はじめに:「令和6年能登半島地震」(私のいう「北陸大震災」)から2週間が経過した。前回の「直言」で指摘した通り、岸田文雄首相の対応は鈍く、遅い。震災後初めての首相記者会見(1月4日)でも、自民党刷新会議の内向きの話に「先頭に立つ」という言葉を使うなど、地震対応への「やってる感」の出し方も稚拙である。半島地形、道路の寸断、豪雪などは最初から分かりきったことである。過疎化・高齢化した地域の孤立が続いている。今回は陸自中部方面隊の担任領域なので中方総監を長とする統合任務部隊(JTF)が2日段階で編成されたものの、官邸から東日本大震災の時のような強い指示はなく、「逐次投入」的な派遣という批判を受けている。実際、精鋭の第1空挺団は東日本大震災のときは、原発20-30キロ圏の南相馬市に、団長(陸将補)を先頭に全力投入だったのを目撃していただけに、1月7日に「降下訓練始め」を「毎年恒例」として実施している場面をネットで見て、違和感を覚えた。東京消防庁のレスキューの精鋭も、1月6日に有明での「毎年恒例」の出初式に登場していた。まだ助けられる命があったときに、この国がもっているこうした力を効果的に発揮できないもどかしさ。総合調整ができるのは「総理」しかいない。だが、岸田首相の表情や言葉からは、被災者の命を一人でも多く救おうという気合も気迫も感じられず、「人ごと、よそごと、他人事」に見えてしまうのは私だけだろうか。被災地ではすでに高齢者を中心に「震災関連死」が増大している。これは地震という天災ではなく、政治の無策による人災ではないか。この国は地震災害でも「放置国家」を繰り返すのか。これらの問題については、また次の機会に論ずることにしたい。
岸田「黄金の3年」はどこに
岸田文雄首相は2022年7月の参院選に勝利して、メディアには一時期、「黄金の3年」という言葉が流布した。2025年7月の参院選まで主要な国政選挙はなく(衆議院の任期満了は25年10月30日)、岸田首相は民意を気にすることなく思い切った政策がとれるというので、『産経新聞』は「黄金の3年、改憲に猶予なし」と煽った(2022年7月11日付)。だが、参院選からわずか3カ月で、「「黄金の3年」は3カ月だった」といわれてしまった(『日本経済新聞』2022年11月9日付株式欄(19面)コラム「大機小機」)。「内閣支持率の低下ぶり、右往左往する政権運営をみれば、3年間は「黄金の3カ月」で終わってしまった感がある。」「支持率が急落すると、今度は首相本人が新方針を連発、そして朝令暮改といわれても方針の変更もいとわない。総合経済対策も、自民党の要求を受けて一夜にして増額する大盤振る舞いをした。首相が前面に出て、リーダーシップを印象づける戦略だ。この過程で首相官邸と与党の連携不足、国会や政治日程の組み立て方でずさんな面が出た。旧統一教会問題そのものよりも、こちらの方が本質的な問題になる。政権を運営する基盤そのものが、実は砂上の楼閣だったと永田町と霞が関の人たちが気づいたからである。…」と。
冒頭左の写真は、定期購読している『南ドイツ新聞』2023年12月27日付政治面で、「岸田はこの2年間、より社会的で[新しい資本主義]」)、ナショナリズムを薄めた政策を支持してきたが、いま、彼は前任者である安倍晋三の遺産によって失敗の危機に瀕している」。記事には、「安倍政権時代の慣行が暴露されて支持を失っている」とある。
実際、安倍派の政治資金規正法違反で派閥事務所の家宅捜索が行なわれ(12月19日)、安倍派議員の逮捕も始まった(2024年1月7日~)。新年早々に起きた「能登半島地震」(私のいう「北陸大震災」)にまともに対応できず、支持率をさらに下げている。地震後最初の記者会見(1月4日)という決定的な場面(避難所のテレビにも中継画面が流れている)で、「政治刷新本部」を立ち上げ自分が先頭に立つという話をしていた。本部メンバー10人も明らかとなり、「ドリルからエッフェル塔まで」、さすが「人事の岸田」と脱力の人選だった。
世界の半数で重要な国政選挙
2024年は、世界の80を超える国で国政選挙が行なわれる世界的「選挙イヤー」である。ロシアの『スプートニク』(2024年1月3日)の「インフォグラフィック」は、「地球上の人口の半分は2024年、投票所に行く」と題して、重要な国政選挙が行なわれるのは地球人口の46%、世界のGDPの54%を占めるとしている。なお、この左の写真はミャンマーの2015年選挙で初めて一票を投じたゼミにいた留学生が、投票用紙に書き込む(スタンプを押す)際の写メールであるである。軍政による暴力支配下のミャンマーでは総選挙は無期延期され、2024年に選挙が行われることはない。
さて、ドイツの左派系紙die tageszeitungは、冒頭下の写真の世界地図に、選挙のある国々を並べている。見出しは、「トランプは復活するか。インドのモディ政権は維持されるか。EUは右傾化するか、2024年、世界人口の約半数が投票を行う」である(die taz vom 3.1.2024 )。以下、要約して紹介しよう。
今年選挙が行われる最も人口が多い国はインド(14億3000万人)、一番の小国は南太平洋ポリネシア西端のツバル(人口1万1000人)である。裕福な米国から、極貧の南スーダンまで、侵攻中のロシアから、戦争のリスクが指摘される台湾まで、「世界で最も人口の多い10カ国のうち7カ国で選挙が行われ、世界人口の実に40%を占め」「EU議会選挙とドイツの重要な3つの州議会議員選挙もある」。tazの記事からの要約を続けよう。
2024年「選挙イヤー」のトップを飾ったのはバングラデシュ(1月7日)、ブータン(1月9日)である。[ここでは触れられていないが、1月13日の台湾総統選挙](注)、続いて、ツバル(1月26日)、パキスタン(2月8日)のほか、スリランカとソロモン諸島(後者の正確な日程は未定)でも今年中に選挙がある。3月17日はロシア。プーチンは6度目の出馬である(2020年憲法改正で再選を可能にした)(なお、ウクライナの大統領選挙は戒厳令延長により3月実施が困難となって未定)。
4月から5月はインド。モディ首相は、ヒンドゥー民族主義を掲げる人民党(BJP)を率いて3期目を狙う。10億人近くが投票権を持つ。5月から8月にかけて南アフリカが新しい議会を選出する。日程は未定。政治状況は不安定で、選挙の結果次第では「南アフリカにとって30年ぶりの政治的不安定時代の到来が危惧されている」。6月2日はメキシコ。初の女性がトップになる見込みが高い。
6月6~9日はEU議会。ドイツをはじめとするEU諸国では選挙権年齢が16歳に引き下げられ、欧州議会議員の数は720人に増えた。EUへの関心はかつてないほど高まっているといわれ、投票率の上昇が見込まれている(かつては低かった)。EU加盟27カ国の有権者、合計約4億人が、新しいEU議会を選ぶ。
オーストリアでは秋に国民議会の選挙が行われる。どの世論調査でも、最有力候補は右翼ポピュリストの自由党(FPÖ)で支持率30%。保守の国民党(ÖVP)と「緑の党」による現在の連立政権が過半数を獲得する可能性は低い。ポルトガルの議会選挙は3月10日、続いてクロアチア、ベルギーは6月9日である。リトアニアでは10月13日に新議会が選出される。ルーマニアでは議会と大統領選挙でまだ日程は決まっていない。
9月は旧東ドイツの3州(チューリンゲンとザクセン[9月1日]、ブランデンブルク[9月22日])で州議会選挙が行われる。16歳も投票できる。極右の「ドイツのための選択肢」(AfD)が3州すべて第1党になりそうである。1月11日のRTL/ntvの世論調査によれば、AfDはチューリンゲン州で36%、ザクセン州で34%、ブランデンブルク州では32%の得票が見込まれている(Die Welt vom 11.1.2024)。移民排斥と極右的主張の州首相が誕生する可能性もある(すでに東の州で郡・市町村レベルでAfD首長が誕生している)。なお、右の写真はドイツの投票用紙である(候補者名と政党名に「×」をつける)
中米のエルサルバドルでは2月4日に、現職の権威主義的大統領の再選が見込まれ、続いてベネズエラ。アフリカではセネガル(2月)、ガーナ(12月)、ルワンダ(7月)、モザンビーク(10月)、ナミビア(12月)など。taz紙は「権威主義的傾向を強化したり正当化したりする選挙」が多く、この危険は、アジアやアフリカの国々だけでなく、ヨーロッパでも今年、この傾向が顕著になると予測しており、ポルトガル、オーストリア、ベルギーの国政選挙と前述のドイツの州議会選挙が「この残念な傾向を裏付けるものとなるだろう」としている。
今年秋(おそくとも25年1月)に予想されるのは英国議会の選挙である。労働党が大勝して13年間続いた保守党政権が終わる可能性が強い。EUとの関係は最重要課題となるだろう。そして、11月5日、米国大統領選挙である。上院議員100人のうち約3分の1と下院の選挙があり、13の州知事選挙、州議会、地方自治体の選挙も行われる。その結果は、米国のみならず、2025年以降の世界の状況に大きな影響を与えることになるだろう。
(注)taz紙は台湾の総統選挙の日付も含めて言及していない。1月13日の選挙では、民進党の頼清徳が当選した。なお、立法院選挙では民進党は過半数を失った。
民主主義の危うい側面に警戒を
定期購読している『南ドイツ新聞』1月1日付は、政治部長の署名入り評論で、「今年は世界でかつてないほど多くの人々が投票できるようになる。一方では民主主義の祭典である。その一方で、恐ろしいシナリオもある」という小見出しで、「2024年が政治的によい年になるかは、11月5日以降にならないとわからない」と警告している。「選挙はチャンスであると同時にリスクでもある」。そして、トランプが誕生した2016年11月8日(9日)を想起させる(安倍晋三がトランプタワー58階にお祝いに駆けつけたことも)。そして、こう続ける。「2016年のトランプ当選とブレグジットの決定[英国のEU離脱]は、確立された民主主義国家でさえ、体制転覆者にいかに影響を受けやすいかを示した。それ以来、民主主義とその制度が組織的に濫用されることへの懸念は、投票のたびに続いている。有権者もまた操作される可能性があり、時には(選挙の)自由に圧倒されることもある」と。
「スピード感」あふれる政治や直接民主制への傾斜は危うさを伴う。「民主主義の壊れ方」や「民主主義の死に方」が語られ、2025年の世界は大分様相を変えていくように思う。トランプ時代の再来に備えて、直言「「トランプ時代」の歴史的負債―安倍晋三はトランプ敗北について何を語るのか」を読んで、「トランプ的なるもの」への免疫を用意しておく必要があるだろう。
AIやグローバル・デジタル・プラットフォームの影響
米国の外交・国際政治専門誌『フォーリン・アフェアーズ』(Foreign Affairs)2024年1月4日は、「民主主義の年を守る:2024年の80を超える選挙を敵対勢力から守るために必要なこと」(Kat Duffy and Katie Harbath, Defending the Year of Democracy: What It Will Take to Protect 2024’s 80-Plus Elections From Hostile Actors)という論稿を掲載している。本稿に関連するポイントのみ、要約して紹介しよう。
2024年は地球人口の52%が国政選挙に関わるところの「2048年までに世界が直面する最大の選挙サイクル」とされ、人工知能、サイバーセキュリティ、インターネット・ガバナンスを含むグローバルな問題を形成する機会となる。とりわけ、これにより、選挙への脅威の高まりと防御の弱体化という「パーフェクト・ストーム」(究極の嵐)にさらされる。これは民主主義に対する世界的な脅威とされる。
選挙についての情報は、フェイスブック、グーグル、インスタグラム、テレグラム、ティックトック、ワッツアップ、ユーチューブといったグローバルなデジタルプラットフォームから発信されることが多くなり、有権者は、選挙プロセス、争点、候補者に関する情報をやりとりするために、これらの商業プラットフォームに依存する。その結果、プラットフォームは選挙に対して強力な影響力を行使していく。
選挙の完全性に対するもう一つの脅威は、強力で一般に利用可能な生成AIツールの継続的な普及である。虚偽のテキスト、画像、音声クリップ、ビデオ録画を作成し、多言語で拡散する。とりわけオンラインプラットフォーム上の生成AIツールの最大の危険性は、偽情報に対する絶対的な信頼を生み出す能力ではなく、全体的な不信感を生み出す能力である。すべてが捏造される可能性があるのなら、真実など何もないのかもしれない。これまでのメディア報道では、政党や政府高官をターゲットにしたAIの利用に焦点が当てられてきたが、今年の最も重要なターゲットは、選挙プロセスそのものへの信頼である可能性が高い。懐疑的な見方や混乱を生み出そうとする者にとって、チャンスは豊富にある。
では、「今年の選挙を守るためにできること」は何か。
第1に、情報監視やファクトチェック、デジタル・フォレンジック(電磁的記録の改ざん・毀損等についての分析・情報収集等を行う調査手法・技術)などを支援する既存のメカニズムへの投資を拡大すること。各選挙の分析結果を共有し、新たな選挙上の脅威やデジタルプラットフォーム上のダイナミクスを特定するためのケーススタディとして活用する。とりわけ1月のバングラデシュと台湾の選挙はそれを明らかにする最初の機会になる。
第2に、民主主義支援に注力する政府や組織は、地元や地域の市民社会のリーダーを関与させていく。政府と市民社会組織は、テクノロジー企業に対し、選挙監視と対応リソースの透明性を高めるよう圧力をかけていく。
第3に、生成的AIツールが情報の流れにどのような影響を与えるかについての理解を深め、その悪影響を軽減するための研究を早急に開始する。
第4に、革新的な官民パートナーシップを構築し、有権者が情報を見極める消費者となるよう支援しなければならない。有権者は、選挙関係者など権威ある情報源を特定できるように支援されなければならないし、画像や動画がAIによって生成されたものなのか、あるいは誤解を招くような使われ方をしているのかを理解するために利用可能なツールについて教えられなければならない。
「今年は民主主義にとって画期的な年となるだろう。挑戦の範囲も複雑さも極端なものとなり、選挙プロセスに対する脅威も著しく強化される。今こそ、民主主義を守る人々が、選挙の完全性を守るための努力を倍加させ、創造的で機敏な協力の機会を可能にする時である。2024年に民主主義が弱体化するのではなく、強化されるようにすることは、まだ可能である。今年は、たくさんの国で選挙が行われるということだけでなく、民主主義を擁護するスピードと規模についても記憶されなければならない」。
2024年日本の選挙は――「選べることは大事なんだ」(欅坂46)
世界的「選挙イヤー」についての4つの論稿の概要を紹介してきたが、ここで日本について最後に触れておこう。9月の自民党総裁選前に岸田不出馬で政権を投げ出すか、他方で2025年10月30日まで、岸田首相が低い支持率のまま首相の座に居座り続けるか(任期満了選挙)、現段階では読めない。外交でとんでもない好得点を演出して、支持率を上げるか(意外な国との)。政局的な話はこのくらいにして、解決すべき課題だけ指摘しておく。
まず、投票率を上げること。自民党派閥の政治資金パーティをめぐる裏金事件は、国民の政治不信を極限にまで高めている。いくら「忘却力」にまさる日本国民といえども、ここまでなめられれば怒りがわいてくるのではないか。「クレプトクラシー」(泥棒政治) からの脱却をはかるために、選挙での投票率をあげ、腐敗に関与した政治家には投票しないことが肝心である。「選択しない選択」(直言「どうやったら投票率はあがるか――「マニフェスト」+「選択しない選択」」)である。小選挙区に片寄った「小選挙区比例代表偏立制」の選挙制度改革や、投票の秘密を守れない日本型投票記載台の改善なども議論していく必要があろう。何よりも有権者、若者がさまざまな形で声をあげることが大切である。私はやらないが、SNSの活用というのもありだろう。
最後に、女性アイドルグループ欅坂46(櫻坂46)の「サイレントマジョリティー」(作詩:秋元康、作曲:バグベア、2016年)の歌詞を再度引用しておこう(直言「有権者はいつまで「沈黙」を続けるのか」より)。
「…どこかの国の大統領が 言っていた(曲解して) 声を上げない者たちは 賛成していると… 選べることは大事なんだ 人に任せるな 行動しなければ Noと伝わらない …Yesでいいのか? サイレントマジョリティー」
【文中敬称略】