いつもより1日早く更新する。明日(4月1日)11時30分、政府は新元号を公表する。元号の問題については、直言「元号は政権の私物なのか―元号法制定40周年」で書いたのでこれを参照されたい。
ところで、3月29日午前の段階で、国会内の売店で売られていることを確認したのが、『晋ちゃんせんべい2019』である。中身は2種類。「平成ありがとう」と「平成の、その先の時代に向かって!!」である。発売開始は2月。箱の裏側に記されている賞味期限は9月5日だが、実質的な期限は本日、3月31日だろう。店員によれば、売り上げはいま一つとのこと。3月28日の自民党のある派閥の会合で、お茶菓子として机の上に出されていたという。この写真を送ってくれた人のメールの件名は、「安倍4選を彷彿?」だった。これまでも、国会内で売られていた「ねじれ解消餅」や「晋ちゃんラッキートランプせんべい」などについて紹介してきた。今回は、新元号が入る額は当然まだ白紙で、それを手にしているのは「晋ちゃん」である。新元号のお披露目は「平成」の時は官房長官がやった。今回も、菅義偉官房長官が同じスタイルで公表するようだ。
「平成」の時と違うのは、引き続き12時から安倍首相が記者会見で「談話」を発表して、新元号の意義について語るという点である。しゃべりのトーンは安倍第1パターンで、これ以上ないという自己陶酔型になるだろう。昼のNHKニュースをはじめ、民放各局のワイドショーがこれをたっぷり生中継する。安倍首相自らが「その先の時代」を熱く語れば、支持率にプラスという判断だろう。NHKの中継では、「安倍幹事長」時代から16年間、常任番記者をやっているNHK女性記者(『フラッシュ』2003年10月24日号8頁)が、「安倍総理大臣の思い」を解説するだろう。新聞は12時30分締め切りの早番に間に合うから、夕刊一面トップ記事となる。新元号にかこつけて、自らの政権が「平成の先の時代」にまで幾久しく、永々、蜿々に続くことをアピールできるわけである。
この首相談話は完全に悪のりである。モリ・カケ・ヤマ・アサ・統計等々、政権のアキレス腱ともいうべき問題から人々の関心をそらし、曖昧にし、結局なかったことにする。安倍流5つの統治手法を駆使して、重大問題が山積みのときに、「今日から新時代」を派手に演出するわけである。H. シラー=斉藤文男訳『世論操作』(青木書店、1979年)原題はMind Manegement)によれば、「断片性」と「速報性」を駆使すると、重要でないことを重要なことにすることもできるし、反対に、重要なことを重要でないことにすることもできる。元号発表を4月1日に設定して、さらに「1日午前」から「1日11時30分」へと情報を小出しにして流すたびに、メディアは大きく報道する。「安」の字、とりわけ「安久」が有力という情報(NHKは、あしかの芸を使う)により、鹿児島県都城市安久(やすひさ)町に淡い期待をかけされる。そして、実際は別の文字を使う。人々を混乱させ、期待をもたせ、翻弄する。シラーがいうように、断片的な情報を速報する。4月30日夜には、「新元号のカウントダウン」までやって、若者を引きつけようとする局が出てくるかもしれない。まさに「マインド・マネージメント」である。
読者がこの「直言」を読む頃には、すでに新元号が発表されているだろうが、とにかく、立ち止まって考えないと危ない。安倍政権の争点ぼかし、論点ずらしは実に巧妙である。元号法制定から40年。日本国憲法下での二度目の改元について、この機会に改めて考える必要があるのではないか。
さて、話は突然変わるが、この3月15日、ドイツ連邦参議院〔参議会〕(16の州政府代表からなる)が基本法(憲法)改正に同意した。昨年の段階では、連邦議会が可決した基本法改正案について、連邦参議院が疑義を提起して、両院協議会が開催された。このほど、その両院協議会がまとめた案に参議院が同意して、63回目のドイツ基本法改正が行われたわけである(参議院の議事録)。この改正の内容については、昨年12月の直言「教育デジタル化のために憲法改正?―ドイツ基本法第63次改正の迷走」で詳しく書いたので繰り返されない。
ただ、改憲を説く人たちは、「ドイツは60回も改正しているのに、日本はゼロだ」という物言いをする。何事も回数を誇ると、ろくなことはない。問題は中身とその質である。ドイツは63回の改正をしているが、中核的な憲法原理(人間の尊厳、法治国家原理など)の改正は許さない(基本法79条3項)。今回は、国が州の教育デジタル化に資金援助をするための改正である。教育は州の権限だから、そこに介入するような仕組みには慎重になる。でも、デジタル化は全国一律に行われる、その限りで合意は取りやすかった。憲法改正にここまで慎重に、かつ熟議を行って、その結果として63回もの改正が行われている。ドイツだけでなく、どこの国でも、憲法改正は何のために行うのかは具体的で、かつ明確である。ところが、日本の場合、憲法の規範が現実に合わないからとか、一度も改正されていない「世界最古の憲法」だからとか、70年以上前の制憲過程に問題があるから(「押しつけ憲法論」)といった、理由にならない理由を持ち出す傾きが強い。とりわけ安倍首相は、改憲理由の重点をしばしば唐突に動かす。
近年では、「憲法学者の7割が自衛隊を違憲という」とか、「「自衛隊は合憲」と言い切る憲法学者は2割にとどま(る)」といった数字が飛び交い、さらには、「ある自衛官は息子さんから『お父さん、憲法違反なの?』と尋ねられたそうです。その息子さんは、目に涙を浮かべていたといいます。皆さん、このままでいいんでしょうか」という、むきだしの感情論も。
2月10日の自民党大会では、「都道府県の6割以上が新規隊員募集への協力を拒否している悲しい現実がある。この現実を変えよう。憲法に自衛隊を明記し、違憲論争に終止符を打とう」とぶちあげた。これは明らかに間違っている。すぐに「都道府県の6割」は「市町村の6割」に訂正したが、この論点では、安倍首相は、いつものような小馬鹿にした態度をとれなかった。
自衛官の適齢者情報(名前、生年月日、性別、住所の4情報)の提供などの業務は、自衛官の募集に関する事務の一部を国にかわって行う「法定受託事務」とされている。自治体の自衛隊への協力は1954年の自衛隊発足とともに始まっているが、法定受託事務になったのは2000年からである。だが、住民基本台帳法はこれら4情報の「閲覧」を認めているにすぎず、紙媒体での提供や、適齢者を抽出した住基台帳の写しの閲覧(防衛省職員の書写)まで明確に規定しているわけではない。2014年10月の国会では、住基台帳法は「閲覧」を認めているだけなのに、自治体側が紙媒体での提供や書写を認めるのは法の趣旨に反し、防衛省への自治体の過剰な情報提供であると批判的に取り上げられていた(『東京新聞』2014年10月6日付)。この写真にあるように、「自治体71%積極提供」と、新聞の見出しは、自衛官募集のために個人情報を過剰に提供していると、批判的トーンだった。「若年層の採用を競う民間企業は閲覧を許されておらず、自衛官の募集事務だけが厚遇されている」という批判も紹介している。ところが、今年の2月に安倍首相は、「6割の自治体が拒否している」と意味不明のことを言い出した。5年前の『東京新聞』では、71%の自治体が自衛隊・防衛省に「過剰な情報提供」を行っていると批判されていたのに、まったく逆に、「6割が協力していない」と断定している。これは、「閲覧」や「書写」では十分でなく、積極的に紙媒体で提供せよという要求を裏からいったものだろうが、そのことを書いた日本会議のチラシをサッとみて、早合点した安倍首相は「6割が拒否」とやったようである。「無知の無知の突破力」はここでも発揮されている。こんな改憲坊やに付き合う自民党の内部からも、「無知の安倍の無知」を嘆く声が生まれている。
なお、改憲に関する個別の論点については、自民党憲法改正推進本部事務局が2月に出した『日本国憲法改正の考え方―条文イメージ(たたき台素案)」Q&A』に対する徹底批判のサイト〔PDFファイル〕を参照されたい。