冒頭左の写真は、『南ドイツ新聞』3月13日付の一面である。「発熱する世界」。多くの国々がコロナウイルス感染を阻止するため、厳格な措置をとることを余儀なくされている。EUが域外からの移動を制限し、EU各国がそれぞれ国境を閉じる。「壁」崩壊前のヨーロッパにおける国境地帯の風景がかつてよりも厳しい形で再現されている。「コロナ」が収束して、終息した後も、その影響は長く続き、「コロナ後の世界」はこれまでとは違ったものになるだろう。少なくとも「グローバル化」は終わり、「新たな壁の時代」への動きが加速していくかもしれない。
冒頭右側の写真は、『南ドイツ新聞』3月12日付に掲載された、核戦争防止国際医師会議(IPPNW) ドイツ支部の意見広告である。IPPNWは1980年に設立された、64カ国に支部をもつ、医師による世界的団体である。1985年にノーベル平和賞を受賞している。ドイツ支部は東京オリンピックを「放射性オリンピック」と特徴づけ、2019年からは、野球とソフトボールの試合を福島で実施することと、福島の汚染地域で聖火リレーを行うことに反対する請願署名(IOCと日本政府に対する)を行っている。IPPNW日本支部は、これはドイツ支部の活動であり、IPPNW本部でも特段の議論は行われておらず、日本支部は「この活動に全く関与していません」という立場をホームページで打ち出している。なお、2017年から反原発団体が「東京オリンピックおことわり」の運動を行っている。
1936年のベルリンオリンピック(当時のメダルがこれ)は、ヒトラーの「第三帝国」を称賛する役割を果たした。「平和の祭典」であるはずのオリンピックが、3年後の第二次世界大戦に向かって、ヒトラードイツを強化するのに使われたのは皮肉である。そのヒトラーがイタリアのムッソリーニを説得して、1940年の第12回はローマではなく東京で開催と決まった。「紀元2600年」(「神武天皇即位」から2600年)を記念して国家的祝典として計画されたものだが、戦争の泥沼化により中止された。左の写真は「第12回オリンピック東京大会組織委員会」が発行した『オリンピック精神』(1938年12月)という非売品のパンフである。そこには、競技が行われるスタジアムやボート場などの計画図も書いてある(直言「わが歴史グッズの話(27)幻の第12回オリンピック東京大会」参照)。オリンピック憲章は「オリンピック競技大会は、個人種目もしくは団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」とうたっているが、いつの時代も、それぞれの国家の論理に支配され、政治的に利用されてきた(逆の意味で政治的だったのが、1980年のモスクワオリンピックのボイコット)。
第32回オリンピック東京大会もまた、2012年に復活した第2次安倍政権の権力基盤強化のため、無理に無理を重ねて誘致したものだった。「3.11」からの復興どころか、復旧もままならないなか、2013年9月7日、国際オリンピック委員会(IOC)総会で、安倍首相のあの「トンデモ演説」が行われたことは記憶に新しい。「東京は世界で最も安全な都市の一つです。それは今でも、2020年でも一緒です。フクシマについて案じる向きには、私が皆さんにお約束します。状況はコントロールされています。東京には、いかなるダメージもこれまで与えたことはなく、今後も与えることはありません」と。“under control”という言葉は世界に驚きを与えた。日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恆和理事長(当時)に至っては、「放射線量レベルはロンドン、ニューヨーク、パリなど世界の大都市と同じレベルで絶対安全(absolutely safe)」と述べ、「福島は東京から250キロ離れており、皆さんが想像する危険性は東京にはない」と断言した。この人物は、東京五輪招致をめぐる贈収賄容疑でフランス捜査当局の捜査対象になっている。嘘と金をばらまいて、無理筋で招致した東京オリンピック。最初からその開催には無理があった。7年前のこの「直言」で私はこう書いた。「[1986年の]チェルノブイリ原発事故では、300キロ圏内は高度の汚染地域となった。「東京は、250キロしか離れていない場所に、炉心溶融と建屋爆発事故を起こし、手がつけられない状態にある原子炉3基と、1500本の核燃料棒がある都市」というのは厳然たる事実である。」(「東京オリンピック招致の思想と行動―福島からの「距離」」)と。
2013年以来、私は東京オリンピックには賛成できないという立場をとってきた。2年前に南相馬市から浪江町、富岡町北部の「帰還困難区域」を縦断する国道6号線を走って、「復興五輪」という言葉に怒りを覚えた(直言「東日本大震災7年の福島と憲法―「帰還困難区域」にも」)。そして、昨年の「3.11」では、直言「復興五輪」というフェイク―東日本大震災から8年」を出して、「復興五輪」をフェイクとまで断じた。
新型コロナウイルス感染症の大流行を奇貨として、新型インフルエンザ等対策特別措置法の「緊急事態宣言」を用いる姿勢を見せている安倍晋三首相は、3月14日の記者会見でこう語った。「来週にはいよいよ聖火を日本に迎えることになりますし、私自身、26日には福島を訪れて、聖火リレーのスタートに立ち会わせていただきたいと考えています。・・・我々としては、とにかくこの感染拡大を乗り越えて、オリンピックを無事、予定どおり開催したいと考えています。」(安倍内閣総理大臣記者会見)。
新型コロナの大感染がすでにこの国に存在しているのに、「五輪面子」で隠蔽している安倍政権。国民には危機を煽り、負担を迫る一方で、本人も閣僚・側近もまったく緊張感が感じられず、感染対処にあたる現場の窮状も理解できない。会食三昧の首相、ここ1週間は「自粛」しているようだが、2年前の西日本豪雨の時の「赤坂自民亭」をツイッターで全世界に発信した、西村康稔官房副長官を新型コロナ対策担当大臣に任命するくらいだから、そのやる気のなさは、推して知るべしだろう。
国民はどうか。共同通信が3月16日16時に配信した世論調査によれば、「五輪開催できない」69%に対して、「できる」は24.5%だった。『朝日新聞』3月17日付によれば、東京オリンピックについて、「延期する」63%、「予定通り開催する」23%、「中止する」9%である。「7月24日はなし」が72%ということになる。1940年から80年後の東京オリンピックもまた「幻」に終わるのか。
冒頭右の写真にある『南ドイツ新聞』3月12日付の全面広告をもう一度ご覧いただきたい。署名運動が進み、意見広告の下の方には、2033人の医師が署名したとある。その一人ひとりの名前がびっしりと紙面を埋めている。以下、この全面広告を翻訳して掲載する。提供いただいたドイツ在住のFrau Masako Olsenにお礼申し上げたい。
フクシマ後9年、チェルノブイリ後34年
オリンピック大会の政治的濫用は許されない
東京2020: 放射性オリンピック2020年開催オリンピック大会では、福島のスーパーガウ[原発の超大規模事故]はすでに過去のことだと演出されることになっている。だが、実際には〈破損した〉原子炉は決して〈コントロール下〉などにはない。
破壊された原子炉の内部では未だに生命を脅かす放射線が猛威を奮っている。その原子炉の廃墟は常に水を流入することで冷却されなければならない。大部分の汚染水は、それに対抗すべく徹底的な措置にも関わらず地下水と海水を汚染している。受けとめられた放射性の廃水の一部は巨大なタンクに貯蔵される。やがて場所が不足する2022年からはこの強度の放射性の汚染水は直接太平洋に放出されるという。
また福島地方では、表面だけ削り取られた汚染土が詰まった何十万という数の巨大プラスチック袋[フレコンバッグ]が何の保護もなく景色の一部となっている。森からや山からだけではなく、プラスチック袋から漏れる放射性粒子が、雨が降り風の吹く度に町々や村々に降りかかる。このようにして新たなホットスポットがさらに発生している。
日本政府は、スーパーガウの後、住民の除染された居住地への帰郷を強制するために一年間の限度線量を1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに引き上げた。日本政府は、それにより、国際的な放射線防護ルールに違反する。これは特に子供と妊婦を危険にさらしている。財政的支援打ち切りという強い圧力をかける。これは医学的見地からは無責任としか言いようがない。
2019年には子供の甲状腺ガンの新しいデータが発表された。それによると、子供達にとって本来は大変稀な病気が、2014年から2018年の間に福島では日本平均に比べて、23倍の頻繁性で発病している。
放射性オリンピック大会オリンピック大会の野球とソフトボール試合は、福島市で開催される。ここは福島カタストロフィー地域から50キロメートル離れている。オリンピック聖火リレーは2020年3月26日に原子炉廃墟の近くの放射性汚染地区を走り抜くことになっている。
短期間だけ日本に滞在する世界各国の選手や観客は、そこに居住する人々に比べてほとんど危険にさらされることはない。それでも、選手や観客を不必要な多量の放射能にさらすことは納得できることではない。
IPPNW(核戦争防止国際医師会議International Physicians for the Prevention of Nuclear War)は〈Tokyo 2020- 放射性オリンピック大会〉キャンペーンを開始した。次のリンクのお知らせを読んだ上で、要望書『放射線汚染地域でのオリンピック競技開催反対』にサインをお願いしたい(http://www.ippnw.de/bit/olympiapetition)。
私達は要求する:
* 放射性汚染地区での聖火リレーと競技試合を断念すること。
オリンピック大会を政治的に濫用することは許されない。
* 日本人スーパーガウ被害者との連帯。
* 世界的な脱原発。
* 気候を救う[温暖化防止]と称しての〈再稼働〉反対。
原子力発電所は気候中立[温室効果ガス排出ゼロ]ではなく、極端に危険である。