付一面トップ)。「みっともない国」になったものである。
ひるがえって、日本国内の問題についてみると、この日の第1社会面トップは、沖縄県東村高江の民有地に米軍ヘリが不時着・炎上した事故で、日本側が機体の検証ができなかったことを伝えている。ネックは日米地位協定である。民有地で起きた事故である。当然、日本の消防、警察などの調査が行われるところが、「日本側の立ち入り、6日後、説明1時間、直後に解体」という見出しに示されるように、日本側の本格的な検証は許されなかった。13年前の沖縄国際大学ヘリ墜落事件とまったく変わっていない。地位協定は日本の国家主権を異様に制限し続けている。沖縄県をはじめ、基地所在15都道府県の知事が地位協定の改定を要望しているのに、政府はまったく取り合わない。「あなたはどこの国の総理ですか」という言葉を、今年8月9日、長崎の被爆者が安倍首相にぶつけたが、無反応だった。相手によってこの首相の表情は極端に変化する。とことんトランプに忖度と迎合を続ける「みっともない首相」のもとで、日本は本当に「みっともない国」になりつつあるのではないか。
さて、その安倍首相が「みっともない憲法」の「改正」に前のめりになっている。これまで野党との合意も語ってきたのに、総選挙の翌日、これまで野党との合意も語ってきたのに、総選挙の翌日、「政治なので当然、みなさん全てに理解いただけるわけではない」と語った。これでは立憲民主党との合意ははじめから必要ないというに等しい。こうして「安倍ファースト」の改憲が始まった。総選挙の結果から、憲法改正をいち早く読み取ったドイツのテレビ解説は、憲法9条改正による軍事力強化を危惧している。その手始めが、11月5日のゴルフ場での「秘密会談」かもしれない。ロイター通信2017年2月12日が「ゴルフ外交」と呼んだそれが、日本でも展開される。そこでは、北朝鮮問題を理由にして、かなり高額な負担(お金にとどまらない)を約束させられるだろう。ゴルフ場で、ラフなスタイルで、世界に向けて、日本のみっともない姿が発信される。トランプに対して安倍首相は、沖縄でのヘリ墜落事故に触れて、日米地位協定の改定を求めることは決してしないだろう。「みっともない首相」を取り替えることができなかった結果は、想像以上に大きいものとなろう。
ここで、選挙前に取材されたインタビュー記事を掲載して参考に供したい。すでにラインニュースなどにも流れて広く読まれているようだが、記録のために「直言」にも掲載しておくことにしたい(『神奈川新聞』2017年10月14日付21面(論説・特報)〔画像クリックでPDFファイルを開きます〕)。