単なる数字ではなく
中東衛星放送局「アルジャジーラ」をNHKワールドニュースで毎日チェックしている(休日は放送なし)。3月15日午前3時(現地)の放送は衝撃的だった。冒頭からキャスターの背後にはガザ地区で死亡した女性たちの名前が並んでいる。「3月15日現在、ガザ地区で死んだ人は3万1490人となり、そのうち、女性は1万2000人」と語りながら、キャスターは、「これは単なる数字ではありません。一人ひとりに顔があり、人生と物語がありました。母として、妻として、娘として、姉、妹として」。淡々とした通訳(新谷恵司)の声に、思わずグッとくるものがあった。そしてキャスターはその1万2000人のなかの一人として、ワラ・サージャさんに焦点をあてる。パレスチナの映画監督、作家、ブロガー。『絹の糸』『これが私の人生』などの作品があり、3月2日にイスラエル軍によって殺された。彼女は、「この戦争のなかでたくさんの女性たちの物語を集め、それを映画にしたいという希望をもっていた」として、彼女の作品を紹介する。
ガザは国際的人道危機
これまでの戦争や武力紛争で民間人がまきこまれて死傷することは多々あったし、病院が攻撃されて医療関係者や患者に死者が出ることも起きている。だが、ガザにおけるイスラエル軍のやり方は、あえて病院を目的意識的に破壊・攻撃する異様なもので、昨年11月9日のアル・シファ病院への攻撃はその始まりだった。医療機能が停止して、新生児が多数死亡した映像は世界中にショックを与えた。私は、直言「サラエボとガザの「包囲戦」――“From the river to the sea”」で、「ガザ包囲戦は一方的殺戮」であり、「イスラエルは真正の「ならず者国家」(Rogue State)といわざるを得ない」と書いた。アラブ諸国では、イスラエルを「テロ国家」と呼ぶ人々が少なくない(例えば、昨年11月15日のエルドアン・トルコ大統領の発言)。「israel terrorist state」で画像検索をかければ、おぞましい写真がたくさん出てくるだろう(上記はその一例)。そのイスラエルによる病院への攻撃はその後も続き、2月15日と3月24日には、南部ハーン・ユーニスにあるアマル病院とナセル病院が攻撃されている(『毎日新聞』3月26日付)。
国際司法裁判所の仮保全措置
国際司法裁判所(ICJ)は1月26日、「ガザ地区におけるジェノサイド条約適用事件」(南アフリカ対イスラエル)に関して仮保全措置命令を出した。裁判所はジェノサイド条約2条のジェノサイドの定義を確認した上で、イスラエルに対して、ジェノサイド条約が示す義務に従い、ガザ地区のパレスチナ人に対して特に、(a)集団構成員を殺すこと、(b)集団構成員に対して重大な身体的または精神的な危害を加えること、(c) 全部または一部に身体的破壊をもたらすことを意図する生活条件を集団に対して故意に課すること、(d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること、の各号で規定するすべての行為を防止するすべての措置を講ずるべきであるとした。さらに、裁判所は、イスラエルに対して、「ガザ地区のパレスチナ人が置かれている不利益な生活条件に対処するため緊急の必要性をもつ基本的サービスおよび人道支援の到達を可能とする迅速かつ有効な措置を講じるべきである」とした。そして、これらの各号の仮保全措置を提示した。しかし、この仮保全措置に対しても、イスラエルは完全無視、黙殺で通している。
国際司法裁判所は3月28日になって、イスラエルに対し、ガザ地区への人道物資の輸送を直ちに大幅に許可すること、食料と医療援助の輸送のために、より多くの国境を開かなければならないと命じた。上述の1月26日の仮保全措置は2人の裁判官が反対したが、今回は全員一致だった (NHKワールドニュース「アルジャジーラ」3月28日(日本時間29日)放送)。
「子どもの権利条約」加盟国イスラエルの暴虐
ガザ地区に住む220万のうち、14歳以下の子どもが45%を占める。総人口の約半数が20歳未満ということになる。出生率がきわめて高く、2023年時点で女性1人当たり3.38になっている(理由はここから)。「子どもの権利条約」38条は、武力紛争の影響を受ける子どもの保護および養護を確保するためのすべての実行可能な措置をとることを義務づけている。イスラエルは1991年10月3日にこの条約を批准しているが、実際にやっていることは、歴史上稀にみる「子どもの虐殺」といわざるを得ない。
この看板は、イスラエル軍がガザ地区周辺に設置したものである。いま「歴史グッズ」として段ボールのなかにある。164カ国が加盟するオタワ条約(対人地雷禁止条約)は先週の土曜日、3月23日に、条約発効からちょうど25年となったが、イスラエルは米国とともにこれに参加しようとしない。この地雷源の看板はガザ地区に実際にあったものだが、ガザの子どもたちがどれだけ対人地雷で死んだかわからない。国際法をことごとく踏みにじる「ならず者国家」を止める手だてはないのか。
米国の上院議員からの批判
Foreign Affairsのメルマガに登録しているが、3月18日に私のもとに届いたメールを見て驚いた。メインの論文は、民主党のバーニー・サンダース上院議員の「アメリカ外交の革命――強欲、軍事主義、偽善を、連帯、外交、人権に置き換える」(A Revolution in American Foreign Policy――Replacing Greed, Militarism, and Hypocrisy With Solidarity, Diplomacy, and Human Rights, Foreign Affairs March 18, 2024)だった。ベトナム、アフガン、イラクなど、米国外交の失敗をそれぞれ論じながら、「このパターンは今日も続いている。イスラエル軍を支援するために数十億ドルを費やした後、米国は事実上世界で唯一、ベンヤミン・ネタニヤフ首相の右翼過激派政権(right-wing extremist government)を擁護している。同政権はパレスチナ人民に対する全体戦争と破壊の軍事活動(a campaign of total war and destruction against the Palestinian people)を展開し、その結果、数万人(数千人の子どもを含む)が死亡し、ガザ地区ではさらに数十万人が飢餓に苦しんでいる。その一方で、中国の脅威を煽り、軍産複合体を拡大させ続けている。両政党の指導者のレトリックや決断が、民主主義や人権の尊重ではなく、軍事主義、集団思考、企業利益の貪欲さと力によって導かれていることがよくわかる。その結果、米国は発展途上国の貧しい国々からだけでなく、先進工業国の長年の同盟国の多くからも、ますます孤立している。…」と。
そして、「いまこそ連帯を」(SOLIDARITY NOW)という小見出しのもと、こうたたみかけて結びとしている。いわく。「何よりも、世界で最も古く、最も強力な民主主義国家である米国は、国家としての最大の強さは、富や軍事力からではなく、自由と民主主義という価値観からもたらされることを認識しなければならない。気候変動から世界的大流行まで、私たちの時代の最大の課題には、軍事主義ではなく、協力、連帯、集団行動が必要である。」と。
4半世紀前のノーム・チョムスキー『ならず者国家』(Noam Chomsky,Rogue
States--The Rule of Force in World Affairs,Cambridge,2000)を読むと、米国が軍事介入を正当化する時の殺し文句が書かれている。それが、TINA(There is No Alternative.)、「他に選択肢はない」である。ハマスの「テロ」を防ぎ、イスラエル国民を守るために「他に選択肢はない」というネタニヤフ首相の言い分は通用しない。彼がやっていることは、歴史上類まれなる「子どもの虐殺」そのものである(冒頭の写真参照)。
完全比例代表制+一院制のイスラエル
このネタニヤフ政権の暴走には、実はイスラエルの選挙制度のありようが関係しているというのが私の見立てである。イスラエルの憲法(クネセト基本法)は、立法機関である「クネセト」について、一院制で、かつ拘束名簿式、全国一区、完全比例代表制で選出される仕組みを定めている。各政党の得票率に応じて、各党執行部が決めた名簿順位で当選が決まる。有権者は議員を選ぶことも、名簿順位に影響を及ぼすこともできない。2%以上得票した政党はすべて議席を配分される。この仕組みそれ自体は非常に民主的な仕組みのように思われるが、政党の細分化が起こるとそれがただちに反映される。政党が細分化すればするほど、政権維持に苦労することになる。これがネタニヤフの連立相手の問題につながる。
直近の2022年11月1日の第25回総選挙では、ネタニヤフの「リクード」が32議席を獲得して第一党となったものの、総議席120の過半数の61議席には遠く及ばなかった(この図は、NHKニュース解説(2022年11月9日)「イスラエル総選挙 ネタニヤフ氏復活で最右派政権誕生へ」参照)。そこでネタニヤフは極右の少数政党との連立で、第6次ネタニヤフ政権を発足させた。問題は連立相手である。躍進した「宗教シオニズム党」は超国家主義とユダヤ人至上主義で、「ユダヤの力」は危ない極右政党である。両方合わせて政権維持のキャスティングボードを握っている。「ユダヤの力」は国家安全保障大臣を出したが、この大臣、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人を殺害するため、極右活動家たちに銃を配ったことで知られる。「宗教シオニズム党」の財務大臣も、ヨルダン川西岸の併合を主張している。この党の別の大臣は、「ガザでの核兵器使用も選択肢の一つ」と発言して解任された(ロイター2023年11月6日)。
選挙制度が拘束名簿式完全比例代表制で、かつ一院制のため、政権にこのような少数の極右シオニスト政党の主張がストレートに反映しやすくなったという面は否定できないだろう。連立が崩壊すれば、ネタニヤフ首相は汚職事件で訴追される可能性があり、政権維持は必須となる。そういう政治的(政局的)事情で、ガザの子どもたちが毎日のように死んでいる。「ならず者国家」のなかにいる「真正のならず者」が誰なのかをみなければならない。「一刻も早い停戦を! 」という主張は、子どもたちの命にかかわる、まさに「命題」なのである。