ドイツの総選挙から2カ月以上たつが、第4次メルケル政権はまだ発足していない。キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と自由民主党(FDP)、緑の党(Grünen)の連立交渉が続いていたが、難民の家族まで受け入れるかどうかなどの問題をめぐって折り合わず、FDPが連立交渉から離脱してしまった。有力と見られていた「ジャマイカ連立」(黒(CDU)・黄(FDP)・緑の中米ジャマイカ国旗になぞらえた表現)が挫折して、先週はシュタインマイヤー連邦大統領が調停役として登場し、精力的に各党の党首と会談を続けた。選択肢は3つ。議会に過半数を持たない少数派政権、「大連立政権」(Große Koalition)、再選挙である。戦後ドイツ政治史において、どのような連立の組み合わせでも政党間の交渉で決着がついてきたが、今回はメルケル首相に連立交渉を進める力がない。社民党(SPD)のシュルツ党首は大連立政権を望まず、再選挙を主張してきた。党青年部(JUSO)は「NoGroKo」を唱えて大連立に強くに反対している。だが、もし再選挙になれば、「無能な既成政党」への批判を強める極右「ドイツのための選択肢」(AfD)が三桁の議席を獲得する可能性もあるため、各党とも再選挙には及び腰である。先週末の段階で、CDU/CSUとSPDの大連立政権の可能性が強まってきた。ただ、SPD党内には、ティールゼ元連邦議会議長などの「ケニア連立」(黒・赤・緑のケニア国旗に例える)を提唱する人たちもいて流動的である。
シュタインマイヤー大統領は憲法学で博士号をもつ。彼はドイツ基本法63条を知悉しているはずである。通常は連邦議会議員の過半数(Mehrheit der Mitglieder des Bundestages)を得た者が連邦首相(宰相)に選出されるが(63条1項、2項)、選出されなかった場合には、14日以内に投票が行われ、「その半数を超える議員によって」(mit mehr als die Hälfte seiner Mitglieder)首相を選挙することができる(2項)。この選挙が成立しないときは、14日以内に「その半数を超える議員によって」首相を選挙することができる(3項)。しかし、この期間内に選挙が成立しないときは、新たに投票が行われ、そこで最多票を得た者が首相に選出されたとされる(4項1文)。その者が過半数を得たときは、大統領は7日以内に首相に任命しなければならない(同2文)。もし、選ばれた者が過半数を得ていないときは、大統領は7日以内にこの者を任命するか、または議会を解散するかしなければならない(同3文)。
投票を繰り返すなかで過半数を得た者が出てきて首相となる。しかし、今回は過半数になる見込みがない。そのため、63条4項3文の事態になって、大統領は、議会に多数を持たない「少数派」首相を任命するか、それとも議会を解散するかのどちらかを選択しなければならない。ここにまで至ると、大統領は自らの判断で議会を解散することができる。「ヴァイマルの経験」、とりわけ「民主主義の行き過ぎ」「強すぎる大統領」への反省から、現在のドイツ基本法は議院内閣制と大統領制をブレンドして、大統領には限定的で象徴的な役割しか与えていない。ただ、今回のように、長期にわたって首相が選ばれない状況が続くことになると、大統領の「賢慮」が働く余地が残されている。今回、ドイツ基本法史上初めて、63条4項3文が想定する場面が生まれたといえるだろう。憲法学で博士号をもつ大統領だからこそ、初めての憲法実例を生み出すにあたって強い決意で臨んでいるはずである。再選挙という決断をするか、自らが所属するSPDを説得して大連立に持っていくか。はたまた少数派政権の発足という可能性もあり、今週が山場となる。
さて、ドイツ政治の混迷のなか、総選挙前の最後の本会議で議長退任の挨拶をしたN.ランメルトの言葉が想起される。「民主主義はただ単に多数決だけでなく、この多数への途上で少数派の権利を守ることをも意味する」。ランメルトは、議会制民主主義の成果を保持することを促し、かつ政府の統制に際しても、議会の役割を強化することを求めた。そしてこう結んだ。「ここ、連邦議会に民主主義の心臓(Herz der Demokratie)が鼓動している」(Die Welt vom 6.9.2017)。
冒頭右側の写真は、10月5日に開かれた、連邦議会の「議会統制委員会」(Parlamentarisches Kontrollgremium: PKGr)の様子である。3つの秘密情報機関、すなわち連邦情報局(BND)、連邦憲法擁護庁(BfV)、軍事保安局(MAD)のトップが同時に議会に呼ばれ、連邦議会の統制委員会メンバーの質問を受けるのは初めてである。この委員会は、米国のCIAに近い活動をするBND、日本の公安調査庁にあたるBfV、そして連邦軍の情報機関であるMADに対して、あらゆることを質問することができる。
秘密情報機関が相手なので、統制委員会メンバーは9人のみ。その活動の性質上、公開することが適当でないと判断された事項については、委員会メンバーだけにとどめられる。この9人には守秘義務が課せられており、情報機関はこの委員会で答弁することによって、議会全体の質問に答えたとされる。通常は秘密会である。
この日に開かれた会議は報道陣に公開された。開催場所はガラス張りでとても明るい建物が選ばれた。連邦議会議事堂の近くにある「パウル・レーベハウス」という議会付属の建物で、その透明感は夜になるとはっきりする。秘密会が原則であるこの委員会を、あえて、とてつもなく透明度の高い建物で行うことによって、秘密情報機関の活動についての透明性を強調しようとしたものと思われる。
右側の写真は、陳述する連邦憲法擁護庁長官である。国内における共産主義団体やネオナチ、テロリストなどの監視にあたり、近年ではイスラム過激派対策が重点となっている。この日の委員会では、潜入工作員(V-Mann)をめぐる問題などが報告され、テロを計画しているイスラム原理主義者についての情報が2017年だけで650件あったことも言及された。軍事保安局(MAD)長官は、連邦軍の軍人のなかに3人のイスラム原理主義者が判明したと報告した。憲法擁護庁長官は、「我々には完全な道具箱が必要だ」と、より強力で広範な権限を要求した(Der Spiegel Digital vom 5.10.2017)。
9人の議会統制委員会メンバーうち、最長老がハンス・クリスティアン・シュトレーベレ議員(緑の党)である(左側の写真参照)。彼は選挙に強く、4期連続して小選挙区から当選している。緑の党では彼だけである。78歳で、9月24日の総選挙後、議員引退を宣言している。元赤軍派(RAF)被告の弁護人を務めたこともあり、また緑の党の創設メンバー(ベルリンAL以来)である。権力統制の手法と技法、さらに迫力ある追及には定評がある。
秘密情報機関の長官に対する議会統制委員会の公聴会は、シュトレーベレ議員のような専門的知識をもつ議員もいて緊張感をもって行われている。日本の国会では、議員の質問に対して、「答弁を差し控える」といって答弁しない官僚がいる。ドイツの議会とは大違いである。
先月7日、ドイツ連邦議会の権限を強める連邦憲法裁判所第2法廷の判決が出た。この写真はそのときの様子である。連邦政府は、ドイツ鉄道と連邦金融監督庁に対する情報要求に対する回答に際して、その応答義務を十分に果たさず、それによって提訴申立人(緑の党の会派)と連邦議会の権限を侵害した。問題となったのは、「シュトゥットガルト21」という鉄道駅建設計画で、10億ユーロも予定よりも費用がかかり、かつ完成が2023年から24年末までずれ込むとされている。この大規模工事について、緑の党が政府に情報提供を求めたが、政府はこれに十分に対応しなかった。また、2005年から2008年までの複数の銀行に対する連邦金融監督庁の措置などについても十分な根拠もなしに不完全な回答を行った。これらの行為について、申立人は申立人および連邦議会の権限が侵害されたと主張した。
連邦憲法裁判所は、訴えには十分な理由があるとしてこれを認容した。判決理由のポイントはまず、連邦議会に、連邦政府に対する質問・情報権(情報請求権)が与えられている点について、基本法38条1項2文および20条2項2文を明示してその意義を強調したことである。個々の議員や会派にも情報請求権が認められ、連邦政府には原則としてそれに対する応答義務がある。政府情報への関与なくして議会は政府に対する統制権を行使できない。それゆえ、議会の情報利益は特別に重い価値がある。統制機能は同時に、民主主義原理から出てくる、政府の議会に対する責任の表現である。
他方、連邦議会の情報請求権の限界は、秘密保持の必要のある情報の開示により危うくされる連邦または州の福祉(国家の福祉〔Staatswohl〕)である。しかし、連邦政府は、ドイツ鉄道関連の係争対象の問題の回答に際して応答義務の限界を誤認し、そのことにより基本法38条1項2文および20条2項2文からくる申立人および連邦議会の権限を侵害した。金融監督庁の問題でも、連邦政府は、係争対象の問題の回答に際してその応答義務の限界を著しく誤認し、それによって基本法38条1項2文および20条2項2文からくる申立人の権利を侵害した。
冒頭の左側の写真は、この判決を伝えたドイツ第二放送(ZDF)のニュース番組で、天秤の絵を使って、判決が政府よりも連邦議会の権限を重く扱ったと伝えている。これに比べて日本の国会はどうだろう。冒頭の天秤の写真で言えば、政府の方に圧倒的に傾いているといっていいだろう。2人に1人しか投票にいかない民主主義国家って、なんだ、である。
「情報隠し、争点ぼかし、論点ずらし、異論つぶし、お友達重視」という安倍式統治手法を駆使して、この政権はますます安泰だろう。恐怖と不安を巧みに操作することによって、この政権は権威主義的性格を強めている。安倍政権が、徹底して国会を軽く扱っているのは偶然ではない。「立憲主義からの逃走」はさらに加速するだろう。