20年前の大統領選挙の再集計
これを書いているのは11月7日午前中である。まだ米大統領選挙の結果が出ていない。勝敗を左右する激戦州で大接戦となっており、複数の州の開票を世界が息をのんで見守っている。思い出すのは2000年11月8日である。直言「米大統領選挙の「幻の号外」」でも書いたように、フロリダ州パームビーチ郡などの票(パンチカード方式)のチェック、再集計、訴訟と、この日は、新大統領が決まるまでの迷走が始まった日であった。あれから20年。もし民主党のゴアが大統領になっていたら、世界の様相(地球環境のいま)も違ったものになっていただろう。ブッシュの当選が決まってから、世界は「9.11」からイラク戦争を経由して、「イスラム国」(IS) のテロへと「暴力の連鎖」が生まれていった。
アメリカを破壊する大統領
4年前の2016年11月9日、再び、とんでもないことが起きた。大方の予測に反してドナルド・トランプが大統領選挙に勝利したのだ。直言「トランプ政権と新しい「壁」の時代―「ベルリンの壁」崩壊27年後の11.9」をアップし、まれにみる激しい選挙戦を象徴する泥まみれの両候補の絵を使ったドイツ週刊誌Der Spiegelの表紙をトップにもってきた。
冒頭左の写真は、その時の『毎日新聞』と『福島民報』号外である。まわりにその後入手した「トランプグッズ」を配してみた。今回は、2020年大統領選挙の結果が確定する前なので、とりあえず、この4年間のトランプ時代を振り返っておこう。その際、象徴的なのは冒頭右の写真である。Der Spiegelの10月30日号の表紙で、リンカーン記念堂のリンカーン像を押し退けてトランプが鎮座している。足元には「自由の女神」が転がっている。この雑誌は、「自由の女神」の首を切断するトランプの絵を表紙に使って物議をかもしたことがある。
トランプがつくった無数の「壁」
今回の特集記事は、「トランプのアメリカ」と題して、トランプが去っても、彼が残すものについて論じている。冒頭には「トランプは永遠に」(Trump forever)として、選挙でトランプが勝っても負けても、「憎しみと政治的不和は何年もの間、この国を麻痺させるだろう。大統領が政治システムに、ほとんど修復できないほど甚大な損傷を与えてしまった」というリード文を置いて、さまざまな分析を行っている。特に、市民による銃器の購入が急増して、市民間に暴力的対立が生まれる可能性について危惧している。これからも残る「トランプ的なるもの」とは、憎しみと分断、差別と偏見の連鎖、端的にいえば人と人を隔てる「壁」だろう。
4年前の直言「「壁」思考の再来―ベルリンから全世界へ?」で次のように指摘した。
「…「ベルリンの壁」は1961年8月13日から1989年11月9日までの28年と2カ月と26日存続した。…その「壁」が崩れてから27年後にトランプ政権が誕生した。約4分の1世紀の周期で、人類は孤立と開放を繰り返しているのだろうか。行き過ぎたグローバル化への反動がトランプ政権をはじめ、英国のEU離脱、ヨーロッパ諸国における右翼ポピュリズム政権の誕生につながったのだとすれば、いま、世界は「壁」によって象徴される「隔離」の方向に進んでいるのかもしれない。それは異質な他者の排除と孤立主義によって特徴づけられる。」
トランプ政権が発足した2017年1月、直言「トランプ新政権発足とメキシコ憲法100年」をアップした。トランプは政権発足当初、メキシコ国境に壁を築くという方針と「オバマケア」(国民皆保険を実現する医療保険制度改革)の廃止を強く押し出してきた。そこで、この時の「直言」では、ヴァイマル憲法よりも2年早く、1917年に制定されたメキシコ憲法123条の詳細な社会権条項を紹介した。メキシコ国境に「壁」を強化するとともに、医療や福祉の領域に格差の「壁」をつくる。トランプ政権の1年目は、オバマ大統領が8年かけて築いたものを壊すところから始まった。
左の写真は、『南ドイツ新聞』2017年4月3日付2面の漫画である。トランプがメディア、移民、気候保護[地球温暖化防止]、自由貿易に対して「壁」を築き、さらにその外側に「…の壁」を拡大する姿を描く。タイトルは「さらに続く」(Fortsetzung folgt)とシンプルである。
権威主義的ポピュリズム政権の共通項
トランプをはじめ、ハンガリー、ベラルーシ、ブラジル、ロシア、トルコ等々の権威主義的ポピュリズムの政権のトップに共通する特徴がある。恥じらいもない「自分ファースト」と過剰な「友敵思考」である(直言「わが歴史グッズの話(45)「自国ファースト」時代の指導者たち」参照)。多少の違いはあるものの、縁故主義と猜疑心の強さも際立っている。立憲主義認めず、「自分一強」政権とするために、逆らう者は事前かつ予防的に徹底して排除する。まず、司法・裁判官への攻撃が強まるのがどこの国でも共通していて、トランプも、入国禁止の大統領令に対する仮制止命令を出した裁判所に対して、「いわゆる裁判官(so-called judge)の意見は馬鹿げたもの」といって無視する態度をとった(直言「非立憲のツーショット―「みっともない憲法」と「いわゆる裁判官」」参照)。合衆国最高裁の判事の強引な入れ換えを続けたことはよく知られている。
「国家は私だ」と言わんばかりの態度をとり、司法権のみならず、官僚機構に手を突っ込み、自らの道具のように仕立てていく。閣僚や政権幹部についても恣意的な人事を行い、軍や官僚機構内部からの反発がマグマのように蓄積していった。特にトランプ政権発足1年目では、政治任用の政府高官の上院での承認手続が1年たっても遅々として進まず、政府の体をなしていなかった(直言「歴史的退歩のトランプ政権1年―「100%支持」の安倍首相」参照)。最近では、警察官による黒人殺害への抗議行動に対して、連邦軍を出動させてこれを鎮圧しようとしたが、国防長官を務めた元将軍がこれを厳しく批判するところまできた(直言「トランプがワシントンを「天安門」に? ―「狂犬マティス」の抵抗」参照)。
常軌を逸したメディア攻撃も共通の特徴である。その反面でメディアの懐柔と取り込みも積極的に行い、「忖度メディア」に変質させる手法も鮮やかである。どこかの首相も、「あなたの質問には答えない」と言って特定の記者を排除する一方で、通信社の論説委員を秘書官に登用するなど、メディア・コントロールは巧みである。
トランプとベタつく「みっともない首相」
それにしても、トランプの当選直後、まだ現職のオバマ大統領がワシントンにいるのに、ニューヨークのトランプタワー58階に、54万円もするドライバーを手土産にかけつけた「みっともない首相」がいたことは記憶に新しい(直言「ふたつの「駆け付け警護」―最高責任者の無責任」参照)。
この首相は、その後の4年間、トランプとの「3密」(密談、密着、密行)を繰り返し、日本国の利益を損ねる行動をとり続けた(直言「安倍政権の「媚態外交」、その壮大なる負債(その2)――忖度と迎合の誤算」参照)。この首相は「8.28事件」(「政治的仮病」による政権投げ出し)以降、入院することもなく、気の置けない人物とのみのゴルフや会食に余念がないが、もし大統領選挙でトランプが勝てば、「特使」としてトランプのもとに馳せ参じる予定だったという。
「トランプ的なるもの」の克服の課題
トランプの退場には相当時間がかかるだろう。投票で負けが明らかになっても居座れば身内から激しい批判が出るだろうが、この人物はヘッチャラである。来年1月に発足予定の新大統領とその政権は、対外的にも、国内的にも、「トランプ的なるもの」の克服の課題が残されている。日本にとっては、「トランプ・安倍」ラインによって壊されたものの克服の課題がある。そのためには、まず何よりも、菅義偉政権の退場が必要である。
なお、大統領選挙をめぐる「フェイク・ニュース」について、アメリカ憲法が専門の望月穂貴氏(早稲田大学比較法研究所招聘研究員、当サイト管理人)が開票の様子を見ながら書き送ってくれたメモを一部修正のうえ下記に掲載する。
今回の大統領選挙は、史上稀に見る投票者数を記録しており、著しい関心の高さがうかがえる。関心の高さは日本でも同様であり、大統領選に関するメディア報道は多い。
その関心の高さゆえか、アメリカで出回ったデマ、偽情報の類が日本語でも出回って拡散されている。たとえば、ウィスコンシン州で投票率が100パーセントを超えたとか、深夜になってから突如謎の12万票が追加されたというツイートが日本でも拡散され、デマを検証する記事が日本でも作られた。実際には、前者は非公式に報告された有権者登録数が間違っていただけであり、後者は、当日投票の開票が終了してから不在者投票分をカウントしたからに過ぎない。他にも、鶏肉を廃棄処分にしている動画を、投票用紙を不正に捨てているシーンとして偽るツイートも大量に拡散された。そのほかにもまだまだある。
郵便投票をする率は、バイデンの支持者の方が多い。これは、トランプが郵便投票は不正の温床として根拠なく中傷し、支持者に投票所に行くように呼びかけていたからである。しかも、トランプは、ウイルス禍のために増加する郵便投票を妨害するために、郵政公社の予算増を阻止し、郵政長官は郵便物の振り分け機を一部撤去した。このおかげで、郵便投票の開票は遅れた。そして事前に予想されていた通り、郵便投票の開票が反映されていない段階で激戦州のリードを「演出」し(Red Mirage:赤い蜃気楼、と言われる)、トランプは4日午前2時半に一方的に勝利宣言を行った。開票が進んだ11月7日現在では、前回トランプが勝利したミシガン州・ウィスコンシン州はバイデンが勝利を確実にし、ペンシルヴェニア州でもバイデンがリードを広げつつある。
ことあるごとにトランプは郵便投票は不正の温床と中傷し、政治過程を毀損してきた。最初に紹介したウィスコンシン州でのデマが拡散されているのは、陰謀論をそれとなく煽るトランプの存在が非常に大きい。しかし、日本で拡散されているのはなぜだろうか。誤情報が出回りやすいSNS時代ならではのものだろうか(ちなみに、ツイッター社は、トランプ大統領が根拠なく不正を主張するツイートに「誤解を招く可能性があります」と警告表示を付けている)。
アメリカのテレビの選挙特番をYouTubeでの同時配信で見ていて一つ感心したことがある。それは、5日にトランプが会見で投票の不正をまたしても根拠なく主張したところ、中継を止めて、アンカーがトランプの主張には根拠がないと言ったのだ。ニューヨーク・タイムズ紙によれば、三大ネットワークはすべてそうしたという。
一方、日本のテレビ番組はすべてチェックしたわけではないが、ストレートニュースで、トランプの主張に特に留保をつけずに紹介したものがあった。
実は、偽情報が出回る一番大きな原因は、SNSよりもメディアの報道にあると言われている。発生していることをありのままに伝えることはメディアの重大な使命である。重要な人物の言動をありのままに伝える。ポピュリストはそれを悪用する。どんなに根拠のない主張をしても、ストレートニュースで言動をありのままに伝えてくれるおかげで、偽情報や陰謀論を強力な影響力を持つテレビや新聞という媒体を通じて伝えることができる。これが、拡散にとって最大の助けになる。出回ってから「ファクトチェック」をしてもあまり効果はない。最初の段階で悪用を防がなければならない。
アメリカのメディアも、視聴率の稼げるトランプ大統領の話題に安易に食いついてしまっていると指摘されることがある(ティモシー・ジック〔田島泰彦ほか訳〕『異論排除に向かう社会――トランプ時代の負の遺産』日本評論社、2020年、61頁以下参照)。しかし、上記の三大ネットワークの対応からは、メディアの生理を悪用されていることにメディアの側が自覚をもって対処しようとする姿勢がうかがえる。一方で、外国のこととはいえ、日本のメディアにはそのような対応がまだまだできていないことが対比的によく分かった。外国の話題でありながら偽情報や陰謀論が出回っている現状(国内の問題については、最近の日本学術会議に対するデマを参照)、また、メディアの生理を悪用する人物が日本にもいることを思えば、合衆国で起きている事態から学ぶことは多そうである。