「魚は頭から腐る」(Рыба с головы гниет.)というロシアの諺がある。組織の腐敗は上層部から下層・末端に向かって進み、広がっていく。国の違い、体制の違い、時代を超えて、その具体例は枚挙のいとまがない。日本経済新聞論説主幹などを歴任した岡部直明氏の「「魚は頭から腐る」日米のいびつな蜜月関係」(日経ビジネス2018年4月24日)によれば、安倍一強政治を担ってきたのは、「経済産業省内閣」と呼ばれる霞が関の経産省シフトであり、首相周辺を固めるのは、経産官僚ばかり。その「経産省内閣」が政策の失敗を繰り返しているとしながら、岡部氏はこう指摘する。「「魚は頭から腐る」はロシアのことわざである。世界にはびこる強権政治にその傾向はあるが、最も顕著なのは、日米だろう。その日米がいびつな「蜜月」関係を続けることこそ、世界リスクである」と。先週の直言「「日米同盟」という勘違い―超高額兵器「爆買い」の「売国」」で指摘したことが、大阪でのG20サミット前に「日米安保条約破棄」を言い出したトランプと、その暴走でかき回されたG20の顛末も含めて、ますます明らかになってきたように思う。
ところで、私は1997年1月から「直言」の更新を22年6カ月休みなく続けてきた。そこで批判の対象としてきた内閣総理大臣は、橋本龍太郎氏以降10人になる。「直言」のバックナンバーを見ると、首相の主張や政策を超えて、個人的性格や資質にまで踏み込んで批判しているのは、麻生太郎氏と安倍晋三氏だけである。13年前、安倍氏が総裁選に立候補した時点で、「失われる〇年」というマイナスカウントを始めたほど、この人物について、私は従来の政治家にない危うさを感じてきた。
2012年12月、「政権ぶん投げ」の安倍氏が首相となって、安倍内閣がゾンビのように甦った。これこそが真の悪夢であった(直言「「憲法突破・壊憲内閣」の発足」)。以来、「直言」では、6年半にわたり、安倍政権の政策や方針の批判にとどまらず(直言「安倍政権の「影と闇」―「悪業と悪行」の6年」参照)、安倍氏個人の言動、性格に至るまで、その一挙手一投足を執拗かつ徹底的に批判してきた(直言「「私は立法府の長」―権力分立なき日本の「悪夢」」参照)。「見てくれ」「やってる感」全開で、次々に本部や推進室を立ち上げ(冒頭右の写真参照)、いかにも仕事をしていますという口調とポーズをとりながら、自分でも何をやっているのか、言っているのか実はよくわかっていない最強の「無知の無知」ぶりを発揮する一方、自分と異なる意見には耳を傾けないどころか、その存在すら否定する傾きと勢いをもった態度をしばしばとる。これまでのどの首相にも見られなかったことである。「職業としてのネトウヨ」をサポーターとして活用しながら、従来の自民党政権にない過度なイデオロギー性を前面に押し出すところも特徴的である。権力者が「寄り添う」独特の「安倍流統治言語」を駆使しながら。
安倍政権を直接支える政治家や官僚の劣化も著しい。「八紘一宇」を肯定的に持ち上げる三原じゅん子議員に至っては、先週6月25日の参議院本会議における問責決議案の反対討論で、「民主党政権の負の遺産の尻ぬぐいをしてきた安倍総理に感謝こそすれ、問責決議案を提出するなど全くの常識外れ。愚か者の所業とのそしりは免れません」「野党のみなさん、恥を知りなさい!」と言ってのけた(『毎日新聞』6月25日付夕刊)。言論の府であり、行政権をチェックする国会の演壇を汚したと言わざるを得ない。与党といえども、あくまでも決議案への反対討論であって、「感謝こそすれ」などとは、まるで翼賛議会におけるような物言いである。「愚か者」「恥を知りなさい」というような、野党の存在を全否定する演説が国会の演壇で行われたこと自体が問題である。1933年3月のドイツの国会(ライヒ議会)を彷彿とさせる。
勤労統計不正、「賃金偽装」、年金問題、森友・加計問題、外国人労働者・障害者雇用水増し問題、イラク日報隠蔽疑惑等々、この政権の信じられない隠蔽・改ざん体質については、野党による合同ヒアリングを特集したIWJのサイトを見ると、かなりいろいろなことがわかっている。ここでは個々の問題に立ち入らないが、とりわけ年金問題をめぐる安倍首相と「盟友」の麻生太郎金融担当大臣の言動には目を覆うばかりである。
年金だけでは老後の生活費が2000万円不足するとして資産形成を呼びかけた金融庁金融審議会の作業部会報告書を、麻生大臣は「受けとらない」という、驚天動地の対応を行った。さすがに国民の反発は強かった。しかし、安倍首相は麻生氏をかばって、「金融庁は大バカ者」と激怒したといわれている。その点を国会で質問されると、「私は滅多に激怒しない人間として、自由民主党では理解されているわけでありまして。温和に円満に生きているつもりであります。」と述べた。質問にまともに答えない、はぐらかしの典型であり、「論点ずらし」(安倍流「5つの統治手法」の3つ目)である。
安倍首相と麻生大臣の言説で特にリアリティの欠如が著しいのが、お金に関わる問題だろう。お金の問題については、麻生大臣は、自身が年金をもらっているかと質問されて、まったく関心がなく、秘書にまかせていると言ってのけた。政治資金収支報告書(2017年)によると、麻生氏の資金管理団体の1年間の「飲み代」は2019万円とのことである(『日刊ゲンダイ』デジタル版6月10日付)。国民には老後のために2000万用意しろと言いながら、自らの「飲み代」は2019万円。言葉が軽いのではなく、まったく現実感がないから「言葉が浮いている」のである。実際、金融庁の報告書が出た直後、麻生大臣は、「100まで生きる前提で退職金って計算してみたことあるか?普通の人はないよ。そういったことを考えて、きちんとしたものを今のうちから考えておかないと、いかんのですよ。」とはっきり報告書を肯定的に扱っていたのである。世論の風向きが悪いとなるや、「受けとらない」といって自分の立場だけを守る。麻生大臣の指示や諮問により仕事をしてきた官僚や審議会委員の立場がないではないか。「受け取らない」という行為を法的に説明するのは困難である。大臣としての職務放棄であり、辞任に値する。
安倍首相が、お金の問題でリアリティのなさを露出したのが、アベノミクスにおける実質賃金低下の問題に関わる国会の質疑だろう。「景気回復でパートが増える」と反論しようとして、安倍首相はこんな「たとえ話」を持ち出した。「妻は働いていなかったが、景気が良くなって働くことになり、私(の給料)が50万円で妻が25万円なら75万円。2人で働くと(世帯収入は増えても)平均は下がる」(衆院予算委2016年1月8日)と。ここで挙げた数字が世間の相場とかけ離れていたために、「月給25万円のパートがあったら教えろよ」と、ネットは一時もりあがった。
安倍首相の場合、ついでに言うと、保育や子どもをめぐる問題でもリアリティがない。2016年3月、「アベノミクス」の「新第3の矢」に、「希望出生率1.8の実現」というのがあった。もう誰も覚えていないだろう。しかし、これを打ち出した時の安倍首相の顔は自信に満ちていた(直言「子どもの情景―アベノミクス「出生率1.8」と待機児童問題」参照)。安倍首相は「保育所」を「保健所」と言いまちがえた答弁のなかで、「待機児童ゼロを必ず実現させる決意だ」と言い切った(参院本会議2016年3月11日)。これも実現にはほど遠く、次々繰り出される「やってる感」全開の施策のなかに埋もれて、「出生率1.8」もすっかり忘れられている。
安倍夫妻をめぐるさまざまな問題は、森友・加計問題をはじめ、その「点と点」を結んでいくと、何本もの「線」が錯綜してのびていき、やがてそれらがつながって、「疑獄の膿」の立体映像が見えてくる。「公人ではなく私人である」(内閣答弁書2019年3月14日)ところの「総理大臣夫人」は、「学位をめぐる規制緩和」の恩恵にあずかって修士学位を取得しているが、これは「「権力の親密圏」に配分する「戦略特区」的思考と手法」のはしりと言えなくもない。この「私人」は、6月28日、G20サミットの際の記念写真のセンターをはっている。「私人」が各国首脳、とりわけトランプ、プーチン、周近平の間に立てるのだろうか。
権力の腐敗と腐朽性を示す一つの指標は「麻薬」である。中南米の政権の多くにそれが見られる。日本でも、近年、経済産業省や文科省のキャリア官僚が、職場でも覚醒剤を使っていたことが明らかとなった。俳優やタレントの薬物使用がたびたび話題になっているが、官僚の麻薬汚染の方がより深刻である。しかし、先進国での同様の薬物の蔓延や各国の刑事政策の動向を取材した考察をするどころか、タレントのようにワイドショーで連日取りあげられることすらない。権力機構内部の汚染は隠蔽されている。「魚は頭から腐る」の例えで言えば、大麻を肯定し、推進しているのは、外に出れば「ファーストレディ」、都合が悪くなると閣議決定で「公人ではなく私人」にされる首相夫人、その人である。
試しに、「大麻で町おこし」と入力して画像検索をかけてみることをおすすめする。パソコンやスマホの画面が一瞬で緑色に変わり、見慣れた顔がたくさん出てくるだろう。この人物は、安倍政権における「悩ましき暗黙の了解」になっている。『週刊現代』2016年11月12日号における小池百合子都知事との対談のなかで、「『日本を取り戻す』ことは『大麻を取り戻す』ことだと思っています」と彼女は断言している。一方、厚生労働省は、『ご注意ください!「大麻栽培でまちおこし!?」』を出して、違法薬物「大麻」の危険性について呼びかけている。首相夫人が大麻を肯定し、その普及を進めていることは、「政府のスタンスとは異なる」のではないのか。この問題は、国会における質問主意書でも取り上げられたことがある。
平成28年11月7日提出 質問第118号
「首相夫人の大麻についての発言に関する質問主意書」提出者 大西健介「週刊現代11月12日号に掲載された小池百合子東京都知事と安倍昭恵首相夫人の対談の中で、首相夫人は「いまは大麻に興味があるんです。」、「ひとつは医療用。もうひとつは、『祈祷用』。」、「『日本を取り戻す』ことは『大麻を取り戻す』ことだと思っています。」と述べている。
他方、先日、医療用大麻解禁を公約に掲げて、参院選に東京選挙区から立候補した高樹沙耶容疑者が大麻取締法違反で厚労省麻薬取締部に逮捕されている。これらに関連し、
一 安倍首相は、昭恵夫人から、大麻に関心を持っている、医療用や祈祷用としての大麻を解禁すべきとの考えをこれまでに聞いたことがあるか。聞いたことがある場合に、安倍首相は、それに対して、考えを改めるように注意しなかったのか。注意しなかった場合、安倍首相は昭恵夫人の考えを容認するのか。
二 個々人が様々な意見を持ち、表明することは原則自由であるが、参議院選挙に医療用大麻解禁を公約に掲げて立候補した元女優が逮捕されたというタイミングで、首相夫人、「ファーストレディ」という社会にその発言が大きな影響を持つ人物が「大麻に興味がある」と述べることについて首相として、どう考えるか。右質問する。
これに対する内閣の答弁書が下記である。
内閣衆質192第118号
平成28年11月15日
内閣総理大臣 安倍晋三衆議院議長 大島理森 殿衆議院議員大西健介君提出首相夫人の大麻についての発言に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
衆議院議員大西健介君提出首相夫人の大麻についての発言に関する質問に対する答弁書
一及び二についてお尋ねについては、安倍晋三衆議院議員の政治家個人又は私人としての見解等に関するものであり、政府としてお答えする立場にない。
なお、大麻取締法(昭和23年法律第124号)において、大麻の栽培等については、同法第5条第1項の免許を受けて行うことができることとされている。
都合のいいときに「私人」としての見解にすりかえているが、「ファーストレディ」は国民の税金を使って外国訪問をする。たとえば、外務省のホームページには、「安倍総理大臣のASEAN関連首脳会議出席、豪州訪問及びAPEC首脳会議出席の際の安倍昭恵総理夫人の活動」というのがある。これが単なる「私人」でできることでないことは明らかである。その立場を使って、国民の税金を使って、無邪気に大麻の宣伝をする。これも権力の腐敗と腐朽性を示す良い例と言えるだろう。
厚生労働省地方厚生局麻薬取締部の麻薬取締官の皆さんは、権力内部で発生している様々な薬物問題についてすでに十分すぎるほどの確かな情報と証拠をお持ちであろう。公務員は「全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」(憲法15条2項)。官邸に忖度することなく、法律に基づき、職務を誠実に遂行していただきたい。問題は内閣人事局を握る官邸の前に、いまのところ、それは期待できないということである。マスコミもおとなしい。先のASEAN関連首脳会議等の間、シンガポールの高級ホテルで、首相不在の間に行われていたことについて、同行記者団のほとんどがそれを知っているのに報道しないのはなぜか。だが、希望はある。最もシンプルな方法だが、それが参議院選挙である。
いまも鮮明に覚えている。2007年7月12日の参院選公示日、秋葉原駅前での街頭演説会において、1975万件の「宙に浮いた年金」問題に関連して、「社会保険庁をぶっ壊す」と威勢よくぶち上げ、「最後のお一人にいたるまで、責任をもって年金をお支払いすることをお約束します」と断言したことを。その時、ワイシャツ姿だったことを含めて、記憶のなかにはっきり再現することができる。そのわずか2カ月後に「政権ぶん投げ」を行って、「責任をもって年金をお支払いする」という約束は反故にされた。いくら忘れっぽい日本国民でも、12年後の同じ7月に、年金問題が参院選の争点(焦点)になろうとしている以上、これはしっかりした判断が求められる。参議院の構成に変化が生まれ、「安倍一強体制」が崩れ始めたとき、先の「不都合な真実」が表に出てくるであろう。
《付記》冒頭左の写真は、『南ドイツ新聞』のG20関連の記事である(Süddeutsche Zeitung vom 27.6.2019, S. 20)。大阪市内の厳戒体制の写真を掲載しながら、ほとんど期待できないG20サミットについて書いている。