沖縄を切り捨て、誰の「国益」を守るのか――2023年の年頭にあたって
2023年1月2日


古稀を迎える年に

年明けましておめでとうございます。今年も「直言」をどうぞよろしくお願いします。

10年前、直言「還暦の年を迎えて――激動の2013年への抱負」をアップした。前年の12月、「日本を、取り戻す。」として第2次安倍政権が発足していた。個人的には「還暦の年」ということで、いろいろな抱負を語っている。その末尾で、笹子トンネル事故に触れながらこう書いている。「人は生かされている。毎日、毎日を、その日だけと思って真剣に過ごす。還暦を迎え、残りの人生、精一杯生きようと決意を新たにしている」と。

病気やケガ一つせずにここまでやってこれたこと、その幸運に感謝したいと思う。直言「古稀の年を迎えて――激動の2023年への抱負」というタイトルも考えたのだが、「アラ古稀」で一度書いたし、それよりも何よりも、岸田内閣の「12.16閣議決定」の重大性がまだ十分に理解されていないこと、世論調査(『朝日新聞』12月20日)で「敵基地攻撃能力」保有に賛成が56%という数字(18歳~29歳では65%! )を見るにつけ、のんびり抱負を語れるような年明けではないと思うに至った。「某霊」にとりつかれた岸田文雄首相は、もはや「聞く耳」も「語る言葉」もなく、「専守防衛」という「日本国憲法の貯金」を使い果たし、国民の税金を惜しみなく使って、日本列島(まずは南西諸島)を米国のための「不沈空母」にするつもりなのだろうか。『朝日新聞』12月17日付夕刊「素粒子」には、「専守防衛の「撃たぬ国」が安保法制で「撃てる国」になり、敵基地攻撃能力を持つことで、ついに「撃つ国」へ。」とある。


南西諸島の「不沈空母」化

「日本は不沈空母のようなもの」というのは、1983年1月、日米首脳会談で訪米した中曽根康弘首相が語ったものである。冷戦時代、ソ連との軍事的緊張が高まっていた頃で、レーガン大統領の戦略にぴったり寄り添い、「三海峡封鎖」「シーレーン防衛」と並んで、この言葉が使われた。いずれも、米核戦力の一角を日本が担うことの表明だった。ただし、当時は米国の潜水艦発射型ミサイル(SLBM)の発射海域を、海上自衛隊がソ連の攻撃型原潜などから守るのが主な役目だった。宗谷、津軽、対馬の3海峡を封鎖して、ソ連原潜を日本海に封じ込める。こんな作戦を展開すれば、ソ連は確実に日本を攻撃してくる。その時、日本列島は米国の「楯」、中曽根にいわせれば「不沈空母」となる。戦時中、サイパン島は「不沈空母」とされた。日本本土を守るための「楯」であり、その結果、サイパン島にいた居留民はどうなったか。

閣議決定された「国家防衛戦略」によれば、沖縄の第15旅団は第15師団となる。当初は中央即応集団のように「沖縄防衛集団」という情報がメディアに流れたが、「沖縄守備隊」の響きが嫌われたか、師団化が打ち出されている。旅団長は陸将補だから、師団長で陸将ポストを一増という内向きの理由もあるだろうが、冷戦時代の「北方重視」(北海道に4個師団配置)から「南方重視」への転換を象徴するものといえる。だが、軍事の常識として「師団」というのは、一正面の作戦を担任する最小の戦略単位であり、たくさんの島嶼が散在する琉球諸島を担任する編制としてふさわしいかは、軍事的観点から議論があろう。県民向けには、師団化の理由として災害対処を挙げているが、疑問である。

私は昭和60年版(陸自教範1-00-01-60-1)と平成12年版(陸自教範1-00-01-11-2)の『野外令』(旧軍の作戦要務令、米軍のFM(Field Manual)に該当)や各種の教範類を持っているが、特定秘密保護法施行後は入手できなくなった。平成29年版(陸自教範1-00-00-01-29-0)には、目立たないが劇的な変化があった。それは、日米共同作戦の項目から、「我が国への侵略を排除するため」という一文が削除されたのである(軍事問題研究会ニュース2020年10月26日号参照)。「緊密な協力の下に自衛隊と米軍が共同して行う作戦」の目的から「我が国への侵略」がなくなり、「我が国の平和と安全を維持するため」に変わったことの意味は重大である。2015年の安全保障関連法の「存立危機事態」や「重要影響事態」は、日本の領域外での米軍との共同作戦を想定している。「国土防衛作戦」の意味転換(「国益防衛」のための海外出動)である。自治体などとの「部外連絡協力」の意味も従来とは変わっていくだろう。

「切り捨て」の思想と行動――誰を守るのか

冒頭の写真をご覧いただきたい。『沖縄タイムス』と『琉球新報』の12月17日付(閣議決定の翌日)紙面の見出しである。タイムスの1面トップ見出しは「南西地域の防衛強化」。2面見開きで「軍備増強 頭越し」「有事に標的 懸念」。新報の1面トップは「安保大転換 沖縄最前線」、2面見開きで「沖縄「戦略拠点」に」「命の危険増す県民」、社会面(26、27頁)見開きで「戦前回帰に危機感」「軍拡より生活を」で県民の声を拾う。新報は18日付では「国防の島 標的にも」「住民避難 なおざり」と踏み込む。タイムスは全3頁を使って、「国家安全保障戦略」全文を収録する気合の入った編集である。こうした沖縄2紙の大きな扱いに比べると、同じ日の全国紙の1面は静かだった。7年前の「7.1閣議決定」時の1面トップ見出しに比して、それはいかにも静かだった。トーンダウンは一目瞭然である。識者コメントも、肯定的評価の側に傾斜している。

北朝鮮の頻繁なミサイル発射や中国の海洋進出など、「不安」な要素ではある。だが、それがどのような「脅威」なのかの厳密な検証なしに、人々の「安心」のために軍事的手段が突出してきた。その典型が「敵基地攻撃能力」である。「安全保障環境」というが、警察方面で使われる「体感治安の悪化」と同様に、「安心保障」に役立つ概念といえる。「自然の脅威」とは異なり、中国や北朝鮮は、国家という人為的な存在である。相手の能力、戦略、意図、準備状況などの総合的な検証の上に「脅威」の水準が決まる。中国が「潜在的脅威」であるとしても、まだ「現実的脅威」になったわけではない(なれば、戦争である)。そうならないようにするのが外交であり、まともな安全保障政策である。南西諸島に各種ミサイルを配備していけば、当然、相手国も攻撃態勢を強化する。何もなかった島にミサイル基地ができれば、それまで攻撃目標でなかった島は確実に狙う対象となる。なお、2021年12月の水島ゼミ25期の沖縄合宿の際、宮古島班のメンバーは、島の保良訓練場の工事現場と千代田駐屯地の周辺で住民に取材している(写真参照)。

閣議決定翌日の沖縄2紙は共通して、沖縄県の「有事」の際の住民避難見積もりについて伝えている。県は、民間航空機や船舶をすべて確保できたとして、宮古、八重山の先島地方から県外に移動できる1日あたりの人数は、最大約2万500人だという。避難先は鹿児島県など九州7県とされるが、いま、南西諸島に配備される自衛隊の司令部は地下化が検討され、「住民のためのシェルター」の話も出てきている(「シェルターの思想」については、ドイツの核シェルターを含め、別稿を予定している)。

第8代与那国村長の孫の指摘――「台湾有事と沖縄戦」

冒頭右の写真は、『沖縄タイムス』12月17日付論壇欄に掲載された、仲嵩達也氏の一文である。台湾との関係が深い、日本最西端の島、与那国島の歴史から説き起こす。なかでも、米軍のP51ムスタング戦闘機 2機が、「世界一」といわれたかつお節工場を破壊した事実は初めて知った。島に常駐した日本軍は30人。中野学校出身の残置諜者が体育教師に化け、子どもたちに竹槍訓練をしたという。高射砲陣地を設置したが米軍機を1機も撃ち落とせず、他方、村長に対しては、「全島民の集団自決」を命じて青酸カリを大量に手渡していた。「軍官民共生共死」である。村長は、筆者の仲嵩氏の祖父だった。

沖縄本島に第32軍が編成されるまで、沖縄は平和な島だった。琉球処分から66年目の沖縄戦で「捨て石」にされ、戦後は敵国に差し出され「太平洋の要石」にされた。「沖縄は皇国・国体・天皇を守る「捨て石」でしかなかった」として、こう結ぶ。「台湾有事では、米国の覇権国家維持のため在沖米軍基地が使用され、自衛隊が支援するのですか?」と。

鋭い視点である。平和な島は軍隊が常駐すると変わる。軍隊は島民を守らない。たった30人でも、かえって平和が脅かされた。沖縄の人々の本能的ともいえる反軍意識は、「東京目線」では理解できないだろう。ただ、若い世代は、「中国の脅威」に対して敏感であり、「敵基地攻撃能力」に賛成してしまう傾きにある。壮年世代でも、基地建設による補助金、調整交付金などへの魅力から、ミサイル基地賛成に傾く人々が少なくない。だが、ここで立ち止まって考えよう。「12.16閣議決定」の中身をじっくり読んでみてほしい(「直言」に原文への3つのリンクがある)。米軍は「統合防空ミサイル防衛」(IAMD:Integrated Air and Missile Defense)を採用し、「敵の航空・ミサイル能力から悪影響を及ぼし得る力を無効にすることにより、米本土と米国の国益を防衛」することを目的とする。この閣議決定によりIAMDが本格的に動き出す。これで日本の安全は本当に守れるのか。真に守るべきものを切り捨てて、「米本土と米国の国益」のための「不沈空母」になっていいのか。「集団的自衛権行使」のシステムでは、「敵基地攻撃能力」はもったが、それを現実に運用するのは「常設の統合司令部」であり、米軍司令官の (大統領命令を受けた)判断でシステムが動き出す。相手を倒すピストルは持ったが、その引き金に入れた日本の指の下には、がっしりした米国の指が乗っている。撃ったのは米国だが、相手は、一緒に撃った日本に対して猛烈な反撃を行う。「反撃能力」とは「反撃をくらう能力」のことではないか。まずは南西諸島に住む人々を「切り捨てる」ことにならないか。

2023年は改憲発議に踏み出す年へ

今年6月21日は通常国会の会期末だが、連立与党は、それまでに衆参両院の憲法審査会で「改憲案合意」をすべく、野党の懐柔を行っていくだろう。「12.16閣議決定」をめぐり、維新と国民民主党は「癒党」として賛成の方向である。立憲民主党は一貫しない態度をとっている。改憲についてもこの傾向がさらに進み、「改憲連立」の翼賛状態になることが危惧される。そもそも憲法改正を議論する「土俵」を壊してきた人々に、憲法改正を語る資格はない

2023年は「改憲発議」に向けて踏み出す年になるのか。早稲田大学の教員としての最後の年度となるが、休むことなく発信を続けたいと決意している。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

トップページへ