Netflixにハマッていた首相
この1、2年、家庭の事情で、朝5時前から原稿書きをするので、夕食後は仕事をせず、Netflixに「ハマッている」。新作が出るたびにいろいろ見てきたが、「マイリスト」に登録してずっと見ないできた、気になる政治ドラマがあった。『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(原題:House of Cards、2013年2月1日-2018年11月2日)である。6シーズン、73話。1回が50分前後なので、合計すると60時間を超える。とてもではないが、これだけテレビに集中するのは困難なので、夏休みにも見なかった。ところが、これを10月17日から見始めて11月26日に見終わった。先月の日曜には、5回分続けてみたこともある。「スキップ」をしないで(つまり「タイパ」なしで)、メモをとりながらしっかり「鑑賞」した。大学教員は何と暇なことかと驚かれては困る。これは私にとって、この「直言」を書くための「取材」だったのである。
というのも、安倍晋三が首相在任中、このドラマを見ることを秘書官ら側近に強くすすめ、彼らはあまりの本数の多さに弱音を吐いたと聞いたことがあるからだ。「安倍の寿司友」だった山田孝男(毎日新聞特別編集委員)も、政治コラム「風知草」(『毎日新聞』2020年1月13日付)で、「安倍晋三首相がネット配信の海外ドラマにハマッている」と書いていた。だから、この『ハウス・オブ・カード』に安倍が共鳴し、側近にまで広めようとしたどんな魅力があるのかを知りたかったのである。その結果、ホワイトハウスや合衆国大統領の多様な「権力」の一面と同時に、歴史や制度、学問的分析からはわからない「政治的なるもの」の病理と生理をリアルに感じ取ることができて、実に興味深かった。「バラク・オバマ大統領、安倍晋三首相、習近平国家主席も見ている、ただの政治ドラマではない、各界のトップがハマる傑作!」といわれている。もしかしたら、北朝鮮の金正恩もDVDを入手して見ているかもしれない。だから、これは見なければと思ったわけである。
なお、コメディアン・俳優出身の大統領がウクライナにいる。『国民の僕』(2015年-2019年)の主役、ウォロディミル・ゼレンスキーである。3シーズン49話もあり、こちらはほんの数話見てやめてしまった。毎日のニュースであの不快なしゃべりを見せられると、ドラマのドタバタを見る気も失せるというものである。
『ハウス・オブ・カード――野望の階段』のリアルとは
この作品は、ケヴィン・スペイシーという有名俳優が演ずる「フランク・アンダーウッド大統領」とその妻クレアが主人公である。冒頭左の写真は、まさに二人合わせて世界最強国家の真っ黒なトップを表現している。 2013年2月の放映開始なので、民主党のバラク・オバマ政権下、2016年大統領選挙に向け、ヒラリー・クリントンが民主党指名第一位をめざしていた頃に全米で視聴されていたわけである。
主人公はベテラン下院議員。民主党院内幹事ということで、全議員のプライバシーや弱点を知り尽くしている。ある時は恫喝し、ある時は餌(ポスト、金、名誉)をまき、ある時はメディアにスキャンダルを流して辞めさせる。全73話が、懐柔、内通、裏工作、直接・間接の謀略、調略のオンパレードで彩色されている。夫婦それぞれが直接の犯罪行為にも平然と関与する。警察、検察に圧力をかけ、決して表沙汰にならない。それを追うジャーナリストたちに対しては…(これは書かないでおく)。
シーズン1、2では、自己に有利な法案を通すための議会工作。「ここまでやるか」の世界である。民主党なので教育法案では、教員組合にも手を突っ込む。大統領に近い実業家との資金洗浄疑惑をあおり、中国との外交摩擦まで作り出して、大統領を弾劾寸前に追い込んで辞任させ、自ら大統領の座をゲットする。次期大統領選を見据えて、大胆な雇用政策をたてる(災害対策予算の転用というアクロバットもヘッチャラだ)。尖閣諸島をめぐる日中の対立に米空母を関わらせるかをめぐる話も出てくる。シーズン3では、中東シリアもめぐるロシア大統領(プーチンに似せた配役)との際どい交渉を展開し、妻を国連大使に抜擢し、後に副大統領にまでする。ドラマは2016年大統領選挙のさなか、自己に優位にするために、イスラム教過激組織のテロの恐怖をことさらにあおり、予備選の投票所の警備に州兵を動員させたりもする。テロの「事件」を仕立て上げることすら厭わない。
シーズン4から5にかけては、大統領の権限が自らの当選のために濫用・悪用・逆用どころか私用される様がリアルに描かれる。夫婦ともにどす黒いやり口を平然と展開することに慄然とさせられる。クレア役のロビン・ライトの演技もすごみを増していく。彼女自身が夫から離れ、自らの野望の実現に向かって邁進していく。主人公自身がバイセクシュアルで、ホワイトハウス内のセックス面での奔放さや放蕩さは、日本では考えられない(ビル・クリントン大統領とモニカ・ルインスキーとの「前例」を想起した)。クレアは限りなくヒラリー・クリントンを意識した想定になっている。
シーズン5が一番面白かった。大統領選挙の本選で、テロの恐怖を煽って自身の疑惑報道を逸らせる動きをする。投票日の状況が共和党候補に有利とみるや、テロの危険をでっち上げて2つの州で投票を停止させる。結果として、大統領選候補者の誰も過半数の大統領選挙人を獲得できず、次期大統領も副大統領も決まらないという異常事態が生まれる。合衆国憲法修正12条によれば、大統領選挙人による投票の結果、誰も過半数票を獲得できなかった場合は、大統領については下院、副大統領については上院で決選投票が行われる。決選投票の結果、副大統領はクレアに決まったが、下院での決選投票では過半数獲得者が出ない。そうなると、修正12条、20条、25条に従って、副大統領が大統領の職務を行うことになる。
大統領選が下院での決選投票にもつれ込み、そこでも誰も過半数を取れずに決まらないという事態は、1800年の大統領選でも見られた。この時は、36回目の決戦投票でジェファソンが大統領に選出されている(まだ、修正12条ほかはなかったので、憲法第2条第1節第3項に基づく)。また、2021年1月にトランプをめぐって修正25条による罷免が問題となったが、5年も前に、ドラマで本格的に修正25条事態をめぐる問題を扱っていたことは、偶然とはいえ興味深い。
主役のスペイシーは実生活でもセクハラ関連の問題を引き起こしたらしく、急遽、降板させられてしまった。大急ぎで脚本が修正・変更されたようで、シーズン6が誕生する。「アンダーウッド大統領」が死亡して(死因は最終回まで伏せられる)、クレアが大統領になるところから始まる。予期せぬ不祥事で脚本を書き換えて、シーズン6は、描き方も雑になり8話で終わりである(通常は各シーズン13話)。伏線回収もままならず、強引にエンドに持ち込んだ感が強い。
権力者たちもハマる政治ドラマ
デーブ・スペクターのこの番組に関する宣伝文がおもしろい(朝日デジタル広告)。2016年4月の世論調査で「次期アメリカ大統領にふさわしい資質の持ち主は?」という質問に、「アンダーウッド大統領」は、ヒラリー・クリントンに次いで2位に入ったとか。ちなみにドナルド・トランプは4位だったという。スペクターは、この作品の人気の一要因として、「フランク[主人公]がドラマのなかで視聴者に語りかける」場面を挙げる。「これによって、見ている人とフランクの間に一種の共犯関係ができるからね。だから視聴者は彼のことを恐れながらも、つい擁護してしまうんだ」と。確かにあれだけの悪を見せつけられても、米国の政治は実際よりもはるかにどす黒く、「事実はテレビドラマよりも奇なり」というところか。
政治家たちが言いたくてたまらない本音がむきだしの形で出てきて、彼らはゾクゾクしながら「溜飲をさげる」のだろう。例えば、「非常事態を決めるのは私だ」(31話)、「法より世論で勝つ」(33話)、「我々は恐怖に屈しない。恐怖を生み出すのだ」(52話)、「誘惑、不意打ち、脅迫で、いくらでも操れる」(57話)、「苦労して得た権力だ。守るためなら何でもする」(61話)、「問題はもはや“正しいか偽りか”ではない。力を手にするかしないかだけだ」等々(「使える語録」参照)。安倍晋三も、予算委員会で「加計学園問題」などたくさんの問題の追及を受けたあと、公邸の自室でこの作品を見て、「政治では優位に立つことが全てだ」(54話)、「目の前にあるものは何でも使って目的を果たすべきだ」(同)と主人公が叫ぶの聞いて、「その通り」と言って気分よく眠りについたのだろうか。
7年前にこの作品について俳優の尾崎英二郎が書いた寄稿(学習院女子大学
藤原朝子協力)が面白い。「安倍首相が訪米時、ホワイトハウスで開かれたオバマ大統領主催の公式晩餐会で、「私はこのドラマを(麻生太郎)副総理には見せないようにしようと思っている」と話し、会場を沸かせたことも話題に。そしてなんと、中国の習近平国家主席も、訪米中の演説で、「中国の反腐敗闘争は権力闘争ではない。米テレビドラマ『ハウス・オブ・カード』(の世界)も存在しない」と発言し、笑いを誘うなど、各国のトップが話題にしている。…ビル・クリントン元大統領は、「『ハウス・オブ・カード 野望の階段』の描写は 99%正確だ」とお墨付きを与えている。ちなみに実際のアメリカ大統領選挙にて先日、民主党指名争いで勝利宣言をした妻のヒラリーもこのドラマのファンで「ビルと 2 人で(13 話を)イッキ見した」と公言している。…」 この話が本当だとすると、朝9時から夜9時まで、元大統領と2016年大統領選挙候補が夫婦ともども約50分×13話、約11時間もテレビの前に座っていたことになる(寝ながら?)。
安倍がハマッたドラマは、米国の政治家たちにも好評だったのは確かなようだ。安倍は、日米首脳会談の際の公式夕食会で「ジョーク」を飛ばし、「ホワイトハウスは大爆笑」というヨイショ記事を見つけた(『産経新聞』(デジタル)2015年4月29日付)。2015年4月28日夜、オバマ大統領主催の公式夕食会に出席した安倍晋三は、「ジョークを連発して会場を大いに沸かせた」そうである。「野心的な米副大統領が権謀術数を駆使して大統領を辞任に追い込み、自らが後任に納まるという米国の人気政治ドラマ「ハウス・オブ・カード」に夢中になっていると告白。「私はこのドラマを(麻生太郎)副総理には見せないようにしようと思っている」と漏らすと、会場の笑いは最高潮に達した」という。
この点について、『NEWSポストセブン』2022年11月1日付にも「ホワイトハウスを爆笑させた海外ドラマトーク」について、安倍が語る映像が紹介されている。「…『ハウス・オブ・カード』は、副大統領がいろいろ策を弄して、(大統領を)追い落とすじゃないですか。で、『私はこれをすごく大好きなんだけど、絶対に副総理には薦めないんですよ』って話をして、笑いを取ったんです(一同爆笑)」「ほぼ全員が笑ったから『みんな見てるんだな』と思って。で、(日本に)帰ったら麻生副総理が『なんか私のことも話題にして下さったようですね』って(一同再び爆笑)」
ここまで米国の政治ドラマと安倍晋三の関係を書いてきたのには理由がある。権力の頂点に立つ者は自分の言葉、表情、所作の一つひとつについて、相手に与える印象や効果を実に細かく気にするものだからである。かのアドルフ・ヒトラーも、演説をする時の表情や身振りを賢明に練習していた頃があった(その写真はここから)。これを知られたくなくて破棄を命じたともいう。それはそうだろう。誰しも「楽屋裏」は見せたくないものである。『ハウス・オブ・カード』は、権力者たちが、このやり方はなかなか効果的だ、身内を引き締めるにはこのパフォーマンスをやろう、裏切り者はどう葬るか、メディアを操るにはこの手が有効か等々、自らに引き寄せて見ているようである。安倍は、『ハウス・オブ・カード』における「アンダーウッド大統領」から何を学んだろうか。
「おい、馳、何でもやれ。機密費もあるからな」
この「直言」では、安倍晋三とその政権について執拗に批判してきた。その政治の本質は、政権の初期では、「SF商法」(催眠商法)から類推した「SF政治」(「催眠政治」)と特徴づけた。やがて5つの安倍式統治手法(「情報隠し」、「争点ぼかし」、「論点ずらし」、「異論つぶし」、そして「友だち重視」)に加えて、「前提くずし」が加わった。歴代政権には見られない強引な政治運営が目立ち、不祥事とその隠蔽も際立っていた(直言「「総理・総裁」の罪――モリ・カケ・ヤマ・アサ・サクラ・コロナ・クロケン・アンリ・・・」)。公文書改ざんなどについては、何の罪の意識も感じてない。まさに「アベランド——「神風」と「魔法」の王国」の発展形態である。権力の「凄味」と「うま味」をとことん味わい、批判する公務員は人事で統制し、ジャーナリズムについては米国のような根性の記者が少ない分、構造的「忖度」が定着している。
安倍は、自らのレガシーになると感じたオリンピックについては、異様な熱量で対応を行なった。忘れもしない。安倍は、IOC委員から「安全」の科学的根拠を問う質問が出されるや、「…汚染による影響は福島第一原発の港湾内の0.3平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされている」と大ボラを吹いた(直言「「復興五輪」というフェイク」)。
どんなことをしても東京招致を実現する。そこで、安倍は、自民党五輪招致本部長の馳浩との「野望の会談」を行なう。その時の言葉を、馳は「ほんとうにもうひとこと多いこの男」(冒頭右の写真参照)という自著のタイトルそのままにバラしてしまった。『東京新聞』11月21日付が文字におこしたものを掲載している。下記である。
「当時首相だった安倍晋三さんから「国会を代表して、オリンピック招致は必ず勝ち取れ」と。今からしゃべること、メモ取らないようにしてくださいね。「馳、金はいくらでも出す。官房機密費もあるから」と。それで、作戦を練って(開催都市決定の投票権がある)IOC(国際オリンピック委員会)委員のアルバムを作ったんですよ。IOC委員が選手のとき、各競技団体の役員のとき、各大会での活躍の場面を撮った写真、105名のIOC委員全員のアルバムを作って、お土産はそれだけ。だけど、そのお土産の額を今から言いますよ。外で言っちゃダメですよ。官房機密費使っているから。1冊20万円するんですよ。」
馳が直接語っているテレビのニュースを見た。局名は忘れたが、文章になったものとは印象が異なる。文章だとのっぺりするが、声のトーンを変え、テンポを変えて、安倍の言葉を再現している。聴衆にメモをとらないようにと早口で言ったあと、少し間をあけて、声を低め、「おい、馳、金はいくらでも出す。官房機密費もあるから」とゆっくり語ったのである。文字には再現されていないが、「おい」という言葉と「官房機密費」はいかにもドスがきいていた。IOC倫理規程 の第3条は、「いかなる性質の隠された便宜、サービスも…受け取って…はならない。」と定め、第4条、「現地の一般的慣習に従った、ごくわずかな価値の感謝のしるし、または友情のしるし以外は提供することも、受け取ることもできない。…その他の形態のしるし、もの、便宜は受け取ってはならない贈り物に当たる。」としている。20万円の超高価なアルバムは倫理規程違反「すれすれ」どころから、露骨な賄賂であろう。
『ハウス・オブ・カード』でも、「アンダーウッド」の言葉には迫力がある。中身はなくても、それらしく聞かせる。どんなにピンチでも、次なる逆転を用意する。安倍はIOC委員に対する強力な工作を馳に命じたのである。だから、「おい、馳」と、「上から目線」、呼び捨てで、「悪いこと」をやるように促している。IOCの規程に反する行為だから決して命令の形はとらない。相手が自発的にやるように仕向ける。その呼吸を安倍はかなり身につけている。だから、「アンダーウッド」に共感したのだろう。必ず金をちらつかせる。「官房機密費」の12億3000万円は使い道も明らかにする必要はないし、領収書もいらない。馳は、安倍が思わずもらした「官房機密費」という言葉を簡単に漏らしてしまった。講演で「ここだけの話」はあり得ない。
安倍にハッパをかけられた馳は、自身のブログ『はせ日記』の2013年4月1日に、「エイプリルフール」というタイトルでこう書いている。
「9時過ぎ、党本部の5階、五輪招致本部長室入り。…IOC委員への直接的な働きかけは、IOC憲章により、できない。できないけれど、間接的な働きかけと、東京開催の意義を伝播させるためのロビー活動を進める海外出張。10時半には、フォトキシモトの岸本社長と松原専務がお見えになり、打ち合わせ。」「15時20分、官邸へ。菅官房長官に、五輪招致本部の活動方針を報告し、ご理解いただく。駐日大使館ごあいさつ訪問、国際会議出席、国際的なロビー活動、ともだち作戦、想い出アルバム作戦…などなど。「安倍総理も強く望んでいることだから、政府と党が連携して、しっかりと招致を勝ち取れるように、お願いします!」と発破をかけられる。」
コロナの収束と終息を見越して「2年延期」すればよかったのに、あえて自らの「レガシー」のために「1年延期」にこだわった安倍晋三は、オリンピックの開会式にも出られなかった。「政治的仮病」による二度目の政権投げ出しの後だったからだ。「コロナ対策の最高責任者の地位を投げ出しただけでなく、ついに自らが大ボラを吹いて招致した東京2020の開会式からも逃げ出した。」(直言「五輪史上の「汚点」――ミュンヘン1972と東京2020」 )。
『安倍晋三回顧録』を読む
発売と同時に自費で購入して「積ん読」状態にしておいたものを、秋田弁護士会講演(12月2日)の移動時間に読了した。たくさんの付箋が入った。『ハウス・オブ・カード』に共鳴する安倍の自意識過剰、自己チュー、自己弁護、自己正当化の「回顧録」のなかにも、興味深い事実が示されている。例えば、安倍と親しい社長の会社が生産する「アビガン」を強引にコロナ治療薬にしようとしたが、薬事承認の実務責任者である薬務課長が反対して覆った。悔しがる安倍は、「内閣人事局は幹部官僚700人の人事を握っています。課長クラスは対象ではない。官邸が何を言おうと、人事権がなければ、言うことを聞いてくれません。」(37頁)。内閣人事局で黙らせられない課長級に対して悔しさを滲ませている。「アンダーウッド」は大統領なので、そうした役人をいとも簡単に消している。うらやましかったに違いない。
『ハウス・オブ・カード』の世界を彷彿とさせるのは、小池百合子都知事についての下りだ。「小池さんは…人たらしでもある。相手に勢いがある時は、近づいてくるのです。2016年に知事に就任した当初は、私の背中をさすりながら話しかけてきて、次の衆院選では自民党の応援に行きますからね、とまで言っていたのです。しかし、相手を倒せると思った時は、パッとやってきて、横っ腹を刺すんです。「あれ、わき腹が痛いな」とこっちが思った時には、もう遅い。」(264頁)。色気を武器にして、細川、小泉各首相に取り入ったのは有名だが、安倍にも「背中をさすりながら」というのは今回、初めて知った。「ハウス・オブ・カード」の淫靡な世界から見れば、ちゃちな話ではあるが。
安倍は衆議院の解散も大いに利用した(特に「国難突破解散」)。『回顧録』ではこういっている。「増税分の使途変更は、普段ならば財務省や財政健全派の反対でできません。解散と同時に決めてしまえば、党内の議論を吹き飛ばせます。選挙で勝てば、財務省を黙らせることもできる。」(271頁)。「アンダーウッド」が議会を黙らせ、与党内を黙らせるときに使う手法や言葉には大いに共感したに違いない。なんせ、安倍晋三は自分が「立法府の長」でもあると思っているのだから。
安倍が喧嘩腰(「戦闘モード」)になったときの破壊力は、他の追随を許さない。メディアへの恫喝は「安倍晋三の18番」である。『回顧録』には、都合の悪いところはサラッと逃げているが、安倍は自分が首相でなく、大統領だったら楽だったなと思いながら見ていたのではないか。
「晋ちゃんの野望」の終わり
ドラマの世界では驚愕の「大統領の犯罪」が描かれ、73話のラストシーンは鮮烈だった。それを見て安倍晋三は、権力を握っている限り、自分の悪事は決して暴かれないと自信を深めていたのだろう。ボスのメンタリティは子分たちにも伝播・伝染し、安倍派「清和政策研究会」は何をやっても大丈夫という全能感に浸っていた。だが、ドラマの73話が急ぎ足で示唆しているように、悪事で連携する仲間のほころびは早い。東京地検特捜部が動き出した。政治資金パーティ券問題で、自民党の主要派閥が政治資金規正法24条、25条(不記載、虚偽記載)関連で捜査対象になっている。安倍派は特に露骨で、パーティ券問題で「キックバック」をおおらかにやっていた。『朝日新聞』12月1日付が「東京地検特捜部が“裏金疑惑”にメスを入れる」と一面トップでスクープしてから事態は急変。12月政変の兆しが出てきた。
在任期間だけでは桂太郎内閣を抜いて憲政史上最長という「レガシー」を残した安倍晋三だったが(直言「在任期間のみ「日本一の宰相」――「立憲主義からの逃亡」」参照)、子分ともども終わりの始まりである。日大アメフト部だけでなく、「総理の妻」の大麻疑惑から学位の不正疑惑等々、これまで闇に葬られてきた疑惑の解明も始まるだろう。
2013年参院選で安倍与党が圧勝して、「ねじれ解消」となって「安倍一強」の日本となった。その年の秋に国会売店で売られていた「ねじれ解消餅」を再度紹介しておく。そこに「晋ちゃんの野望」とある。時間はかかったが、ようやくその「野望」も終わりが近い。「キッシー瓦版煎餅」の賞味期限はもう終わっているが。
【文中敬称略】