ここ数年来、朝食時に午前5時に収録したNHK・BS1「ワールドニュース」をみるのが日課になっている。英国BBC、ドイツZDF、オーストラリアABC、ロシアTVである。早回しで必要な情報を得ることもある。6月7日のロシアTVをみていると、プーチン大統領が電話で、国民の疑問や不満に直接答えるという番組(通称「プーチン・ホットライン」)のことを詳しく伝えていた。そのやり方が度派手なのに驚いた。放送時間は5時間たっぷり。全国から電話やスカイプなどで質問が届くが、プーチンは政治や経済、外交の一般問題だけでなく、生活に密着した問題や一地方の道路問題まで縦横無尽に、かつ事細かく答えていく。
正面左側の大画面に、関係閣僚やロシア諸州の知事たちが待機していて、正面には質問者の顔や問題となる現場の映像が出てくる。「子どもを保育園に入れようとしたら4人からでないとだめだと言われた。3人子どもがいるが入れないのか」と質問する女性。プーチンは知事に向かって、「これをどうするか」と問うと、知事は「よく規則を知らずに適用しているようだ。」と答える。間髪を入れずプーチンは、「あなたの部下ですよ」という。知事が青ざめる顔はは画面が遠いので見えないが、おそらくこわばっているだろう。結局、その場で3人でも入所できることになる。傲慢で横柄な下級官僚の行為を、大統領が知事を直接「指導」して正す。視聴者も溜飲をさげる。まるで「水戸黄門」の感覚である。
また、燃料が高くて生活が苦しいという質問を受けるや、プーチンは、エネルギー担当の閣僚に向かって対策を求める。閣僚が何とか法案を準備すると答えると、プーチンがすかさず、「法案を準備すれば、私が承認します」と明言する。これにて一件落着である。だが、このケースは、その場ですぐに結論が出るはずもなく、事前に仕組まれた質問に対して、対応が決まっていることを、あたかもプーチンがその場で解決したかのように演出しているようである。その日のドイツZDFも皮肉っぽく紹介し、NHK・BS1の「国際報道2018」も、「国民対話で新演出」と伝えたこの番組を評したドイツの新聞の見出しは、「プーチンはすべてを把握している」だった(Frankfurter Rundschau vom 7.6.2018)。なお、冒頭の写真は北京朝陽区の店先に出ていたのをゼミ生が撮影してきたものだ。「世界を変えるのは、戦争ではなく、信仰である。」とある。
一昨年、モスクワのクレムリンを見学したが、プーチンのいる元老院(大統領府)が立派なのは当然としても、近くにあるアルハンゲルスキー聖堂には、ロシアの歴代皇帝・皇族の柩が48もあって、プーチンがその歴史的権威の頂点にあるというオーラを発していた。
そのプーチンと22回も会談して、「個人的信頼関係を築いた」と悦に入っているのが安倍晋三首相である。冒頭の写真右にあるように、今年3月、大統領当選を安倍首相が祝福する電話を入れたシーンが、ロシアTVにも流れた。安倍首相はロシアではけっこうウェルカムである。一方、ドイツではすこぶる評判は悪い。『南ドイツ新聞』9月21日付は、「22回」という数字をあげ、かくも頻繁にプーチンに会っている首脳はほかにはいないという書き出しで、安倍首相はトルコのエルドアン大統領のよき理解者であり、かつトランプが特別の友人にあげていると書いて、ヨーロッパの実直な民主主義者たちと安倍首相はあまりいい関係にはないと指摘する。メルケル首相の安倍嫌いを念頭に置いた記述である。ヨーロッパの普通の感覚からすると、安倍首相というのは、ロシアとトルコの独裁者と並ぶイメージがある。『南ドイツ新聞』はこの記事のなかで、自民党則を変えて総裁任期を延長したことに触れつつ、総裁選で47%の地方党員が安倍を支持しなかったことに注目している。「独裁者の弱さ」というのがタイトルである。
さて、プーチンと22回も会談したと自画自賛する安倍首相だが、すでに2016年12月のプーチン訪日時の日ロ首脳会談で、きわめて大きな外交的失策をしていることを想起する必要がある。直言「安倍政権の「媚態外交」、その壮大なる負債」で書いたが、何度も遅刻された上に、準備万端の「首脳2人で温泉」も拒否され、あげくは、北方4島での「特別な制度のもとでの共同経済活動」に合意してしまったことは記憶に新しい。「特別の制度」という曖昧な表現のため、ロシア側は「ロシアの法律のもとで」と勝手に解釈することで、ロシアの実効支配の強化を許してしまった。これは、1956年の日ソ共同宣言で明記された歯舞、色丹の2島返還と引き換えに、国後、択捉への経済援助を日本が行うという線よりも実質的に後退させられた上に、8項目の経済協力まで約束させられてしまったのである。外交的完敗にもかかわらず、この点が曖昧にされたまま、「22回も会談している安倍首相はすごい」と、「アベシンジャー」たちは信じきっている。
そして、この9月、「外交の安倍」は2つの大きな失点を重ねた。まず、9月12日、ウラジオストックで開催された「東方経済フォーラム」における安倍首相の態度がそれである。
このフォーラムでプーチン大統領は唐突に、「今思いついたのだが」と前置きして、「年末までに前提条件なしで日ロの平和条約を結ぼう」と呼びかけた。一瞬会場が凍りつき、ややあって拍手。ところが、安倍首相は、この写真のように、薄ら笑いを浮かべるだけで、一言も発することができなかった。「大統領、ありがとう。平和条約は重要だが、前提条件も重要だ。引き続き話し合っていこう」という切り返しもできなかった。プーチンは「してやったり」の表情だった。
そもそもカイロ宣言(1943年)の領土不拡大原則があるにもかかわらず、ヤルタ協定3項には「千島列島は、ソヴィエト連邦に引渡す」とある。そして、サンフランシスコ講和条約2条C項は「日本国は、千島列島・・・に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」とあり、戦後処理の宿題がここにある。こうした「前提条件」を抜きにした平和条約の締結は、1956年の日ソ共同宣言以降の歴代日本政府の立場すら「ちゃぶ台返し」するものである。平和条約というのは、国境線の最終的な確定を含むからである。
ところが、安倍首相のすごさは、「個人的信頼関係」が相当怪しくなっているのに、ニコニコ笑っていられる強心臓の持ち主だという点にある。私は5年前にこれを「アベ心臓」と名付けた。「地球儀を俯瞰する外交」ならぬ「地球儀を弄(もてあそ)ぶ外交」の破綻は、さらに一段と明確になったといえるだろう。
「外交の安倍」の2つ目の失点は、9月26日、ニューヨークでトランプと会談した際、「日米物品貿易協定」(TAG)なるものについて合意したことである。トランプタワーに「拉致」されるような格好で、相当な圧力を受けた可能性がある。9月28日各紙一面は、このTAGについての解説が分かれた。FTA(自由貿易協定)は、物品の関税や輸入規制の撤廃などを目的とした国家間の協定で、投資やサービスなども対象とする。日本政府はこれまで一応多国間の枠組であるTPP重視の立場をとり、安全保障絡みで米国から譲歩を迫られかねない日米二国間のFTA交渉には否定的な姿勢をとってきた。今年5月の安倍首相の国会答弁でも、これまでの日米貿易協議を「FTAの予備協議ではない」としてきた関係から、TAGというのは、この答弁との整合性をつけるために、首相周辺が現地で苦し紛れに編み出した造語ではないか。テレビのニュースで、経済産業省の官僚に感想を求めると、「それって、タグ?」といったそうだから、政府部内で統一がとれたものではない可能性がある。モリ・カケと同様に、安倍首相の発言や安易な決断の辻褄合わせの疑いがある。『東京新聞』9月28日付1面見出しは、「「実質FTA」日本譲歩」である。
首脳会談後の記者会見で安倍首相は、「(TAGは)これまで日本が結んできた包括的なFTAとは全く異なる」と強調した。サービスや投資分野の項目がないという外見から、「物品」だけの「貿易協定」(Trade Agreement on Goods)というイメージ操作をしたいのだろうが、すでにAP通信は「日米FTA交渉入りで合意」と一報を打っているように、現地でそうはとられていない。トランプ自身がご機嫌なのは、安倍首相がFTAに踏み込んだと理解したからだろう。TAGは時間稼ぎの、日本国内向けフェイクではないのか。
安倍首相はこの間、トランプに睥睨・迎合して、ゴルフやトランプタワー詣でご機嫌をとってきたが、「個人的信頼関係」はここでも幻想だったことが明らかになってきた。トランプは対日貿易赤字の削減のためなら何でもする。農産品の関税引き下げによる市場開放を求め、日本から輸入する自動車に高い追加関税を課すと恫喝している。農産物については、TPPで合意した水準までしか関税引き下げを認めない方針をトランプに飲ませたというが、そもそもTPPの関税レベルが問題であって、そこが基準になるところまで後退したことに気づくべきである。輸入牛肉の場合、38.5%の関税が9%に下がる。そのことが日本の農業分野に与える影響ははかりしれない。TAGの協議中は自動車への追加関税発動は一応止まるから、農林水産業はスケープゴートにされたのも同然である。
トランプのやり方はまともな交渉ではない。恫喝である。国によって「温度差」を設けているだけである。『シュピーゲル』誌の4月21号(右)と7月14日号(左)は、メルケル首相へのトランプの対応を皮肉っている。先日の日米首脳会談で、「満足できる結論に達すると確信している。もしそうならなければ・・・」と、日本も実は恫喝に近い圧力をかけられているにもかかわらず、安倍首相はニコニコ顔で対応して、「トランプ大統領と100%一致している」といってしまう。まさに「アベ心臓」である。トランプは9月26日の会談後記者会見で、「日本はすごい量の防衛装備品を買うことになった」と言い切った(『朝日新聞』9月29日付)。「すごい量」という表現が不気味である。国民は「すごい額の請求書」にまだ気づいていない。TAGとともに、安倍政権の「情報隠し」はここでも徹底している。
先週の火曜日、9月25日の第73回国連総会において、安倍首相は一般討論演説を行った。トランプが演説した時は満席だったが、この首相の演説時は、見事なまでにガラガラだった。安倍首相への国際的評価は歴然としている。にもかかわらず、演説は総裁選を勝ち抜いた興奮からか、自画自賛。「私」「私」・・・と22回も使い、恥ずかしくなるほどである。「私は自らにドライブをかけ、更に遠方を目指します。」と、唐突にビジネス用語を使うなど、自己陶酔が著しい。
首相官邸の動画で1分3秒のところにカーソルを動かして聞いていただきたい。「・・・自由貿易体制は、アジア諸国を順次離陸させ、各国に中産階級を育てました。背後には、1980年代以降、日本からこれら諸国に向かった大規模な直接投資がありました。・・・」という下りで、安倍首相、「背後(はいご)には」を「せごには」と読んでいる。ネット上で、安倍晋三は「せごどん」と呼ばれている。「云々」(うんぬん)を「でんでん」と読んだことはあまりにも有名である。「理解力は小学校5年生並み」(米政府高官の言葉。『ワシントンポスト』紙記者の暴露本『恐怖(Fear)』)と評されるトランプと「100%一致する」という安倍首相だけのことはある。ただし、「背後」を「せご」と読む小学校5年生が果たしているだろうか。
トランプとプーチンの玩具と化した「外交の安倍」は、もはやそれ自体が「国難」の域に達している。
《付記》
沖縄県知事選の結果が出た。安倍ご一党があらゆる権力をフル回転させて沖縄に介入して民意を操縦しようとしたが、結果は安倍ご一党の推す候補が敗北し、翁長雄志前県知事の遺志を継いだ玉城デニー氏が当選した。超大型の台風24号の影響で選挙運動や投票に困難を伴ったにもかかわらず、翁長前知事の路線が継承された。「辺野古基地移設」に対して県民は「ノー」を表明した。それにしても、自民党総裁選で発揮された執拗で粘着質な「友だち重視」と「異論つぶし」の手法が、この知事選でも確実に応用・発揮された。カツカレーを食べて石破候補に入れた「犯人探し」をやるほどの安倍ご一党である。「期日前投票の組織化」のなかで、投票用紙に書いた候補者名をスマホで撮影させることまでさせた。投票の秘密(憲法15条4項)、投票干渉罪(公職選挙法228条1項)との関係で由々しき問題である。安倍ご一党の徹底的な介入にもかかわらず、「オール沖縄」の候補者が当選した意義ははかりしれないほど大きい。