まじめで誠実な公務員の死
本を読んでいて、最初の数行を読んだだけで涙が出てきたのは、初めての体験だった。昨年7月、赤木雅子+相澤冬樹『私は真実が知りたい-夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ?』(文藝春秋社、2019年)を発売と同時に購入。即読了したときのことだ。序章の扉の写真と本文最初の1行の文章がつながり、マスコミ報道では知り得なかった自死の状況と、それを目撃した夫人の衝撃と悲しみが胸を衝いた。財務省近畿財務局管財部職員の赤木俊夫さんは、日頃から「私の雇用主は日本国民なんですよ」と語っていたという公務員の鏡のような人だった。その赤木さんがなぜ自ら命を絶たねばならなかったのか。死の直前にしたためたと思われる走り書きにこうある。
「森友問題 佐川理財局長(パワハラ官僚)の強硬な国会対応がこれほど社会問題を招き、それにNOを誰もいわない これが財務官僚王国 最後は下部がしっぽを切られる。なんて世の中で、手がふるえる、恐い 命 大切な命 終止府(ママ)」
きっかけは首相の国会答弁
森友学園の国有地売却問題を担当した赤木さんは、親族に「常識が壊された」ともらしたという。安倍昭恵首相夫人(当時)が国有地売却に深く関わっていたことは、メディアを通じてかなり知られるようになった。ところが、安倍首相(当時)は2017年2月17日の衆議院予算委員会で、野党委員の追及に反発するあまり、思わずこう口走ってしまった。「私も妻も一切、この認可にもあるいは国有地の払い下げにも関係ないわけでありまして(中略)私や妻が関係していたということになれば、まさに私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい。」と。その時の発言の軽さはここからご確認いただきたい(→映像)。冒頭右の写真はそのスクリーン・ショットである。
まるで口げんかのような強がりとはったりが露骨に出た答弁だったが、安倍前首相は、おのれの発言が人一人の命を奪うとは、この時はゆめ思わなかったのだろう。だが、この答弁が財務省内に衝撃を与え、直後から、「妻が関係していた」事実を記録した文書が改ざんされていく。なお、この答弁については、質問主意書でも執拗に追及されている(山本太郎議員の質問主意書と小西洋之議員の質問主意書参照)。また、この問題について詳しくは、直言「「構造的忖度」と「構造的口利き」―「構造汚職」の深層」や直言「安倍首相が壊した「もう一つの第9条」―森友学園問題と財政法」を参照されたい。
「予備的調査」という制度
森友学園への国有地売却にからむ財務省の公文書改ざん問題について、その詳細な事実を、自死した赤木俊夫さんが文書の形でまとめていた。「赤木ファイル」と呼ばれるこの文書について、夫人の雅子さんと会った近畿財務局の上司は、その存在をはっきり認めている(赤木・前掲書154-155頁)。そこで、衆議院の立憲民主党、共産党など計128人の議員が、公文書改ざんの経緯等を明らかにするために、「予備的調査」を求めた。衆院財政金融委員会は衆院調査局長に対して調査を命じ、財務省に文書を提出するよう要求した。11月9日、衆院調査局長がとりまとめた報告書が提出されたが、それによると、財務省は、「訴訟に関わることであるため、回答を差し控えたい」として、文書の存否を明らかにしなかったという。
「予備的調査」とは、衆議院の委員会が行う審査または調査のために、委員会がいわゆる「下調査」として衆院調査局長または衆院法制局長(以下「調査局長等」という。)に調査を命じて行わせることをいう(以下、衆議院のホームページ参照)。
予備的調査の命令には二種類あり、一つは、委員会において、予備的調査を命ずる旨の議決がなされた場合であり(衆議院規則56条の2)、もう一つは、40人以上の議員が、委員会が予備的調査の命令を発することを要請する予備的調査要請書を議長に提出し、当該要請書の送付を受けた委員会が予備的調査を命ずる場合である(衆議院規則56条の3)。今回は、後者のやり方で行われたものである。40人以上の少数会派でも可能だが、今回は128人もの議員が求めた。
調査局長等は、予備的調査の実施にあたり、官公署に対して資料提出等の必要な協力を求めることができ(議院事務局法19条、議院法制局法10条)、官公署が当該協力要請を拒否した場合、命令を発した委員会は、官公署に対して、拒否の理由を述べさせることができるとされている(「国会法等の一部を改正する法律案等の運用に関する申合せ(平成9年12月11日衆議院議員運営委員会決定)」)。
調査局長等は、予備的調査の結果を報告書に取りまとめ、命令を発した委員会に提出する。報告書の提出を受けた委員長は、当該報告書の写しを議長に提出し、議長は、これを議院に報告する(衆議院規則86条の2)。この制度は、国会の行政監視機能が有効に働くための手段であり、少数会派がこれを活用することが期待されている。
予備的調査は、衆議院の委員会が行う審査または調査であり、参議院にはない制度である。委員会がいわゆる「下調査」として調査局長等に調査を行わせるものであり、憲法62条の国政調査権に基づく委員会調査そのものではなく、これを補完するものと位置づけられている。
委員会の国政調査においては、証人・参考人の出頭要求、委員派遣、内閣・官公署その他に対する報告・記録の提出要求等が規定されていて、証人の出頭・書類提出義務(罰則により担保)や内閣・官公署の報告・記録の提出義務など、一定の強制力を伴う手法も用意されている。しかし、この「予備的調査」においては、官公署に対する調査協力要請は強制力を伴うものではない。それでも、国会の委員会をバックにした調査要請であり、決して軽くはない。
「赤木ファイル」の存否の否定
11月9日の「森友文書改ざん予備的調査報告」のなかで、財務省は、衆院調査局長に対して、佐川宣寿・理財局長(当時)や美並義人・近畿財務局長(同)に関係する5文書を初めて開示した。しかし、財務省は、改ざんの経緯などを具体的に示した「赤木ファイル」については、「訴訟に関わることであるため回答を差し控えたい」とした。予備的調査を主導した川内博史議員(立憲民主党)は、「ファイルの存否を明らかにしない、という回答は『ある』と認めているようなものだ」と述べている(『朝日新聞』2020年11月19日付)。「否定の否定」ということだろう。
国政調査権を定めた憲法62条は、「両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる」と定める。内閣や官公署に報告や記録の提出を求めることができるが、その場合、内閣などは「その求めに応じなければならない」とされている(国会法104条1項)。かなり強い義務づけである。報告や記録提出をできないときは、その理由を明らかににしなければならない(同2項)。議院側がそれに納得しないときは、内閣は「国家の重大な利益に悪影響を及ぼす」という声明を出す(同3項)。その場合は記録提出などを免れる。でも、この声明は、要求があってから10日以内に出されないと、内閣等は求められた報告や記録提出をしなければならない(同4項)(直言「国政調査権の活性化を」)。「予備的調査」は、憲法62条の国政調査権を補完するものと理解されているが、適切に運用すれば国政調査の実効性をあげることができる。しかし、安倍・菅政権の8年間は、国会の権威と権能と権限の著しい停滞と後退の時期として記録されるだろう。その象徴的場面が、安倍前首相の「私は立法府の長」という発言であり、菅義偉首相の10月29日の衆院本会議での議長への不遜な態度である。
安倍晋三の「「政治的仮病」による「コロナ前逃亡」」についてはここでは立ち入らないとしても、この「日本一の無責任男」は、元気に会合をはしごしているという。11月16日に来日したIOCのバッハ会長から「五輪オーダー(功労章)」の金章を贈られ、ご機嫌の様子が写真にとられた。右側のグラビアは『週刊文春』11月26日号であり、マリオの格好で2016年リオ五輪閉会式に登場した時と同じマリオの帽子をかぶってご機嫌である。
安倍晋三氏は議員辞職を
安倍政権は「モリ・カケ・ヤマ・アサ・サクラ・コロナ・クロケン・アンリ」等々、強引で傲慢な国政運営と権力私物化により、歴代内閣で最も不祥事・違法行為を多発させながら、普通ならどれか一つでも、単体で一内閣が飛ぶほどの大事件にもかかわらず、7年8カ月もの長期政権を維持してきた。「コロナ」で行き詰まり、「アンリ」で危うくなって、病気を理由に政権を投げ出した。まさに「コロナ前逃亡」である。「赤木ファイル」がしっかり公開されて、「総理大臣も国会議員もやめる」と予算委員会で答弁したことをしっかり守ってもらおうではないか。「8.28」で首相はやめたが、まだ国会議員にとどまっている。12年ぶりになるが、はっきり言おう。「安倍晋三氏は議員辞職すべし」と。