『南ドイツ新聞』1面トップ
先週送られてきた紙面の1面トップは、「市民感覚の大規模デモ」という見出しで、「民主主義敵視」や極右の傾向の強まりに対する市民の「新しい運動のはじまり」を示唆するものだった。そのきっかけは、2023年の 粗悪語(Unwort)第1位に選ばれた“Remigration”である。Emigration は「移民」や「亡命」、「移住」には Immigration という語がある。Remigrationは「再移民」と訳せるが、意味的には「強制送還」(Zwangsdeportation)に近い。
極右の「再移民」(Remigration)計画
昨年11月25日、ポツダム郊外のカントリーハウス・アドロンで、ある秘密の会合がもたれた。調査報道ネットワーク「コレクティーフ」(Correctiv)が1月15日、そこでの「秘密計画」をスクープした。記者を偽名で潜入させ、参加者などを隠し撮りした、身震いするような調査報道である(英語で読める) 。
参加者は30人前後。そのうち24人は、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の党首アリス・ヴァイデルの秘書官と同党議員、同党のザクセン州議会議員、ネオナチ運動のメンバー、これに医師、弁護士、起業家といった人々が含まれている。AfDはドイツ連邦議会に78議席をもつ。メルケル前首相が所属するキリスト教民主同盟(CDU)からも2人の議員が参加。いずれも、保守団体「価値観同盟」(Werte Union)の一員である。有力な資産家がバックにいて財政支援もしている。
この秘密会合では、ドイツ国籍の有無に関わらず、現在ドイツに住んでいる数百万人の強制国外追放計画が検討された。その基本計画には、北アフリカのいわゆる「モデル国家」への「人々の移動」も含まれており、最大200万人が滞在できるスペースを確保するという。興味深いことだが、ナチス時代、1940年くらいまで、アフリカ・マダガスカル島への強制移住計画があった。
連邦統計局によると、2020万人のドイツ人が「移民歴」を持っている。その人たちまたはその親が1950年以降ドイツに移住したことを意味する。この会議では、実際的な基準、手順が議論されている。有力メンバーの一人は、この大量国外追放計画の詳細を微調整するための専門家委員会の選出を提案している。これらの専門家は、人種的動機に基づく人々の強制移住が合法的な移民政策を装うように、マスタープランが「倫理的、合法的、そして効率的に」実行されることを保証する。委員の候補者には、公安機関の連邦憲法擁護庁の元長官ハンス・ゲオルク・マーセンも挙げられている。彼は反移民的な発言などで知られ、「価値観同盟」の中心におり、CDUからの除名の動きもある危うい人物である。支持率が低迷する社民党(赤)、自民党(黄色)、緑の党の「信号機」連立政権のあとに、右翼政権の誕生を狙っている。
「ヴァンゼー会議2.0」への危機感
会場のアドロンから東に8キロあまり、湖を迂回しても車で20分の距離に、ナチスの「ヴァンゼー会議」の「現場」がある(直言「ドイツ憲法史における「つまずきの石」とヴァンゼー会議」参照)。アドルフ・アイヒマンが重要な役割を果たし、ヨーロッパのユダヤ人1100万人を抹殺するための大量輸送計画が検討された。直言「ヴァンゼー会議の75周年―トランプ政権発足の日」で書いたように、1月20日は、移民排斥、「メキシコ国境に壁を」と訴えるトランプ政権が始動した日だった。ポツダムでのこの秘密会合は「ヴァンゼー2.0」といわれる。今年11月5日にトランプ復活が危惧されているだけに、人々の危機感は並大抵ではない。
このスクープが出るや、19日から21日の日曜日にかけて、合わせて140万人の大規模なデモがドイツ各地で行われた(Die Welt vom
22.1.2024参照)。秘密会合が開かれたポツダムで21日に開かれた集会とデモには1万人が参加し、そこには、ショルツ首相とベアボック外相が地元ポツダム市民として参加していた(ZDFのニュース1月21日7時heute)。
多くの都市で、予想を大幅に上回る市民が参加したという。Campactネットワークとイベントを共催したFridays for Futureによると、ベルリンでは日曜日に35万人が街頭に繰り出した。ミュンヘンでは、主催者の発表によると約25万人が参加したという。冒頭の写真がそれである。Die Weltのコメンテーターによれば、Remigration計画が明らかになったことで弁が開いた。コロナのパンデミック以来、社会全体が右傾化してきたが、いまや強力な対抗運動に潮流を変える現実的な可能性がある」と。
『南ドイツ新聞』はビジュアル満載で、各地のデモ・集会を詳しく紹介している( SZ vom 21.1.2024参照)。ミュンヘンでは参加者2万5000人と予想されていたが、警察発表は8万人、主催者発表は25万人だった。デモは混雑のため1時間足らずで打ち切られた(冒頭の写真参照)。
ブレーメンでのデモは2人の個人によって組織されたもので、当初は500人の参加者を見込んでいたが、警察は参加者数を3万5000から4万、主催者側は5万人とカウントしている。首都ベルリンは、警察は暫定的に6万人という数字を出したが、10万人になる可能性もあると警察広報は語った(主催者発表は前述の35万人)。
デモ参加者の多くは自作のポスターを持参していた。彼らは「新しい茶色は青」というスローガンを掲げて街頭に立った。ナチスは「褐色」(茶色)だが、AfDは青色なので、ナチスに例えたものだ。「ファシズムは二度とごめんだ」と叫び、プラカードには「no AfD」「AfD=ナチ党」と書かれていた。
私が1999-2000年、2016年に半年生活したボン。人口32万の小さな街だが、驚くことに、市庁舎前のあまり大きくはない広場にたくさんの人々が集まった。最初は3人が呼びかけ、1000人の参加を予定して抗議集会を準備したが、結局3万人が集まった。右の写真をごらんいただきたい。ライン川が左に、正面奥の少し高いビル(首都時代の議員会館)が見えるが、その向こう側が私の住んでいたバート・ゴーデスベルクである。人口の1割が市の中心部に集まったわけで、雪の舞う寒い季節に屋外で「反ナチス」を叫んでいる(以上、General Anzeiger vom 23.1.2024参照)。 元住民としては信じられない光景である。
冒頭の写真を送ってくれている友人夫妻の住むケルン近郊の町でも、1月21日は身動きできないくらいの人で町中があふれたという。次回が2月3日なので参加するつもりとメールに書いてあった。政治的な集会やデモとは距離をとってきた人々が街頭に出ている。それだけの危機感が普通の人々を動かしているということだろう。
司法の対応――連邦憲法裁判所決定
1月23日、連邦憲法裁判所第2法廷は、ネオナチ政党NPDへの政党助成金の提供を停止する決定を行った(SZ vom 23.1.2024)。党名を「ディ・ハイマート」(故郷)に変更した同党を6年間、政党助成金から除外した。「被申立人は自由な民主主義的基本秩序(FDGO)を無視し続けており、その目標と党員・支持者の行動からして、その排除を志向している」と述べた。これは基本法21条2項の政党禁止要件を根拠にして、政党への国庫助成を停止することでネオナチ政党の資金源を絶ったわけである。税制上の優遇も停止された。これはAfDにとっても無関係ではない。「民主主義と憲法に反対する政党は、国家からいかなる資金も受け取ってはならない。連邦憲法裁判所はこれを認めた。この判決は、基本法の父と母の精神に則り、民主主義を守る手段が有効であり、憲法秩序を守るものであることを示している。AfDの一部はすでに右翼過激派に分類されている。」
直言「2024年は世界的「選挙イヤー」」でも書いたように、今年は世界80カ国以上で国政選挙が行われ、ドイツでは9月に、ドイツ東部のチューリンゲン州、ザクセン州、ブランデンブルク州で州議会選挙が行われる。場合によっては、新しい州政権が誕生する。いずれにおいてもAfDの支持率が30%を超えており、とりわけチューリンゲン州ではCDUを追い抜いて第一党になり、AfD政権が誕生することが危惧されている。2018年8月に北ドイツをまわったが、ザクセン州ケムニッツでの極右暴動事件が起きて右傾化が危惧されていた(直言「ケムニッツの警告——「水晶の夜」80周年」参照)。
チューリンゲンでAfDの極右政権が成立した場合、州警察や州憲法擁護局の長官人事が問題となる。若手憲法研究者の「憲法ブログ」(Verfassungsbolg)には、1月19日付で「治安当局のためのより強力な安全」(Mehr Sicherheit für den Sicherheitsapparat)という論稿が掲載された。テーマは、「チューリンゲン州の警察と情報機関は、権威主義的な政府からいかに守られるか?」である。州憲法擁護局と州警察の長官は、いわゆる「政治的官吏」である。州憲法擁護局はAfDを極右過激派に認定しているから、AfDが州の政権についた場合、彼らが警察や諜報機関を自らの道具として悪用する可能性が危惧されている。州AfDトップのビョルン・ヘッケは、州憲法擁護局の長官人事に介入することを表明している。基本法は執行権内部における一種の権力分立を定めており、政治的公務員の任命は「特別な政治的信頼」が必要とされる「狭い範囲」でのみ許される。例えば大臣や報道官など。そうでない場合は、行政の政治的独立性を堅持し、一部の変革のための役職を除けば、特定の政治的利益のために利用されるべきではないとされる(2008年憲法裁判所判例)。
なお、AfDに対する政党禁止手続にはハードルがかなり高い。連邦憲法裁判所の判決を待たねばならない(基本法21条2項)。逆にいえば、連邦憲法裁判所の禁止判決までは政党に対する禁止と同じような措置をとることは許されない(「政党特権」という)。だが、政党ではなく結社の場合には、基本法9条2項により、内務大臣の判断で禁止できる。AfDの青年組織である「若い選択肢」(Junge Alternative)については、右翼過激主義の「反憲法的」結社として内務大臣が禁止することができるとされている(SZ vom 23.1.2024)。この団体は、冒頭の下の写真のなかに出ている。ブルーの横断幕に、「再移民」を求める主張が書かれている。
「これは新しい運動の始まりなのか?」
いま、ドイツの対外政策は迷走を続けている。ウクライナ戦争で「信号機」連立政権は、もしメルケル政権だったらおそらくはやらなかったような米国追随ぶりである。イスラエルがガザのパレスチナ人に対する一方的殺戮(ジェノサイド条約2条該当)を行っても、ナチスによるユダヤ人虐殺の負い目から、「イスラエル防衛はドイツの国是(国家理性)」とまで言い切って、イスラエル支持を貫いている(直言「イスラエル批判は「反ユダヤ主義」なのか―ドイツ政府の異様なイスラエル擁護の背景」参照)。だが、自国内部で極右勢力が伸長して、「再移民」という名の強制送還まで議論されるところまでくると、一般市民もようやく立ち上がった。ただ、この市民の動きはイスラエル批判にはまだ結びついていない。欧州各国でも、移民や難民の急増を受けて、過度なナショナリズムを前面に押し出した反移民の政党が勢力をのばしている。6月のEU議会選挙でその傾向が強く出てくるだろう。何とも悩ましい、複雑な状況が生まれている。
冒頭の『南ドイツ新聞』が「市民感覚の大規模デモ」と見出しを打ったように、デモを組織する運動の主催者側も、それを規制する警察側も予想できないほど多くの市民が参加していることに注目すべきだろう。ミュンヘンではあまりに多くの人が集まったので動きがとれず、デモにならなかったと報ぜられている。逆にいえば、それだけたくさんの市民が集まった事実こそが、ネオナチに対する「集団示威行動」だったのではないか。「いつものようなデモ」ではなく、真に危機感をもった市民の自発的な行動に希望が見える。特定の人種や民族などを排除・抹殺する思想と行動は、イスラエルがまさにガザでやっていることである。先週からのドイツ市民の動きが、連邦政府のガザ問題への対応を変える力になるかどうか。
上の写真のプラカードの一つに、「私たちみんながたたかう民主主義だ」(Wir alle sind die wehrhafte Demokratie.)というのがある。冷戦期の上からの抑圧的な「たたかう民主主義(制)」ではなく、市民自らがヘイトスピーチや差別とたたかう民主主義に発展していくのか注目したい。「これは新しい運動の始まりなのか?」 冒頭の記事のリード文末尾の言葉である。