「豹」がウクライナに
ウクライナ国防省のツイッターに1月26日、冒頭右の写真のような投稿がおこなわれた(news 23の1月27日も伝えた)。「ついに自由に。彼が仕事をしにウクライナへ来る」。ドイツのオラフ・ショルツ首相が1月25日、ウクライナに対するレオパルトⅡ戦車の供与を表明したことを受けたものである。
昨年来、ショルツ首相は、世論の55%が供与に反対していることもあり、戦車供与に慎重な姿勢を崩さないできた(直言「戦車と「戦争の犬たち」――「ウクライナ戦争」の背後で」)。そうしたなか、1月24日、アンナレーナ・ベーアボック外務大臣が欧州評議会で、英語で"We are fighting a war against Russia "(「私たちはロシアと戦争をしている」)と断言してしまった。平和と環境保護の党だった「緑の党」の政治家たちの「好戦主義者」への転進には既視感があるが、彼女の前のめりの姿勢は度を越している(2月18日追記:ミュンヘン安全保障会議での「プーチンは360度変わらなければならない」発言! ! )。ショルツ首相は、連立与党や閣内から足を引っ張られ、1月25日には、米国に梯子(はしご)を外されてしまった。ショルツは、「同盟国」との連携を重視するという建前から、米軍のM1エイブラムスが供与されるまでレオパルトⅡは出さないと頑張ってきたが、ジョン・バイデン米大統領はこの日、M1エイブラムス31両の供与を表明したのである。内堀と外堀を埋められたショルツは、レオパルトⅡを1個中隊分(1個小隊4両×3個+中隊本部2両)、14両の供与を表明せざるを得なくなった。彼はあまり表情を変える政治家ではないが、この日は苦渋の決断だったのだろう(1月26日の連邦議会)。
M1エイブラムスは63トンもある重戦車で、レオパルトⅡなどがディーゼルエンジンであるのに対して、高出力のガスタービンエンジンが使われている。操縦や整備、メインテナンスなどが容易ではない。しかも、装甲や砲弾に劣化ウランが使われている。こうした事情があって、米国防総省はウクライナ供与に消極的だった。バイデンは「NATO同盟国の結束」を示すために31両の供与を決断した。ショルツはついに折れた。だが、エイブラムスがウクライナに届くには「何カ月か、もしかしたら1年くらい、かかるかもしれない」とされており、ショルツの足元をみたバイデンの判断はしたたかだった。
ショルツ首相が崩れたため、新任のボリス・ピストリウス国防大臣は、2月1日、アウクスドルフ(旧東のザクセン=アンハルト州)の第203戦車大隊を訪問して、ウクライナに供与する予定のレオパルトⅡに搭乗した(冒頭左の写真参照)。政治家は「やってる感」を演出するために、こういうことを好んでやる(安倍晋三が典型だったが、河野太郎や岸田文雄も同類)。この部隊は1個中隊欠となり、国防大臣は現地で、早期の調達を約束していた。
独ソ戦を利用して戦意高揚と国民統合へ
2月2日はスターリングラード攻防戦終結の日とされている。7年前、ヴォルゴグラードと呼ばれているこの地を訪れて、激戦の跡を見て回った(直言「ロシア大平原の戦地「塹壕のマドンナ」の現場 へ――独ソ開戦75周年(2)」参照)。ドイツとソ連による殲滅戦争の凄まじい現場に息をのんだ。研究室には、スターリングラードの戦場で死んだソ連兵の水筒がある。
スターリングラード攻防戦は、ロシアでは「ウラヌス作戦」と呼ばれ、ドイツ第6軍が壊滅して、「ソ連が第二次世界大戦で優位に立ち始めた日」とされる。2月2日は最後のドイツ軍将兵が降伏して戦闘が終わった日で、旧ソ連時代から記念日になっている。この写真は、ロシア・トゥディ(RT)の2022年11月20日付特集記事の最初のページである。記念式典では軍事パレードも行われ、先頭を1両のT34戦車が行進した(下の写真参照)。ドイツのティーガー(Tiger、虎)6号戦車と互角で戦ったすぐれものである。記念集会における演説のなかでプーチンは、「ドイツが戦争に参入しようとしています。信じられないことですが本当です。私たちは再びドイツのレオパルト戦車の脅威にさらされています」と市民を煽った。かつては「虎」、今度は「豹」だが、プーチンの「再びドイツ」という言葉に、集会に参加した高齢者たちは、ロシアとウクライナがともにナチスと戦ったことを想起していた(ZDF2023年2月2日のインタビュー)。その戦いの象徴がT34であり、これを西側からやってくるレオパルトⅡと意識的に結びつける。戦後ドイツが、そしてショルツ首相が避けたかった構図が確実に出来上がってしまった(ロシア・トゥディ(RT)2023年1月30日「ベルリンはポスト・ヒトラー平和主義を放棄し…」参照)。他方、ドイツを引き入れることで、プーチンにとっても、「記憶」を使った国民の統合を進めることが可能になった。そこには、2020年の憲法改正で、「歴史的団結」「祖国の防衛者の追悼」(67.1条2、3項) を挿入した効果が出てきたように思う。ドイツを武力紛争の一方当事者に位置づけることができれば、プーチンは、「大祖国戦争」のイメージを使って、国民の一層の戦意高揚をはかることが可能になる。これは武器供与が戦争の終結にマイナスになりうる要素の一つといえまいか。
80年前、ドイツ軍はドニエプル川とドネツ川の間にある同じソビエト領土をドイツ戦車で征服したのだが、2月24日のウクライナ侵攻1周年に、プーチンが「ウラヌス作戦」にこじつけた大攻勢をかけてくるかどうか、強く危惧されるところである。
武器供与の背後に「非常に危険で不誠実な計画」
ドイツの「軍事化情報センター」(IMI)は、ウクライナへのレオパルトⅡ戦車の供与に反対して、「戦車の代わりに交渉を」と呼びかけている。IMIの主張を要約して紹介すれば、次の通りである。
戦争のエスカレーションのステップとなるのがレオパルトⅡの供与である。「欧米の武器供与の背後には、非常に危険で不誠実な計画がある」。米国はすでに229億ユーロ、ドイツは23.4億ユーロを供出しているが、これは国防予算ではなく、一般予算から出されている。EUには武器供与のための予算があり、ドイツはその25%を負担している。この予算の名前は、「欧州平和ファシリティ」という皮肉なもの。すでに31億ユーロが支払われている。量だけでなく、供給される武器の火力[質]も上がっている。エスカレーションの梯子をどんどん上がっていく。最初は軍用ヘルメット、次はPZH2000自走榴弾砲、そして自走対空機関砲(「チーター」) 、歩兵戦闘車(マルダー「貂」)、そして「豹」(レオパルトⅡ)である。
このような武器供与を拒否するのには理由がある。第1に、エスカレーションの可能性である。NATOとロシアの戦争の危険は現実のものとなっており、しかもその危険性は増大している。昨年5月からウクライナ兵はドイツで自走榴弾砲の訓練を受け、現在は、マルダー歩兵戦闘車の訓練を受けている。2022年5月に連邦議会事務局(調査研究サービス) が発表した「中立と紛争参加の間の、NATO諸国によるウクライナへの軍事支援の法的問題」という報告書は、「戦時中の装備提供は戦争への参加にはあたらないが、装備を使ったウクライナ兵の訓練は戦争への参加にあたる」という結論を出している。
第2に、消耗戦のための武器ということである。思い起こせば、2022年3月末の時点でウクライナとロシアは交渉による解決の途上にあった。すでに署名入りの文書も出来上がっていた。まさにその時期に、欧米の武器供与が非常に増大した。これは、ウクライナの戦争を続けよという明確なメッセージにほかならない。
以上のようなIMIの呼びかけから1週間あまりで、新任のピストリウス国防相は、「ウクライナはこの戦争に勝たなければならない」といってしまった。この安易で簡易な言明は、「無能」な前任者を意識したものとはいえ、明らかに口が滑ったといわざるを得ない。米国のマーク・ミリー統合参謀本部議長でさえ、「ウクライナが戦場で勝つことは不可能だと思う」と発言していた。「可能な限り最大限の成果を上げたので、交渉を開始しなければならない」と。
「戦車ではなく、交渉を」
上記のIMIのサイトでは、2006年から7年間、メルケル政権の軍事政策アドバイザーを務めたエーリヒ・ファト元准将のインタビューが短く紹介されている。ファトは、政治戦略や外交努力なしのウクライナへの武器供与に公然と反対した数少ない人物の一人とされる。掲載誌(Emmaデジタル版2023年1月12日)から直接に要約・紹介しよう。タイトルは「戦争の目的とは何か?」である。
戦車の供与は長期的には全体の軍事状況を変えるものではない。それは「滑り台」(エスカレーション)を加速し、どうしようもない「勢い」になってしまうかもしれない。全体的な政治的・戦略的コンセプトがなければ、武器供与は純粋な軍事化である。これは米統合参謀本部議長のマーク・ミリー大将の見解でもある。彼は「ウクライナの軍事的勝利は期待できず、交渉だけが可能な道である」と発言している。ミリー大将の発言は世間で激しく批判された。彼は不都合な真実を語ったのだ。この真実はドイツのメディアにほとんど掲載されていない。ミリー大将はウクライナで行われていることは、双方で20万近い兵士が死傷し、5万人の民間人が死亡し、数百万の難民が発生している消耗戦であり、第1次世界大戦の消耗戦である「ヴェルダンの血祭り」に対比されるという。私もミリー大将と同様、主要メディアに攻撃され、「陰謀論者」にされてしまった。国民の多数は武器供与に反対しているが、そのことは報道されない。ウクライナの戦争について、公正でオープンな議論がされなくなり、非常に不安に思っている。
現在の外交政策の一面性には耐えがたいものがある。外交政策の主な任務は、外交、利害の調整、理解、紛争解決である。ドイツでようやく女性の外相が誕生したことは喜ばしいが、戦争のレトリックを展開し、ヘルメットと防弾チョッキを着てキエフやドンバスを歩き回るだけではだめである。「緑の党」が平和主義者から戦争政党に変異したことは理解できない。私ならば、ドイツが戦争当事者にならないように、ショルツ首相に、慎重かつ抑制的な方法で支援するようにアドバイスしただろう。そして、最も重要な政治的同盟国である米国に影響を与えるよう助言したことであろう。戦争終結の鍵は、ワシントンとモスクワにあるからだ。
ロシアは最大で200万人の予備役を動員することができる。欧米が100匹の「貂」や「豹」を送り込んでも、全体の軍事状況は変わらない。核保有国との対立をどう乗り切るかが重要な問題なのだ。紛争解決の鍵はキエフにあるのではなく、ベルリン、ブリュッセル、パリにもなく、ワシントンとモスクワにある。
このような主張をすると、ドイツではすぐに「陰謀論者」とみなされてしまう。私自身は確信犯的な親米主義者である。今、ロシアの侵攻により、ウクライナとロシアの国家間戦争になっている。また、ウクライナの独立とその領土の保全のための闘いでもある。しかし、これは真実のすべてではない。アメリカとロシアの代理戦争でもある。黒海地域には地政学的利害関係が絡んでいる。黒海地域は、ロシアとその黒海艦隊にとって、カリブ海やパナマ周辺地域がアメリカにとって重要なのと同じように重要である。もしロシアが欧米の大規模な介入によって黒海地域からの撤退を余儀なくされたら、世界の舞台から降りる前に、必ずや核兵器に頼ることになるだろう。ロシアによる核攻撃は絶対に起こらないという考えは甘いと思う。この地域の人々、つまりドンバスやクリミアの人々に、誰に属したいのかと問えばいい。ウクライナの領土保全は、欧米の一定の保証のもとに回復されるべきである。そして、ロシアもまた、そうした安全保障[の枠組み]を必要としている。だから、ウクライナのNATO加盟はない。2008年のブカレスト・サミット以来、これがロシアにとってのレッドラインであることは明らかである。
率直に言って、ウクライナがNATOはおろか、EUの一員になるとは思えない。ウクライナでは、ロシアと同様、高い汚職率とオリガルヒの支配がある。トルコは、法の支配という観点から非難されることがあるが、ウクライナにも同様の問題がある。ワシントンで平和のためのより広い戦線を張る必要がある。ドイツの政治における無分別な行動主義は終わらせなければならない。そうでなければ、ある朝目覚めると、第三次世界大戦の真っ只中にいることになるだろう。
IMIは、ファト元准将の上記の言葉を引用して、「だから、戦車の代わりに交渉だ」と結ぶ。
「もっと武器を! 」のゼレンスキーからの距離
昨年2月24日以来、ウクライナのゼレンスキー大統領の顔と名前と声が全世界を席巻している。国連機関や各国議会にオンラインで登場し、武器供与を、時には恫喝的に求めている。日本の国会議員の前でもオンラインで演説して、ほとんどの党が賛意を表してしまった。ゼレンスキーがNATO諸国に最初に求めたものは「飛行禁止区域」の設定だった。これは昨年3月4日にNATO外相会合が拒否して以来、ほとんど語られなくなった。新聞検索でも、『毎日新聞』2022年3月4日付夕刊に初めて掲載されて以来、3月28日までに消えた。『朝日新聞』3月9日付の見出しは「「飛行禁止」踏み込まぬ欧米 米報道官「直接戦争、引き起こす」」だった。
戦車を300両よこせと迫り、F16を送れ、長距離ミサイルを送れと、ゼレンスキーの要求はエスカレートの一途を辿っている。当事者たちの誤算や判断ミスの連鎖のなかで、本格的な核戦争にエスカレートする可能性は否定できない。ウクライナの人々の命よりも、民族の誇りや領土奪還を重視する指導者はどうなのだろうか。
ここへきてウクライナの「不都合な真実」がようやく一般にも知られるようになった。もともとウクライナは侵攻前から、「オリガルヒの利権にまみれた腐敗の激しい国」としてEU加盟が見送られてきた経緯がある。ドイツの保守系紙Die Weltの2月2日付は、この間のウクライナの汚職事件の摘発を紹介しながら、第1に、ウクライナは依然として汚職の問題を抱えていること、第2に、ゼレンスキーがこの戦争が終わるまでそれを表に出したくないという事情を指摘する。多額の援助資金が闇ルートに流れていないか。これとの関係で、1月29日のBBC(日本版)「ウクライナのもう一つの戦争、汚職」が興味深い。1月下旬段階で、11人の政府高官が辞任ないし更迭されている。直言「武器供与のリスクと副作用」のなかで、「武器の移転が続く」というリスクを指摘した。ドイツからクルト人勢力に供与されたミサイルがIS(イスラム国)に流れたことからすれば、西側からウクライナに供与されている大量の兵器が「ブラック・マーケット」に流れ、世界各地のテロリスト集団がハイテク化するおそれなしとしない。
武器供与を叫ぶゼレンスキーから距離をとることが必要だろう。即時停戦に向けて、まず何よりも独立主権国家への武力による侵略を行っているプーチンに対して、と同時に、ゼレンスキーとその周辺に対して、国際社会が働きかけをしていく必要があろう。たとえ両者が現時点で交渉に関心を示さないとしても(可能性は隠されている)、交渉のテーブルにつけさせることに全精力を傾けるべきだろう。その軸となるのはNATOではなく、欧州安全保障協力機構(OSCE)の枠組みであることを想起する必要がある。ミンスク合意(とりわけミンスクⅡ)はOSCEの枠組みのなかで行われた。この合意を壊した責任の一端はゼレンスキーにもある。
ウクライナのドミトロ・クレバ外相は、「ロシアがOSCEに加盟したままでは、この組織は「死んでいく」」として、ロシアの除名を求めた。OSCEのヘルガ・シュミット事務総長は、「OSCEには、ロシアを除名するためのメカニズムがない。…私は、今日の観点から、ロシアがOSCEの参加国であり続けることに意義があると思っている」という立場を堅持した(Die Welt vom 9.1.2023)。シュミット事務総長が、「いつかまた、交渉のチャンネルが必要になる。OSCEは、欧州の安全保障構造に関わるすべての人が同じテーブルにつく唯一の安全保障組織だ」と述べたことは重要である。
いま、ゼレンスキーが「もっと武器を! 」と、交渉を有利に進めるために一定の軍事的勝利を追求していることの危うさを指摘しなければならない。プーチンに、核のボタンに手をかけさせる軍事エスカレーションの危険が高まっている。だからこそ、交渉の余地なしと勝手に決めつけて外交を放棄してはならない。「戦車ではなく、交渉を」、である。
【文中敬称略】