政治家たちの「再犯」防止のために――底が抜けた日本政治
2024年2月5日

政治の底が抜けた――「岸から岸田まで」
心ついた頃に頭に残っている首相は岸信介である。中学教師だった父が国会前の安保反対デモに参加するのを見ていたので、「安保反対、岸を倒せ」ということで、「岸」は圧倒的に負のイメージとして頭に残った(直言55年目の国会前の風景「民主主義ってなんだ!」」参照)。爾来27人。現在の首相は岸田文雄である。「岸から岸田まで」の64年間、この国の政治は劣化の一途をたどってきた。在任期間だけ歴代最長を誇った安倍晋三の2822日(第1次政権からの通算は3188日)の間に、この国の政治は底が抜けた。
   その一例が、20161130日の衆議院内閣委員会の審議風景だろう(直言「カジノ賭博解禁法案の闇と影―この国に国会はないのか」参照)。議事録をチェックしてみると、20151130日の衆議院内閣委員会での谷川弥一(安倍派)の質疑のやる気のなさは目を覆うばかりだった。カジノ賭博を解禁する「統合リゾート(IR)法案」の質疑だが、谷川は途中から、わけのわからない仏教論や文学談議をやり、あげくに般若心経を唱え始めた。議事録では、谷川が朗々と唱えた般若心経は短くされている。本来、途中で委員長が制止すべきところだろう。審議時間はわずか2日、計5時間33分で採決が強行された。国会における法案審議がいかに愚弄されたかを示す一例であろう。
    この谷川弥一は最近、一気に全国区になった。4000万円超の裏金の「キックバック」を受けたことについて質問した記者に向かって、「あんた頭が悪いね」と言い放った場面は、ワイドショーでも繰り返し流された。記者会見風景は目もあてられない。多額の裏金を確保した理由は、「力を付けたかった」からだそうである(『読売新聞』2024123日付)。谷川は、東京簡裁で罰金100万円と公民権停止3年の略式命令を受け、議員辞職した。
  ちなみに、谷川が般若心経を唱えるのを制止しなかった当時の内閣委員長は秋元司である。この2年後のIR汚職事件で東京地検特捜部に逮捕され、20219月に東京地裁で実刑判決を受けている。「最低限の遵法精神すら欠如している」と裁判所にいわしめた政治家である。悪い表現だが、「どいつもこいつも」である。だが、忘れてはいけない。根っこは、「アベノミクス」の「異次元の政策」の5番目にカジノを挙げていた谷川のボスにある。このボスの名前を冠した自民党の最大派閥が先週、45年の歴史に幕を閉じた。

 

安倍派「解散」後に待つもの―脱税政治家の烙印

 21日、清和政策研究会(自民党安倍派)は正式に解散した。清和研「清算委員会」が設置され、派閥解散に伴い発生する資金を、能登半島地震の被災地に提供する案などが浮上しているという。悪い冗談と耳を疑った。悪事の限りを尽くした盗人が、盗品を慈善団体に寄付するようなものだろう。

 安倍派「5人衆」は裏金作りの責任もまったくとらないまま、派閥解散ということでお茶を濁そうとしている。中堅・若手は猛反発しており、幹部の責任を問う動きはなくならないだろう(中堅・若手にも追従した相応の責任がある)。安倍派では、過去5年間のパーティー収入のうち、計67654万円が収支報告書に不記載だった。政治資金収支報告書の不記載は、5年以下の禁錮または100万円以下の罰金である(政治資金規正法25)。過失による不記載も、50万円以下の罰金である(2)。金額の大きさ、長期にわたって反復継続して行われ、「慣行」化していた。違法行為の常態化である。

 安倍派は先週、42726万円を所属議員91人への「寄付」として追記する「訂正」を総務省に届け出た。問題が明らかにならなければ、そのような「訂正」は行われなかったわけで、ことは重大である。政治資金規正法違反を収支報告書の「訂正」で逃げきっても、裏金を自らのもとにおき続けることによって発生する所得税法違反は免れない。

 国税庁は毎年、確定申告前に議員に対して、「政治資金に係る「雑所得」の計算等の概要」を作成して、衆参両院議員に配布しているそうだ。これによると、「政党から受けた政治活動費や、個人、後援団体などの政治団体から受けた政治活動のための物品等による寄付などは「雑所得」の収入金額になりますので、所得金額の計算をする必要があります」と、わざわざ下線を引いて注意を呼びかけているという(『東京新聞』202422日付「こちら特報部」)。国税庁は同紙の取材に、「収入(裏金)が個人の場合、雑所得。政治活動のために支出した費用を差し引いた後、残高は課税対象になる」と回答したそうだ。

 五輪担当大臣をやった安倍派参院議員の丸川珠代は、安倍派解散総会の後、記者団に「5年間で822万円の還付金があった」として、「派閥からノルマ超過分は持ってこなくていいと言われた。資金は(自分の)口座で管理していた」「一切使ってこなかった」と語った(『毎日新聞』202421日付)。語るに落ちるとはこのこと。「この愚か者めが」、である。

 解散総会後、 無派閥の閣僚経験者は安倍派幹部を批判してこう述べたという。「『離党しません』『議員辞職しません』『秘書が全部やりました』という内容ばかり。『責任を取って辞職します』とはっきり言える議員は誰もいないのか。これまで偉そうに振る舞っていて、この程度か」(『朝日新聞』22日付(デジタル21 ))と。市民団体は21日、安倍派幹部ら10人の議員を所得税法違反で東京地検に告発した。これまでの経緯や世論の状況から地検が動かないわけにはいかないだろう。かりに不起訴にしても、次は検察審査会がある。安倍派の裏金議員たちは、「脱税議員」のレッテルを貼られながら選挙を戦わねばならない。「偽装解散」(『選択』2024年2月号52頁)と評され、いずれは「疑似派閥」ができるだろうが、自民党政治への国民の負のイメージは拭えないだろう。

 

 親分による「再犯防止」の呼びかけ?

 話は変わるが、霞が関の中央合同庁舎6号館には、都道301号線に沿って長い掲示板がある。20177月、そこに「再犯防止」というポスターが大量に貼られていた。水島1年ゼミの「霞が関・永田町ツアー」の際、法務省の廊下に貼られていたものを、ゼミ生の一人が撮影して送ってくれたのが冒頭の写真である。法務省のホームページを見ると、201612月に「再犯防止推進法」が公布・施行されたのを契機に、「本ポスターは、安倍内閣総理大臣の直筆の書を基に制作し、政府一丸となって、地域の力を生かした再犯防止に取り組むという強いメッセージを打ち出したものとなっています」とある。「特に、再犯防止啓発月間中は法務省掲示板(日比谷公園側)に本ポスターを集中して掲示しています」として、上記の写真も掲載されている。7月は「啓発月間」のため、高校時代に書道部に所属していたそのゼミ生の目にとまったものだろう。なお、ゼミ生の「安倍直筆の書」への感想は、ここでは紹介しないでおこう。

 歴代最長の在任期間を誇った安倍派のボスは、この国の政治を劣化させ、底が抜けるところまでもっていき、その頂点でその生命を終えた。安倍という「国賊」(村上誠一郎元行革担当大臣の言葉、しかし後に撤回)の「国葬」(2022927)とは一体何だったのだろうか。

 安倍派と統一教会の深い関係は、いまや周知の事実である。裏金問題の前哨戦は、統一教会問題だった。直言「「安倍国葬」と統一教会― 自公政権の葬送狂騒曲」をリンクまで再読していただきたい。安倍派は統一教会とズブズブの関係だった。

 統一教会系の『世界日報』20231218日付コラム「政界一喝」は、「安倍派報道の屈辱に負けるな」と安倍派を激しく励ましている。「安倍派の名誉にかけて」と。

…「台湾有事は日本有事」と日本の安全保障上、核心的な警告を発していた安倍元首相を昨年失った日本が、今や安倍派をも辱めている。岸田首相は、自己の危機管理能力の欠如、また保守の政治勢力を貶め、政治に対する国民の信頼を失った責任を痛感すべきだ。…安倍元首相と安倍派の名誉にかけて、その遺志を受け継ぐ有志らによって再起し、日本国のために立ち上がらなければならない。…

 統一教会解散への手続を進める岸田政権。『世界日報』コラムには「安倍晋三がいてくれたら」という思いがにじみ出ている。だが、安倍政権の「影と闇」「悪業と悪行」は、政治、経済、社会などすべての領域に歪(ゆが)みを生じ、淀(よど)みと撓(たわ)みを残している。霞が関・永田町に君臨した親衛隊「安倍派」は、統一教会の期待もむなしく、解散した。岸田は、かつて小泉純一郎が「自民党をぶっ壊す」といって2005年の郵政選挙で圧勝した手法を真似ようとしている節がある。だとすれば、岸田が次に狙っているのは、外交における決定的な得点であろう。施政方針演説での憲法改正への異例の言及から、憲法改正を突破口とする見方もあるが、「法律[政治資金規正法]も守れない連中に憲法改正はないだろう」とネットでも評判が悪いようだ。

ただ、 北朝鮮がしかけてくる「岸田籠絡」(『選択』同上34-35頁)にあえて乗った形で「拉致問題」での進展を見せつければ、7の総選挙で圧勝を狙ってくるかもしれない。

裏金問題は、もし安倍晋三が生きていれば決して表には出なかっただろう。権力の私物化を極限まで押し進めた「アベなるもの」は、内閣人事局を通じて警察検察も手中におさめ、無数の違法行為脱法行為の上に成り立っていた。その子分どもによる政治資金規正法の改正の主張など、何の説得力もない。冒頭の安倍直筆になる「再犯防止」ポスターは、究極の皮肉といえよう。

 政治の推進力は、政治家たちの負のエネルギー、妬(ねた)み、嫉(そね)み、やっかみ、僻(ひが)み、疎(うと)みの合成である。安倍派解散、統一教会解散に持ち込む岸田に対して、自民党内から、この「合成エネルギー」が向けられる可能性がある。何が起こるかわからない。「小泉劇場」が「岸田劇場」として再来することはまずないだろう。岸田の役者不足が大きいだけでなく、2005年当時と比べれば、米国の不安定要素がかなり影響してくるからである(直言「米朝首脳会談の先に見えるもの」参照)。

 2024年は世界的な「選挙イヤー」だが、大きな国政選挙がないとして「黄金の3年」だったはずの今年は、最も予測がつかない年になった。何よりも大事なのは、有権者たる国民の覚醒である。まもなく確定申告の時期である。インボイス導入で怒っている人も、税金や医療費などの負担増と、年金の給付減に怒る高齢者(私もその一人)も、今度こそは、「一票一揆」につながる行動をとる必要があるだろう。まずは裏金問題にしっかり怒ることが大切である。

 【文中敬称略】

《付記》
   2022年53日、午後からの憲法記念講演会で使う「歴史グッズ」をとりに朝早く研究室にきた。脇の窓のところにカラスがいて、動こうとしない。日頃、ゴミ置き場などを虎視眈々と狙うカラスが、頭を垂れて妙にしおらしい。思わず撮った1枚である。

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