19年前に改憲案を起草した統合幕僚長――憲法尊重擁護義務の射程
2023年5月1日



幹部自衛官が自民党改憲案を起草

53日は日本国憲法施行76周年である。前後に和歌山市、千葉県我孫子市で講演し、当日は水戸市で講演する。施行60周年の2007年も水戸市だった。今回は茨城県弁護士会(日弁連・関東弁護士会連合会共催)の講演会である。

   ところで、19年前の2004年12月5日に共同通信が配信した記事が『東京新聞』など加盟社の一面トップになった。「陸自幹部が改憲案作成―自民党大綱素案に反映」。私は、直言「自衛官の改憲構想と立憲政治」で大要、次のように指摘した。当時、この二陸佐の名前は伏せられていた。

 

 「…改憲案を起草したのは、陸上幕僚監部防衛部防衛課防衛班付きの二等陸佐。軍隊の設置と権限、国防軍の指揮監督、集団的自衛権行使、国家緊急事態、特別裁判所(軍法会議)、国民の国防義務など8項目について条文を列挙している。本格的な軍刑法と特別裁判所(軍刑事裁判所)を欲する「軍の論理」がよく投影している。だが、国家公務員が改憲案を起草し、発表するのはいかがなものか。公務員が純粋に個人として、私的な時間に学問的に憲法を研究し、自らの意見を抱くことは問題ない。それをメディアに公表する段階では、自衛隊法上の制限条項のほかに、憲法99条の「憲法尊重擁護義務」のうちの「擁護義務」との関わりで問題になる。公務員は単に憲法を尊重するだけでなく、憲法違反行為とたたかい、憲法の規範力を回復させる積極的努力義務も負っていると理解すべきだろう。その点、この二佐の行為は憲法99条違反と言える。…二佐は、「さんぼう」(参謀ではなく、三つの「防」)と称される超エリートコースを歩んでいる。…中谷元・自民党憲法調査会起草委員長(元・二等陸尉、元・防衛庁長官)は、「条文案は私個人の研究のための一つの資料」と釈明している。…防衛部防衛課防衛班という部署の性格、その任務と役割などに鑑み、将来の自衛隊の運用全般を見通して、それに適合的な憲法を構想したという組織的な対応と診るのが自然である。…」

 

空幕長が「そんなの関係ねぇ」と憲法蔑視

  その4年後、名古屋高裁が、航空自衛隊のイラク派遣について違憲判断を行ったところ、現職の航空幕僚長が「そんなの関係ねぇ」と、当時のお笑い芸人の口調で判決を唾棄した(直言「空自イラク派遣に違憲判断―「そんなの関係ねぇ」?)。裁判所が違憲判断を行ったことに対するこの乱暴な言葉は、そのまま憲法への蔑視につながる。この空幕長はその半年後、「日本は侵略国家であったのか」という歴史修正主義コテコテの「論文」で、アパグループ懸賞論文の「最優秀賞」(賞金300万円)を受賞している(詳しくは、直言「空幕長「論文」事件をどう診るか」参照)。この空幕長については、統合幕僚学校長時代についても問題ありとして、14年前、直言「田母神統幕学校長の20カ月」をアップした。田母神はいう。「統合幕僚学校には航空自衛隊だけでなく陸上自衛隊、海上自衛隊のエリートも入ってきますから、空自に限らず陸海の自衛隊にも私の考えは相当広まったと思います」と。統合幕僚学校は「田母神学校」になったのか。田母神校長時代は200212月から048月までだから、この二陸佐がその間に受講していたかどうかは不明である。
    この二陸佐は吉田圭秀(東大卒、防大30期相当)である。一陸佐に昇任して、20093月に第39普通科連隊長(弘前)、1年後に 陸上幕僚監部防衛部防衛課長となっている。「3.11」の時の番匠幸一郎防衛部長(私が「三防」の幕僚長候補と予想していた俊英、後に退官)のもとで「史上最大の災害派遣」の実務を担当した。

 

内閣官房に出向

 吉田は20118月に陸将補に昇任。20158月に陸幕防衛部長となり、2年間、内閣官房に出向している。内閣官房国家安全保障局の内閣審議官。「いわゆる日本版NSCである。安倍首相が「国家の安全保障体制を構築する上で中核」と位置づけている組織であり、20141月に設置されたこの組織に、自衛隊制服組として吉田が初めて送り込まれた。安保関連法制定前後の重要な時期に安倍首相の近くにいた人物が師団長ポストを経験して、今年8月の人事で統幕などの枢要なポストにつくことが予想されている。…」(直言「年のはじめに武器の話(その2――変わる自民党国防部会の風景」)。

統幕長になった「三防」エリート

 「参謀」にひっかけて「三防」(陸幕の防衛班長(二等陸佐)、防衛課長(一等陸佐)、防衛部長(陸将補))の超エリートの吉田は、201788日付で陸将に昇任にし、直ちに第8師団長となった。2019823日付で北部方面総監、2020415日に陸上総隊司令官、2021年に陸上幕僚長と、わずかな期間で陸自のトップに登りつめた。そして、今年、2023年春の将官人事(3月30日付)で統合幕僚長となった(『東京新聞』3月14日付が第1報)。改憲案を起草した「三防」が自衛隊の頂点を極めたわけである。

  私は自衛隊の人事を40年にわたってウォッチしてきた。ツールは『朝雲』と『軍事研究』誌(創刊号から全冊所持)の「六本木レーダーサイト」、2000年から「市ヶ谷レーダーサイト」である。最新の『軍事研究』20235月号147頁では、吉田の統幕長人事について詳しく書かれている(冒頭右の写真のイエローページ)。東大卒だが、「防大30期相当」。後任の陸幕長には32期の東部方面総監が、航空幕僚長は31期の航空総隊司令官が就任した。海上幕僚長は31期で昨年3月に就任して変化なし。ということで、「30期相当」が統幕長ということで、人事上のバランスは確かにいい。東大卒の統幕長としては、「超法規的行動」の発言で辞任に追い込まれた栗栖弘臣以来である。東大卒の統幕()長はともに、憲法問題に関わったことになる。

吉田統幕長が就任記者会見で語ったこと

 46日、吉田は自衛隊トップの統合幕僚長として、就任後初の定例記者会見を開いた。それを報ずる『毎日新聞』同日付の見出しは、「憲法改正は政治の問題」である(冒頭左の写真と、この写真は陸幕長の時のもの。冒頭左の右側が統幕長の写真)。

 

「…吉田氏は過去に自民党議員の依頼で憲法改正案を作成したことがある。それについて問われ「憲法改正は政治の問題であり、統幕長として個人的な意見を申し上げるのは適切ではない」とした。「入隊以来、憲法や法令を順守するのは自衛官としての大きな前提だと思っている」とも述べた。吉田氏は2等陸佐で陸上幕僚監部に勤務していた2004年、陸自OBで防衛庁長官を務めた中谷元(げん)衆院議員から憲法改正案の作成を依頼され、集団的自衛権の行使を認める内容の改憲案を中谷氏の事務所にファクスで送信した。中谷氏は当時、自民党憲法調査会の改憲案起草委員会座長だった。自衛隊法61条は自衛官の政治的行為を禁じている。防衛庁(当時)は調査の結果、自衛隊の組織的な関与はなく、シビリアンコントロール(文民統制)の逸脱もなかったとの結論を出した。そのうえで「自衛隊が組織的に改正案を作成したとの疑念を招いた」として吉田氏を口頭注意とした。吉田氏は6日の会見で、集団的自衛権の行使を可能とした安全保障関連法(16年施行)は「憲法の範囲内であらゆる事態に切れ目のない対応をするもので、必要不可欠だ」と語った。…」

   記事によれば、防衛庁は当時、「自衛隊が組織的に改正案を作成したとの疑念を招いた」として吉田二陸佐に「口頭注意」の処分を行っている。「懲戒処分等の基準に関する達」12による「注意」と思われるが、特定の政治家の依頼で、特定の政党のために憲法改正草案を起草することは、公務員としてきわめて問題の行動だった。「口頭注意」ではすまない。

 

憲法尊重擁護義務(憲法99条)の射程

   憲法99条は公務員に憲法尊重擁護義務を課している。樋口陽一は、「適法な憲法改正を主張し、また行うことと憲法尊重擁護義務との関係は、その公務員が憲法改正権(の一部)を行使できる立場にあるかどうかによって決まる」として、「内閣総理大臣およびその他の国務大臣については、憲法改正を国会が発議する前提としての発案権を国会議員だけが持つという解釈をとった場合には、大臣としての資格において憲法改正を主張することはできない、と解すべきである。」としている(樋口『憲法Ⅰ』(青林書院、1998年)399頁、『憲法〔第4版〕』(勁草書房、2021年)92頁)。私もこの解釈に同意する、と以前書いたことがある(直言「首相の「改憲扇動」の違憲性―「憲法改正の歪曲」」)。

   さらに、「国務大臣が憲法の規定や精神に反対する立場を明らかにし、その改正論を主張・唱道し、その言動が憲法およびその下における法令に従って行われるべき職務の公正性に対する信頼を疑わしめる結果となるような場合には、本条の義務違反の問題となり得る」。また、「「尊重」には、憲法の価値・尊厳の尊重という意味も含まれていると解され、憲法に対する軽視・侮辱・侮蔑・不信の念は、憲法の尊厳の尊重と相容れないので、公務員の言動が憲法に対する侮辱などの念を表明していると認められる場合は、その言動は、本条の義務違反の問題となり得る」(佐藤功『ポケット註釈全書・憲法(下)新版』(有斐閣、1984年)1297-1298頁、木下智史・只野雅人編『新・コンメンタール憲法[2](日本評論社、2019)784-785(倉田原志)参照)。

   自衛隊法施行規則39条の「服務の宣誓」には、「私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し…」とあるので、日本国憲法の尊重・擁護に加えて、さらに「遵守」も義務づけられている。陸幕防衛部防衛課防衛班の幹部自衛官が、日本国憲法の価値とは異なる価値を含む改憲草案を準備している自民党に対して、自衛官として、「ここをこう変えろ」というアイデアを提示したことは、憲法尊重擁護義務違反といえるだろう。「憲法改正は政治の問題」というが、かつて、改憲案起草によって、その政治に過度に関わった自らの行動について反省の弁はないのだろうか。岸田文雄内閣のもとでの改憲の動きについては後日また論ずることにするが、自衛隊のトップが、かつて改憲案を起草して処分された前歴を持っていることは、しっかり記憶しておく必要があろう。

《付記》 「陸上自衛官による憲法改正案作成事案に関する調査報告及び評価」(平成16年12月24日、防衛庁)はここから読める。

【文中敬称略】

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