高額兵器爆買いの岸田政権の安全保障政策――いま、「現場」で何が起きているか
2023年7月3日

 


閑静な住宅街の近くで

阜市は何度か講演で訪れたが、岐阜城のある金華山の麓近くに陸上自衛隊の演習場があることはこれまで知らなかった。第10師団の日野基本射撃場。614日午前9時過ぎ、そこでとんでもない事件が起きた。18歳の自衛官候補生が、教育係の下士官を89式小銃で撃ったのである。2人が死亡、1人が重傷を負った。この第一報をニュースで見て驚いたのは、この射撃場が、閑静な住宅街のすぐ近くにあり、そこで小銃による事件が起きたことである。6年間住んだ北海道北広島市(当時は札幌郡広島町)には、島松・恵庭演習場(北海道大演習場)が隣接していたので、105ミリ榴弾砲の射撃訓練のズシーンという砲撃音のなかで生活していた(直言「「妖精が棲むまち」に降ったもの」)。当時の私の年齢よりもずっと上になった息子と娘は、砲撃音のなかで遊んでいたことを覚えていた(なお、その後の北海道の陸自については、直言「「片山事件」と北海道」参照)。今回の日野射撃場が住宅地にありながら、射撃音が外にもれないように配慮された長方形の建物になっていることを知った。旧軍時代からの射撃場で、以前は露天だったが、近隣の日野南8丁目に戸建て住宅が増えたため、平成245年度予算で「覆道射撃場」として完全屋内化された(全長340m、全幅30m、軒高4.3m、射道300m)(『東海防衛だより』(防衛省東海防衛支局、2015年Ⅱ号8-9)。射撃音が外に漏れることはほとんどないから、住民が異変に気づいたのは緊急車両のサイレンだった。

    事件を起こした自衛官候補生は18歳で、少年法上の「特定少年」である。自衛隊施設内の重大刑事事件のため、中部方面警務隊が前面に出ているように見える(写真はnew23 614日)。警務隊員の帽子に“Military Police”とあるのが全国ニュースで流れた。619日には岐阜市内の実家の家宅捜索を県警ではなく、中部方面警務隊が行っている(『岐阜新聞』web619)。

   自衛隊法961項は、「部内の秩序維持に専従する」警務官に、司法警察職員としての権限を与える。「自衛隊犯罪捜査服務規則」(防衛庁訓令第72号、1959)36は、「警務官等は、常に警察と密接な連絡を図るとともに、捜査に関する警察との協定の定めるところによつて捜査を行なうものとする。」と定める。1961年に「警察と自衛隊との犯罪捜査に関する協定」が締結されて、自衛隊の施設内で行われた犯罪については、警務官が捜査を行うものとされた。ただ、「警察官が自ら捜査を行う特別の必要がある場合は、この限りでない。」とあり、競合する場合や、調整についても定められている。特定少年でかつ銃器を使った重大犯罪ということで、適宜協議しつつも県警が主導権をとっていくだろう。


自衛官採用状況の悪化

   18歳の候補生がなぜこのような事件を起こしたのかについてはいろいろいわれているが、ここでは立ち入らない。ただ、自衛官の採用をめぐる問題も背景にあるようである。自衛隊の隊員確保はかなり困難になっていて、2022年度の自衛官の募集・採用状況は、9245人の採用が予定されていたが、実際に採用されたのは約4300人で、計画の46.5%である。自衛隊の隊員数は233300人で、全体の6%にあたる14000人が不足と評価されている。出生率の低下が原因ともいわれるが、それだけではないだろう。少し前のレポートだが、「若者が来ない!「自衛隊員募集」の深刻現場」(『東洋経済』2018919)がある。それから5年が経過して、「仮想敵」ロシアのSPUTNIK510にまで、「日本の防衛にとって深刻な損失である」と「入隊状況の悪化」をリアルに書かれてしまった。

   今回事件を起こしたのは自衛官ではなく、自衛官候補生(自候生)である。この制度は、20107月から採用される任期制自衛官(陸自2年、海・空自3)から、教育期間中の身分を自衛官の定数外とするもので、「限られた予算で隊員を集めるための窮余の一策」とされる。任期制自衛官は当初の3カ月間は「新隊員教育期間」とされてきたが、この期間は候補生として処遇するため、予算の節減につながる。最初の任期は、候補生期間を除いた19カ月(空・海は29カ月)となる。今回の事件の背景について、防大6期の森清勇・元陸将補は、「自衛隊の抱える根本問題」のなかで、この「候補生」制度について、「一見もっともなように思えるが、…企業などが新しく人員を採用する場合に当てはめれば次のようになる。これまでは新入社員として処遇してきたが、今回からは当初の3か月間は会社の概要理解や見習い的なことが多く、実働要員ではないため給料は社員よりも少ない準社員扱いとする。そのうえで、再度社員としての適格性が判定される――。ただでさえ世間一般より低い処遇と見られている自衛隊である。そこに、身分が隊員でない候補生で、より低い処遇となれば、募集は一段と困難になるのではないだろうか。」と批判している。最後まで読むと、この元陸将補は、東大で憲法を学んだ財務官僚に怒りを向けていく。


高額兵器爆買いの裏では

   5年前の直言「国政の「放漫運営」―高額兵器の「爆買い」が国を滅ぼす」で、滋賀県の饗庭野演習場で起きた81ミリ迫撃砲弾の事故について、概要こう書いている。事故原因は、迫撃砲の照準を、目標から右に22.5度ずれて設定したことによる「人為的ミスが有力な要因」。迫撃砲も経年劣化が進んでいて、加えて、巨大組織維持のために「定年延長」がなされようとしている。人のレベルでの「老化」もさまざまなところに影響を及ぼす。必要な人員や設備、装備の更新が抑制されるなか、超高額のハイテク兵器が、トップダウンで導入される傾向がこの間、急速に進んでいる。… 新隊員採用がままならないだけでなく、定年延長による「老化」もまた、人間の組織である以上、さまざまなところに不具合をもたらしている。

   昨年1216日に閣議決定した「安保関連三文書」(部内では「戦略三文書」という)では、「統合防空ミサイル防衛能力」(IAMD)など、米軍との完全一体化に向かっている。防衛力整備計画で、今後5年間の防衛費が計43兆円である。「別表」先にありき、高額兵器の大量購入から防衛構想が決まるような逆転の発想がみられる。岸田文雄首相自身、いったい、米国が「在庫一掃」したいトマホークミサイルを言い値で400発も購入して、日本の安全を守るのに資すると本気で考えているのだろうか。

   香田洋二・元自衛艦隊司令官「防衛費増額への警鐘―5年間で43兆円 身の丈超えている 現場のにおいなし」(『朝日新聞』20221223日付、デジタル版1217 )と批判している。いわく。「今回の計画からは、自衛隊の現場のにおいがしません。本当に日本を守るために、現場が最も必要で有効なものを積み上げたものなのだろうか。言い方は極端ですが、43兆円という砂糖の山にたかるアリみたいになっているんじゃないでしょうか」。

  昨年7月には、海上自衛隊呉総監の伊藤弘海将(当時)が、社会保障費を具体的にあげて、防衛費が特別扱いを受けられるのかと述べた(直言「権力は民衆の「忘れっぽさ」を利用する」参照)。「今、5兆円超の予算をいただいている防衛省として、それが倍になるということを、個人的な感想ですけれども、もろ手を挙げて無条件に喜べるかというと、私個人としては全くそういう気持ちにはなれません。というのは、社会保障費にお金が必要であるという傾向に全く歯止めがかかっていないわけです。どこの省庁も予算を欲しがっている中にあって、我々が新たに特別扱いを受けられるほどに日本の経済状態ってどうなんだろう、良くなっているのだろうかということを一国民としての感想ですが、思います」。


防衛大学校教授の告発

   ここへきて、注目すべき声が内部からあがった。防衛大学校の等松春夫教授である。集英社オンライン630日に、「【防衛大現役教授が実名告発】自殺未遂、脱走、不審火、新入生をカモにした賭博事件…改革急務の危機に瀕する防衛大学校の歪んだ教育」という衝撃的なタイトルのインタビュー記事が掲載された(後編はここから)。本人執筆の意見書は「危機に瀕する防衛大学校の教育」である。

   等松教授は1962年生まれで、私が札幌の大学にいる時に、早稲田大学大学院法学研究科国際法専攻に在籍して修士号を取得している。その後、オックスフォード大学大学院で博士号を取得している。著書も多く、南洋群島委任統治研究ではよく知られた研究者である。私立大学教授から防大に移ってから14年間、自衛隊の幹部になる人材に、深い学識と広い視野からの教育を行ってきた方である。現職で、実名、顔出しとはすごい覚悟と思い、インタビューと意見書を読んだ。防大が抱える問題についてはこれまでも一定の問題意識をもってきたが、第一線の教授がここまではっきりと書かれたことは、問題はかなり深刻である。集英社は客観性を期すために、インタビューで指摘された数字や事実について、防大当局に取材をして、注をつけている。それがこのインタビューの客観性を高めている。

  20223月卒の任官辞退者が479人中の72人という、実に15%にのぼることについて、等松教授は、入学者488人のうち約2割にあたる100人近くが、1年以内に退校しているという。23年での自主退校も「相当な数」という。任官しない卒業生についてはこれまでも知っていたが、1年次で2割辞めるというのは尋常ではない。

   「防衛学教育群」の教授のレベルの低さについては、そこに所属する現職教授からの指摘だけに迫力がある。パワハラや服務違反で左遷された一佐でも、防大にくると教授として遇される。二佐は准教授。まったく論文は必要ないという。その種の「咎人」が教壇に立つわけだから、これはもう魅力的授業になるはずもない。「防衛学」なら何でも話せるとばかり、部隊での経験談や自慢話を延々とやれば、学生の学ぶ意欲は当然うせていくだろう。

   「ごく稀に修士号や博士号を持ち、なおかつ学生教育への情熱を持つかたもいらっしゃいますが、30名のうちのわずか数名に留まります。…大多数の自衛官教官は、とてもその任には堪えられない人々です。修士号や博士号を取得していない人も少なくありません。」

   これでは防大生が授業に出る意欲をなくすのは当然だろう。そうした教授たちがゲスト講師を呼ぶ。それが、竹田恒泰や三浦瑠璃などの「商業右翼」(等松教授自身の言葉)だというのだ。これはもう、いちいち納得だった。これまでも、とんでもないゲスト講師が防大や陸海空の幹部学校で講師に呼ばれているのは知っていたが、背景がよぉーくわかった。等松教授は、こうした傾向について「私はこれまでもさまざまな機会で警鐘を鳴らしてきましたが、無視されてきました」という。

   かつて直言「「空幕長「論文」事件をどう診るか」で批判した田母神敏雄が統幕学校長のときに、おかしな講師を大勢呼んでいたが、等松教授の指摘により、自衛隊内の傾向が裏付けられたように思う。

   教授が内部告発に至る決定的な要因は、2020年のコロナ禍における防大執行部の誤りだった。「2020年の春、防大の執行部はコロナ流行の拡大状況を見誤り、春期休暇で帰省していた約1500人の在校生を328日までに召集。41日から約500人の新入生を加えて、1部屋に8人を基本とする集団生活を強行しました。この“軟禁” ともいえる状況によって、首吊りや飛び降りを含む5件の自殺未遂、多数の脱柵(脱走)、ストレスによる放火を疑われる不審火、そして新入生をカモにして数十万円もの金銭が動いた大規模な賭博事件まで起きました。この間まともな授業もできず、防大は2か月近く麻痺状態でした」。

   教授は202010月、防大に対しておこなわれた特別防衛監察の際に申立書を提出したが受取りを拒否され、防衛大臣に申立書を送付したが黙殺されたという。「無責任な官僚や幹部自衛官たちは、日本の安全保障を担う重要な人材の育成をいったい何だと思っているのか。こうした経緯が積み重なったころから、最後の手段として論考の公表を決意しました」として、「危機に瀕する防衛大学校の教育」を公表したわけである。こういう異例の方法をとらざるを得なかった、やむにやまれぬ思いは十分に理解できる。学生に対する愛情も感じる。このような立派な教授が処分されるようなことがあってはならない。

自衛隊をどうするかをめぐる対話

   23年も昔になるが、雑誌上で、一等陸佐で自衛隊を退官した中村好寿氏(防大9期、防大助教授、ジョージア工科大客員教授)と対談したことがある(「憲法と自衛隊―これからどうするか」『法学セミナー』20008月号)。外国での研究歴があり、自衛隊を客観的に見ることができる方とは議論が成立すると思った(直言21世紀の日独軍隊物語」参照)。今回紹介してきたような人々は結局、「上には行けない」というのが組織の現実なのだろう。安倍政権下で定年延長を繰り返したような統幕長を含めて、忖度タイプがのさばるのがどこも同じなのだろう。政権の安保政策を前のめりで推進する人々も同様である。

 安全保障の実際の「現場」を考えるならば、「敵基地攻撃能力(反撃能力)」を威勢よく語る人々には、想像力が圧倒的に欠如している。「安保関連三文書」の具体化の先には、自衛官の命の問題があることに気づくべきである(直言「わが歴史グッズの話(39「靖国合祀遺族セット」」)。

《付記》なお、冒頭の写真にある5.56ミリの弾丸とそれを入れていたケースは別である。弾丸とマガジンは、1990年代に沖縄で入手したM16のもの。すべて火薬が抜いてある。また、自衛隊の9ミリ拳銃弾、64式と89式のそれぞれの箱は、中身抜きの箱だけ売られていたものを入手した。念のため記しておく。なお、旧軍の38式歩兵銃の5発挿弾子もある。
                                       【文中一部敬称略】

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