2020年はどんな年になるだろうか。本年第1回の「直言」では、「新たな湾岸・中東戦争への予兆」と、「安倍一強」の「滅びへの綻び」が加速することについて書いた。幻となった1940年「第12回オリンピック東京大会」と同様、80年後の「第32回オリンピック東京大会」もまた「幻」となるかどうか。猛暑のためのマラソン・競歩の札幌実施等の「微調整」ではすまない、大会の開催そのものを規定する深刻な事態が、この半年の間に起きないという保証はない。ローマの歴史家クルティウス=ルフスではないが、“ History repeats itself. ”(「歴史は繰り返す」)のか。
ドイツ留学中のゼミ23期生のM君からゼミのラインに、「明けましておめでとうございます。先程ハンガリーのブダペスト中央駅前で発見しました。極右政党が政権を握っているハンガリーでこのような掲示を見かけることになるとは少し意外でした」(2020年1月5日)という書き込みが入った。そこに添付されていたのが冒頭右側の写真である。「ともに戦争犯罪の旗だ。第2次世界大戦中の帝国日本の主要な象徴(731部隊)。2020年東京オリンピックで使ってはならない。」 旭日旗とハーケンクロイツを重ねた構図で、ハンガリーのオルバーン政権に反対する左派系グループがゲリラ的に貼っていったものだろう。旭日旗と対比されるのは鉄十字であり、この構図は必ずしも正確な対比とはいえない。とはいえ、安倍晋三という歴史修正主義政治家によって担われる政権があと60日足らずで「在任3000日」になろうとしている現在、日本のイメージは歴史後退的なものと受けとられていることは確かだろう。
宝島社はこのところ、毎年、正月の新聞に全面広告を打っている。昨年の1月7日付には2種類の広告が出た。一つは湾岸戦争(1991年)の際の重油にまみれた水鳥の写真を使い、「嘘つきは戦争の始まり。」、もう一つは、ローマの「真実の口」に「敵は、嘘。」とあり、「嘘に慣れるな、嘘を止めろ、今年、嘘をやっつけろ」と訴えている(直言「「フェイスブック宰相」は「フェイク宰相」」参照)。
冒頭左の写真は、『朝日新聞』2020年1月7日付に掲載された今年の全面広告である。私の「歴史グッズ」のなかから、1991年5月頃にブランデンブルク門周辺で入手した「壁」関連グッズ(14.50マルクの値段がついている)を重ねてみた。今回のものに書かれたキャッチフレーズは、「ハンマーを持て。バカがまた壁をつくっている。」である。真ん中の文章にはこうある。「こんどの壁は、見えない壁だ。あれから30年。ベルリンで壁を壊した人類は、なんのことはない。せっせと新しい壁をつくっている。貧富の壁、性差の壁、世代の壁・・・。見えない分だけ、やっかいな壁たち。そろそろもう一度、ハンマーを手にする時ではないか。私たちはまた、時代に試されている。」 なかなかよく出来た構図とフレーズだと思う。私も「壁」思考について触れたことがある。
ちなみに、『日本経済新聞』同日の宝島社広告は、「次のジョブズも次のケネディも次のアインシュタインも、きっと、女。」である。ジェンダー・ギャップのランキングで153カ国中121位の国に問題喚起している。また、『読売新聞』同日の宝島社広告は、「ヤなことは見えない。メンドーなことは話さない。ツゴウのわるいことは聞こえない。」である。政府の説明責任の放棄を揶揄したようにも読める。『毎日新聞』は 「なんで、長生きしたかったんだっけ。長寿先進国、おめでとう。」で、漫画「意地悪ばあさん」の絵。『日刊ゲンダイ』も同じ漫画の絵で、「昨日? そんな昔のこと、わからないね。明日? そんな先のこと、わからないよ。長寿先進国、おめでとう。」である。映画『カサブランカ』のハンフリー・ボガートのセリフをすぐに思い浮かべる我々、高齢者を想定している。
ところで、「壁」をつくるといっても、メキシコ国境の壁建設はそう簡単ではなく、トランプも最近ではあまり情熱を傾けているようには見えない(写真はDer Spiegel vom 4.12.2019, S.30f.)。むしろ、このイランとの軍事的シーソーゲームの漫画(Süddeutsche Zeitung vom 4/5/6.1.2020 )に見られるように、戦争のハードルを一気に下げる動きの方が心配である。トランプは新年早々の1月2日、イラン革命防衛隊のソレイマニ少将をドローン攻撃により殺害することを軍に命じた。ネット世界には、「WW3」「WWIII」(第三次世界大戦)というワードが飛び交う事態が生れた。2020年はこのトランプの乱暴な「最初の一突き」によって激動の幕開けとなった。
10年前の直言「戦争の「無人化」と「民営化」」において、ブッシュ政権が始めた、無人機によって「テロリスト」を殺害する「ターゲット・キリング(標的殺害)」について書いた。その国内法的根拠は、「9.11」直後に議会が大統領に対して、必要な軍事力の使用を認めた「武力行使容認決議」であった。だが、今回は、イランという国家の高級軍人の殺害であり、「テロリスト」ではない。ソレイマニ少将はイスラム国(IS)掃討作戦にもかかわり、昨今では外交官的な活動をしている。殺害された時、外交官パスポートをもっていたという。
国際法的にはどうか。米国連大使は、1月8日に国連安保理への書簡を送り、「中東の米軍の利益に対する一連の攻撃に対する反応である」として、国連憲章51条の自衛権に基づく行為であるとした。しかし、このドローンを使った「標的殺害」は、どう理屈をひねり出しても、自衛権の行使とするには無理がある。
国際民主法律家協会(IADL)は直ちに声明を発表し(対訳ワードファイル)、トランプが命じたドローンによる殺害が、国連憲章違反の違法な侵略行為であること(国連総会決議3314号にいう侵略犯罪)、国連憲章51条の自衛のための武力行使にあたらないこと、裁判外での標的殺害であり、国際人道法や国際人権法のいかなる概念においても、違法であり、正当化されるものではないことなどを厳しく糾弾している。
国家指導者に対する「標的殺害」の先例としては、2011年のリビアのカダフィ大佐に対する作戦がある(直言「カダフィ標的作戦」)。これによって、リビアが無政府状態になって、ヨーロッパへの難民流入の源泉の一つとなった。今回のイランに対するトランプのそれは、情勢分析も十分でなく、その効果や影響、周辺諸国との関係などへの熟慮を欠いた、場当たり的で思い付き的決断だったことは否定できないだろう。ドイツ経済新聞のHandelsblatt紙1月9日付の評論によれば、「ソレイマニ事件はトランプの取引(Deal)政治の限界を示すもの」と分析され、中東における米国の外交政策が理念も展望もない曖昧なものであることが厳しく批判されている。
不動産王トランプのもとで、米国の民間軍事会社(PMSCs)はさらに増殖を続けている。10年前の「直言」でも、民間軍事会社が「標的殺害」に関わっていることを指摘し、次のように書いた。「戦争の「民営化」の行き着く先は、目的と手段の逆転である。PMSCsの最も恐ろしい本音は、戦争がなくなることである。戦争があるから軍隊やPMSCsがあるのではない。軍隊やPMSCsのために、戦争や危機がつくられていく。この本末転倒をなくすには、全面的な武器取引の禁止とPMSCsの法的規制しかない。だが、世界の武器輸出の67%は安保理常任理事国5大国によって占められている(特に米国30%とロシア23%) [SIPRI 2009年報告書参照] 。これでは、武器商人と警察官が同一人物のようなものである。」 詳しくは、拙稿「国家の軍事機能の「民営化」を考える─民間軍事会社(PMSCs)を中心に」(PDF)を参照いただきたい。
この写真は、富樫ヨーコ『カルロス・ゴーン物語 企業再生の答がここにある!!』(小学館、2002年)を真ん中に配して、ゴーン逃亡事件を分析した評論「ベイルートからの挨拶」である(Süddeutsche Zeitung vom 9.1.2020 ) 。けっこう詳しく、逃亡当日の自宅を出るところから、「安倍右翼保守政権」にとって屈辱的なこの事件についての意味にまで踏み込んでいる。記事の挿絵に使っているのは、ゴーン被告に関する18年前の本の表紙である。この本は、古本屋界隈では1万円を超える希少本になっている。そのゴーン被告が日本の人質司法を激しく非難している。ただ、ゴーン事件をめぐるさまざまな問題に立ち入らない。ここで言いたいことは、民間軍事会社が、「カルロス・ゴーン逃亡事件」にも深く関わっていることである。保釈中の被告人が、国外に逃亡するという、前代未聞の事件だが、ここに民間軍事会社の関係者が重要な役割を演じていることが明らかになっている。マイケル・テイラーという59歳の米海兵隊の特殊部隊員で、94年に民間軍事会社を設立。イラクやアフガンでの活動や、人質救出作戦にもたずさわっている(『朝日新聞』1月8日付33面)。まさにプロフェッショナルである。このテイラー氏の人質奪回作戦さながらの差配により、ゴーン被告をレバノンに入国させたのである。民間軍事会社が関わっているという点で、ゴーン逃亡事件と、イランのソレイマニ将軍殺害の「標的作戦」とは共通している。
さて、米国とイランの軍事行動が「一触即発」となった1月7日、イランが米軍航空基地に対して、十数発の「弾道ミサイル」を発射したというニュースが飛び込んできた。一瞬青くなったが、イランのハメネイ師は「米国に平手打ちを浴びせた」と語った。「目には目を、歯には歯を」の教え通り、同程度の報復を実施するということで、ソレイマニ将軍が殺害されたのとほぼ同時刻に、暗殺のためのドローンが飛び立った飛行場に向けてミサイルを発射させた。だが、4発もはずれ(わざと?)、着弾したのも倉庫など人員があまりいないところばかりを狙っている。これは明らかに、全面戦争に発展することを抑制する「自制的行為」といえる。一方、トランプも、「軍事力は使いたくない」と明確に述べ、新たな経済制裁を課すことにとどめた。「標的殺害」という手段をよく熟考もせずに場当たり的に命令したことの巨大なリアクションに驚き、早々に引きに入ったものとみられる。メディアの論評でも、イランと米国がともに自制したという論調が有力であり、安倍首相も「[トランプの]自制的な対応を評価する」などと呑気なことをいっている(1月9日午前)。
トランプの安易で軽率な行動が、中東とその周辺のバランスを壊してしまった。何が起きても不思議でない。安倍首相のように楽観視はできない。中東・湾岸地域はかつての「バルカンの火薬庫」のような状態にある。例を挙げれば、シリアのアサド政権をロシアが支援して、その連合軍が北西部のイドリブ県の反体制派地域に爆撃を続け、民間人に被害者を出している。また、シリア北東部のトルコ国境地帯では、米軍の撤退後、トルコ軍がシリア反体制派とともに侵攻して、クルド民兵を軸とした「シリア民主軍」(SDF)と一触即発の状況にある。この周辺ではイスラム国(IS)も復活を狙っている。
その一方で、イスラエルの動きが最も危うい。シリアに軍事拠点をもつイラン軍(革命防衛隊)に対して、イスラエル軍が爆撃を続けている。ガザ地区に拠点をもつ「ハマス」と「パレスチナ・イスラム聖戦」(PIJ)がイスラエルにロケット攻撃を続けている。さらに、イエメン紛争は、フーシ派と暫定大統領はとの間で戦闘が継続しており、シリア紛争と並んで最も被害者を多く出している。アフガニスタン紛争は和平交渉が成功せず、テロが続いている。東ウクライナ紛争では、ロシアの頑強な姿勢が妥協に向けての道を閉ざしている(以上、『軍事研究』2020年2月号「2020、世界の軍事はどう動く、どう変わる」参照)。トランプが始めた「標的作戦」に反撃するためにイラン軍が臨戦態勢に入ったとき、誤ってウクライナの民間機を撃墜してしまった。このミサイルはロシア製である。死亡した乗客の4割近くはカナダ人だった。この民間機撃墜事件は、トランプがイランに対する軍事的挑発を行わなければ起きなかった不幸である。
まさにそのような一触即発の中東地域に自衛隊が派遣される。熟慮の結果、延期するというような判断ができない。トランプしか見ていない、思考の惰性である。1月10日、河野太郎防衛大臣は、護衛艦1隻と哨戒機2機の派遣を命令した。海自第5航空群(那覇)所属のP3C哨戒機2機が11日に日本を出発した。汎用護衛艦DD「たかなみ」は2月2日に日本を出港する。日本関係船舶の航行の安全確保と情報収集態勢の強化をいうが、先週の「直言」で指摘したように法的根拠は曖昧で、防衛省設置法4条18号の「調査・研究」である。
米国とイランの軍事的衝突の危険はまだなくなったわけではない。むしろ、どこかの勢力が両者をたきつけて「戦闘状態に入れり」にする可能性もある。複雑怪奇な中東・湾岸地域の勢力配置は、マッチ1本でアッという間に炎上する危うさをもっている。安倍首相の「地球儀を弄(もてあそ)ぶ外交」の結果、派遣された自衛隊部隊から犠牲者が出たとき、安倍首相は、「憲法9条があるから自衛官は命を奪われた」と叫ぶのだろうか(直言「「戦死者を出す覚悟」?―自らは決して「戦場」に赴くことのない政治家の勇ましさ」)。