大軍拡の時代――「行動原理としての戦争適性能力」
2024年4月22日

軍隊が案山子(かかし)になった時があった 

イツ首相のオラーフ・ショルツは30歳の時、社会民主党(SPD)の青年部(Juso)副議長として反戦・反核運動を展開していた(右の写真、RTL vom 18.3.2022より)。その翌年、「ベルリンの壁」が崩壊。ソ連邦は解体し、ワルシャワ条約機構も終焉を迎えた。ソ連という最大の敵を失ったため、NATOという集団的自衛権システムも西側各国の軍隊、とりわけNATO正面のドイツ連邦軍も、その「存在証明」にやっきとなり、軍需産業はリストラの危機に陥った。週刊誌『シュピーゲル』199035日号は、「敵のない軍隊」になって軍人は何のために存在するのかという特集を組んだ。その表紙は、軍服を着た案山子(かかし)だった(冒頭の写真)。それを先月の研究室撤収の際に、ドイツ連邦軍の小銃射撃用標的と並べて写真に撮った。ちなみにこの標的は、19997月にボンのフリーマーケットで入手したものだ。5.56ミリ小銃で蜂の巣になっている。顔の部分には、旧東ドイツの国旗をかぶせてレイアウトに凝ってみた。引越し時における一回性の「作品」である(笑)。

 だが、ロシアによるウクライナ侵攻が、国家間戦争の可能性を理由とした巨大な「軍事需要」を創出して、軍隊と軍需産業への税金投入をパーフェクトに正当化するに至った。軍隊の存在が「案山子」にまで後退した90年代とは格段の違いである。この44日はNATO創設75周年だった。創設60年の時はまだ「冷戦の遺物」性を払拭できず、焦燥感からコソボ紛争における「空爆」に踏み切ったが2000年代になって東方拡大へ、2023年には北方拡大を行って、今やNATOは「グローバルな体制」となったかの如くである(418日、南米アルゼンチンがNATOの「グローバル・パートナー」の要請をブリュッセルに行っている)。

 安倍晋三岸田文雄という二人の首相によって、NATOと日米安保の実質的な連携・連動は大きく進んだ。だが、これは国連を中心とする集団安全保障体制の強化につながらず、むしろ大国間の軍事的対立を激化させることに日本も積極的にコミットすることにつながる。ドイツもまた戦後長期にわたって維持してきた「軍事的抑制」の姿勢を放棄して、米英と同様、軍事力を普通に行使する「普通の国」となったのだろうか(「日独における「特別の道」からの離陸」『ドイツ研究』50号(2016年)参照。なお、拙著『平和の憲法政策論』(日本評論社、2017年)所収)。

 

大軍拡への号砲(「時代の転換」)

   ショルツ首相はこの40年あまりで、髪形を含む風貌だけでなく、その政治姿勢を含めて大きく変わった(冒頭写真参照)。ゲパルト自走対空機関砲に乗ってウクライナ支援の姿勢を見せようとしたことはすでに紹介した。興味深いのは、ドイツが軍事的に方針転換に踏み出す時の政権は保守ではなく、「社民・緑」であることだ。これは、19993月にドイツで在外研究を始めたときにも体験した(コソボ紛争でのNATO「空爆」への参加参照)。

   現在の「信号機連立政権」SPD(赤)、自民党(FDP)(黄色)、緑の党)の首相であるショルツは、ロシアによるウクライナ侵攻の3日後に、ドイツ連邦議会において「時代の転換」(Zeitenwende)を語り、ウクライナへの武器供与と1000億ユーロの特別基金による大規模軍拡を打ち出した(拙稿「「ウクライナ戦争」とドイツ――安全保障政策における「時代の転換」」『憲法研究』12(20235)参照)

 

軍備増強とリトアニア派兵 

 この212日、ショルツは、デンマーク首相メッテ・フレデリクセン(社民党)とボリス・ピストリウス国防相(SPD)とともに、ドイツ有数の軍需産業ラインメタル(Rheinmetall)の新しい弾薬工場の起工式に参加して、すでに完成している155ミリ砲弾の生産ラインを視察した(『南ドイツ新聞』2024213日付 )。2025年から砲弾、爆薬、ロケット砲を大規模に生産する。約3億ユーロが投資され、500人の新規雇用が創出される。中期的には毎年20万発の155ミリ砲弾がここで生産される予定だが、当初は年間5万発になる見込みである。最大の「消費市場」はウクライナであり、ゼレンスキーによる「砲弾よこせ」のプッシュにより、軍需産業の株価が下がることはない(直言「ウクライナを世界最大の兵器生産国にする――戦争を長期化させようとする力とは」参照)。

   ショルツは、GDP(国内総生産)の2%を軍備・防衛に費やすというNATO目標を毎年達成すると発表した。しかし、連邦軍のための1000億ユーロの特別基金が、遅くとも2027年か2028年までに使い切られる可能性があり、その場合、通常の国防予算の2%目標を達成するために、最大560億ユーロが毎年不足することになる。本来は多様であるべき安全保障政策が、過度の軍備増強を最優先に変質している。

 19908月のイラクによるクウェート侵攻によって始まった湾岸戦争も、実はイラクの侵攻をあえて引き出して叩くという、中東の石油支配を目指す米国による「挑発による過剰防衛」であったという評価があるように(ラムゼイ・クラーク編『アメリカの戦争犯罪』(柏書房、1992年)82頁以下参照)、ここまでの軍拡と軍備の消費市場を生み出すのには、ロシアのウクライナ侵攻が「必要だった」といえなくもない。米国による大軍拡への号令に乗って、ドイツもNATO諸国の軍隊も軍需産業も活性化している。

ドイツ連邦軍は、アフガンやアフリカミッションと違って、本来の欧州正面への本格派兵が初めて可能となった。まずはリトアニアへの即応戦闘旅団1(4800)派兵である。ドイツ単独で、一戦闘単位の大部隊を旧ソ連圏の国に常駐させるもので、第二次世界大戦後初めてのことである(連邦軍ホームページより)。ピストリウス国防相は、「この即応態勢の旅団によって、我々はここNATOの東側で同盟の指導的責任を担うことになる」と胸をはる。常駐する基地は首都ヴィリニュスの北西約100キロに位置し、ここからロシア領までわずか300キロである。ロシア軍からすれば、独ソ戦以来最も近い距離でドイツ軍と対峙することになる。プーチンからすれば、「ドイツ軍がそこまできた」と国民を煽り、統合していく恰好の歴史的ネタが提供されたわけである。リトアニアの安全保障に資するというよりも、双方の軍拡への象徴的意味合いをもってくるといえよう。

 

「行動原理としての戦争適性能力」

先週の直言「「戦争可能な正常国家」―日米軍事一体化と「統合作戦司令部」」のメインは「統合作戦司令部」の設置と日米の軍事的一体化だった。ドイツでも2023119日に国防政策指針が発表され、「行動原理としての戦争適性能力」(Kriegstüchtigkeit als Handlungsmaxime)を宣言した。ロシアのウクライナ侵攻とドイツにとっての戦争の脅威の高まりを背景に、ピストリウス国防相は既存の指揮系統を改め、国家防衛と同盟防衛の要件に合致させるよう求めた。2024年4月4日、新司令部体制を含む軍事改革が打ち出された。ピストリウスは統合作戦司令部(OpFüKdoBw)の設置などによって、「戦争ができる連邦軍」(kriegstüchtige Bundeswehr)になるとしている(『南ドイツ新聞』44日付)。連邦軍に新たな指揮体系を導入して、より軍事的効果を高めることを狙う。

この改革では、統合作戦司令部と従来の陸軍、空軍、海軍に加え、サイバー・情報宇宙軍(CIR)が構想されている。これは、電子戦とサイバー作戦、偵察、電子インフラの保護を専門とする。平和運動側のシンクタンク、軍事化情報センター(IMI212024/4/5「時代の転換点の連邦軍新しい指導機構は部隊と行政を戦争に適したものにする」)は、「行動原理としての戦争適性能力」と「新時代の連邦軍」の構造改革に分析を加えている。以下、その概略を紹介しよう。

   この分析は、いわゆる「戦争に適した能力」に着目している。連邦軍の指揮系統は合理化され、階層と指揮系統が明確化され、重複していた構造が解消される。新体制は、米国とNATOのマルチドメイン作戦のドクトリンをモデルにしているという。将来的には、すべての連邦軍の作戦は作戦司令部が管理することになる。これとは対照的に、従来の組織分野である軍隊基地と中央医療サービスは独立性を失い、新しい連邦軍支援司令部に統合される。

今回の改革では、軍隊に加えて、連邦軍の管理部門も戦争の可能性に備えている。これまで兵士が行っていた管理業務を文民職員に引き継ぐため、インフラ・環境・サービス(IUD)部門に別部隊が創設され、軍の戦闘部隊に割り当てられる。しかし、人的資源の分野での改革アプローチについては、特に議論の的となっている。2011年に兵役義務は停止されているが、現在、その再導入を含めて対応可能な体制が構築されようとしている。かくして、20254月までに、連邦軍組織は「頭のてっぺんからつま先まで」、「戦争に適した構造」に改編されるわけである。

 連邦軍副総監の下に連邦軍作戦司令部が置かれる。ピストリウスによれば、その任務は「(すべての連邦軍任務の)計画と作戦指揮を一元的に行うこと」である。このため、NATO正面の東側における域外活動から同盟防衛までの対外活動全般を担当する現在の作戦司令部と、災害救援から展開計画、国防に至る国内活動のために202210月に新設されたばかりの領域司令部が統合されることになる。

 この構造改革で最大の勝者となりそうなのは、軍の独立部門に格上げされる旧サイバー・情報空間(CIR)組織である。2017年に設立されたばかりの連邦軍のこの部門は、将来の兵器システムのネットワーク化の中心となる指揮統制能力(IT大隊)の確保と、偽情報やサイバー攻撃などの「ハイブリッド脅威の分析」を担当するとピストリウスは述べている。CIRがサイバー・オペレーション・センターやオペレーション・コミュニケーション・センターを使って、連邦軍の側からするサイバー攻撃やプロパガンダ・キャンペーン、偽情報を実行する能力があることは意図的に隠されている。さらにCIRは、盗聴アンテナや妨害送信機による電子戦を通じて、いわゆる「現場での偵察と影響」も担当している。こうしてCIRは、サイバーと情報空間における作戦の責任と指揮を担うことで、軍隊の一部門という新たな定義を満たすことになる(「CIR 2.0」)。

 現在の軍事構造改革の一環として、国防行政もまた、戦争に適したものにする方向に改編される。その焦点は、組織の分散化、部隊との近接性の向上、そして「防衛事態」(外部からの武力攻撃)の発生に伴い組織を即座に切り換える能力である。

 防衛分野については、70の対策パッケージが策定された。調達の迅速化に加え、「弾力的で持続可能な防衛産業の構築における産業パートナーの支援」、民間需要が停止した場合でも装備品の使用を保証すること、予備役の大量招集の可能性に備えて装備品や小火器の「最低備蓄量を定めること」に重点が置かれている。さらに軍需局は、「連邦軍のITサービスの調達と利用を最適化」するために、同省のサイバー・情報技術局および軍のCIR部門とさらに緊密に連携している。

 しかし、後方支援分野や人事の分野では、かなり大きな変更が保留されている。構造改革に関する記者会見でピストリウスは、「私たちは、何らかの義務兵役の再導入があり得ることを構造上考慮している」と述べた。第一段階として、ケルンに本部を置く人事局の下に4つの地域人事センターが設置され、必要に応じて他のセンターの業務を引き継ぐこともできる。地域センターはまた、緊急時の人員補充能力を確保するための組織の「核」となる。義務兵役の再導入に関する将来の政治的決定にかかわらず、これらの人事センターは「兵役のための強制招集に管理上対処できるようにするため、徴兵・入営手続の準備と検討」に着手するとされている。

思えば、博士論文剽窃問題で失脚したフォン・グッテンベルク国防大臣(当時)は、2011年に兵役義務の停止を決断し、連邦軍の縮減計画を進めた(25万から185000人へ)。12年が経過して、いま、社民党(SPD)の国防大臣のもとで、徴兵制とまではいかないまでも、何らかの形での強制的な兵員確保のシステムが準備されている。

外交と安全保障というが、「緑の党」の外務大臣は好戦的で、ウクライナ問題に関連して、公の席で、「我々はロシアと戦争をしている」と口走ってしまった(この写真はそれを皮肉るもの)。

 

すべては「戦争」に向けて?

日本でも、昨年の「12.16閣議決定」(「安保3文書」(「戦略3文書」))によって、日本の戦後の安全保障政策の大転換の方向と内容が明確になった(直言「「12.16閣議決定」「戦」と「時代の転換」」参照)。与党の副総裁が、「戦う覚悟」を国民に求めるところまできた(直言「「祖国のために戦えるか」「戦う覚悟」とは何か」参照)。従来は「周回遅れでドイツを追う日本」としてきたのが、ここへきて一気に差を縮めたように思われる。ドイツに続き、日本も「戦死者」を出す可能性がすぐそこまで来ている(直言「「駆け付け警護」―ドイツに周回遅れの「戦死のリアル」」参照)。

 ただ、違いもある。その点、ドイツの保守系紙はこう書いている。「日本はドイツと似たような再軍備計画を持っている。しかしベルリンとは異なり、東京は特別な資金を計画していない。今、軍のために多くの分野で節約をしなければならない。それは、私たちにも待ち受けている激しい議論の前触れである」(Die Welt vom 10.04.2024)と。

国民に負担をさらに高めるために、岸田政権は「防衛増税」を計画中である。ドイツではロシアに対して、日本では中国に対して、対外政策の圧倒的な軍事化が進んでいる。特に日本では、メディアの批判が弱いこともあって、国民を巻き込んだ議論もなく、政権側の矢継ぎ早の政策を追認するのみである。岸田政権は、憲法改正をしなくても、ここまでできると全能感に浸っているようである。だが、国民的合意なしの強引な手法が長続きするはずはない

【文中敬称略】


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