買収の原資:「総理2800、すがっち500、幹事長3300、甘利100」 広島の『中国新聞』2023年9月8日付を入手した。一面トップ見出しは「買収原資か メモ押収」「総理2800、すがっち500、幹事長3300…」と衝撃的である。 2019年参院選における大規模買収事件で、2020年、河井克行元法相・衆院議員(当時)と河井案里参院議員(当時)が夫婦で逮捕・起訴された。ともに有罪判決が確定した(案里は懲役1年4月、執行猶予5年、克行は懲役3年の実刑。現在服役中)。 記事は、2020年1月、検察が河井元法相の自宅を家宅捜索した際、安倍首相など政権中枢から合計6700万円の現金を受け取ったこと示すメモを発見し、これを押収していた事実を初めて明らかにしたスクープである。検察は、元法相が、広島県内の地方議員や後援会員に現金を配り回った買収の原資だった可能性があるとみて捜査したという。 メモはA4版で、上半分に「第3 7500万円」「第7 7500万円」と書かれ、それぞれ入金された時期が付記されている。その下に「+現金6700万円」と手書きで記され、さらにその下に「総理2800 すがっち500 幹事長3300 甘利100」と手書きされていた。第3と第7について検察は、自民党本部が参院選前の2019年4~6月に克行の自民党第3選挙区支部と、案里の参院選挙区第7支部に振り込んだ各7500万円(合計1億5000万円)と見ている。「+現金6700万円」は、1億5000万円にプラスして提供されたものとされている。この選挙で自民党の候補者たちは党から1500万円を提供されていたから、案里候補にはその10倍の金が党から届いたことになる。これは異様な数字であり、新人候補で当選が苦しいというだけでは理由にならない。今回のスクープで明らかになった「+現金6700万円」は「実弾」として、そこから2680万円が地方議員たちに撒かれたとされている。
冒頭右の写真は、社会面受け記事で、「「メモ魔」疑義浮き彫り」の見出し。克行は「メモ魔」として知られているそうなので、この手書きメモを検察は重視したはずである。「総理2800」とあるのは、安倍晋三首相(当時)から直接提供された金であり、「幹事長3300」は、全候補者に一律に1500万提供した二階俊博幹事長が、「なぜ案里だけに?」と他の候補者から不満が出るほどの額である。「すがっち500」という表現は、克行と菅義偉官房長官(当時)との関係性がよくわかり、実にリアルである。9月8日のリアルタイム検索では、「#すがっち500」が一時上位にあがったほどだった。傑作なのは「甘利100」である。選挙の実務を仕切る選対委員長の立場で、なぜ案里候補に100万を提供したのか。甘利といえば、2016年2月、経済再生担当大臣時代、建設業者から100万円を大臣室で受け取ったことについて「記憶が確かでない」といい、国会での答弁を避けて、「睡眠障害」という診断書を使って逃亡したことが想起される。だから、克行メモに「甘利100」とあるので、笑ってしまった。あまり(甘利)にドンピシャの数字だからである。左の写真は、大臣室で100万円の授受を認めた甘利が、記者の追及に、「記憶がないです」と答える場面である。 3年前の「直言」では 3年前の直言「「総理・総裁」の罪―モリ・カケ・ヤマ・アサ・サクラ・コロナ・クロケン・アンリ・・・」という長い副題に注目してお読みいただきたい。『週刊文春』6月27日号を引用している。安倍晋三は溝手顕正を決して許さない。溝手は国家公安委員長や防災担当大臣などを務め、自民党参院幹事長、参院議員会長を務めた重鎮だが、安倍のことを「もう過去の人」などと批判した。安倍はこの「仇敵を抹殺するべく、広島での“仁義なき戦い”に力を入れている」と。 参院の広島選挙区は改選定数が2人で、溝手は自民1議席をずっと守ってきた。2007年選挙では民主党候補がトップ当選。決して自民2議席はとれない選挙区だった。そこに案里を送り込み、安倍・菅が案里だけの応援演説に入る。金も10倍投入し、さらに、口座に証拠が残られない現ナマ(プラス6700万円)を提供して、溝手の地盤を中心に地方議員を買収していく。「どう見ても、自民2議席独占を狙ったたたかい方ではなかった。」 安倍は「党内の仇敵つぶしに参院選を利用」したわけである。 「首相の私怨」とは――「政権の闇」の深さ このあたりの事情を、『朝日新聞』2020年06月19日付「時時刻刻」はこう書いている。「党内では「首相の私怨」(閣僚経験者)との声も上がっていた。もう一人の公認候補、溝手顕正・元国家公安委員長が民主党政権時代の記者会見で首相を「過去の人」と酷評し、距離があるとされていたからだ。選挙後には、党本部から案里議員側に1億5千万円の資金が振り込まれたことが発覚。通常の10倍とされる額だった。…」 安倍が「私怨」を持ち続けるきっかけとなったとされるのが、この『日本経済新聞』2012年2月28日付の記事だった(朝毎読の全国紙にこの記者会見の記事はなく、溝手のこの言葉を拾ったのは日経のみ)。 小さな記事だが、デスクが「安倍元首相は過去の人」という見出しを付けたため、溝手のちょっとした発言が、第1次政権投げ出しから再起を狙っていたが、まだパワー全開とはなっていなかった安倍に突き刺さったのだろう。 安倍流「5つの統治手法」の「異論つぶし」は「友だち重視」の裏返しとして徹底したもので、安倍流「統治言語」と相まって、自分に対する批判は決して許さなかった。溝手の「過去の人」発言は、その半年後に僅差で総裁に選出され、さらに第2次政権を発足させたあと、時限爆弾のように溝手つぶしの機会をうかがっていたわけである(「溝手参議院議長」の道をつぶしたのも安倍)。1億5000万も溝手の「刺客」(案里)に提供したことだけでもすごいことだと思っていたが、今回の『中国新聞』スクープで、プラス6700万円の「実弾」まで送っていたことを知って、改めて安倍晋三の執念深さに驚いた。これはスターリンの気質に似ていると述べたことがあるが、あながち外れていなかったと思う。 安倍流統治手法の「異論つぶし」のために、安倍政権以降、ネットを使った攻撃が顕著になった。SNSを利用した相手候補への攻撃もすさまじい。その一端は、『毎日新聞』大阪本社版2023年1月3日付に載った、「sideB 裏面を追って SNS選挙、中傷「商売」 河井夫妻事件、指南役が加担」という記事からも読み取れる。 横浜のネットコンサルタント業者の男性(38歳)が、2019年参院選で、河井克行法相(当時)に指示されて、ネット上で架空の人間になりすまし、溝手顕正候補を中傷していた。この事実は、2020年に河井案里の公判で証拠の一つとして明らかにされた。証言によれば、「当時同党現職だった溝手顕正氏が標的となった。「架空の人物を名乗ってブログを書き、溝手先生が案里さんをいじめるようなことをしているという記事を投稿した」という男性の供述や、河井氏が「情報源がばれないか確認して後はどんどんやってください」と男性に伝えていたことが公判で明かされた」。 「すがっち500」メモはどう扱われたか 冒頭左の写真の左側に『中国新聞』9月9日付一面を重ねてみた。「安倍氏ら4人聴取せず」「検察当局、政権に配慮か」とある。検察はこのメモで河井克行を追及したが、「供述が得られず、4人の聴取をすることなく、捜査を終えた。買収の原資を解明できないままでも、克行氏が地方議員や後援会員らに現金を配った公選法違反(買収)罪の立証は可能と判断したとみられ(る)」。 中国新聞記者は9月7日、当時幹事長だった二階俊博に取材している。二階は現金提供を否定するとともに、「案里っていったい何者なのよ」と居直った。同日、中国新聞記者は甘利明に取材したところ、100万円の提供を認め、「選対委員長として陣中見舞いで届けたと思う」と述べた。お金が買収に使われたという認識を問われ、「おれに聞かれても分かんねえよ」と返している。「すがっち500」と書かれた菅義偉(当時、官房長官)は、8日に中国新聞記者に対して、500万円の提供疑惑を否定した(9月9日付)。検察は、東京地裁での公判で、このメモを証拠として提出しなかった(9月10日付)。『中国新聞』9月16日付社説は、「政治とカネの闇 解明もっと」というタイトルで、こう書いている。 「…メモは買収の原資となった裏金の存在と政権中枢の関与を裏付けるかのような内容で、「政治とカネ」の闇の一端ではないか。…安倍氏を除く3人と元法相は、説明を果たさなければならない。自民党には真相を調査する責任がある。党から出た裏金が選挙を汚した疑いがあるからだ。…地元で起きた買収事件を受け、岸田文雄首相は自民党改革を訴えて党総裁と首相の座に上り詰めた。ならば、全容解明と政治資金制度改革の議論に着手するように指示すべきだ」。 『朝日新聞』2023年4月15日付第2社会面に下記の記事が載った。 「国家公安委員長などを務めた元自民党参院議員の溝手顕正(みぞて・けんせい)さんが14日、死去したことがわかった。80歳だった。参院当選5回。自民党の参院議員会長などを歴任した。2019年の参院選広島選挙区で同じ自民党の河井案里氏らに敗れ、落選した。」 【文中敬称略】