NHKスペシャル「独ソ戦 地獄の戦場」
絶妙のタイミングだった。G7「軍都広島」サミット翌日の5月22日、NHKスペシャル「映像の世紀バタフライエフェクト」の『独ソ戦 地獄の戦場』が放映された(再放送は5月31日深夜)。これまでも独ソ戦関係のドキュメンタリーは数多く見てきたが、今回のものは番組制作者の気合が違った。ウクライナによる「反転攻勢」がいわれるなか、80年以上前の歴史上の映像が、現在進行形のものに感じられるリアルさだった。これまであまり使われていない映像が、「いま」を描くために丁寧に拾われ、ヒトラーによるソ連侵略として始まった独ソ戦の悲劇が、「2人の独裁者」の合作による惨劇として描かれている。終わりの方に出てくるドイツ350万人、ソ連2700万人という死者の数字も、すべてヒトラーによる悪行の結果ではなく、スターリンによる独裁と破壊的な戦争指導にも起因するものとして捉えられている。「ザ・37」と呼ばれるように、1937年のスターリンによる赤軍将校大粛清によりソ連軍は弱体化していた(直言「「大粛清」から70年」参照)。開戦と同時にソ連軍は総崩れとなった。「2700万人」の背景に関してこのような描き方をすれば、「歴史修正主義」との批判もあり得るが、私はそうは思わない。
「軍事的合理性」を失った独裁者の判断・指示により、多くの犠牲が生まれた。独ソともに、兵士の恐怖と憎悪を駆り立てる作戦を実行し、双方ともに捕虜をとらない絶滅戦争を展開した。ソ連軍には後退する兵士を容赦なく射殺する督戦部隊があったが、その実際の映像も出てきた。1万3000人のソ連兵がそうやって殺されたとされる。映画『スターリングラード』(米・独・英・アイルランド、2001年)の冒頭15分の衝撃映像と重なる。
ソ連軍「爆弾犬」の映像も初めて見た。犬に爆弾をつけて戦車の下に潜り込ませて爆発させる。しっぽを振りながら突っ込んでいくシーンは、犬好きには耐え難いだろう。これで戦車300両が破壊されたという。
ドイツ軍撤退時の破壊と焦土作戦については、米ソ共同制作『知られざる戦争――ウクライナの解放』(1978年)の映像を使って、ドンバス地方における焦土作戦や、ドネツク炭鉱での労働者生き埋めなどを描き、「ウクライナで714の都市や町が破壊され、2万8000の村が廃墟と化し、1000万人が家を失った」というナレーションを重ねる。まるで「いま」を見るような場面である。
加えて、「通常の戦争では戦局が悪化すると和平交渉が行われ、戦争は終結する。しかし独ソ戦は血で血を洗う戦いが続いた」というナレーションが独ソ戦の特徴をあらわしている。「反転攻勢」による戦争の長期化をゼレンスキーが叫び、それをG7各国が「広島」で確認するという流れが生まれたサミットの翌日の放送なので、なおさらリアルである。
米英の態度については、とりわけルーズベルト大統領が、レンドリース(武器貸与)により武器や食料をソ連に大量に提供する場面を描く。この写真は、米軍車両の白い星を、赤いペンキでソ連軍の赤い星に塗り替える象徴的シーンである。今日のウクライナへの武器供与の動きを連想させる編集である。
番組の終盤に、2019年12月の4カ国首脳会談(プーチン、ゼレンスキー、メルケル、マクロン)をもってきて、ゼレンスキーが「国の一部がロシアの管理下に置かれることにウクライナ国民は絶対に賛成しません。ウクライナは一つのまとまった国であり、ウクライナの憲法がそう定めています」と述べ、プーチンが、「ウクライナは憲法(字幕では「法」)を改正すべきだ。ドンバスはわれわれにとって特別な地域なのだから」という部分を切り取る。これだけ見るとプーチンが無理をいっているようだが、ミンスクⅡ(2015年)は、ウクライナがドンバス地方に特別の自治権を与えること、そのためのウクライナ憲法の改正まで合意していたのだから、ここでのゼレンスキーの発言は、合意を壊す方向に作用した。「私は断固として和平合意を実現させるべきでした。合意を得られなかったことはとても悲しいことです」と、メルケルは苦渋に満ちた表情でいう。番組の終わりには、ドイツがレオパルト2戦車(冒頭の写真は初期のタイプ)の供与を「ギリギリまでためらった」こと、「国際世論に押されて苦渋の決断を下した」ことを伝える。
学生たちの感想から
この作品の再放送を授業で学生たちに見るように勧めていたので、感想がMoodleの担当授業コーナーに続々と届いている。現在の「ウクライナ戦争」を想起したと書く学生が多いのが特徴だ。いくつか紹介しよう。
「…やはり映像の力が圧巻だった。正直見た直後は見たことを後悔したほどに生々しい映像の連続だった。これを見て「報道」の重要性を再認識した。80年前の映像にこんなにも心を震わされこんな悲劇が二度と起きてほしくないと思えることを考えると、やはり今この時を記録し保存することで未来の世代に伝えていかなくてはならないなと強く感じた。…」(1年生)。
「…アメリカのオースティン国防長官は、2022年4月のウクライナ訪問で、「ロシアが弱体化することを望んでいる」と述べた。このセリフに見覚えがある。独ソ戦でイギリスのチャーチル首相が放ったセリフとほとんど同じではないだろうか。…今ロシアは世界的に批判され孤立している。中国は裏でロシアをサポートしているようだ。しかし、習近平国家主席はピースメーカーとして振舞い、この戦争を利用する策略を立てているため、表立ってはロシアのサポートをしていない。強い味方がいない中で、ロシアから対話を提案してくるとは思えない。だから、こちら側から提案するべきである。ロシアにはプーチン大統領だけではなく、何の罪もない多くのロシア国民がいるということを思い出そう。」(2年生)
「…現在、ロシアによるウクライナ侵攻に伴う戦争は未だ停戦へと向かわない。考えると、ゼレンスキーの兵士が何人死んだか、よりも領土奪還を目指す姿勢は、私が今回見た独ソ戦の両国の動きに似ている。当然、ロシアの侵攻は許してはならないものであるが、ほんとにそこだけを見ていて良いのだろうかという気持ちになっている。同じことを繰り返さないために、国家間の動きのどこに注目すれば良いのか、考えるきっかけとなったように思う。」(1年生)
「…強く印象に残ったのが、独ソ戦の時のイギリス・アメリカの対応である。イギリスのチャーチルはファシズムと共産主義が共に弱体することを期待した時間稼ぎを行っているし、アメリカはレンドリース(武器貸与)により直接参戦することなくソ連に武器供与している。両国とも、自国の利益を最優先にし、老獪に立ち回っていたと感じる。ウクライナ戦争においても、当事国以外の国々(特にアメリカ)は自国の利益を最優先に考えて行動していると感じている。日本は、そのアメリカの言いなりである。…この番組のタイトル「バタフライエフェクト」は、「一羽の蝶の羽ばたきがさまざまな連鎖を引き起こして遥か彼方で大きな嵐となること」を指すとのことだが、広島サミットが終わった翌日にこの番組を放映し視聴者に問題提起をしたNHKの姿勢を評価したいとも思う。…」(3年生)
独ソ戦の「現場」へ
昨年2月24日にロシアがウクライナ侵攻を始める3日前に、直言「ウクライナをめぐる「瀬戸際・寸止め」手法の危うさ――悲劇のスパイラル」をアップして、独ソ戦のような事態の再来を危惧した。再来週の6月22日は、独ソ戦の開戦82周年である。その75周年にあたる2016年7月、モスクワとヴォルゴグラード(旧スターリングラード)に6日間滞在した。全体の8割が破壊され、激しい市街戦が展開されたスターリングラードには、各所に戦争の傷跡が残っていた(「パブロフの家」)。冒頭の写真は、「ロソシュカ戦没者墓地」の入口である(直言「ロシア大平原の戦地「塹壕のマドンナ」の現場 へ――独ソ開戦75周年(2)」参照)。私の背後には、ロシア語で「大祖国戦争時にスターリングラード近郊で亡くなったソビエト兵士の軍事記念墓地」とある。左の写真は、ソ連兵の墓と道路一つ隔てた向かい側にあるドイツ軍の戦死者の名前が細かく刻まれた石碑群である。ドイツの遺族団体が戦後かなりたって設置したものである。これを撮影した時、夕日を背にして、体が冷えていくのを感じた。墓地の管理人からもらったソ連兵の水筒については、直言「わが歴史グッズの話(38)最高「責任」者とスターリングラードの水筒」参照されたい。
80年以上前に独ソ戦が展開されたウクライナの地で、西側の重戦車を使った大規模な戦闘が行われようとしている。そこで死んでいく個人としての兵士からは、「ウクライナに栄光あれ」と胸に手をあて、「国土防衛」を叫ぶ指導者に対する声は当然聞こえてこない。独ソ戦の時と違うのは、インターネットやSNSが普及して、自分たちがやっていることを相対的に見られることではないか。ロシア兵が新年の挨拶をSNSで一斉に送って、400人近い命が一瞬に失われたことは記憶に新しい(東部ドネツクのマキイフカ)。軍幹部は、戦時下なのに一斉送信などもってのほかと激怒したが、急遽召集された補充兵たちの日常性が何とも悲しい。
「最悪の平和はどんな戦争よりもましだ」(亡命ウクライナYouTuberの言葉)
クラスター弾禁止条約に米国やロシア、ウクライナは署名していない。そのクラスター弾はすでにウクライナで使用されている。英国がウクライナに劣化ウラン弾を供与することで、「通常兵器の核兵器的機能」(放射能汚染)をもった兵器がウクライナの大地と人々を蝕む。防衛目的とはいえ、その導入は、「守るべきもの」を壊しかねない重大な誤りである。1年前にこう書いている。「世界有数の穀倉地帯が戦場になり、不発弾や放射能汚染が残るとすれば一大損失であろう」と。
停戦交渉への呼びかけが、リチャード・フォークやユルゲン・ハーバーマスからもなされている。日本でも、「今こそ停戦を」という声明が出ている。
ウクライナにもこの戦争に反対している人々がいる。例えば、ジャーナリストのルスラン・コツァバはいま、米国に亡命している。ウクライナ東部の武力紛争へのウクライナ人の動員をボイコットするよう呼びかける動画をユーチューブで放映し、約50万回の再生回数を記録した。ウクライナ治安当局は反逆罪と軍事作戦妨害罪容疑で同氏を追っている。彼はロシアトゥディ(RT)のインタビューを受けているが(RT,4.May 2023)、その記事のタイトルは、「最悪の平和は、どんな戦争よりもましだ」(‘The worst kind of peace is better than any war’)という明確なものである。以下、要約して紹介しよう。
「…平和主義者はどこでも嫌われます。平和主義者は相手側のために働くスパイだと考えています。私はウクライナ軍であろうとロシア軍であろうと、いかなる軍隊にも反対です。私は人々が平和に暮らしてほしいと願っています。戦争にお金を使わなければ、どれほど多くの問題を解決できるか想像してみてください。…」
「…すべては交渉で終わるでしょう。しかし、後のゼレンスキー氏は交渉のテーブルに着くよう命じられており、私は彼に独立した行動ができるとは思えず、和平条件はウクライナにとってより厳しく屈辱的なものとなるでしょう。核保有国に対する勝利を真剣に期待することはできないと思います。不可能だよ。遅かれ早かれ、ウクライナはロシアを弱体化させるための棍棒としての役割を終えるでしょう。大砲の餌もなくなっています。…」
「…私は「最後のウクライナ人まで戦う」と語る人たち全員に、少なくとも数時間は軍事病院を訪れることを勧めたい。手足のない哀れな兵士たちを見てもらいましょう。彼らはテレグラムで戦争を見ることに慣れているが、病院では本物の戦争を見ることになる。…」
「…人々は必然的に、最悪の平和であっても戦争よりはましであると理解するでしょう。10年間の交渉が1日の戦争よりも優れていることを理解するでしょう。そして交渉の開始が遅くなればなるほど、ゼレンスキーにとっての条件は悪化なるでしょう。…バフムートを見てください。何か月にもわたる戦闘の後、すでに双方の約10万人がそこで亡くなったと思います。…世界は私たちの犠牲を払って問題を解決してきた。米国の軍産複合体は多額の金を稼いでいます。…人間の命よりも価値のあるものはないので、最終的には理解するでしょう。…人々はただ平和に暮らしたいだけで、ルーブルで支払われようがグリブナ[ウクライナの通貨]で支払われようがあまり気にしません。 …」
なお、Ukrainian Pacifist, Ruslan Kotsaba, Speaks Out Against War(Friedens Peace Teams,February 15th 2021)も参照のこと。