オリンピックと政治と戦争と――ロシアとイスラエル
2024年8月12日


オリンピックと政治

暑のなかのオリンピック。ただでさえ暑いのに、テレビをつければ、ニュース番組まで浮かれた空気である。ロンドン五輪の時に書いた直言「どさくさ紛れに「決める政治」と「五輪夢中」のメディア」では、「この国の政治が五里霧中の状況にある時、メディアの頭が「五輪夢中」なのは情けない限りである」と批判している。

  オリンピック憲章にあるように、「オリンピック競技大会は、個人種目もしくは団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」というのが大原則のはずだが、理念と現実の乖離は著しい。毎回の五輪大会は「政治」に彩色され、蚕食されている。

   「戦争と五輪」の関係でいえば、第一次世界大戦のため、1916年ベルリンは中止になった。第二次世界大戦のため、1940東京と1944年ヘルシンキの各大会はなくなった。この写真は、その「幻の東京大会」の記録である(直言「わが歴史グッズの話(27)幻の第12回オリンピック東京大会」)。 

  毎回の大会には、その時々の「政治」が色濃く投影される。私が中学生の時のメキシコ五輪(1968年)。男子200メートルの表彰式で、2人の黒人選手が、うつむいて拳を高くあげて黒人差別に抗議した場面は鮮明に記憶している。1972年のミュンヘン五輪は、パレスチナゲリラによるイスラエル選手団の人質事件で知られる(直言「五輪史上の「汚点」―ミュンヘン1972と東京2020」)。1980年モスクワ五輪は、ソ連のアフガニスタン侵攻のために西側諸国がボイコットした。1984年のロス五輪は、今度はソ連など東側諸国が不参加だった(中国を除く)。1988年のソウル五輪を北朝鮮がボイコットしたときも、中国は大会に参加した。そして、自ら五輪開催国に立候補した。

  2008年「北京五輪」の政治性は際立っていた(直言「ベルリンと北京の間」)。五輪で感動を呼ぶのは、国家を背負わない演技である。だが、オリンピックの出自そのものが「戦争」と「政治」に深く関わっており(「別の手段による戦争または政治の継続」)、毎回の大会がその時々の「政治」に深く影響されることは、ある意味では避けられない。IOC会長の博士論文にまでこだわって、オリンピックの政治性について論じたこともある(直言「コロナ緊急事態下の東京2020の「予測」――IOCバッハ会長の博士論文」参照)。


コロナ禍の東京五輪2020

 安倍晋三政権が東京招致を狙い、強引な手法を駆使して(一例:「おい、馳、何でもやれ。機密費もあるからな」)、ついに東京2020へのキップを手に入れた。直言「東京オリンピック招致の思想と行動―福島からの「距離」」で指摘したように、安倍と東京招致委員会の戦略は、「福島」との距離の強調、徹底した封印だった。そこには、「アンダー・コントロール」に象徴される、「3.11」の影響に対する徹底した過小評価があった(直言「「復興五輪」というフェイク」)。2016年のリオ五輪閉幕式で、次回開催都市の東京の知事への五輪旗の授与があった。当選したばかりの小池百合子知事は得意満面だった(右の写真参照。3選時はここ)。

  コロナの感染拡大のなか、「フクシマ」を加えて東京開催に反対する国際医師団体の声明を紹介したり、内外の五輪中止の呼びかけを紹介したりした(直言「「どうか日本に来ないでください!」―東京五輪中止の呼びかけ」および直言「「危険で不安な五輪」の開催強行」等々参照)。なお、五輪と自衛隊の関係については、直言「わが歴史グッズの話(48)オリンピックと自衛隊――東部方面隊「東京1964」」参照のこと。

 

パリ五輪の際立った政治性――ロシア・ベラルーシ参加禁止とイスラエル参加

  前述したように、オリンピックは、その時々の国際政治と当該国の国内政治に深い影響を受ける。ロシアによるウクライナ侵攻により、国際オリンピック委員会(IOC)は、ロシア・オリンピック委員会(ROC)を無期限資格停止処分にした(『日経』2023年10月12日)。だが、オリンピック憲章は国籍による差別を認めていないから、当該国の選手の参加を完全に排除することは許されない。IOCはさまざまな条件を付けて、ロシアとベラルーシの選手の出場資格を認めた(2023年12月8日)。「中立的立場の個人資格の選手」( Individual Neutral Athletes、仏語で Athlètes Individuels Neutres(AIN))と呼ばれ、ウクライナ侵攻を積極的に支持せず、軍・治安機関に所属しないことなどを条件とした。団体競技への出場は認められず、国歌や国旗も使用できない。開会式での入場行進は認められず、メダルを獲得した際の表彰式では、新たに制作された専用の旗や賛歌が使用される(右上の写真は、Berliner  Zeitung vom 9.8.2024より)。

   他方、ガザ地区で大量虐殺を行い、国際司法裁判所からもその占領政策の違法性を厳しく指弾されている、「国際的ならず者国家」イスラエルについては、3月6日にIOCがパリ五輪への出場を容認する方針を打ち出した。ロシアとまったく異なる対応をするIOCに対して、「二重基準」(ダブルスタンダード)という批判が向けられている。

  メディアも視聴者も熱狂するメダルの獲得数という面から見れば、明らかにパリ五輪は異様である。三桁のメダルをいつも獲得する米国に続いて、中国、日本、オーストラリア、フランスの順である。東京五輪では、ROC(ロシア五輪委員会)は5位に入っており、メダルは71個(金20個)である。2016年のリオ五輪ではロシアは4位(56個(金19個))、2012年のロンドン五輪では4位(68個(金19個)である。

   今回、ロシアが参加すれば、米国や中国と並んで相当数のメダルを獲得しただろう。特に体操女子やレスリング、アーティスティックスイミング(シンクロナイズドスイミング)などではメダル状況は確実に変わったはずである。参加したAINの選手は30人前後という(7月7日のNHKのカウント。なお、『南ドイツ新聞』8月4日によると32人(ロシア15、ベラルーシ17))。

   結果は、トランポリン男子で、AINの選手(ベラルーシ)が、AINとして初の金メダルを獲得した。この選手は、東京大会から続いてオリンピック2連覇を達成した。また、テニスダブルス女子でも、AINのロシア選手が銀メダルを獲得している(結局、AINはメダル数で計5個、47位)。

   と、ここまで書いてきて、いったん執筆を休止させていただきたい。4年半前に初めて日本でコロナ感染が確認された頃にアップした直言「新型コロナウイルス感染症と緊急事態条項―またも「惨事便乗型改憲」」以来、38本以上のコロナ関連「直言」を書いてきて、2021年5月以来7回のコロナワクチンを接種して、4年半にわたり、一度も感染することなく仕事を続けてきた。だが、ついに先週、感染してしまった。妻の退院の日と重なり、隔離生活となって執筆が停滞した。コロナの症状の一つである「倦怠感」というのは執筆パワーを圧倒的に減殺する。というわけで、ここで今回のオリンピックの話題は絶筆とし、続きは他日を期したいと思う。ご了承いただきたい。
  なお、高橋雅人「オリンピックと政治―「政治による利用」と「スポーツ団体の自律」」『法学セミナー』2020年8月号参照。

【文中敬称略


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