1年ぶりに「わが歴史グッズの話」シリーズ、その第49回をアップする。前回は「オリンピックと自衛隊――東部方面隊「東京1964」」であった。2月24日に始まった「プーチンの戦争」は、世界の風景を一変させてしまった。コロナのパンデミック(世界的大流行)が終わらないなかで、新たな「新しい日常」が生まれている。それは、世界大戦への導火線が幾重にも絡み合う、きわめて危険な状態である。
アフガニスタンとウクライナ
プーチンが愛してやまない「偉大なソ連」が墓穴を掘り、崩壊に向かう原因をつくったのはアフガニスタンへの侵攻(1979年12月~1989年2月)だった。「アフガン侵攻がソ連を滅ぼした」とさえいわれている。
2004年4月、アフガニスタンのカブールにいた友人から、旧ソ連製兵器がびっしり描き込まれた絨毯が届いた。冒頭右の写真である。そこには、現在のロシア軍も使っている兵器の数々が見られる。ソ連時代から、「自動車化狙撃師団」という名称で、多数の戦車と、歩兵を乗せた装甲兵員輸送車によって高速で移動し、戦線を拡大していく戦法が用いられてきた。だが、アフガンでは、遊撃戦を得意とするタリバンが相手だったので、この絨毯では戦車はわずかしか描かれていない。装甲兵員輸送車BTR70ないし80と攻撃ヘリMi24、それに小火器(AK47、手榴弾)が目立つ。下の方には、全縦深同時制圧に有用な多連装ロケットBM-21グラートもある。ソ連は、アフガン侵攻の10年間で、1万5000人の戦死者と多数の負傷者(PTSDを含む)を出した。
冷戦時代の兵器の在庫処分
冒頭左の写真は、84ミリ携行式無反動砲「カールグスタフ」(右)と、110ミリ個人携帯対戦車榴弾「パンツァーファウスト3」(左)である。前者は250メートルの距離から発射して400ミリの装甲貫徹力をもつ。冒頭の写真左の「パンツァーファウスト3」は、自衛隊がイラク派遣の際に現地に持っていったものと同形の訓練用である。ドイツ製で、使い捨ての肩撃ち式対戦車ロケットである。HEAT弾(成形炸薬弾)を使用し、化学エネルギーで戦車の装甲に高熱・高圧の爆風をあて、穴を開けて内部を破壊する。300メートルの距離から700ミリ以上の装甲板を貫通することができるという。いずれも、弾頭を発射後、発射筒は「ゴミ」と化し、いわば「刀身の入っていない鞘」となる。それが冒頭の写真のものである。
冷戦後に配備が始まった米国製の携行式対戦車ミサイルFGM-148「ジャベリン」も本格的に実戦投入されている。カールグスタフやパンツァーファウストは、直接照準、つまり戦車に狙いを定めて発射しなければならない。「ジャベリン」は発射されたミサイルが目標を自動的に追尾し、目標に近づいてから上昇して、戦車を上部から攻撃できる能力がある。戦車の前面装甲は強いが、上部は装甲が比較的薄い。テレビのニュースでは、砲塔が吹き飛んで内部が露出するロシア軍戦車の映像が見られるが、それは「ジャベリン」によるものと推測される。独ソ戦におけるクルスクの戦いは、両軍合わせて数千両もの戦車のすさまじい戦闘だったが、「プーチンの戦争」では、戦車同士の戦闘よりも、携行式対戦車ミサイルの実験場になっている。「ジャベリン」は一基2000万円程度といわれるから、戦車(日本の10式戦車は約15億円)と比べれば「安価」である。
左の写真は、私が1991年8月に、ブランデンブルク州エバースヴァルデにあったソ連空軍基地の公開デーの時に撮影したものである。展示されているのはSu-24戦闘機である。私がソ連軍下士官と記念撮影をしたのは、当時最新型とされたミグ29戦闘機の格納庫の前である。「プーチンの戦争」が始まると、ポーランド軍のミグ29戦闘機をウクライナに提供するという話が一時持ち上がったが、これも、冷戦時代の兵器の在庫一掃という狙いが透けてみえる。
ジャン・ボードリヤールは、湾岸戦争のことを「過剰な戦争」と呼び、「在庫を一掃するための戦争。部隊の展開の実験と、旧式武器のバーゲンセールと、新兵器の展示会つきの戦争。モノと設備の過剰に悩む社会の戦争。過剰な部分(過剰な人間も)を廃棄物として、処分する必要にせまられた社会の戦争。テクノロジーの廃棄物は、戦争という地獄に養分を補給する」と喝破している(塚原史訳『湾岸戦争はなかった』紀伊国屋書店、1991年)。
12年前に直言「戦争の「民営化」と「無人化」」をアップしたが、「プーチンの戦争」ではその傾向は一段と進み、双方がドローンを使った戦闘を行っている。ウクライナ側は、トルコ製や国産の武装ドローン(小型無人機)によって、「ターゲッティド・キリング(標的殺害)」を実施しているようである。ロシア軍は、師団長クラス(中将)を含む将官7人が戦死しているが、第二次世界大戦を含めて、わずか1カ月でこれほどの将官が殺害される戦争はかつてなかったように思う。ロシアの情報秘匿が十分でなく、司令官クラスの移動をつかまれて狙撃されたり、ドローンによる「標的殺害」の対象になったりしているのではないか。
国際条約で禁止されたクラスター弾や対人地雷も使用
ロシア軍は、多連装ロケット砲BM-21グラートを使って、都市部を攻撃している。その際、ウクライナ第二の都市、ハリコフでクラスター弾が使用された形跡がある(ロイター通信3月2日)。短距離弾道ミサイル「トーチカ」にクラスター弾が搭載されて使用されている(『毎日新聞』デジタル2月26日)。私の研究室にあるのは、米軍の多連装ロケットシステム(MLRS)から発射されたM26ロケット弾のM77子弾の現物である。もちろん“INERT”(火薬抜き)と表示されているので教育用だろう。644個のM77子弾が目標上空で放出され、弾着時の衝撃で起爆して、周囲に破片を撒き散らす。約2~5%の確率で不発弾となって、戦争が終わっても人々の生活を脅かし続ける。現在は、クラスター弾禁止条約(オスロ条約)によって禁止されているが、米国とロシアはこれに加盟していない。
「プーチンの戦争」では、この写真にある対戦車地雷も使われているが、対人地雷全面禁止条約に加盟していないロシアは、シリア内戦に引き続き、この戦争でも対人地雷を使用している可能性がある。
極超音速兵器の実戦使用
ロシアはウクライナにおいて、極超音速兵器「キンジャル」を実戦使用している。音速の5倍以上の速さで飛行し、迎撃がより難しいとされる。まさに新兵器の実験場である。
冷戦が終わり、「テロとのたたかい」ということで、各国ともに軍隊の規模をコンパクトで機動性、柔軟性をもつものにしてきたが、「プーチンの戦争」では、国家間対立として、戦争の本来の兵器の需要が増して、まさに「ウクライナ特需」となる可能性がある。事実、ドイツの社民・緑・自民の「信号機」連立政権は、2月27日に、軍事費GNP2%、連邦軍強化基金に1000億ユーロ(13兆円)を支出することを表明しているから、戦車やミサイルなどの開発と新規発注が進むだろう。旧東ドイツにあった旧ソ連製の対空兵器の在庫一掃は何とも象徴的である。
《2022年3月27日脱稿》