明日、ワクチンを接種します
私は68歳の前期高齢者(「後期高齢者」という嫌な言い方が導入されたのは13年前)で、生まれも育ちも東京・府中市(誕生時は北多摩郡府中町)である。明日(5月18日)、私は新型コロナウイルスのファイザー社製ワクチンを接種する。職場でもワクチン接種の予約がとれた人はまだいない。全国的にワクチン接種をめぐる混乱も起きている。そんなときに接種することについては複雑な思いもある。そこで今回は、私の個人的体験を書き残しておくとともに、この国でワクチン接種が進まない原因がどこにあるかを考えてみたい。
ワクチン予約ができない
4月1日に府中市から「ワクチンニュース第1号」が届き、65歳以上の約6万人についてワクチン接種を始めるが、4月12日からの週では975人分しか届かないので、まずは90歳以上(約4600人)から接種を開始するとあった。予約受付は4月15日。妹が朝から長時間、電話をかけ続けて、ようやく91歳の母の予約がとれた。次いで、4月21日の「広報ふちゅう」には、「65~89歳」の接種の予約受付を4月28日に開始するとあった。
前日夜、市のワクチンWeb予約システムにアクセスし、書き込む事項のメモを用意した。4月28日午前9時ジャストに当該サイトにアクセスし、接種券番号(10桁)と生年月日を打ち込んで「認証画面」に入り、名前、全角フリガナ、性別、住所、日中連絡可能な電話番号、携帯電話番号、メールアドレス(確認のため2回)を入力して接種予定日の選択画面に進むと、すでに「あと10人」になっていた。私よりも入力の速い人がいたようである。私の予約が完了したので、次に妻の予約をするため、最初の画面にもどった。書き込む事項をすべて入力し終わり、接種予定日の画面をみると、どの日も「あと5人」「あと2人」という状態だった。妻の都合がつく日を選んでクリックすると瞬時に「×」になって、また最初にもどって手続をするよう指示が出た。接種券番号からメールアドレス(2回)を含めて再度記入が終わって先に進んだところ、この写真にあるように、画面の接種予定日はすべて「×」になっていた。その間、5分もかかっていない。市の広報にはWeb予約は24時間対応とあるが、実際は、10分もしないうちに終了となったわけである。
スマホやパソコンに弱い高齢者のため、電話予約も用意されていた。5つの病院それぞれの市内局番が書いてあり、妻と妹がずっとかけ続けたが、つながらなかった。指定された病院の電話は完全にふさがり、対応する病院関係者はさぞかしたいへんな状況だったと推察される。結局、わが家では母と私だけが予約することができた。
母は5月1日に1回目の接種をした。 接種場所の病院は駅から遠く、バスの便も悪い。タクシーを利用するか自家用車となる。妻が車で母を運び、接種会場には妹が付き添った。駐車場が十分になく、高齢者をゆっくり乗り降りさせる余裕のある道路でもない。外国のワクチン接種のニュース映像をみていると、大きな広場にブースがあって、車を使った移動を前提にした人の流れをつくっているが、今回指定された病院には、介助が必要な人を含めて、高齢者が大量に訪れるのはかなりむずかしい。接種会場となった病院では、母には丁寧な対応をしていただいたが、より多くの人々が接種するにはスペースも人も足らない。他の4つの病院も大規模病院ではなく、そのうちの一つはメインが産婦人科である。なぜ、このような会場を設定したのか疑問が残る。
高齢者に「ワクチン早打ち競争」を強いる国
5月中旬にWeb予約が再開されるというので、妻と妹の分を予約すべく、今度は複数のパソコンでやろうと考えていたが、「広報」を見て一気に脱力した。冒頭左の写真にあるように、5月11日朝に新聞折り込みで届いた「広報」には、Web予約3500人分は5月12日9時から再開されると出ていたが、そこには「85歳以上の方」という年齢制限がついていたのである。これは後出しジャンケンではないか。しかも「広報」には、「注記:同じ接種券番号を使って同時に2台以上の端末でログインした場合、正常に予約が取れない場合があります。」と、私みたいな人間を想定して、妙なところに知恵を働かせている。電話予約は1000人分のみで、コールセンターに一本化され、ナビダイヤル(有料)に変更されていた。妻と妹は電話をかけ続けたが、とうとうつながらなかった。
日本中で同じような家族の風景が生まれ、電話をかけ続けることへの徒労感だけが残っただろう。そもそも長時間電話をかけ続けるというのは、仕事をもった家庭では困難である。他方、電話を受ける人々の苦労も大変なものだろう。テレビのニュースで、「100回も電話している」と、高齢者に直接怒りをぶつけられ、ひたすら頭をさげている市の職員の姿が象徴的だった。
市の広報には、「予約ができなかった方」として、「現在、ワクチンの供給量が少ないため、予約が取りにくいことが想定されます。ワクチンは順次供給される予定ですので、今後、全ての接種希望者がワクチンを接種することができます。予約枠も同時に増やしていきますので、決まり次第お知らせします。」とある。その通りだろう。供給量の少なさは自治体のせいではない。限られたなかで、私の居住地の自治体を含めて、全国の地方自治体の職員は懸命に取り組んでいるとは思う。だが、結果的に、高齢者に「ワクチン早打ち競争」を強いることになり、私もその一角を担うことになった。
市町村の現場の混乱
世界中でワクチン接種が行われているが、なぜ、この国では予約の段階でこんな騒ぎになるのだろうか。予防接種法に基づく定期の予防接種は、地方自治法上の「自治事務」として市区町村を実施主体として行われる。だが、新型コロナのワクチン接種は、予防接種法29条の規定による「第一号法定受託事務」とされ、特例的な臨時接種として、国の指針に従い実施される(改正予防接種法附則7条)。実施主体はあくまでも市町村なので、接種のやり方から予約のとり方まで市町村ごとにさまざまになるのは、ある意味では当然である。自治体によっては、接種会場までのタクシー代を負担したり、かかりつけ医の単位で接種させたり、規模の小さい自治体では、あらかじめ接種日を指定したものを郵送して、都合のつかない人だけ電話で調整するように、電話を例外にしたところ迅速に進んだという例もある。ワクチン接種を自治体に事実上丸投げしてしまった「国」の姿勢が問われる。もっとも、「国」といっても、厚生労働大臣、コロナ担当大臣、ワクチン担当大臣が併存していて、誰が司令塔なのかよくわからない。この8年あまりの「官邸手動」の政治の定着がわざわいして、内閣官房も横入りしてくる。自治体側も、それぞれの「国」からの指示やら要請やらで、その都度、右往左往しているようである。現場の混乱は、5月10日からの週に際立ってきた。
冒頭右の写真の右上は、窓口予約のために早朝から高齢者が押しかけて、警察官が出動するに至った大阪府茨木市の様子である。「ワクチン 高齢者 殺到」で画像検索をかけたもので、全国的に混乱していたことがよくわかる。電話が殺到したため、NTT東日本などが電話発信を制限するというトンデモない事態になった。横浜市で親のWeb予約を試みた知人に聞くと、アクセスが殺到して、入力しても先に進めないこと(ビジー状態)が起きたという。
高齢者全員を対象としてワクチン接種をしようという場合、電話予約やWeb予約を「よーい、ドン」でやることは愚策ではないか。話し中がずっと続き、なかなかつながらないことを、「ワクチン太郎」大臣は、「(高齢者は)つながると電話1件あたり平均15分くらい。つながってから接種券を探しにいく人もいる」「ぜひ予約をとったら電話を切っていただいて、他の方の予約にご協力をいただきたい」と述べて、高齢者予約のドタバタを笑っている。だが、私も高齢者なので、これは笑えない。高齢になればなるほど段取りは悪くなるし、記憶力も低下する。ネット弱者も多い。何より、コロナへの不安から、ワクチン接種への思い込みも激しくなる。人に注意されればすぐキレる人もいる。いつまでも電話を切らないといっても、高齢者相手なら折り込み済みにしてほしい。「接種券は手元において」「電話はすぐ切って」と、大臣が上から目線でものをいう。こういうことが起きないように、特例的な臨時接種なのだから、予約から接種に至るまでのアイデアや調整にもっと力を入れるべきではないか。菅義偉首相の一押しで任命されたワクチン大臣は、一体何をやっているのか。
自衛隊による集団接種とは
世界中で新型コロナワクチンの接種が進むなか、日本は接種数(率)ともにOECD(経済協力開発機構)加盟37カ国中、最低である。なぜ、こうなるのか。前述したように、ワクチン接種は市町村の事務である。だが、感染が爆発的に拡大しているなかで、国がイニシアティヴをとって、まずは必要なワクチンを確保するとともに、それを全国の市町村に適切に行き渡らせることができるように、政府が調整機能を発揮して迅速に行う。そのためには、3大臣がバラバラにやっていてはだめである。ワクチン大臣に調整権限を一時的に与えることくらいやると思っていたが、役所の横並びのままである。それは、菅義偉首相が「五輪メンツ」と「政権メンツ」の二つを軸にやっているからである。菅内閣の陰湿な官僚統制・操縦の結果、本来力を発揮できるはずの官僚たちも萎縮してしまい、信じられないミスも続出している。一例が、唐突な「国による接種」の開始である。
菅首相が東京と大阪に、自衛隊主体のワクチン大規模接種センターを設置するという方針を打ち出したのは、3月25日夜のことだった(直言「「安全・安心」五輪の危うさ―コロナ対策迷走の背後に」参照)。衆院北海道2区、参院の長野、広島選挙区での補欠選挙で全敗したため、「政権メンツ」により、国主体の接種を思いついたのだろう。和泉洋人補佐官のアドバイスのようなので(Aera dot.5月10日)、例によって脇がめちゃめちゃに甘かった。自衛隊の医官は1176人、看護官約1000人である。彼らは自衛隊中央病院や全国各地の地区病院、方面隊の衛生隊、師団(旅団)後方支援連隊(群)衛生隊に配置されている。これを東京と大阪に集中して、東京は1日1万人の高齢者に、大阪は1日5000人の高齢者に3カ月間、休みなしで実施するオペレーションが果たして可能なのか。和泉補佐官はワクチン接種だけだから、自衛隊のマンパワーで可能と甘く見積もって進言したのではないか。
これは、陸上自衛隊会計隊の文書である。自衛隊主体の大規模接種センターの業務を民間に委託するための一般競争入札の「公告」である。契約課長(女性の2等陸佐)の名前で、看護師200人を募集するもの。自衛隊の看護官だけではとうてい足りないことはわかっていたのに、ことさら自衛隊主体を強調した官邸の当初方針が甘かったのである。「看護師の派遣」とあるが、入札金額は約6億9000万円で、「キャリア」(本社・東京都世田谷区)という派遣会社が受注している(AERA dot参照)。「アベノマスク」の発注先も、「持続化給付金」の支給事業も、契約相手の選び方が何とも怪しかった。今回もよくわからない。人の誘導や受付業務などを自衛官がやる必要はないが、業務の一部を日本旅行などに委託している。Go Toトラベルが延期になっているので、「Go Toワクチン」というところだろうか。いずれにしても、官邸の思いつきが、自衛隊にかなりの無理をさせて、このような民間委託が急遽、行われるようになった。何とも無計画である。
都心に人を「密」にする愚策
大手町合同庁舎3号館で1日1万人も接種できるのか。エレベーターは足りるのか。「密」にならないように使えば、輸送量が限定されるというジレンマがある。高齢者を大量に集める接種会場としては不適当ではないか。また、周辺道路は駐停車制限がきつく、高齢者を乗せてきて、ゆっくり乗り降りさせるのにふさわしい道路ではない。もし、地下鉄やJRの駅から歩かせるとなると、付き添いの人と並んで歩く人の波が大手町駅などから続くことになる。「人流を抑制するために緊急事態宣言をしているのに、ワクチン接種だからといって、感染者が多い東京都や大阪市にわざわざ人混みを生み出す政策は、本末転倒だろう。」(「「ワクチン大規模接種」計画をめぐる4つの不安とは」参照)。
「自宅療養」という放置が問題だ
これは、朝日・読売・日経の三紙5月11日付に掲載された宝島社の見開き意見広告である。「ワクチンもない。クスリもない。タケヤリで戦えというのか。このままじゃ、政治に殺される。」 コロナに向かって竹槍を構える少女たち。強烈な政治批判である。実際、毎日のように「政治に殺され」ているのではないか。
5月12日、京都市内の20代男性が、新型コロナウイルス感染症で一人、自宅で死亡していた。基礎疾患もなく、入院を希望したがかなえられず、「自宅療養」中に死亡したものである(『京都新聞』5月12日付)。この男性は一人暮らしで、保健師などが電話で健康観察をしていたというが、適切な医療を受けられないという点では「療養」ではない。「自宅療養」という名前の放置によって命を奪われる人々が出ている。この20代男性の死は、この国で進行している医療崩壊の象徴といえよう。にもかかわらず、五輪のための看護師派遣を求める菅首相は、国民の命をどう考えているのか(直言「この国は「放置国家」になったのか―安倍政権、迷走の果てに」)。
「いま、そこにある危機」は医療崩壊である。首相が総合調整機能を発揮して、医療崩壊をくい止めるべきなのである。そうした気力も能力も覇気もない菅首相の姿は、先週の予算委員会の質疑のなかで、国民に実にわかりやすく伝わったと思う。「「危機」における指導者の言葉と所作」を何回も書いてきた。第1回は、2004年の新潟県中越地震の時だった。トップがやる気がないと、下部にまでそれは伝染する。逆に、トップの姿勢次第で全体が大きく変わる。「トップの声と姿を見たとき、人々は事柄の重大性を感じ、それぞれの立場で行動を起こすきっかけをつかむ。各官庁のどんな「指示待ち公務員」でも、「いつもと違う。これは大変だ」という気分になる。その気分の無数の重なりが、その後の組織の動きと勢いを決める。」 コロナ危機における菅首相については、「「危機」における指導者の言葉と所作(その4)」として書いた。基礎疾患のない若者が、まともな医療を受けられないで死亡するような事態を前にして、なおも「安全・安心なオリンピック」開催に固執する菅首相には退陣してもらうほかはない。