「ヒゲの隊長」とウクライナ
自衛隊の準機関紙『朝雲』を30年ほど定期購読して、幹部人事や組織改編、演習・訓練などをチェックしてきた。このほど、自衛隊退職者の団体である「隊友会」の機関紙『隊友』828号(2023年4月15日)を入手した。その2面の連載コラム「“ヒゲの隊長”佐藤正久の国防一直線」㉓に注目した。「隊友会相談役」の肩書をもつ佐藤正久参議院議員は、ウクライナへの兵器供与について次のように述べている。「…3月6日の参議院予算委員会で、陸自が廃棄予定の多連装ロケットシステム(MLRS)の発射機および弾薬をウクライナに供与してはどうかと岸田総理に提案しました。…アメリカからウクライナに供与されて活躍している高機動ロケット砲システム(HIMARS)は、MLRSの12連装発射機を半分の6連装発射機として戦略機動性の高いトラックに搭載したものです。つまりHIMARSはMLRSの高機動軽量化版であり、両者の操作方法や弾薬は共通しています。…」
佐藤は防大27期。2004年、第1次イラク復興業務支援隊長(一陸佐)としてイラクに派遣されている。第1次イラク復興支援群(群長・番匠幸一郎一陸佐)のいわば後方支援を担当している。第1次隊に関わったことでマスコミ露出度も高く、その後、2007年7月の参議院選挙に自民党から立候補して当選した(現在3期目)。当選後すぐに「駆け付け警護」発言で突出した。「情報収集の名目で現場に駆けつけ、あえて巻き込まれ」るという「関東軍的発想」が批判された(直言「「駆け付け警護」―ドイツに周回遅れの「戦死のリアル」」参照)。国会では安全保障問題でかなり目立つ動きをしてきた。民主党の防衛大臣を質問攻めにしたこともある。安倍晋三政権下では学習指導要領に「領土教育」を入れるよう求めたり、2015年の安保関連法案の強行採決の際には、委員会の筆頭理事として「かまくら」戦法の指揮をとっている。直言「変わる自民党国防部会の風景」では、秘書の写真を紹介した。近年の「敵基地攻撃能力」をめぐる問題でも盛んに質問している。
そういう人物の発言なので、あまり過大視すべきではないという意見もあろう。だが、国会での十分な議論もなしに、岸田文雄政権がウクライナに高機動車などの自衛隊車両約100台(『軍事研究』2023年8月号参照)を供与していることから、重すぎて北海道しか走れない90式戦車を含めて、兵器の在庫一掃の流れ(初期はこれ、1年後はこれも)に日本も乗るという動きの「アドバルーン」と診ることもできる。軽視すべきではないだろう。
「陳腐化」した多連装ロケットシステム
佐藤がウクライナに供与することを提案した多連装ロケットシステム(MLRS)とは何か。歴史的には、第二次世界大戦でソ連軍が全縦深同時制圧のために使った自走式多連装ロケット砲「カチューシャ」がある。発射の際の音から「スターリンのオルガン」と呼ばれた。右の写真は、7年前にスターリングラードを訪れた際、軍事博物館で撮影したものである。
陸自の多連装ロケットシステムは、歩兵戦闘車の車台に227ミリ対地ロケット弾を12発載せたもの。野戦特科(砲兵)の装備である。2000億円をかけて、北海道の第1特科団などに99両配備されている。射程は30キロほどで、遠方の目標を広範囲に制圧できる。そのM26ロケット弾は、644個の小弾子を内蔵するいわゆるクラスター弾である(直言「わが歴史グッズの話(46)不発弾をつくる「悪魔の計算」―クラスター弾(その2)」)。2008年に福田康夫首相の決断で、日本もクラスター弾禁止条約に署名した。その結果、M26はすべて廃棄された。現在はGPS誘導のM31に換装されているが、狭い日本の国土でこれを運用するような「国土防衛戦」は想定され得ない。直言「ヒロシマ・ナガサキ・ウクライナ」では、「日本では使えないので、[クラスター弾禁止]条約非加盟のウクライナに供与するという悪い冗談も出ている」と書いたが、これは佐藤の国会質問を意識してのことだった。
岸田内閣は昨年12月に安保三文書(「戦略三文書」)を閣議決定したが(直言「「12.16閣議決定」―「戦」と「時代の転換」」参照)、その一つである「防衛力整備計画について」の20頁には、「近年廃止又は廃止見込みの主な装備品」として、多連装ロケットシステム(MLRS)が挙げられている。冒頭下の写真だが、そこには、「陳腐化により2029年度までに用途廃止」とある。「陳腐化」という言葉は何とも強烈である。時代遅れの退行的な兵器をウクライナに投入することは、日本がいかに陳腐な国に成り下がるのかを世界に示すものとなろう。まったく恥知らずな提案といえる。佐藤が冒頭の写真にある「隊友」紙コラムのなかで、米軍がウクライナに供与したM142 高機動ロケット砲システム・ハイマースとの相互運用性(interoperability)があるというメリットを強調しているが、噴飯ものである。
ここで想起されるのは、今年の1月1日、ウクライナ軍が、米軍供与のハイマースによる攻撃を実施し、東部ドネツクのマキイフカで、校舎にいたロシア兵が一度に多数死亡したことである。大晦日、家族や恋人に向けて一斉に携帯の電源を入れて、「新年おめでとう」とメッセージを送ったのをキャッチされて攻撃されたものである(直言「戦で死ぬ兵たちのこと」の末尾の文章を参照)。こういう悲惨な状況を生み出す戦場に、日本国民の税金で購入した自衛隊の装備を送ることは許されない。
「陳腐化」確実のトマホークに3525億円!
左の写真は、財務省の財政制度等審議会の「参考」資料(2023年10月27日)である(軍事問題研究会より入手)。岸田文雄首相をはじめ、国会での答弁を聞いていると、すでに大軍拡は既定路線のようなおおらかさである。しかし、この財務省資料を見れば、装備品の購入額は、この間の円安も影響して、とてつもない金額に膨れ上がっていることがわかる。「部素材の価格上昇」「輸入価格高騰・為替の影響による価格上昇」などの「原因」が明記され、例えば、「たいげい」型潜水艦は705億円から951億円に上昇している。与那国島にも1両派遣された105ミリライフル砲搭載16式機動戦闘車は7億2000万円から9億円になっている。かくして、今後5年間の防衛費は「43兆円」ということだったが、この審議会の資料によれば、43兆5000億円にはねあがり、今後の円安などの動向により未知数であることが読み取れる。
主契約者はレイセオン社(アリゾナ州ツーソン)である(冒頭の写真は、同社ホームページにある製品説明から)。日本国民の税金が米国の軍需産業に注ぎ込まれ、「持続可能な」利益をもたらすことになる。また、上記記者会見用資料には、「増大する脅威を無力化できる大きなスタンドオフ射程を持つ長距離の通常型地対地ミサイルを提供することにより、現在および将来の脅威に対応する日本の能力を向上させる」と書いてあるが、最大射程1600キロの地対地ミサイルは、周辺諸国の都市を攻撃できる明らかに「過剰な装備」である。一体、トマホークを400発も導入して、どんな運用構想があるのか。南西諸島に重点配備して「台湾有事」に備えるというのは、守るべきものをはき違えた妄想でしかない。「たくさん保有しているから安心」では「安全保障」とはいえず、主観的な「安心保障」ではないか。
先週の火曜日、11月21日の深夜、北朝鮮が「軍事偵察衛星」を打ち上げた。政府は沖縄地方にJアラートを発して、ミサイル落下の不安感を煽った。12月22日に2024年度予算案が閣議決定されるが、「地対地ミサイル」を大量に導入することに対する批判の声は大きくはないだろう。お決まりの「不安の制度化」の手法である。南西諸島にミサイルを配備しておいて、住民にシェルターをというのは「マッチポンプ」でしかない。
【文中敬称略】