Facing a changing security landscape, #Taiwan is restructuring our military, extending conscription & upgrading training. On the frontlines of democracy's defense, we are actively taking steps to uphold our nation's sovereignty, values & interest in regional peace & stability. pic.twitter.com/h1oXnNwChu
— 蔡英文 Tsai Ing-wen (@iingwen) December 27, 2022
「90式戦車をウクライナに!」と言い出しかねない岸田首相
あの「12.16閣議決定」から1カ月が経過した。臨時国会の閉会後、わずか6日で「安全保障3文書」という、戦後の安全保障政策の根底を変える大転換を行い、通常国会召集のこれまた1週間前に、その転換の具体的内容について米国との間でさらに踏み込んだ確認と合意を行ってしまう(13日の日米首脳会談共同声明)。ここまで露骨に国会を無視したやり方には唖然とさせられる。それでも岸田首相はこれを「丁寧な説明」という。ここまでくると、永田町を徘徊する「某霊」に憑依されたというよりも、岸田首相自身が、本気で憲法改正まで突き進む気でいると見ざるを得ない。
ドイツがゼレンスキーにせびられて、とうとうポーランド経由でレオパルトⅡ戦車をウクライナに供与しようとしているが、岸田首相もゼレンスキーの勢いに負けて、ドイツ・ラインメタル社製120ミリ滑腔砲搭載の90式戦車をウクライナに送ると口走りかねないところまできたようである(まだ「冗談」の段階だが)。
台湾危機は「リスクもどき」――「僕も見て!」と金正恩が核実験?
1月4日、米調査会社「ユーラシア・グループ」は、2023年「世界10大リスク」を公表した(英文はこちら)。 1位は「ならず者ロシア」(Rogue Russia)である。「屈辱を受けたロシアは、グローバルプレイヤーから世界で最も危険なならず者国家へと変貌し、ヨーロッパ、米国、そして世界全体に深刻な安全保障上の脅威をもたらすことになるだろう」と。久々に「ならず者」という言葉が使われるのを見た。米国は、冷戦の相手方だったソ連邦の崩壊により、巨大な軍事力を維持・強化していく口実として、イラン、イラク、北朝鮮、キューバ、リビアなどを「ならず者国家」(Rogue States)と規定してこれを利用した。他方、ロシアについてはこれらにカウントせず、G20の構成国として応対してきた。だが、クリミア併合(2014年)から事情が変わり、昨年のウクライナ侵攻により、ロシアは「国際秩序を破壊するならず者」に「変貌」したというわけである。
リスクの第2位に「最高権力者 習近平」がランクインするのは想定の範囲内だが、台湾危機がリスクに含まれていないのは意外だった。台湾危機は赤い燻製ニシン(red herring)とされている。Red herringとは、人の注意を重要なものからそらすために使われるものを指す比喩である。日本語版と新聞各紙はこれを「リスクもどき」と訳している。昨年秋頃から、米中が台湾をめぐって軍事衝突に至る危機にあると盛んに煽られているが、ユーラシア・グループによれば、「2023 年に台湾危機は訪れないだろう」。いろいろ理由はあるが、「要するに、中国も米国も 2023 年に相手のレッドラインを試す気はない」「中国と米国は、経済的に深く絡み合っており、当分それは変わらない。近い将来の軍事衝突は、相互確証的な経済破壊を導く。2023 年には起こり得ない」ということである。だが、新年になってメディアは、「敵基地攻撃能力」保有を含む「12.16閣議決定」の方向に沿って、対中国シフトの軍事態勢強化を煽っている。焦った北朝鮮・金正恩が、米国に対して「僕の方も見て! 」とアピールするため、小型核兵器の核実験を早めそうな予感さえするほどの異様な空気である。
中台紛争で日米が軍事行動へ
新年の『毎日新聞』の7回連載「「平和国家」はどこへ」(1月1日~7日付)は読ませる。その第2回「台湾有事 日米が作戦計画」は、「中台紛争で武力攻撃事態に至る可能性」について検討され、「台湾有事」と「尖閣有事」の日米共同作戦計画の策定が最終段階に入ったとみる。自衛隊の戦闘加入が想定されており、陸海空の部隊運用や指揮統制といった作戦任務、輸送や補給など日米の役割分担が詳細に定められているという。新年の直言「沖縄を切り捨て、誰の「国益」を守るのか」でも批判したように、岸田政権は日米の軍事一体化を一気に押し進め、「米国の国益」を守るために、自らが「守るべきもの」を差し出す勢いである。
1月9日に米国のシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)は、中国が2026年以降に台湾の武力併合に踏み切る場合の、24通りの「ウォーゲーム」の結果を発表した。米側は死傷者1万人、中国は1.5万人、日本も多大の犠牲をはらうとしている。こんなゲーム感覚の見積もりを昼のニュースで垂れ流すほどに、このところ、メディアには準戦時態勢のような報道が目立つ。
冒頭の写真は、「東森新聞」テレビ局の政治討論番組「關鍵時刻」(1月12日)の画面を撮影したものである。字幕(黄色)「大軍で首都圏を護る 中国軍が南台湾に上陸して突破口を開く? 日本は「対中ミサイルの壁」を建設し、北台湾の防衛を支援します?!」。白い字幕(司会者の声)「北では日本人が護ってくれます」。実際の放送はここから見られる。戦闘解説は、日本のワイドショーよりもテンションは高い。台湾では、佐世保から与那国島までが「ミサイルの壁」、すなわち、先々週の「直言」で指摘した南西諸島「不沈空母」化が地図上に描かれている。
この写真は、テレビニュースチャンネル「壹新聞NEXT TV」の画面(1月5日)である。「7割の日本企業が台湾有事の可能性を心配 2割が退避計画を立てた」「与那国島が政府に避難所を作るよう求める」とある。画面には「避難所」とあるが、災害における避難所とはわけが違う。これを報じたNHKニュースには、「与那国町議会が国に避難シェルターを要請」とある。狭い島のなかに、982世帯1724人の住民が入れる地下シェルターを建設することは可能なのか。サイパン島「居留民の仕末」を思い出させる。
「リスクもどき」で1年間徴兵制復活
中国が台湾を武力で併合する可能性それ自体は、実際に中国がその作戦計画を練っている以上、一般的にそれを否定することはできないだろう。問題は、それが「現実的脅威」になっているかである。台湾にとって中国は常に「潜在的脅威」であり続けている。台湾をめぐる何度かの危機のなかで、今回は日本が前のめりにかかわり、規模も内容も、かつてなく「現実的」なものになっている。
先のユーラシア・グループの2023年「10大リスク」においては、台湾危機がリスクに挙げられず、「リスクもどき」とされている点は重要である。少なくともこの1年、米中が「レッドライン」を超えることはないと見られている。にもかかわらず、日本では、「巡航ミサイル500発」といった具体的兵器や具体的数字がばかりが一人歩きして、相も変わらず、国民の「不安」感に便乗した予算獲得が進んでいる(今回は便乗増税まで)。「現実的脅威」の寸止め感を演出して、軍事力や軍事需要を飛躍的に高める手法はウクライナでもとられ、「飛んで火にいる冬のプーチン」状態でウクライナ侵攻が始まったことを想起する必要があろう。
台湾をめぐっても、「レッドライン」を超える寸前のあたりで態勢整備が進むなか、台湾の蔡英文総統は、昨年12月27日、「1年間徴兵制」の復活の方向を打ち出した(冒頭左の写真は総統のツイッター画面)。日本の「12.26閣議決定」もそうだが、年末でメディアが「お節記事」モードの時に大きな動きを起こすのは、権力者の一つの手法ではある。「12.16閣議決定」の文書でも、国民が防衛に協力する方向性が含められていたが、台湾の場合は徴兵制があるため、若者たちにとっては人生そのものにかかわる重大問題である。「戦争」がより当事者性をもってくる。
そこで、今回は、私の研究室の博士課程院生で、台湾で研究中の陳韋佑君に、米中対決のなかでの台湾の状況について「直言」に寄稿をお願いした。短期間で、メディアや世論の反応まで細かく紹介する一文をまとめてくれたことに感謝したい。以下、全文を掲載する。
なお、陳君には、「台湾有事」に関連してすでに2本を寄稿してもらっている。直言「「台湾でドンパチ、日本で戦争」?――台湾の大学院生の批判的応答」(2022年9月19日)と直言「弾道ミサイル「上空通過」をめぐる日台比較――「キューバ危機」から60年」(同10月17日)である。そのほかに、直言「裁判所が認めた「抵抗権」――台湾最高裁判決の問題性」(2021年2月22日)がある。
台湾における「1年間徴兵制」の復活について陳韋佑(チン・ウェイユー)大江健三郎の名作『個人的な体験』では、鳥という主人公の過去について印象的なエピソードが描かれている。鳥が不良少年だった頃、朝鮮戦争が始まり、政府が不良少年たちを警察予備隊に入隊させ、朝鮮の戦場に送るといううわさが流れていた。根拠のないうわさにもかかわらず、主人公たちは真実の恐怖を感じていた。ささやかな挿話であったが、私の記憶に残っている。
それは、戦争の記憶がまだ鮮やかな時代に、軍事国家を体験した作家によって書かれたエピソードであった。それに対し、近時の日本では、「徴兵制を経験した国民による総意が戦争遂行機関をコントロールすることができる」といって、徴兵制を復活させようという主張も出てきた1。
過去の戦争に対する記憶が希薄になりつつある一方で、将来の戦争への不安と期待が高まっているように見える。日本では、政府がかつてないほどの防衛費を投入し、抑止力という名で攻撃的兵器を導入し、南西諸島を軍事要塞にしようとしている。台湾では、日本と同様、「平和のため」という大義が掲げられ、中国本土を射程圏内に収めるミサイルが増産され、一年間徴兵制が復活することになった。
2022年12月27日の午後、蔡英文総統が総統府で記者会見を開き、「全民国防2強化兵力構造調整計画」(「強化全民國防兵力結構調整方案」)を発表した。記者会見の冒頭で、蔡総統は、「世界中の民主主義を愛する者を感動させたウクライナ人の精神」に言及し、続いてチャーチルの名言、「戦争か不名誉か、そのどちらかを選ばなければならない羽目になって諸君は不名誉を選んだ。そして得るものは戦争なのだ」(You were given the choice between war and dishonour. You chose dishonour, and you will have war.)を引用し、多くの若者の人生を揺るがす未来の幕を開いた。
2024年から、「1年間徴兵制」が復活する。2005年1月1日以降生まれの男子は、1年間兵役に服しなければならなくなる。
台湾における徴兵制度の沿革
台湾における徴兵制の歴史は、日本統治時代に遡る。最初、帝国臣民であるはずの台湾人には、帝国軍人になる資格はなく、軍属にしかなれなかった。しかし、戦争の激化にともない、台湾人特別志願兵の募集が開始された。1944年9月には、台湾人にも兵役義務が課せられるようになった。
1945年以降、台湾は中華民国の一部になった。蔣介石政権が台湾に敗走する以前から、中華民国には徴兵制の法的根拠が存在していたが、1951年になってはじめて第1回常備兵の召集が行われた。1954年から1990年まで、常備兵として徴兵された人は、2年間(陸軍に入隊した者3)または3年間(海軍または空軍に入隊した者)の兵役に服さなければならなかった。1990年には軍種を問わず、兵役期間が2年に統一された。だが、1996年の軍縮計画により、2000年から兵役期間が1年10ヶ月間に短縮された。兵役期間が終わって除隊した人は予備役に編入され、40歳(現在は36歳)に達するまで予備役軍人として召集される義務を負うことになった。2000年の兵役期間短縮を皮切りに、兵役期間は短くなり続けてきた。2004年に1年8ヶ月間に、2006年には1年6ヶ月間、そして2008年に1年間になった4。
2013年から、4ヶ月間の軍事訓練役が開始された。1993年12月31日以前生まれの男子は相変わらず1年間の兵役に服するが、1994年1月1日以降生まれの男子は4ヶ月間の軍事訓練役に服する。この4ヶ月間の軍事訓練役にあたって法的には「軍事訓練」という名称が用いられているが、相変わらず国民皆兵制の徴兵制の一種であるため、以下では4ヶ月間徴兵制と呼ぶ。なお、1年間徴兵制そのものは法的に消滅されていない。兵役法第16条では1年間徴兵制が「現役」として、4ヶ月間徴兵制が「軍事訓練」として規定されているが、兵役法第34条により国は「現役」の召集を停止して「軍事訓練」の召集を実施することができる。逆に「軍事訓練」の召集を止めて「現役」の召集を開始することもできる。厳密に言えば、1年間徴兵制は廃止されているわけではない。法的に凍結されているというべきであろう。
しかし、4ヶ月間徴兵制の実施がはじまった頃から、それに対する批判は存在していた。いわゆる国防的な理由に基づく批判論だけではない。長年にわたって徴兵制が実施されている台湾では、「兵役に服しないと真の男になれない」というような考え方が社会に根深くはびこっていた。兵役が時間の無駄であると考えながらも、兵役が「ポーイを漢[男]にさせる」ものであると信じ込んでしまう人が少なくない。いうまでもなく、それは軍国主義的なミソジニー(女性嫌悪・蔑視)である。
1年間徴兵制の復活
ここ数年、中国との軍事的緊張関係が悪化するにつれ、4ヶ月間だけの兵役期間が軍事的抑止力になれないと主張する1年間徴兵制復活論者の声がどんどん大きくなった。そして、1年間徴兵制を復活せよと呼びかけたのは国内の人やグループだけではない。2022年7月、台湾訪問中のマーク・エスパー元米国防長官も、性別を問わずすべての台湾人が1年またはそれ以上の兵役に服するべきだと発言した5。今回の兵役期間延長の決定を後押ししたのはアメリカであるとも言われている6。
かくして、2022年に入って1年間徴兵制復活論が本格化した。しかし、兵役関連事務を司る国防省は兵役期間の延長に関する検討について秘密主義を貫いていた。国会たる立法院で国防省の軍官僚が国会議員に兵役期間の延長について質問を投げかげられてもはっきり返答しなかった。兵役法第34条第4項により1年間徴兵制の復活が公告されて1年経たないと召集できないため、1年間徴兵制復活論者は焦っていた。ついに2022年12月27日、蔡総統はもはやサプライズではないサプライズプレゼントを全国民に贈った。それが冒頭で言及された記者会見であった。
12月27日の全国中継記者会見で「全民国防強化兵力構造調整計画」が公式に発表された。そこで蔡総統は、軍全体の構成を職業軍人からなる「主戦部隊」と、徴兵された兵士が主体になる「守備部隊」とに分け、国際情勢の変化に応じて「守備部隊」が常備化しなければならないため、1年間徴兵制を復活せざるをえないと述べた7。2024年から、2005年1月1日以降生まれの男子を対象とし、1年間徴兵制が再開する。
この1年間徴兵制の復活を受け、政府も大学在学期間短縮計画の検討をはじめた。報道によれば、志願者を対象として、3年だけで大学を卒業させる計画も構想されている(台湾では日本と同じく、128単位の取得を卒業条件とする4年制大学が一般的である)8。こうした本末転倒の学制「改革」計画には批判も出ている9。
代替役務制度
台湾法の「準拠国」ともいえるドイツでは、良心的兵役拒否権が憲法上の権利として認められており、徴兵適齢者が兵役代替役務に服せるようになっていた10。しかし、戦後ドイツと異なって軍部の勢力が強い台湾ではそうではなかった。信教の自由と兵役義務をめぐる有権憲法解釈である釈字第490号解釈の多数意見でさえ、良心的兵役拒否権に言及されていなかった。
2000年になって台湾においても代替役務制度の実施が始まった。その背景は釈字第490号解釈だけではなかった。90年代の軍縮によって国家予算のうち軍事費の割合が下がり、公共福祉機関や政府機関の人的資源の不足も問題化していた。代替役務制度の実施は財政構造の改革と公的役務に用いる人的資源の確保のためだったという指摘もある11。
代替役務制度の実施が始まった頃、6つの種類だけがあった。時間が経つにつれ、一般代替役務の種類数が16に増え、代替役務に服する徴兵適齢者も増えていった。代替役務者は医療機関、公共福祉機関、政府機関、学校などに配置され、重要な人的資源として使われていた12。筆者と同世代の台湾人にとって、小学生だった頃に学校で代替役務のお兄さんがいることは珍しくなかった。なお、筆者の修士課程時代の友人のなかにも、警察補助員や裁判所事務員として代替役務に服す者がいた。欠かせない人力として、公的機関や公共福祉機関に勤務する代替役務者の姿はありふれた光景であった。
一般代替役務のほか、2008年に研究開発代替役が、2015年に産業訓練役が、2種類の特殊代替役務も設けられた。半導体産業などハイテク産業の人材確保が目的だと想定されていた13。しかし、一般代替役務か特殊代替役務かを問わず、代替役務者に支払われた報酬が極めて少ない。たとえば、一般代替役務の初給はわずか6510台湾元である14(2024年以降に20320台湾元に値上げ)。それに対し、2022年の法定最低賃金は25250台湾元であった。代替役務制度には、国家による制度的労働力搾取という側面があることは否定できない。さらに、2011年まで、兵役法では代替役務者も軍事的基礎訓練を受けると規定されていた。張金権によれば、国は宗教的理由のみを兵役を拒否する良心として認めている。軍事化そのものを拒否する良心は良心として認められない。生物学的な性としての男性とされた国民である以上、たとえ代替役務に服してもミソジニーの原理を内包する軍事化を避けることはできない15。
代替役務制度には徴兵の代替わりとして徴兵適齢者に強制安価労働を迫る一面と軍事化する側面もあった。しかし、本格的に兵隊に入隊したくない人にとって、それがもう1つの選択肢でもあった。代替役務に服した者への差別は今なお珍しくはないが、兵営でばかばかしい訓練16と厳しい人身的拘束を受けなければならない徴兵と比べれば、代替役務はよりマシだと言わざるを得ない。
2024年の1年間徴兵制の復活にともない、代替役務制度の改革も導入される予定である。代替役務を申し込む資格は厳しくなり、家庭的理由と宗教的理由の申請だけが認められるようになる。しかも、射撃訓練など、軍事的な訓練も受けなければならなくなる17。花敬群内務相も徴兵検査で現役に適すると判断された者は、原則として全員入隊させると述べている18。
市川ひろみによれば、かつての東ドイツ[ドイツ民主共和国]は良心的兵役拒否者を国防省所轄の建設部隊に編入し、制度的に抑圧していた。結局、東ドイツの良心的兵役拒否者は反体制派の中核をなして、東ドイツの解体に力を尽くした。それに対し、西ドイツ[ドイツ連邦共和国]では代替役務が広く認められ、公共福祉機関など民間団体によって良心的兵役拒否者を国家に統合することに成功した19。代替役務制度という出口を塞ごうとする台湾は、かつての東ドイツの道を歩んでいくのだろうか。
台湾市民はどう捉えたか
1年間徴兵制の公式発表という石が投げられると、世論には水の輪が広がっていった。そのなかで、いわゆる「藍寄り」(与党・民進党に反対して国民党を支持する傾向のある)のTVBSテレビ局の報道動画に登場したある男子高校生が人々の注目を集めた(その画面はここから)。印象的なヘアスタイルとやや暗い口調で取材に応じて、「蔡英文に感謝します。俺の『台湾的価値』がまた上がりました」とコメントした彼は、ちょうどいいブラックジョークでバズっていた20。それに対し、いわゆる「緑寄り」(国民党に反対して民進党を支持する傾向のある)自由時報新聞社は兵役期間延長を評価・擁護する高校生と保護者の声を紹介した。兵役期間延長の公式発表の翌日に公開された記事では、「諸国が兵役期間を延長して訓練を強化しています。台湾も追いつけないといけません」と述べて兵役期間延長の政府決定について「戦争準備ではありません。平和のためです」とコメントした高校生、若者を軍に入隊させて「ポーイを漢にする」(坊やを男に)と評価した保護者の声が紹介されていた21。
世論調査機関台湾民意基金会(Taiwanese Public Opinion Foundation)は兵役期間延長の公式発表の直前の12月20日に、1年間徴兵制復活の賛否を問う世論調査結果を発表した。調査によれば、1年間徴兵制復活について、「評価する」が73.2%であった。しかし、20-24歳の年齢層に限るとすれば、「評価する」がわずか35.6%であった。なお、最も影響の大きい未成年者は調査対象外であった22。一見すると台湾人が一年間徴兵制の復活を支持する意識を共有しているように見えるが、それはあくまで直接の影響を免れた台湾人のみが共有しているものにすぎない。
むすびにかえて:「もう呪縛は解いて定められたフィクションから今飛び出すんだ」
筆者は兵役免除者である。それにもかかわらず、年末の27日に蔡総統の公式発表を聞きながら窒息する感がしていた。1年間ほど兵営に封じ込められて軍事的ものを頭に刷り込まれることを想像するだけで息苦しくなってしまった。しかし、世間ではどう言われているのか。「それは戦争のためではない。平和のためである」とか「兵役義務は神聖な義務である」とか、儚い言葉が世間に広く漂っている。
言葉はどんなに眩しくても、それは徴兵制の本質を語るものではない。徴兵制とは何か。それは「個人と国家が直接対峙する契機であ」り、「国家が個々人に行動・思考様式までを馴致するための重要な装置であ」る23。言い換えれば、徴兵制は個人を戦争遂行装置の一歯車にする洗脳装置として機能する。しかし、人々は徴兵制をどう呼ぶか。「神聖かつ光栄な義務」と。徴兵されて兵士にされるのは人生の最大の「祝福」のように言われている。それは、明らかに、人殺しをさせて殺させる呪いを「祝福」と呼ぶ「定められたフィクション」にすぎない。
過去の戦争に対する記憶が希薄になりつつあったが、将来の戦争への期待が高まっていく。そんな世界を生きざるをえないあなたに、そして私たちに、筆者の愛する曲の歌詞を贈りたい。
決め付けられた運命
そんなの壊して
僕達は操り「人形」じゃない
君の世界だ 君の未来だ
どんな物語にでも出来る
…
もう呪縛は解いて
定められたフィクションから今
飛び出すんだ
飛び立つんだ
…
呪い呪われた未来は
君がその手で変えていくんだ
逃げずに進んだことできっと
掴めるものが沢山あるよ
…
この星に生まれたこと
この世界で生き続けること
その全てを愛せる様に
目一杯の祝福を君に
―YOASOBI「祝福」(作詞:Ayase)
- ^渡辺靖「『永遠平和のために』と徴兵制――三浦瑠麗『21世紀の戦争と平和 徴兵制はなぜ再び必要とされているのか』」Book Bang (2023年1月10日閲覧)。
- ^国防省の説明によれば、「全民国防」(「全民國防」)とは、「文民と軍部が一体化する形をもって、銃後か前線か、平時か戦時かを問わず、有形的な戦力と民間的な資源と精神意志を一つにするような総体的国防力」ということである。 國防部政治作戰局-首頁-全民國防教育-全民國防教育簡介(2023年1月10日閲覧)。
- ^兵役法では陸軍に入隊した者の兵役期間を2年間と規定されていたが、1967年から1986年にかけて特定の兵科に所属する者には3年間の兵役義務が課せられていた。
- ^洪錦成・施奕暉「我國兵役制度的演進、變革與展望」檔案季刊(現:檔案半年刊)12卷2期(2013年)32頁以下参照、義務役期幾度更迭 最長3年最短4個月 | 政治 | 中央社 CNA(2023年1月12日閲覧)。
- ^美前防長籲台灣:男女皆兵、義務役期延長至一年以上 | 軍事 | 要聞 | 聯合新聞網(2023年1月12日閲覧)。
- ^TVBS網路投票/近8成認為美施壓台「兵役延長」 網過半數不願為台灣而戰│蔡英文│總統│美國│TVBS新聞網(2023年1月12日閲覧)。
- ^強化全民國防體系 恢復義務役一年方案 總統:讓方案更好 戰力更強 國家更安全 讓臺灣永續生存(2023年1月12日閲覧)。
- ^配合兵役延長為1年 大學改成讀3年? 教育部:尊重個人意願 | 政治 | Newtalk新聞(2023年1月12日閲覧)。
- ^兵役延長「大學3+1」炎上!學生譙3年難修完128學分 僅「這些人」能辦到(2023年1月12日閲覧)。
- ^ドイツの兵役代替役務について、市川ひろみ「ドイツにおける徴兵制の変容—国家と個人の相克—」広島平和科学24号(2002年)231頁以下参照。
- ^陳勁甫・羅新興・賴志宗・林文銘「替代役實施現況與募兵制對替代役未來發展分析」法政學報23期(2010年)123-124頁。
- ^陳新民「臺灣兵役替代役的制度簡介」軍法專刊64巻3期(2018年)7頁。
- ^陳新民、同上5-6頁。
- ^替代役服役簡介(內政部役務署 2022年11月4日)(2023年1月13日閲覧)。
- ^張金權「被兵役制度集體霸凌的酷兒-再訪良心自由之法容許性正義」婦研縱橫94期(2011年)55頁。
- ^台湾では、徴兵された兵士の主な訓練は、掃除と草むしりとよく揶揄されている。
- ^行政院拍板:94年次後役男取消專長、研發替代役,一圖看懂替代役新舊制差別 - The News Lens 關鍵評論網(2023年1月13日閲覧)。
- ^研發、專長替代役將取消 花敬群:全民國防政策需求 - 政治 - 自由時報電子報(2023年1月13日閲覧)。
- ^市川・前掲(注10)230頁。
- ^義務役訓「標槍」? 專家:一枚5萬美成本太高|TVBS新聞@TVBSNEWS01(2023年1月13日閲覧)。
- ^94年次高中生:役期恢復不是為了準備打仗 是要確保和平 - 政治 - 自由時報電子報(2023年1月13日閲覧)。
- ^台灣人對延長役男役期為一年的態度(2022年12月20日) – 財團法人台灣民意教育基金會(2023年1月13日閲覧)。
- ^市川・前掲(注10)225頁。
(早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程)