毎年、8月15日に行われる全国戦没者追悼式において、天皇が「おことば」を述べる。例年257字前後のものだったが、安全保障関連法が焦点となっていた2015年、前天皇のそれは329字と長くなった。増えた分、「おことば」に「先の大戦に対する深い反省」という言葉が初めて入り、さらに、「今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い」として、「今後」という言葉が初めて挿入された。過去の戦争の追悼の場において、「今後」という将来の可能性を想定する言葉が選択されたことをどう考えたらいいか(直言「「8.14閣議決定」による歴史の上書き―戦後70年安倍談話」参照)。天皇の国事行為には「内閣の助言と承認」(憲法3条)が必要となるが、「おことば」については、100%官邸の意向だけで決まるというものでもないようである。
今回の新天皇の「おことば」は290字だが、「ここに過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い」という表現になった。メディアは「深い反省」が入ったことに、前天皇との継続性を見て取る。「戦争の惨禍が再び繰り返されぬこと」という下りは、今回「再び戦争の惨禍が繰り返されぬこと」になった。「再び」の位置が変わったものの(英文では同一文章)、いずれも、日本国憲法前文第1段の「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすること」と響き合う。
さて、「戦争の惨禍」が、「政府の行為」により再び繰り返されるのかどうか。「専守防衛」という建前でギリギリ合憲とされてきた自衛隊は、5年前の「7.1閣議決定」と、それに基づく安全保障関連法によって、集団的自衛権の行使が可能とされるところまできてしまった。「日本防衛」以外の目的で、自衛隊を国際政治的に利用する回路とツールが開拓されたわけである。
「ゴルフ友だちのためのミッション」(『南ドイツ新聞』)として、6月13日、安倍晋三首相はイランを訪問し、最高指導者ハメネイ師と会談したが、「トランプとメッセージを交換する価値はない。今も今後も返答することはない」と叱責に近い言葉を浴びて、日本とイランとの友好関係の「貯金」を取り崩しつつある。この会談とほぼ同時刻、オマーン近郊で日本企業タンカーが攻撃され、炎上するという「ミステリアスな爆発」(『シュピーゲル』誌)が起きた。誰が、何のためにやったのかは不明だが、十分な準備なしに「外交やってる感」でイランを訪問した安倍首相に対するきつい一発だったことは間違いない(詳しくは、直言「「日米同盟」という勘違い―超高額兵器「爆買い」の「売国」」参照)。
安保法制審議過程における「11の論点」の4点目に「ホルムズ海峡における機雷除去」がある。安倍首相は集団的自衛権行使を容認するための一つの切り口として、当初からホルムズ海峡の機雷掃海の必要性を説いていた。2015年6月9日の参院決算委員会では「(機雷掃海は)受動的かつ限定的な行為で、空爆や敵地に攻め込むのとは性格が違う」と答弁していたが、これはかなり苦しい論理だった。4、5年前はホルムズ海峡にご執心だった安倍首相も、このタンカー炎上事件については妙に醒めていて、寡黙なのはどうしたことだろうか。北朝鮮がミサイルを発射すると、Jアラートを鳴らして大騒ぎした2年前を想起しよう。「国難突破解散」として衆議院解散の理由にまでした北朝鮮ミサイル問題。最近では、北朝鮮が短距離ミサイルを連続して発射しても、安倍首相は「日本の安全保障に影響はない」とゴルフのプレイを続けている(7月25日、8月16日)。金正恩といちゃつくトランプに忖度して、日本の安全保障の「最高責任者」としての自覚も品格もない。
この首相にとって、日本の安全保障も外交も、自らのレガシーと政権維持の手段にすぎないのだろうか。だが、米国は、安倍首相の不用意な発言や軽はずみな行動をしっかり突いてくる。参院選が終わるやいなや、7月22日(投票日の翌日!)、早速、ボルトン米大統領補佐官が来日して、ホルムズ海峡を含むイラン対処に自衛隊の参加を要求してきた。彼の要求内容すべてを政府は明らかにせず、微妙な形で結論を避けている。
2018年5月8日、トランプは「イラン核合意」から一方的に離脱する大統領令に署名した(冒頭左の写真参照)。これにより米国とイランの緊張は一気に増していく。トランプはホルムズ海峡の「航行の自由確保」を名目に「有志連合」の結成を各国に呼びかけた。自ら火をつけておいて、火消し役になる。典型的な「マッチポンプ」だが、もっとひどい。「消火」ではなく、イスラエルの先制攻撃などを誘発しかねない「中東炎上」を煽っている節がある。
だが、この大問題を参院選挙の間、安倍首相は争点から外して逃げきった。ボルトンが間髪を入れずやってきて、日本の参加を呼びかけるも、岩屋毅防衛大臣は、参院選前の7月16日、「現段階でホルムズ海峡へ自衛隊を派遣することは考えていない」とコメントしている。8月7日にエスパー米国防長官が来日して、「有志連合」への参加を呼びかけたが、岩屋防衛大臣は、「日本関係の船舶の安全確保については原油の安定供給の確保や米国との関係、イランとの友好関係などを踏まえ、「政府全体として総合的に判断したい」と説明」したにとどまる(『朝日新聞』8月7日付夕刊)。記事には、長官は安倍首相とも会談したとあるが、首相の具体的な発言は表に出てこない。あれだけ熱心にホルムズ海峡機雷掃海を語っていたのに、「有志連合」「ホルムズ海峡」について沈黙を守っている。なぜか。安保関連法をもったとしても、「有志連合」参加の法的根拠はそう簡単ではないということが一つある。もう一つは、「有志連合」の形にもよるが、それに参加すること自体が、中東石油に依存する日本がイランとの関係を悪化させるという重大なリスクになるということである。
まず、法的根拠という点についていえば、5つの可能性がある。① 「存立危機事態」(武力攻撃事態・存立危機事態法) 、② 「重要影響事態」(重要影響事態法)、③「国際平和共同対処事態」(国際平和支援法)、④「海賊対処行動事態」(海賊対処法) 、⑤ 「海上警備行動事態」(自衛隊法82条)である。
まず① について。米国がイランに攻撃を加え、イランの海峡封鎖でタンカーの航行が不可能となり、日本のエネルギー供給が断たれるような事態が起きたことを、「これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」事態と評価できれば、の話だが、「他に適当な手段がない」「必要最小限度の実力行使」という2要件と合わせて、タンカー航行の困難さだけで「存立危機事態」を認定することは無理筋だろう。
②の「重要影響事態」は、「日本周辺の地域における日本の平和及び安全に重要な影響を与える事態」だが、旧周辺事態法より要件が緩和され、活動も「後方地域」に限られないものの、一方面のタンカー航行不能にまでこの概念を拡張するのは困難だろう(他の地域から輸送することも不可能ではないから)。
③の「国際平和共同対処事態」は、「国際社会の平和及び安全を脅かす事態」で、その脅威を除去するために国際社会が国連憲章の目的に従い共同して対処する活動を想定しているから、国連決議やそれに付随する国連の活動との実質的関連性が皆無の「有志連合」の活動を、この事態で説明するのは困難だろう。
とすると、残りは④と⑤であるが、④の「海賊対処行動事態」については、イランの革命防衛隊は海賊ではなく、国および国に準ずる組織であって、この法律の対象ではない。⑤の「海上警備行動事態」が比較的可能性があるが、国内法上の警察強制権限規定であり、武器使用は海上保安庁法20条が準用されるから、これも無理がある。
5年前、安倍首相がホルムズ海峡の機雷掃海を国会で盛んに語っていたが、私はこれを「安倍首相の妄想」と批判した(直言「ホルムズ海峡の機雷掃海―安倍首相の「妄想」」参照)。冒頭右の写真をご覧いただきたい。ホルムズ海峡の詳細な地図である。米国国務省のサイトからとったものである。よく見れば明らかなように、当時安倍首相が想定していた、イランが機雷で海上封鎖をするホルムズ海峡の国際通航路というのは、最狭部は21カイリである。領海12カイリだから、イラン領海とオマーン領海が重なってしまい、純粋な公海部分が存在しない。国際通航路は、オマーン領海側に設置されている。イランが機雷をオマーン領海に敷設しなければ、海上交通路は封鎖できない。オマーン領海に敷設された機雷を海上自衛隊が除去しようと思えば、海上自衛隊はオマーン領海内に必然的に入ることになる。そもそも、イランがオマーン領海に機雷を敷設すれば、イランのオマーンに対する完全な敵対行為である。自衛隊がオマーン領海内で掃海活動をすれば、日本はイランを敵国として、イランとオマーンの武力紛争に参戦することにほかならない。
安倍首相が、「(機雷掃海は)受動的かつ限定的な行為で、空爆や敵地に攻め込むのとは性格が違う」(前掲・参院決算委答弁)といっても、そういう理屈は成り立たない。米国海軍省は、機雷戦の法的側面について、「攻撃的機雷作戦および防御的機雷作戦は、ともに戦争行為(acts of war)」と捉えており、安倍首相のような区別はしていない(前掲・直言参照)。
さすがに安倍首相が「ホルムズ海峡機雷掃海」に沈黙しているのは、このことに気づいたからだろうか。当面政府は、ペルシャ湾南部やホルムズ海峡はイランとオマーン両国の領海でリスクも高いため、イランを刺激しないよう、ペルシャ湾外のオマーン湾での活動を想定し、現在、ソマリア沖アデン湾で④ の海賊対処行動をしている海自護衛艦1隻とP3C哨戒機2機を活用し、新たな部隊を派遣しない方向だという(『朝日新聞』2019年8月8日付)。⑤ の海上警備行動に基づく商船警護も検討のなかに入っているという。いずれの活動も、米軍の直接的な指揮は受けず、海賊対処要項変更の閣議決定や、海上警備行動の首相承認などで乗り切ろうとしている。それでもむずかしい時は、防衛省設置法4条18号(旧防衛庁設置法5条18号)の「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究」によって艦艇をアリバイ的に派遣する、安易で簡易な手法も残されている。以上、法的な論点については簡単なコメントにとどめておくが、いずれ議論が本格的になってきた段階で詳しく論じることにしよう(なお、水島朝穂『ライブ講義 徹底分析! 集団的自衛権』(岩波書店、2015年)参照)。
いずれにしても、トランプが「シンゾー」に要求してくるものは、1機140億円もするF35Bという「ポンコツ機」(12年前は最新鋭のF22ラプターが検討されたが、米国は日本には売らないことにした!)の膨大な費用や、イージス・アショアという窮極の「不要ハコモノ」だけではない。「金だせ、人だせ、血も流せ」とばかり、「血を流す関係」の本格的具体化である。「戦死のリアル」が目の前に迫りつつある。
2016年に南スーダンPKOで問われた「駆け付け警護」の時も、防衛大臣は国会で、現地の事態をひたすら、「戦闘行為」ではなく「衝突」であると言い換えてごまかし続けた。イラク派遣の際の日報問題でも、防衛大臣」が一貫して「存在しない」としてきたイラク活動報告(日報)が実は存在していたことが判明し、隠蔽体質が明らかとなった。「自衛隊が活動する地域は戦闘行為が行われない」とする首相の国会答弁とのつじつま合わせのため、現地の危うい状況を伝える日報を隠していたようである。
こういう隠蔽と改ざんがしみついた政権のもとで、トランプが求める中東での活動に,自衛隊も何らかの形で派遣されることになろう。それを許していいのか。とりわけこの機会に私が指摘しておきたいことは、米軍パイロットを救出する捜索救助活動に自衛隊が使われる可能性が高いことである。重要影響事態法7条と国際平和支援法8条に仕込まれたこの活動の危うさを、この機会にしっかり知っておいてほしいと思う(直言「「捜索救助活動」のグローバル化―「周辺」と「後方地域」が外れた効果」参照)。
トランプ政権が日本にふっかけてくる要求には「とほうもない」ものが含まれている。自衛隊員とその家族もまた、このことを知らされていない。今回は立ち入らないが、ペルシャ湾での活動はその一歩にすぎず、真の「作戦正面」はもっと奥にあるのかもしれない(直言「気分はすでに「普通の軍隊」―アフリカ軍団への道?」参照)。
ちなみち、ドイツは「有志連合」への参加をきっぱり拒否している。輸送船などの保護のために米国が指揮するホルムズ海峡周辺での海軍作戦を連邦政府は正式に拒否した。「ペルシャ湾では、戦争か平和かが問われているのではない。ホルムズ海峡におけるイランの挑発は、とりわけコミュニケーション行為である」。ハイコ・マース外相は、ドイツがホルムズ海峡で米国主導の海軍任務に参加しない理由を説明した際、「軍事的エスカレーション」は望まないと述べた。「世界的な石油貿易をめぐる紛争に軍事的解決策は存在し得ない」(Der Tagesspiegel vom 3.8.2019.)。安倍政権にこのような毅然たる態度を望むことは、「ないものねだり」とういことになるのだろうか。
「今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬこと」を決意するのは、8月15日だけではない。