9年ぶりの「緊急直言」――ノーベル平和賞の風景
え?おおー。高校生平和大使の瞬間的な言葉がすべてを象徴していた。10月11日午後、2024年ノーベル平和賞に、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)への授賞が決まった。TBSのnews23は、ネット配信される授賞記者会見をスマホで見ている箕牧智之代表委員(82歳)と高校生平和大使3人の姿と、コーナーワイプ(小窓)に、授賞を発表するノーベル委員会のヨルゲン・ワトネ・フリドネス委員長(39歳)の姿を同時進行で流した(上記写真)。同じアングルで、ドイツZDF11日7時(現地時間)heuteがトップで、同じアングルの映像を使った。定期購読している『南ドイツ新聞』10月11日も、原爆の惨劇を体験し、長い苦難の歩みをして来られた箕牧代表委員の驚きと喜びの姿に、若い世代の高校生の姿を重ねている。news23は高校生の、「発表を聞いた瞬間、鳥肌が立ちました。人の思いが持つ力の強さ、そしてそれがつながっていくことの強さを、肌で心ですごく感じた瞬間だった…」というコメントを伝えている。歴史的な出来事をスマホでキャッチして、その意味を素直語る姿に未来を感じた。
「ノーベル平和賞の政治学」が成立するほどに、この賞はその時々の国際政治を反映している(直言「ノーベル平和賞と「零八(08)憲章」参照」。1964年には佐藤栄作元首相が「非核三原則」で授賞したが、核密約 や日本核武装の検討などが明らかになるにつれ、佐藤栄作=ノーベル平和賞は語られなくなった。
今回、ノーベル賞委員長が日本被団協の授賞理由を説明するなかで、「核のタブー」という言葉を何度も使ったのが印象的だった。「タブー」という言葉は多義的であり、歴史的にも複雑な使われ方をしてきた。ここでは、「核兵器は二度と使われてはならないのだという規範を守るため、核兵器に対する「タブー」を維持する」ことの重要性が語られているから、明らかに「規範」よりも広い意味が含意されている。核兵器を使うことは道徳レベル、人間本性レベルで許されないのだという根源的ラインを堀り崩すような動きが、そこここで生まれている。ロシアのメドベージェフ(安保会議副議長) 、北朝鮮の金正恩、イスラエルのネタニヤフ、米国のトランプなどの口から、核の使用を肯定する発言が出ている。そうしたことへの危機感が、ノーベル賞委員会にあったのだろう。
2017年7月7日、「核兵器禁止条約」が国連加盟国の6割を超える122か国の賛成により採択された。この条約を推進した「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)には、その年のノーベル平和賞が授与された。条約は、2021年1月22日に発効した(直言「「核兵器禁止条約発効の意義」参照)。
だが、この3年の間に、核兵器をめぐる世界の状況は大きく変わった。核兵器廃絶に向かって世界が動き出していたところで、巨大な「歴史的反動」が生まれた。ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルによるガザ殺戮はレバノン侵攻へ、さらにはイランとの武力対立にまで発展している。この間、核保有国は核兵器使用のハードルを徐々に引き下げてきているように見える。
『朝日新聞』ロンドン支局長がフリドネス・ノーベル賞委員長に電話インタビューした記事(10月12日付夕刊1面トップ)にある言葉が注目される。「被爆者とその証言が、いかにして世界的な広がりを持ったか。いかにして世界的な規範を確立し、核兵器に『二度と、決して使ってはならない兵器』という汚名を着せたか。それこそが、この賞の本質なのです」「記憶を生かし続けることで、私たちはより良い未来に向かって努力することができる。私たちはそう信じています」「この授賞は、何十年も声を上げ、自らの体験を語ってきた人びと、時の経過とともに亡くなったすべての人びとに対する評価です。そして、今日まで、彼らが活動を続けてきたことに対する評価でもあります」。そして、核兵器の全廃は非現実的だ――。そんな声にどう反論するかとの問いに、フリドネス氏は即答した。「核兵器に安全保障を依存する世界でも文明が生き残ることができると考える方が、よほど非現実的ですよ」と。
石破政権の後ろ向き対応
ノーベル平和賞のニュースはまったくのサプライズだった。ラオス訪問中の石破茂首相は、現地記者会見で「核兵器廃絶に取り組んできた団体へのノーベル平和賞授与は極めて意義深い」と述べた。田中熙巳被団協代表委員(92歳)は、米国との核共有や非核三原則の見直しの検討に言及している石破首相からの電話に対して、「(核兵器廃絶の)先頭に立って欲しい」と訴えたが、具体的な反応はなかった(『朝日新聞』10月12日)。安倍晋三政権が「核共有(ニュークリア・シェアリング)の議論に踏み込んだが、石破首相も同様の方向をめざしているようである。岸田文雄政権が南西諸島に核シェルターを整備する政府方針(2024年3月29日) を決めたが、石破首相もその方向を変えることはないだろう(その動きを批判する「直言」参照)。
核兵器は憲法上「持てる」が、原子力基本法による法律上の制約や、非核三原則などの政策的理由から「持たない」というのが一貫した政府の立場である。核兵器は持てるが持たない」という立場である(直言「「核兵器は持てるが持たない」論の狙い」)。2012年に原子力基本法が改正されて、核兵器保有へのハードルが下げられ、非核三原則の「二原則化」が、沖縄の弾薬庫に核兵器を持ち込むことで実質的に進む可能性もある。昨年5月のG7「軍都広島」サミットは、「軍需産業の僕」となったゼレンスキーを広島に招いて、核兵器の有効性を確認する場となった。「核兵器使用のリアル」は一段と進んでいる。
昨年12月に広島を訪れた孫たちと、今回のノーベル平和賞受賞の意味について語り合おうと思う。