ウクライナ侵攻から2年
ウクライナ侵攻から2年が経過した。戦争終結への兆しが少しずつ見えてきたが、それについては別の機会に書くことにしよう。ちなみに、昨年の今頃は、直言「「勝利する」と「負けない」の間―ウクライナ侵攻1年とハーバーマス」をアップしていた。この機会に再読をおすすめしたい。「交渉開始の試みを精力的に推し進め、開戦前以上の領土的利益をロシア側に与えず、しかも面目を保てるような妥協案を模索すべきであろう。…この紛争はより広い利害の網に触れているため、一時的に正反対の要求であっても、双方にとって面目を保つ妥協点が見つかる可能性を最初から否定することはできない」というハーバーマスの1年前の指摘は、より重要になってきているように思う。
「あなたは祖国のために戦えるか」
今日は「2.26事件」の88周年である。この日、東京は雪だった。当時6歳だった父の一家(東京競馬場の獣医)は、競馬場の府中移転に伴って引越しをするため、目黒から府中に向かうところだった。戒厳部隊の兵士に車を停められ、窓越しに「どこへ行く」と詰問されたことなど、8年前の直言「「軍」の自己主張―帝国憲法の緊急事態条項と「2.26事件」80周年」に書いた。冒頭の写真は「2.26事件」71周年の時に、研究室にある「2.26」直後の号外や新聞を床に並べて撮影したものである(直言「わが歴史グッズの話(22)大政翼賛会」参照)。「軍」が自己主張を始めて、国の政治や社会のあり方に介入することによってどんな悲劇が生まれるか。1945年8月は、この事件のわずか9年後である。この10年間、この国は、「軍事的なるもの」に対する抑制を片っ端から外して、「軍事が普通になる国」への道を突き進んでいる。2月19日、防衛省は、「防衛力の抜本的な強化に関する有識者会議」(座長・榊原定征経団連名誉会長)を設置して、2023年度からの5年間の防衛費総額43兆円をさらに増額する方向を打ち出した。安倍政権下で集団的自衛権行使への方向転換を促進した「安保法制懇談会」の座長・北岡伸一(東大名誉教授)や、元防衛相の森本敏など、いつもの顔ぶれだが、今回、三菱重工業会長の宮永俊一が含まれているのには驚いた。あまりに露骨であり、まさに「本音の突出」(『朝日新聞』2004年8月14日付「私の視点」)である。43兆円をさらに増額していけば、三菱重工の増収に直結するからである。財源を確保するため「防衛増税」を狙うとともに、マンパワーの確保のために、「心も武装せよ」とばかり、さまざまな形での「思想動員」も始まっている。自民党副総裁の麻生太郎が昨年8月、台湾での講演で、「戦う覚悟」を説いたのは記憶に新しい。
最近では、ツイッター(現・X)で櫻井よしこはつぶやいた。「あなたは祖国のために戦えますか」(冒頭の写真参照)と。いつもなら、ネトウヨ界隈を含めて、讃辞や賛美があふれるのだろうが、これは「大炎上」したという。女性週刊誌『女性自身』(デジタル2024年1月22日)によれば、《先ず櫻井よしこよ、お前が銃を持ち先頭切って戦いに行け》《櫻井よしこ、お前が率先して行け。人の命を軽んじるな!!》《お前が戦争行って来い》《戦争すること前提にしている時点で終わってる》《いかなる戦争にも、大義などない。戦争は決してしてはならない》という批判が続々と上がっているという。「日本の魚を食べて中国に勝とう」などと勘違いの新聞広告を出す御仁である。11年前に直接話をうかがったが、憲法改正を声高(強面)に語るわりには憲法概念それ自体の理解はかなり怪しい(この産経新聞社系シンポの参加者の感想はここから)。今回もいつものように若者に向けてアピールしたつもりなのだろうが、さすがの櫻井も予想外の反響に、あてが外れたようである。安倍晋三ロスの「効果」はここにも出てきている。
「お国のために死ねるか」と問われて逃げた安倍晋三
ここで面白い事実がある。2014年4月20日に放送された『たかじんのそこまで言って委員会』(読売テレビ)で、安倍は、「お国のために死ねるか」という質問に対して曖昧な態度をとった。これには参加者も驚いたようで、画面には、○でなく△が示されている。安倍は「国のために死ねる」と明確にいえず、「これはあの、あの、死ぬ覚悟はできてると、いま私が言ってもですね、嘘っぽく聞こえてしまうんだなと思うんですが、あの〜、晩年の父の姿を見てですね、そう簡単なことではないなと、政治という仕事はですね、ということは認識しましたね」と、圧倒的に歯切れが悪い。明らかに逃げている(直言「安倍「最高指揮官」への懐疑」参照)。
自分の息子は兵士にしません
9年前、直言「子どもを米国の戦争で死なせない―女性週刊誌と安保法制」で紹介したように、『女性自身』2015年6月2日号は、安倍が成立をはかった安保関連法案に正面から異を唱えた。見出しに「戦争法案」という、私が使わない言葉を使い、その切り口は、「あなたの子供がアメリカの戦争に命を捨てる! 」というものである。安倍には「あなたの…」と問いかけられないので、「安倍首相、子供たちの“未来の幸せ”を描けますか」という一般的な見出しになっているのはやむを得ないが、本文には厳しい指摘が並ぶ。初めて女性週刊誌を購入したが、翌年には『女性セブン』を買うことになった。その2016年5月26日号には稲田朋美が登場して、「私にも息子がいます。徴兵されるのは絶対に嫌です」と笑顔で主張したからである。稲田はこの週刊誌が発売された83日後、第3次安倍第2次改造内閣で防衛大臣に任命される。安倍から過度の重用を受けて、「次期首相候補」とまでいわれたこともあるが(もはやそういう人は皆無?)、南スーダン派遣PKO部隊の日報隠蔽問題で辞任した。その稲田が女性週刊誌で、自分に息子がいるから徴兵制は絶対に嫌という「感情論」を語っていたことを、櫻井はご存じだろうか。
国民を戦争に動員する政府
政府解釈では、「徴兵制度は、我が憲法の秩序の下では、社会の構成員が社会生活を営むについて、公共の福祉に照らし当然に負担すべきものとして社会的に認められるようなものでないのに、兵役といわれる役務を義務として課されるという点にその本質があり、平時であると有事であるとを問わず、憲法第13条、第18条などの規定の趣旨からみて、許容されるものではない」(1980年8月15日答弁4号 対稲葉誠一衆議院議員)とされている。憲法18条は「意に反する苦役」からの自由を保障するから、一般兵役義務制の導入はないとしても、「限られた人的資源」(いやな言葉だ)のなかで効果的に隊員徴募をはかるのは容易ではなく、さまざまな施策が追求されてきた。「即応予備自衛官制度」のより一般化した形態や、民間企業の新人研修を自衛隊で行うなど、人員徴募の多様な形態が追求されている。自治体が若者の個人情報を自衛隊に提供している問題はあまり知られていない(『東京新聞』2023年8月9日付)。経済格差や貧困に便乗した実質的な「経済的徴兵制」の動きも無視できない(布施祐仁インタビュー参照)。教育現場での「奉仕義務」導入なども検討されている。「徴兵制違憲解釈」の限定版も出てきて、今後、「国のために戦える覚悟」が品を変え、形を変え、装いを変えながら登場してくるだろう。産経系の『夕刊フジ』2024年2月19日付には、「自衛隊員の「全血」血液製剤製造」という記事が載っている。 「緊張高まる「台湾有事」」を煽るこの夕刊紙には、「有事で負傷した自衛官への輸血をめぐり、血液型を問わず投与でき、止血効果がある血小板を含む「全血」の血液製剤を製造、備蓄することも決めた」とある(「戦傷医療・有事輸血検討会」2023年10月)。2015年の安保関連法成立に伴い、自衛隊の訓練も、特殊メイクの傷口を使い、「射入口確認! 射出口確認!」と叫びながら止血する実戦さながらのものに変化している(NHKスペシャルここをクリック[閲覧注意])。
台湾では1年間徴兵制が復活するし、徴兵制のある韓国でも、政治家やエリート層の子弟が徴兵を免れるルートや手法が存在することが問題になっている。ロシアでは昨年9月、13万に新たな徴兵を行う大統領令を出している。ウクライナでは、侵攻直後から、「18歳から60歳までの男子」の国外移動を禁止している。「徴兵逃れ」の動きは高まる一方で、最近ではかなり強引な手段による兵員確保が行われている(NHK「大学生が20倍?ロシアと戦わない“徴兵逃れ”の実態は?」参照)。領土奪還を守るべき第一義として、そのためには国民の犠牲も厭わないというゼレンスキーのやり方は限界にきている。戦時下の政権交代の可能性も視野に入れておくべきだろう。
いまから11年前、水島ゼミ16、17期生で憲法についてさまざまな議論して、それを一冊にまとめたのが、拙著『はじめての憲法教室―立憲主義の基本から考える』(集英社新書、2013年)である。その議論のなかで、17期生の一人が、映画『ジョニーは戦場に行った』(米国、1971年)について次のように発言した(YouTubeで当該箇所は1分17秒から)。
「…ジョニーの子どもの頃の回想シーンで、お父さんに「民主主義ってなに?」と訊くんです。すると、お父さんは「若者に殺し合いをさせるためのものだ」と答えます。この映画を見て考えたのは、まず「もし、戦争が起きたら、自分は戦場に駆り出される当事者になる」ということ。そして選挙権を持っている人のなかで戦場に行く若者というのは、特にいまの日本では少数派じゃないですか。まして、ベトナム戦争で死んだアメリカ兵の平均年齢は19歳だったという話を聞いたことがありますが、日本では10代に選挙権は認められていないし。そう考えると、憲法9条というのは少数派を守るためにあるんじゃないかと思いました。」
「戦争とたたかう」という覚悟
18歳選挙権が導入される3年前の本ではあるが、若い世代の投票率は圧倒的に低く、「戦争に行かない年齢の高い人々の多数で決まる」という仕組みであることに変わりはない。英国のポール・ハードキャッスルの歌に、「19(ナインティーン)」というのがある。
1965年、ベトナムはもう1つの外国戦争のように見えた
しかし、そうではなかった、それは多くの点で異なっていた
戦闘を行った人たちも同様でした
第二次世界大戦中 戦う兵士の平均年齢は26歳でした
ベトナムでは19歳でした
ベトナムでは19歳でした
ベトナムでは19歳でした
ベトナムでは19歳でした
N-n-n-n-nineteen
この歌のこの下りは、私が33歳の時に久田栄正と共著で出版した『戦争とたたかう― 一憲法学者のルソン島戦場体験』(日本評論社、1987年) のプロローグで使っている。なお、全文を私が書き下ろし本なので、久田の死後、『戦争とたたかう―憲法学者・久田栄正のルソン戦体験』(岩波現代文庫、2013年)として出版している。「あなたは国のために死ねますか」「戦う覚悟を」などという戦争への囁(ささや)きに乗せられないためには、「戦争とたたかう覚悟」が求められる。その時、拙著『戦争とたたかう』は一つの有効なワクチンとなるだろう。現在、絶版なので、出版社において復刊されることを望みたい。「直言」読者の皆さまには、復刊への声をあげていただけると幸いである(例えば、復刊ドットコムなど)。
【文中敬称略】