統治技術としての「時間」——新元号の決まり方の異様
2019年4月8日

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元号は「令和」と決まった。ゼミ出身の記者から研究室に号外が郵送されてきた。早かったのが『北海道新聞』『中日新聞』『毎日新聞』(左が西部本社〔福岡〕、右が東京本社)なので、ここに掲げる。『官報号外』(特第9号・平成31年4月1日)も送られてきた。

4月1日当日は、予想通り、安倍首相のはしゃぎぶりは赤面するほどだった。メディアのなかではNHKの官邸広報ぶりは目をおおうばかりだった。元号発表直後にもかかわらず、安倍首相の定番記者、岩田明子NHK解説委員は、どこよりも詳しく、どこよりも忠実かつ丁寧に「首相の思い」を代弁する形で「令和」のいわれを解説していた。事前に新元号の情報をリークされていなければできないような解説との声も出ている。私も同様の感想をもった。2014年5月に安倍首相が集団的自衛権行使容認の記者会見を行ったときの「首相に寄り添う解説」は際立っていたが、その後も2016年12月の日ロ首脳会談、2017年11月の日米首脳会談等々、安倍首相のここぞという場面には必ず登場して「安倍総理大臣の思い」を伝えてきた。権力と距離をとるというメディアの当然の矜持を放棄した、まさにメディアの腐食と腐敗を象徴する人物の一人といえるだろう。

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さて、今回特に4月1日午前11時30分前後の各局の中継の仕方にこだわってみよう。自宅で各局の関連番組(NHK教育を除き、テレビ東京まで横並びで)を比較してみていたが、私が「直言」3月31日付で予測したカウントダウンを、4月1日から早くも始めた局がある。政権に近いフジテレビである。「新元号の発表まで2時間52分59秒」と、官房長官の記者会見までカウントダウンで伝えたのである。しかも、そこに並んだ新元号予想は、「安永」「安久」「永安」「安栄」「安明」「栄安」と、列挙されたものの過半数が「安」を使ったものだった。

それよりも問題なのはNHKである。スタジオにはくだんの岩田解説委員を座らせて、他局と同様にカウントダウンに近い状況を演出したが、NHKだけが画面右下に上空からの映像を加えていた。冒頭の写真がそれである。内閣官房の公用車が皇居に向かうのを上空からずっと追い続ける映像。当然、11時30分を過ぎても、先導車が赤色灯をつけて緊急走行するわけでもなく、法定速度でゆっくり移動を続ける。他局は官房長官不在の記者会見場に画面を固定して、スタジオで司会やタレントが「まもなくですね。ドキドキしますね」「ワクワクですね」と騒いでいる。だが、NHKだけは車の動きをずっと追い続けるので、車が天皇の待つ表御座所棟に到着するまでは官房長官は出て来ないだろうというある種の「予測」を視聴者に与える。当然、NHKの視聴率は11時30分から、この車の動きの映像で一気にあがったはずである。

閣議が行われ、元号を改める政令ができれば、それを公布する手続きとして天皇の「御名御璽」が必要となる。しかし、国民は新元号が決まればすぐに官房長官が記者会見すると思っている。『毎日新聞』3月30日付は1面トップで、「新元号 1日11時半発表 首相 正午から意義説明」という見出しで伝えた。誰もがこのタイムスケジュールを頭において画面を見つめていた。しかし、実際には、憲法4条1号に定める国事行為(「政令の公布」)を待ったわけで、当然、11時30分には菅官房長官は姿を見せず、人々の目は画面右下の車の動きに集まったわけである。「新元号 1日11時半発表」と一面トップ見出しを打った前記『毎日新聞』も本文では、「11時半ごろ」「正午ごろ」と書いて、若干のタイムラグを想定していた。実際に記者会見が始まったのは11時41分である。この11分が「時間の操作」とは言えまいか。

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メディアが事前に流した「11時半」は一人歩きした。知り合いの地方大学の憲法研究者は、事務所前で5、6人の女子学生がスマホをのぞいて動かないので、「何をしているの?」と聞くと、「スガがまだ出て来ないのです」と答えたという。11時30分から同じような現象が全国各地で起きていたのだろう。まさに「時間」を管理する者は人を管理することができる。時間を巧みに操作して、人々の行動を操作することも容易になる。そもそも「元号」というものが「君主の時間」の区切りである。「平成最後の結婚式」だの、「令和最初のベイビー」など、4月30日と5月1日に特別の意味を与えて騒いでいるのは日本だけである。国際化やグローバル化をいってあれだけシステムを壊してきた人々が、突然、過度にドメスティックでナショナルな発想で人々を翻弄している。元号は安倍政権にとっては、政権維持・強化のための「政治玩具」のようである。

そもそも元号を政令(内閣の命令)で決めること自体に議論があったことを知るべきである。40年前の元号法制定過程では、元号が国民生活に大きな影響を与えることから、法律を前提としない政令や告示で定めることはできないとして、「定めるとすれば法律をもってするほかはない」とする議論があった。元号の名称が国民主権の憲法にふさわしくないものが選ばれる可能性があることまで想定して、「政令に委ねてはならない事項」と指摘する。「元号=法律事項説」といえるだろう。いまの元号制度には根本的な問題があることを忘れてはならない

「令和」の中身にも問題がある。安倍首相は自身の支持基盤である日本会議好みの「出典は国書」と「日本の国柄」を過度に強調した。『万葉集』に出典を求めたというのだが、実は後漢の张衡(78-139年)の『帰田赋』にある漢詩「仲春令月、时和气清」によったもので、『万葉集』の「初春令月、气淑风和」はその影響を受けたものという評価が出ている。「国書」といっても、中国からの影響は大きい。そこを素直に認めず、「国書」にこだわるものだから、かえって過度なナショナリズムというメッセージを海外に発信してしまった。なお、张衡は忖度政治の権力を批判していたという説もある。安倍首相の「無知の無知」はここでも発揮されている。

元号の中身もそうだが、決め方もえげつなかった。とりわけ、官邸は「新元号」発表へ秘密保持を強化して、元号に関する懇談会では、「有識者懇談会」メンバーがトイレに行くのにも職員が随行したり、有識者メンバーや衆参両院正副議長らのスマホなどを没収したりしたという(赤松副議長が抗議)。「官邸は新元号が事前に報じられれば差し替える方針だったが、徹底した秘密管理もあって杞憂に終わった。とはいえ、数時間後には日本中に知れ渡る新元号をまるで最高レベルの国家機密扱いとは、何から何まで異様な対応である」(共同通信4月2日14時50分)。同感である。

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そう言えば、4月1日正午からの安倍首相の記者会見も、すぐには始まらなかった。時計で計ってはいないが、5分程度は待たせていたはずである。演説も、若者を意識したもので、ネットでの試聴に配慮したものだった。「古い時代のものをともかくリセットしよう」という傾きと勢いは、若者たちを意識したものになっているように思う。

ところで、時間の管理や操作は、統治技術として古今東西で使われてきた。川上一久『情報操作のトリック』(講談社新書、1994年)によれば、シカゴ大学教授の政治学者メリアム(Charles Edward Merriam)は、人々を情緒的・感情的状態に置いて、権力に服従させる「ミランダ」(miranda)と、権力を正当化するための理由づけの機能を果たす、信条としての「クレデンダ」(credenda)を区別して、その要素として次の7つ挙げている(48頁)。すなわち、(1) 記念日および記憶に残されるべき時代、(2) 公共の場所および記念碑的な道具立て、(3) 音楽と歌曲、(4) 旗、装飾品、彫像、制服などの芸術的デザイン、(5) 物語と歴史、(6) 念入りに仕組まれた儀式、(7) 行進・演説・音楽などをともなった大衆的示威行為、である。

「新元号」から新天皇の即位にかけて、これら7つの要素が、安倍首相の重視するSNSをも駆使して大規模に展開されていくだろう。そのなかに取り込まれ、思考停止に陥り、「新しい時代の新しい憲法を」という誘導にのって、「昭和憲法から令和憲法へ」の刷り込みも行われていくのだろうか。

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世間が「令和」に浮かれている時、情緒的状態や権力の正当化とは無縁で、個人を貫き、クールに生きる男がまたやってくれた。現役引退を表明したイチロー選手が、政府に国民栄誉賞を辞退する意向を伝えていたのである(『毎日新聞』4月5日付)。3度目の辞退はないだろうと、しかも「令和第1号」だから必ず受けると踏んだ菅官房長官は甘かった。イチローにとっては「3度目の正直」である。彼は「国民栄誉賞」などという枠にはまる人物ではないということを示してくれた。イチローを政治利用しようとした安倍首相は完全にあてが外れた。イチロー見事なり。これは明るいニュースである、と私は思う。

なお、『日刊ゲンダイ』4月5日付(4日午後発売)2面で、「直言」3月31日付が長く引用されて紹介されている。以下、記録としてその部分をここに引用しよう。


《 憲法学者の水島朝穂早大教授は、新元号が公表される前日の3月31日付のネットコラム「直言」で、こう書いていた。〈 昼のNHKニュースをはじめ、民放各局のワイドショーがこれをたっぷり生中継する。安倍首相自らが「その先の時代」を熱く語れば、支持率にプラスという判断だろう。(略) 新聞は12時30分締め切りの早番に間に合うから、夕刊一面トップ記事となる。新元号にかこつけて、自らの政権が「平成の先の時代」にまで幾久しく、永々、蜿々に続くことをアピールできるわけである。〉 安倍政権による「新元号ショー」をズバリ予想し、まさに指摘通りの展開となったわけだ。水島教授があらためてこう言う。「新元号を発表した際の最大のポイントは、11時30分の予定だった菅官房長官の会見が11分遅れたことでしょう。あの11分の遅れによって、メディアや国民の緊張感が一層高まり、元号に注目が集まったのです。ヒトラーもそうでしたが、演説の予定時刻にわざと遅刻する指導者は少なくありません。待たされた人はその間、思考停止状態に陥り、「一体何を話すのだろうか」と関心が高まる。そうやって注意を引きつけてから語りかけるのです。今回の新元号発表も同じ。恐らく政権側は発表時刻が遅れることが分かっていたはず。安倍政権の時間操作や巧みな演出にメディアが乗ってしまったのです」・・・》

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