3選した都知事の罪――虚偽事項公表罪を中心に
2024年8月5日



「新聞への直言」の連載

6月から最終日曜日に『東京新聞』で「新聞への直言」というコラムを担当している。7月28日付では、「選挙の根本が問われている」と題して、東京都知事選挙を取り上げた(冒頭の写真参照)。いわゆる「石丸伸二現象」や選挙運動規制の問題よりも、私としては、隠された論点として、小池百合子知事の公選法違反の問題に絞りたかった。しかし、「新聞を読んで」という枠があり、7月はどの新聞もこの問題を見事にスルーしていたため、選挙翌日の8日付東京新聞社会部都庁キャップの「もやもや感」というコメントだけを拾った。候補者間の政策論争を避け続け、記者の質問にもまともに答えず、「裏金」問題で評判の悪い自民党の支援をこっそり受けて、小池は当選した。前回より5%以上投票率が上がったにもかかわらず74万票も減らし、2016年の初当選時とほぼ同じ得票しかできなかった。

 

公務員の地位利用(その1)――出馬要請の打診と公用車を使った選挙運動

  小池は、現職知事としての地位と権限に伴う「うまみ」を最大限に活用する戦術をとった。現職知事の場合、公務と選挙の両立をはかるために、公務を副知事などに任せて、選挙期間中は候補者に徹するのが一般的である。だが、小池は、候補者としての演説をまともにやることもなく、知事公務を行う姿を有権者に見せつけた。演説の場所としては、八丈島や奥多摩町などを選び、批判的な市民がヤジを飛ばすような都心の駅前などはできるだけ避けた。
   『日刊ゲンダイ』が情報開示請求によって入手した知事公用車「運転日誌」によれば、「現場視察」として給食センターや幼稚園、介護施設などを20カ所以上まわり、同行メディアに「子育て」や福祉、防災などをアピールした。例えば、7月4日夕方6時から立川駅北口で演説会が予定されていたが、昼前から杉並区、武蔵野市、立川市の視察先を知事公用車でまわり、演説会場に近づいていったという(『日刊ゲンダイ』8月3日付)。公用車による知事視察の形をとった、まさに選挙運動そのものではなかったか。

   公務を利用した選挙運動は、公職選挙法で禁止される「公務員の地位利用」にあたる可能性がある。この点でまず、小池の立候補の過程に問題がある。
   今年5月、都内52市区町村長が小池に知事選への出馬を「要請」したというニュースが流れた。ところが、これは市区町村長が自発的に要請したものであるかのように見せるため、知事側から「要請の打診」があったというのである。 

都民175人が6月26日、調布市長に要請を打診した疑いがあるとして、小池知事を公選法違反で告発した(『東京新聞』6月26日付)。公選法136条の2第2項1号は、「…公職の候補者になろうとする者(公職にある者を含む。)」が、「その地位を利用して、公職の候補者の推薦に関与し、若しくは関与することを援助し、又は他人をしてこれらの行為をさせること」を禁じている(2年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金)。告発状によると、小池は職務上の地位を利用し、5月に開催された東京都市長会に参加した首長に「小池氏が立候補することを期待し、支持を表明することを求め」、首長に「推薦され、支持される行為をさせ」たとされる。複数の首長がその後の記者会見や議会で、知事側から打診があったという趣旨の発言をしているという。知事という権力者がそのような打診をすれば、市区町村長たる他人をして「公職の候補者の推薦」をするよう促すことになることは明らかだろう。

 

公務員の地位利用(その2)――定例記者会見を使った選挙運動

 都庁での定例記者会見も小池の選挙運動に利用されたようである。6月28日の定例会見(オンラインで生中継)に注目した郷原信郎弁護士と上脇博之神戸学院大教授は、そこでの小池の発言が「公務員の地位利用による選挙運動」にあたるとして、東京地検に告発した(その経緯と内容はここから)。

「都の政策に関する公務としての知事定例会見であるにもかかわらず、その質疑応答の中で、都庁クラブ担当記者からの街頭演説の手応え、どういう人が手を振り返してくれたかなどの選挙運動についての質問に答え、自らの選挙運動の状況や有権者の反応を具体的に説明するなどしたものである」。「他の自治体では、現職の首長が立候補した場合には、選挙運動に専念するので選挙運動期間中の定例会見は行われないのが一般的であるが、被告発人[小池]は選挙運動期間中であったにもかかわらず定例記者会見を開催し続けたうえに、本件告発事実の記者会見も、誰でも閲覧できるように動画配信を続けていた。当然、本件選挙における選挙権者である都民も自由に閲覧できた」等々。この告発の意味と位置づけについては、伊藤乾が選挙当日にアップした評論に、私も共感する。

 この定例会見を使った選挙運動の結果、「所得制限なしの子育て支援」などを小池知事の成果のように見せることが可能となり、子育て世代の有権者が、「小池都政のリセット」を前面に掲げた対立候補よりも現職を選ぶことに「安心」を求めたことは十分あり得ることである。「よいしょ質問」をして小池の「やってる感」を演出した番記者たちも、「地位利用」を側面から支えた「共犯」といえよう。「首相と飯食う人々」と同様、報道に携わるものとして「恥を知れ」、である。

私は、何よりもかによりも、政策や公約を語ったり、都政の今後を語ったりする前提として、彼女の経歴に、学歴詐称という「嘘」(虚偽事項)が含まれている以上、選挙運動を行う資格を欠いていると指摘している(直言参照)。以下、具体的に述べる。

 

学歴詐称―虚偽事項公表罪(公選法235条)

冒頭3枚の写真は、上は、日本テレビでアシスタントキャスターをやっていた1985年のプロフィルと思われる。その右は今回の選挙公報(東京都選挙管理委員会)である。その下は、東京都のホームページにリンクした小池百合子公式ホームページからとったものである。「カイロ・アメリカ大学東洋学科卒業」、「カイロ大学卒業」、「カイロ大学文学部社会学科卒業」と、何とも賑やかである。

 私は長きにわたり、学士、修士、博士の学位を授与する機関(大学・大学院)で仕事をしてきた。学位の審査・認定の要件は厳格である。例えば、学生の場合、卒業履修単位が足りなければ卒業できない。博士学位にしても、厳格な手続きで審査され、学位判定教授会の3分の2の特別多数で決定する。それだけ重いものである。日本ではあまり聞かないが、欧米では、学位を金で売買する「ディプロマミル」(学位証書工場)が存在する(直言「学位が売られる?」)。日本では考えられないが、ドイツでは、博士論文の剽窃で、政治家が地位を失う事件も起きている(直言「コピペ時代の博士号」参照)。なお、巧妙な手段で修士学位を手に入れて、「学歴ロンダリング」をやった政治家夫人のことも書いたので参照されたい(直言「「学位」をめぐる規制緩和の「効果」」)。「末は博士か大臣か」という言葉が死語といわれるほどに、博士学位の地盤沈下は著しい。

 ドイツの政治家は、博士論文に剽窃部分が見つかり、大臣を辞任したりすることが起きる。小池の場合は修士や博士ではなく、学部を卒業したかどうかである。4年前の知事選挙のとき、石井妙子『女帝 小池百合子』(文藝春秋社、2020年)が出版された。カイロ大学留学時のルーム・メイトに直接取材したもので説得力があったが、知事選にはほとんど影響を与えず、小池は圧勝した。今回の知事選の前に、『文藝春秋』5月号に、元側近の弁護士が「爆弾告発」をした。4年前は匿名だったルーム・メイトも実名・顔出しで、同じ号に「カイロで共に暮らした友への手紙」を掲載している。これも、同じ時期、同じ部屋で生活をした人でなければ書けないリアリティがある(直言「政治家にとっての「学位」とは」参照)。

 この「直言」で紹介した作家の黒木亮の指摘は重要である。カイロ・アメリカン大学に留学し、上級アラビア語コースを修了した後、大学院で修士号を取得している。小池の件で複数回の現地取材を重ねた結果、「小池氏がカイロ大学の卒業要件を満たして卒業したという証拠、印象、片鱗は何一つ見出せなかった」と断定している(「小池百合子「カイロ大卒」の真偽」参照)。

 伊藤乾「「小池都知事学歴詐称問題」を別の角度で検証、大学の公文書とは何なのか」(2024年4月15日)も説得力がある。小池が4年前に示した「卒業証書」なるものの怪しさを、とことん明らかにしている。そもそも、日本語によるカイロ大学学長名の「声明」というのはきわめて不自然で、とうてい信用に値しない。媒体も、「エジプト大使館のフェイスブック」というのも奇妙である。4年前、英文の「声明」もフェイスブックに出されると、メディアは、「卒業は間違いない」と早々に撤退してしまう体たらくである。なお、黒木はこの声明について多面的に考察して、その怪しさを指摘している。背後には、黒木のいう「「カイロ大卒業」を取り繕うエジプトの小池人脈」が存在するのだろうか。このあたりは私には断定はできないが、メディアがもっと本腰を入れて取材すれば見えてくるはずである。

 

 小池知事には「先輩」がいた――参院議員・新間正次

さて、小池には「先輩」がいる。新間正次である。旧民社党の愛知県選出の参議院議員。地元CBCラジオのパーソナリティを長くやっていた。キャスター出身の小池と似ていて、しゃべりがうまく、人気があった。

新間は1992年7月26日の第16回参議院選挙で、愛知選挙区で初当選した。選挙公報の経歴欄には、「明治大学政経学部入学」と掲載されていた。だが、明治大学に入学した事実はなかった。読売新聞候補者略歴アンケートに対しては、最終学歴欄に「昭和三十年、明治大学政経学部中退」と記載していた(『読売新聞』1992年7月29日付夕刊)。

名古屋地検は、93年8月31日、選挙における当選目的で経歴を詐称した公職選挙法違反(虚偽事項公表罪)で新間を在宅起訴した。100日裁判の結果、同年12月24日、名古屋地裁は新間に、禁錮6ヶ月、執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。判決は、「明治大の学生原簿などの記録から入学の事実はない」と、政治家の推薦で明治大に入学したとの弁護側の主張を退け、被告人に「虚偽の認識はあった」と認定した(『毎日新聞』1993年12月25日付、写真参照)。

 新間議員は無罪を主張して控訴したが、1994年4月26日、名古屋高裁は控訴を棄却した。判決理由のなかで、「被告人は明治大学に受験も入学もしていないし、自己の学歴がうそということを十分認識していた。さらに民社党愛知県連職員に、口頭でうその学歴を述べて、経歴書を確認している。スイス留学の演説も虚偽であることを認識しており、同留学は公選法上の経歴に当たる。一審判決に食い違いや事実誤認があるなどと主張した控訴には理由がない」と指摘した(『毎日新聞』1994年4月27日付)。なお、判決は、「中学時代、公費の海外留学生に選ばれ、スイスでボランティアの勉強をした」という「スイス留学」についても、「公選法上の経歴に当たる」としたうえで、学歴、スイス留学ともに「当選目的で、虚偽の認識もあった」と認定した(『読売新聞』12月25日付)。 

  新間は上告したが、最高裁は上告を棄却して、禁錮6カ月、執行猶予4年の有罪判決が確定した(『毎日新聞』1994年7月29日付、写真参照)。新間は失職した。

 判決確定・失職から7年ほどたって、新間は新聞のインタビューを受けて、「勇気がなくて、本当のことを言えなかった。あのとき、本当のことをしゃべっていたら…」として、次のようにいう。「一つのうそが、人生を狂わせた。「明治大学中退」と言い出したのは、いつのころだったか、議員にならなければ、経歴をこれほど問われることはなかっただろう。うそが発覚後もあいまいに逃げ通そうとして、さらに泥沼に入っていった」(『読売新聞』2001年4月12日付)と。

 新間と同様、まずはラジオ番組で人気が出てきた小池は、30代前半の頃は、カイロの大学を出たといえば、「すごーい」といわれて調子にのって、授業の多くが英語の「カイロアメリカ(ン)大学東洋学科卒業」としていたのだろう。やがて、テレビに出るようになって、2年次中退だったカイロ大学を「卒業」と履歴書に書いてしまった。新間は入学もしていないのに「中退」と書いて、「虚偽事項公表罪」で有罪となった。新間が「一つのうそが、人生を狂わせた」といって後悔しているが、新間には誠実さを感じる。

そこで想起するのは、20年前に米国の大学を卒業したと履歴書に書いて、実際は中退だったとして議員辞職した古賀潤一郎衆議院議員のことである(直言「小さな嘘と大きな嘘」参照)。人生は多彩で多様である。大学を中退しても、そこから成功した人はたくさんいる。私が小池の姿勢に重大な疑問を抱くのは、小さな嘘を大きな嘘に変えてしまったことである。エジプト政府や大使館まで動かしていたとすれば、事は重大である。「なかったことをあったことにしてしまう」その強引で傲慢な手法は、必ず無理が出てくる。たった1件の卒業証書のために、エジプトの権威主義的政権に、チェコやスウェーデンと同規模の予算をもつ東京都のトップが借りを作った可能性がある。これが、今後、どのような影響を与えていくか未知数である。その意味では、新間正次の「虚偽事項公表罪」よりもはるかに影響は重大かつ甚大といえよう。

 日本の最もパワフルな女性」

この写真は、『南ドイツ新聞』2020年7月4/5日付に掲載された同紙東京特派員のトーマス・ハーンの署名記事である。ファイルのなかに眠っていたので、この機会にアップする。この記者は日本の問題について鋭い評論を書くことで知られている。この「直言」でも彼の記事何度もl紹介している。G7広島サミットや、安倍晋三暗殺事件についても長文の評論を書いている。

 この4年前の都知事選投票日(5日)前日の長文の評論は、まるで小池圧勝の予定稿のような書きぶりである。写真は、コロナ対策で「3密」を訴えるパフォーマンスである。小池は「現代保守の原型のようだ。カリスマ性があり、強力なリーダーで、決断力があり、国際的でさえある。彼女の履歴書には、カイロ大学卒業、元アラビア語通訳、ニュースキャスターとある。 コロナウィルスの大流行の際、安倍晋三首相が非常事態宣言を躊躇していた時期に、彼女は東京のために明確なアナウンスを行った。…多くの国民は、小池氏に任せておけば大丈夫だと感じている」。4年前なのに、ポイントを抑えた筆致である。

「しかし問題は」として、ここからがこの記事の白眉である。「この魅力的な政治家としての小池百合子の裏の顔である」として、2013年にテレビで「私たちは憲法を変えます」と語ったことに触れ、「戦略の中身を見ると、具体的なものは何もない。プランもシナリオもない。これは小池氏の典型である。主要な社会問題になると、彼女はしばしば流行語しか発しない。例えば、1923年の関東大震災の虐殺の犠牲者を追悼する式典に、前任者たちは全員出席していたにもかかわらず、彼女は挨拶状を送っていない。また、彼女が2017年の国会議員選挙の前に設立した希望の党は、地方選挙における外国人参政権に反対することを党の綱領に明記していた」と。「右翼ナショナリスト組織である日本会議との親密さ」も指摘しつつ、日本会議のメンバーとのイベントで発言する小池氏。 「私たちは憲法を変えます」と彼女は言う[小池の最側近の野田数は帝国憲法復活論者!!]。 男性からは賛同の声が上がる。 この態度は、多様性のある東京を推進するという彼女の計画にどう合致するのだろうか? 都の広報によれば、小池知事はこの質問には答えないという。

そして、彼女の学歴の問題について、当時出版されたばかりの石井妙子『女帝 小池百合子』を紹介して、小池氏がカイロ大学を卒業していない事実に触れている。「小池氏のアラビア語の知識があまり広くないことに何度も気づいている。小池氏の自己顕示欲は行き過ぎだろうか。疑問符がついたところで、小池氏が選挙で勝利することに変わりはない」と結んでいる。この時は、366万票(得票率59.7%)で、圧勝だった。

ちなみに、24年前、家族を連れてカイロを旅行したことがある。「旅行ガイドのアラビア語コーナーに、「おはよう」「ありがとう」と並んで、「あなたは嘘つきだ」「いらないよ」「うるさい」「触るな、この変態!」という言葉が列挙されている」(直言「エジプトのコプト教徒」参照)。「ミシュ・アーウィズ」は「ノー・サンキュー」よりも強力で、街頭で私たちに物品を売りつけようと群がってくる男たちは、この一言で去っていった。だとすると、アラビア語で「あなたは嘘つきだ」は何というのだろうか。当時のノートがどこかにいってしまったので、わからない。小池知事に教えてもらおう。

【文中敬称略】

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