アルプス山麓のホットスポット
オーストリア国境に近いドイツ・バイエルン州のベルヒテスガーデン(Berchtesgaden)というアルプス山麓の風光明媚な町がある。ヒトラー山荘、「ケールシュタインハウス」があるため、3年前に立ち寄った。そのレポートは、直言「ヒトラー山荘とオーストリアのナチス強制収容所―中欧の旅(その3)」をお読みいただきたい。そのベルヒテスガーデン郡が先週、大きく注目されることになった。人口7700人足らずの町で、新型コロナウイルス感染症の患者が、住民10万人あたり278.49という数字が出て、ホットスポットになったからである。日本では都道府県単位で感染状況を毎日数字で出しているが、ドイツでは323の郡(Kreis)と117の独立市(Kreisfreie Stadt)ごとに毎日、きめ細かく感染状況が色分けされて公表されている。「7日間で住民10万人あたり50人」を基準としていた色分けで、冒頭右の写真は10月25日の感染状況である(Die Welt vom 25.10.2020)。ベルヒテスガーデン郡は一番右下のオーストリア側に突き出した部分で、真っ赤である。8月20日の感染状況と比べれば、赤い地域が都市部を中心に拡大していることがわかる。ベルリン、ハンブルク、ミュンヘン、ケルン、フランクフルト、シュトゥットガルト、デュッセルドルフというドイツの7大都市は現在すべてホットスポットになっている。旧東の州、特に一昨年まわった北部の州(メクレンブルク=フォアポンメルン州)は感染者が極端に少ない。なぜそのようになるのかはわからない。旧東時代のBCG接種の効果がいわれるが、定かではない。
ヒトラー山荘の町の「ロックダウン」
さて、そのベルヒテスガーデン郡では、10月20日14時から11月2日まで2週間、「ロックダウン」が発動された。冒頭左の写真は、『シュピーゲル』誌10月17日号の表紙で、「ロックダウンという悪夢」というタイトル。イースターのカボチャがコロナウイルスの形にくり抜かれている。それがベルヒテスガーデン郡から始まったのか。この郡では厳しい外出制限が実施され、正当な理由なく自宅を離れることはできなくなった。「正当な理由」には、専門的な活動や食料品の買い物などが含まれる。旅行客の宿泊は禁止され、入浴施設、映画館、クラブ、バーやディスコ、娯楽施設や劇場、美術館、スポーツジム、図書館、動物園、教育センターなどは閉鎖された。より厳格なマスク着用義務と接触制限も。3年前に昼食のため入ったレストランも、午後8時までのテイクアウト料理の提供だけが認められる(Süddeutsche Zeitung vom 21.10.2020など参照)。
制限強化に対する憲法的視点
地元紙によれば、観光客がホテルの手前で引き返していくのを見て、ホテルオーナーらは、バイエルン行政裁判所に提訴し、この地区の「ロックダウン」に関わる命令の一時停止を求める仮処分も同時に求めたようである。このような厳しい外出制限や営業規制が今後行われていくのか。全国的な統一的な措置は可能なのか。
2018年まで連邦憲法裁判所副長官をやったフェルディナント・キルヒホフ(Ferdinand Kirchhof)教授は、ドイツ全域での2回目のロックダウンは権限上も実際上(sachlich)も不可能とみている(Die Welt vom 21.10.2020)。二度目は前回よりもハードルが高い。飲食店や小売業、観光業者にとって不利益が著しく大きく、基本法12条の職業の自由[との抵触]を示唆する。また、社会生活に対する新たな制限は、他の憲法上保護される法的利益、例えば一般的行為自由(基本法2条)との比較衡量もなされねばならない。地域的なロックダウンにおいても比例原則が重要であり、政治家たちの新たな制限についての議論は法的に不十分である。健康保険制度の一般的な過負荷は正当化の理由を提供しないなどの諸点を指摘しつつ、キルヒホフは、最終的に、州は、産業、イベント、「ホットスポット」の具体的なリスクを参照し、危険を封じ込めるための構想の適合性を示し、説明する必要があるとして、こうしたことは、ベルヒテスガーデンのような地域のロックダウンの場合にも妥当するとしている。「措置がねらいを正確に事案に則してリスクを堰き止め、他の法的損失と比較して均衡がとれる場合にのみ、現場では憲法問題はない」とする(Oldenburger Onlinezeitung vom 20.10.2020)。なお、局面はだいぶ変わってきたが、4月段階の連邦憲法裁判所前長官のインタビューについては、直言「「コロナ危機」に「緊急議会」?―ドイツ連邦憲法裁判所前長官の主張にも触れて」参照。
新たな感染拡大への対処
ある新聞の集計では、ドイツ全体で、3万5000件の秩序違反(Ordnungswidrigkeit)手続が起こされ、合計300万ユーロ(約3億7000万円)の過料(Bußgeld)に処せられているという(Welt am Sonntag vom 4.10.2020による)。これらの多くは、公共交通機関を利用するときにマスクを着用していないケースである。さすが連邦国家である。州ごとに過料の額は異なり、マスクなしでも過料なしの旧東のテューリンゲン州から、50ユーロのノルトライン=ヴェストファーレン州、注意の回数によって50から500ユーロまでのベルリン、初回で250ユーロのバイエルン州などまちまちである(16州のコロナ規制[10月23日現在])。公共交通機関へのマスクなし乗車は、キセル(無賃乗車)よりもペナルティが重いというのが特徴である(ただ乗りは60ユーロ。その「検札」の問題性については私の妻の「冤罪」事件参照)。
10月17日、連邦政府と州首相との協議で、新規感染者が住民10万人当たり50人以上の場合、以下の対応をする(ZDFのサイト参照)。①マスク着用義務の対象拡大、②クリスマスマーケットや公的行事、③私的なお祝い事[結婚式など]、④国内旅行と宿泊規制、⑤学校および保育所における規制、⑥接触制限、⑦デモの規制、である。興味深いのはデモの規制である。一切人数制限を加えない州から、屋外500人、屋内250人と人数制限を加える州、屋外の100人以上あるいは200人以上の集会にマスク着用義務を課す州などいろいろである。基本法8条で集会の自由が保障されているため、集会を一律に禁止すれば違憲となるので、州ごとに異なってくる。感染状況の変化により、必要に応じて、飲食店の閉店時間の導入、必要に応じて、飲食店でのアルコール摂取制限も加わっている。ビール・ワイン好きのドイツ人には、かなりきつい制限ではある。
初の閣僚感染と首相メッセージ
ドイツのコロナ対応において、ロベルト・コッホ研究所(RKI)は決定的に重要な役割を果たしている。政府の方針決定に科学的根拠を与えている。5月の直言「この国の「目詰まり」はどこにあるか―日独の指導者と専門家」でも紹介したが、所長のロタール・ヴィーラー教授への信頼度は高い。安倍政権に忖度する「専門家会議」(→「分科会」)の軽さとは大違いである。そのRKIが10月23日、14714の新しい感染を報告した。これは前日と比較して3400件以上の増加になる(SZ vom 24.10)。しかも、先週、シュパン(Jens Spahn)連邦保健大臣がコロナウイルスに感染した。メルケル内閣で閣僚の感染は初めてである。ただ、閣議では全員がマスクを着用して、適切な距離をとっていたため、首相をはじめ閣僚が隔離されることはなかった。
メルケル首相は急激な感染拡大のなか、10月17日、市民に向かってメッセージを発した(連邦首相府のホームページ)。3月18日の市民に向かってのメッセージから7カ月がたっていた(直言「「コロナ危機」における法と政治―ドイツと日本」参照)。
親愛なる市民同胞の皆さん(Liebe Mitbrgerinnen und liebe Mitbürger)。
…遅くとも今週になって、私たちがコロナパンデミックの深刻な局面に入ったことを認識しました。日々、新規感染者数が飛躍的に増加しています。パンデミックは再び急速に広がっており、その速度は半年前にパンデミックが始まった時より進んでいます。…クリスマスがどうなるのか、それはこれからの数日間、数週間で決まります。…感染者数をまた減らすために、お一人お一人がソーシャルディスタンスを徹底して守り、マスクを着用し、衛生規則を守ることだけでこれに貢献できます。…しかし、今さらなる対策が求められます。専門家の意見は明確で、ウイルスの拡大は、私たちみんなの接触や出会いの数に直接的に関わっているといいます。今しばらく、私たちがみんなで自ら家族以外との接触を減らせば、感染が増加し続ける流れを止めて、減少傾向に変えることができます。家の内外にかかわらず、人に会う機会を大幅に減らしてください。皆さんにお願いです。本当に必要緊急ではないあらゆる旅行を断念してください。本当に必要緊急ではないあらゆるパーティーを断念してください。可能な限り自宅に、居住地内にとどまってください。…これは、医療機関に過剰な負担がかからないようにするため、子どもたちの学校や保育園が閉鎖されなくてもいいように、国の経済と私たちの職場を守るための措置です。…
「病める欧州」とコロナ対処の検証
これは『シュピーゲル』誌の10月17日号14頁に出ている「病める欧州」という地図である。10月15日の時点で感染者が一番多い国は、フランスとスペインに挟まれたピレネー山脈にあるミニ国家、アンドラ公国である。人口7万9000人のこの国で、「人口10万人(!)あたり50人」の基準をはるかに超える、808人が感染したという。第2位はチェコで413人。続くベルギーが382人。フランスと英国も高い。これに対して、旧東の地域で感染者があまり出ていないことから、ドイツ全体では40人という数字になるが、その後の1週間で50を超えた。いずれにしても、コロナ危機は冬に向けて重大な局面にある。
「コロナ管理」(Corona-Management)という副題で、「すべての権力を国民へ!」という記事を見つけた。何事かと思って読むと、ドイツ連邦議会の左派党(Die Linke)の議員団幹事長(Jan Korte)が、コロナ対処のなかで連邦議会のより強い関与を要求しているという記事だった(Der Spiegel,Nr.43 vom 17.10.2020,S.25)。前述のメルケル首相と州首相との会議でコロナ対応が決まっていくなか、その現状について、連邦・州首相会議があたかも巨大な代替政府としてすべての決定を、議会をスルーして行っており、したがって議会の統制を免れていると批判する。そして、「連邦議会と州議会の緩慢なる無力化(Entmachtung)は終わりにしなければならない」として、5つの提案を行う。①連邦政府は冬のはじめまでに議会にコロナ措置の効果について報告を行うこと、②連邦議会は今年「評価週間」(Evaluationswoche)をもうけること(予算について30時間以上かけて討論する「予算週間」のアナロジーで。質問制度参照)、そのなかで、コロナ措置の効果や必要性、とりわけ基本権侵害について討論すること。③政府は各会期に首相、内相、保険相が交代で質疑に応じるようにすること、④連邦によるコロナ対処措置の統一化が必要であること、⑤災害管理のための連邦制度委員会が設置されること、である。いずれも、コロナ対応が緊急を要したために曖昧にされてきた点であり、議会によってしっかり検証するという意味では興味深い提案だと思う。
Go To トラブルの日本
ひるがえって日本をみるとどうか。この国のコロナ対応は、科学的根拠なしの場当たり的対応と特徴づけることが可能だろう。発災から対応にあたったのが、途中で「政治的仮病」を使って「敵前逃亡」(「コロナ前逃亡」)した安倍晋三という、とりわけ小心で狭量な首相だったために、個々のコロナ対応が自らの「やってる感」と、多くの不祥事の追及をかわすための「論点ずらし」に利用され、国民の命が政権の都合に左右されることになった。これはアメリカ、ロシア、ブラジル、ベラルーシなどの権威主義的指導者がコロナを過小評価し、国民の命を危殆にさらしたのと同じとまでは言わないまでも、今年2月以降の対応は国民に大きな損害を与え続けたといえるだろう。前述したドイツ連邦議会への提案にも出ているように、日本のコロナ対応についても国会で徹底した検証がなされるべきだと思う。
目下の日本では、コロナの感染防止よりも、「Go Toトラベル」「Go To イート」「Go To 商店街」の経済策が前面に押し出されている。さすがに自動車免許合宿までGo To トラベルにしてしまうのには疑問も出てきて、修正されるようである。とにかく金銭的なお得感で国民はいうことを聞くだろうという発想は、「アベノマスク」とも重なる。10月26日の施政方針演説でも、冒頭から携帯電話料金の値下げ、IT化の推進、不妊治療の保険適用など、「不要」とは言わないが、「不急」でないものばかりを前面に押し出し、菅流の「やってる感」を演出してくるだろう。その勢いで総選挙に突入しようという狙いが透けて見える。
日本学術会議の問題も、「制度の見直し」という「攻めの論点ずらし」によって乗り切れるとみている節がある。この政権は説明をしないだけではない。情報を積極的に隠蔽し、公文書を改ざんし、何よりも、「責任」という言葉を虚無化させた。安倍政権と菅政権の連続面と断絶面を正確に診ていく必要がある。
最後に、藻谷浩介・日本総合研究所主席研究員の指摘を引用しておこう。「確かに法手続きや慣例を尊重すると、何かを決めて変えることは難しくなる。片や隣の中国は、何でも即決と強権で実行に移している。憲法や法律や学術や倫理を都合に応じて無視する、「決められる政治」を歓迎する風潮が強まるのには、その影響もあろう。しかし、その先にあるのは「日本政治の中国化」に過ぎないのではないだろうか。」と。その通りである。中国と同様、公安警察的発想で政権運営を行うのが菅政権である。これについては回を改めて論ずることにしよう。「スピード感をもって、躊躇なく」この政権は暴走を続けていく。これを止めるのは国民である。