軍隊が案山子(かかし)になった時があった
ドイツ首相のオラーフ・ショルツは30歳の時、社会民主党(SPD)の青年部(Juso)副議長として反戦・反核運動を展開していた(右の写真、RTL vom 18.3.2022より)。その翌年、「ベルリンの壁」が崩壊。ソ連邦は解体し、ワルシャワ条約機構も終焉を迎えた。ソ連という最大の敵を失ったため、NATOという集団的自衛権システムも西側各国の軍隊、とりわけNATO正面のドイツ連邦軍も、その「存在証明」にやっきとなり、軍需産業はリストラの危機に陥った。週刊誌『シュピーゲル』1990年3月5日号は、「敵のない軍隊」になって軍人は何のために存在するのかという特集を組んだ。その表紙は、軍服を着た案山子(かかし)だった(冒頭の写真)。それを先月の研究室撤収の際に、ドイツ連邦軍の小銃射撃用標的と並べて写真に撮った。ちなみにこの標的は、1999年7月にボンのフリーマーケットで入手したものだ。5.56ミリ小銃で蜂の巣になっている。顔の部分には、旧東ドイツの国旗をかぶせてレイアウトに凝ってみた。引越し時における一回性の「作品」である(笑)。
大軍拡への号砲(「時代の転換」)
ショルツ首相はこの40年あまりで、髪形を含む風貌だけでなく、その政治姿勢を含めて大きく変わった(冒頭写真参照)。ゲパルト自走対空機関砲に乗ってウクライナ支援の姿勢を見せようとしたことはすでに紹介した。興味深いのは、ドイツが軍事的に方針転換に踏み出す時の政権は保守ではなく、「社民・緑」であることだ。これは、1999年3月にドイツで在外研究を始めたときにも体験した(コソボ紛争でのNATO「空爆」への参加参照)。
軍備増強とリトアニア派兵
この2月12日、ショルツは、デンマーク首相メッテ・フレデリクセン(社民党)とボリス・ピストリウス国防相(SPD)とともに、ドイツ有数の軍需産業ラインメタル(Rheinmetall)の新しい弾薬工場の起工式に参加して、すでに完成している155ミリ砲弾の生産ラインを視察した(『南ドイツ新聞』2024年2月13日付 )。2025年から砲弾、爆薬、ロケット砲を大規模に生産する。約3億ユーロが投資され、500人の新規雇用が創出される。中期的には毎年20万発の155ミリ砲弾がここで生産される予定だが、当初は年間5万発になる見込みである。最大の「消費市場」はウクライナであり、ゼレンスキーによる「砲弾よこせ」のプッシュにより、軍需産業の株価が下がることはない(直言「ウクライナを世界最大の兵器生産国にする――戦争を長期化させようとする力とは」参照)。
ドイツ連邦軍は、アフガンやアフリカミッションと違って、本来の欧州正面への本格派兵が初めて可能となった。まずはリトアニアへの即応戦闘旅団1個(4800人)の派兵である。ドイツ単独で、一戦闘単位の大部隊を旧ソ連圏の国に常駐させるもので、第二次世界大戦後初めてのことである(連邦軍ホームページより)。ピストリウス国防相は、「この即応態勢の旅団によって、我々はここNATOの東側で同盟の指導的責任を担うことになる」と胸をはる。常駐する基地は首都ヴィリニュスの北西約100キロに位置し、ここからロシア領までわずか300キロである。ロシア軍からすれば、独ソ戦以来最も近い距離でドイツ軍と対峙することになる。プーチンからすれば、「ドイツ軍がそこまできた」と国民を煽り、統合していく恰好の歴史的ネタが提供されたわけである。リトアニアの安全保障に資するというよりも、双方の軍拡への象徴的意味合いをもってくるといえよう。
「行動原理としての戦争適性能力」
先週の直言「「戦争可能な正常国家」―日米軍事一体化と「統合作戦司令部」」のメインは「統合作戦司令部」の設置と日米の軍事的一体化だった。ドイツでも2023年11月9日に国防政策指針が発表され、「行動原理としての戦争適性能力」(Kriegstüchtigkeit
als Handlungsmaxime)を宣言した。ロシアのウクライナ侵攻とドイツにとっての戦争の脅威の高まりを背景に、ピストリウス国防相は既存の指揮系統を改め、国家防衛と同盟防衛の要件に合致させるよう求めた。2024年4月4日、新司令部体制を含む軍事改革が打ち出された。ピストリウスは統合作戦司令部(OpFüKdoBw)の設置などによって、「戦争ができる連邦軍」(kriegstüchtige Bundeswehr)になるとしている(『南ドイツ新聞』4月4日付)。連邦軍に新たな指揮体系を導入して、より軍事的効果を高めることを狙う。
この改革では、統合作戦司令部と従来の陸軍、空軍、海軍に加え、サイバー・情報宇宙軍(CIR)が構想されている。これは、電子戦とサイバー作戦、偵察、電子インフラの保護を専門とする。平和運動側のシンクタンク、軍事化情報センター(IMI21(2024/4/5)「時代の転換点の連邦軍―新しい指導機構は部隊と行政を戦争に適したものにする」)は、「行動原理としての戦争適性能力」と「新時代の連邦軍」の構造改革に分析を加えている。以下、その概略を紹介しよう。
今回の改革では、軍隊に加えて、連邦軍の管理部門も戦争の可能性に備えている。これまで兵士が行っていた管理業務を文民職員に引き継ぐため、インフラ・環境・サービス(IUD)部門に別部隊が創設され、軍の戦闘部隊に割り当てられる。しかし、人的資源の分野での改革アプローチについては、特に議論の的となっている。2011年に兵役義務は停止されているが、現在、その再導入を含めて対応可能な体制が構築されようとしている。かくして、2025年4月までに、連邦軍組織は「頭のてっぺんからつま先まで」、「戦争に適した構造」に改編されるわけである。
思えば、博士論文剽窃問題で失脚したフォン・グッテンベルク国防大臣(当時)は、2011年に兵役義務の停止を決断し、連邦軍の縮減計画を進めた(25万から18万5000人へ)。12年が経過して、いま、社民党(SPD)の国防大臣のもとで、徴兵制とまではいかないまでも、何らかの形での強制的な兵員確保のシステムが準備されている。
外交と安全保障というが、「緑の党」の外務大臣は好戦的で、ウクライナ問題に関連して、公の席で、「我々はロシアと戦争をしている」と口走ってしまった(この写真はそれを皮肉るもの)。
すべては「戦争」に向けて?
日本でも、昨年の「12.16閣議決定」(「安保3文書」(「戦略3文書」))によって、日本の戦後の安全保障政策の大転換の方向と内容が明確になった(直言「「12.16閣議決定」―「戦」と「時代の転換」」参照)。与党の副総裁が、「戦う覚悟」を国民に求めるところまできた(直言「「祖国のために戦えるか」「戦う覚悟」とは何か」参照)。従来は「周回遅れでドイツを追う日本」としてきたのが、ここへきて一気に差を縮めたように思われる。ドイツに続き、日本も「戦死者」を出す可能性がすぐそこまで来ている(直言「「駆け付け警護」―ドイツに周回遅れの「戦死のリアル」」参照)。
国民に負担をさらに高めるために、岸田政権は「防衛増税」を計画中である。ドイツではロシアに対して、日本では中国に対して、対外政策の圧倒的な軍事化が進んでいる。特に日本では、メディアの批判が弱いこともあって、国民を巻き込んだ議論もなく、政権側の矢継ぎ早の政策を追認するのみである。岸田政権は、憲法改正をしなくても、ここまでできると全能感に浸っているようである。だが、国民的合意なしの強引な手法が長続きするはずはない。
【文中敬称略】