靖国参拝したウクライナ大使
9月3日18時29分、在日ウクライナ大使館のX(旧ツイッター)に、「セルギー・コルスンスキー大使が靖国神社にお詣りし、祖国のために命を落とした方々を追悼いたしました」として、この写真が投稿された。写真は3枚。芳名録に署名する大使、手水舎で手水を使う大使の写真も。すぐに、「靖国神社は戦争犯罪者を合祀したところ」「侵略被害国大使が太平洋戦争侵略者を哀悼した」等々、これを批判する書き込みが見られ、韓国『中央日報』(日本語版)9月5日によると、写真は9月4日のうちに削除されたという。
コルスンスキー大使といえば、2022年2月のロシア軍による侵攻が行われると、ロシアの大学との学術交流を行っている大学に手紙を送り、学術交流をやめるよう要求した。東京大学、早稲田大学などはこれを拒否した。東京外国語大学にも交流断絶を求める文書が届いたが、ロシア語学科の学生を中心に、「日本の大学とロシアの教育機関との関係断絶を阻止しよう!」(3月11日付)という署名運動が行われた。「私たちは、国家の主権や平和と同じく、学問の自由も尊重する必要があります。ロシアであれ、ウクライナであれ、世界の全ての国と地域との学術的・文化的交流を政治的な理由で絶つことは得策とは思いません」として、① 在日ウクライナ大使館が今回の要請を撤回すること、② 国内の大学が在日ウクライナ大使館からの今回の要請を受諾しないこと、を求めた。「ウクライナ侵略」を行ったロシアへの怒りから見過ごされがちだが、大学と大学人らしい理性的で適切な対応だったと思う。
なお、コルスンスキー大使は自治体にも圧力をかけた。大使館のツイッターを使い、また書簡を送り、ロシア国内の都市と姉妹都市関係を結ぶ日本の自治体に関係断絶を呼びかけた。「ウクライナが卑劣なロシア侵攻を受けるなか、ロシアの町との『姉妹関係』を保ち続けるのは偽善のように思われます」とした上で、姉妹都市関係にある自治体のリストまで添付した。『朝日新聞』2022年3月12日付夕刊がこれを伝えた。自治体からは困惑の声があがった。自己PRに長けた小池百合子東京都知事だけは、コルスンスキー大使の呼びかけに直ちに反応して、姉妹友好都市のモスクワ市、交流・協力関係にあるロシア中南部トムスク州との交流を即時停止すると表明した。だが、都の担当幹部は、モスクワ市との関係は重いとして、姉妹友好都市の関係は維持した。
ボルゴグラード市と姉妹都市提携を締結している広島市は「姉妹都市提携50周年」記念行事の一環としての市長の現地訪問は中止したものの、「国の動向とは切り離して取り組んでいる」と提携関係は維持した(『朝日新聞』3月11日付広島県版)。私は直言「スターリングラードの「ヒロシマ通り」」で書いたように、同市関係者と会って取材したことがある。国家の指導者が誤った政策をとったとしても、市民間交流や自治体間交流の断絶をすべきではない。
結局、在日ウクライナ大使館は、3月11日夜にツイッターで、様々な意見をもらったと明かしつつ、「確かに行き過ぎたお願いだったかもしれません」と釈明した。
バンデラ主義者の駐ドイツ大使
書簡やツイッターで大学や自治体に交流断絶を求めたウクライナの駐日大使もそうだが、より無礼で傲慢な態度で知られたのが、ウクライナの駐ドイツ大使アンドレイ・メルニクである。ドイツの武器供与に関連してメルニク大使は、当初慎重な姿勢をとっていたショルツ首相を「レバーソーセージ」と呼んで罵倒した。発言の激しさは度を越していて、ドイツの政治家たちを活発に非難した。「疲れ知らずの諫言家」と評された。国家元首であるシュタインマイヤー大統領にまで激しい言葉を浴びせた。
メルニクは2015年4月、大使としてドイツに着任後、ウクライナ民族主義者でナチス協力者であるステパン・バンデラを称賛した。ミュンヘンのバンデラの墓を訪問し、献花もしている。メルニクは、激しい政治家批判とバンデラ擁護発言もあって、駐ドイツ大使を解任された。2年前のことだが、この「物議を醸した外交官」についてここで触れるのは、ウクライナ政府・軍のなかに、ロシアの侵攻に口実を与えるような極右的傾向が存在するからである。
メルニクはその後、2024年6月末、ドイツのメディアとのインタビューのなかで、バンデラが生きていた時代のユダヤ人虐殺を「些細なこと」と指摘し、バンデラを擁護した。それが報じられると、駐独イスラエル大使はツイッターで、「ウクライナ大使の発言は、歴史的事実の歪曲だ。ホロコーストを些細なことと決めつけ、バンデラと彼のグループによって殺害された人々を侮辱した」と激しく非難した(tagesschau vom 9.7.2022)。
トルコのコチ大学(イスタンブール)の歴史研究者 タリク・シリル・アマール(Tarik Cyril
Amar)のウクライナの超国家主義者や過激派についての論稿(RT 17.Oct, 2024)は、発表媒体だけ見てフェイクだと切り捨てる前に、ウクライナの「不都合な真実」についてもう少し正面から向き合うことが必要だろう。「ウクライナ社会には、いかなる交渉も屈服と呼ぶような急進的な層が常に存在する」
「ウクライナの極右は成長しており、民主主義にとっての危険を構成している」「ゼレンスキーが暴君にならざるを得なかったのは、戦争のせいではない。
かつてのコメディアンと彼の党(実際はカルトと冷酷な政治マシーンとのハイブリッド)の権威主義的衝動は、2022年2月[24日]のロシア侵攻よりも前、少なくとも2021年にさかのぼる」「第三突撃旅団、つまり極右の「アゾフ」部隊」「ゼレンスキーは極右と積極的に手を組んだ」等々の指摘は興味深い。
ウクライナの「不都合な真実」をめぐって
私自身、ウクライナ侵攻以来、日本政府やメディア、国会でゼレンスキーを迎えてスタンディングオベーションまでした共産党委員長(当時)を含めて、「ウクライナ戦争」への固定的イメージに違和感を覚えてきた。NHKがワールドニュースの枠から「ロシア・トゥディ」(RT)を排除した2022年3月11日後すぐに、直言「「大本営発表」はロシアだけではない─メディアが伝えないウクライナの「不都合な真実」」をアップした。紛争当事国の双方の情報を出し続けるのがメディアの仕事である。BBCやABC、ZDFなどと並んで、RTの放送を続けるべきだったと思っている。
ロシア侵攻により、たくさんの現代兵器の展示場のようになっていることを戦争開始直後に指摘したのが、直言「わが歴史グッズの話(49)兵器の在庫処分と新兵器の実験場」である。ウクライナへの兵器供与の問題をめぐる議論の錯綜を、直言「ユルゲン・ハーバーマス「戦争と憤激」─ドイツがヒョウでなくチーターを送る時代に」で紹介した。
開戦半年の時点で、西側諸国によるウクライナへの「兵器供与のリスクと副作用」の問題を論じ、日本もウクライナに兵器供与をしようとする動きを批判した(直言「「陳腐化」した兵器をウクライナに?―多連装ロケットシステム(MLRS)」)。直言「戦車と「戦争の犬たち」―「ウクライナ戦争」の背後で」や「もっと武器を!! 」というゼレンスキーを批判する直言「「ウラヌス作戦」80周年のリアル―「ロシア・NATO戦争」への「勢い」と「傾き」」もアップした。
フィンランドとスウェーデンのNATO加盟を「火遊び」と指摘して、NATOの北方拡大を批判した(直言「NATO「北方拡大」は何をもたらすか」)。
その一方で、侵攻を批判するロシアの研究者や法律家の動きもいち早く伝え(直言「「プーチンの戦争」に反対する―ロシアの研究者と弁護士の抗議声明」)、ロシア内部に目を向けることの重要性を説き(直言「戦争をいかに止めるか」)、ロシアの作曲家の曲を演奏せず、ロシアの芸術家を排除する動きを批判した(直言「チャイコフスキー交響曲第2番「小ロシア」or「ウクライナ」」)。プーチンの強引な憲法改正やロシア国民の権利の抑圧についても批判している。
この戦争の本質を、「ロシアの侵略戦争」という面だけで見るのではなく、リチャード・フォークの「地政学的なヘゲモニー戦争」という切り口や、NATOとロシアの「プロキシ(代理)戦争」という視点も必要だろう。戦争が2022年2月24日ではなく、2014年の「マイダン革命」を契機に始まり、クリミア危機とウクライナ東部のドンバス地方(ドネツィク州とルハンシク州)の武力紛争などの延長線上にあるという視点が重要だと思う。その意味では、前述したウクライナ西部に拠点をもつ極右的傾向の問題も考慮に入れるべきである。早い時期に、直言「「ウクライナ戦争」をめぐる「もう一つの視点」」をアップして、その論点を指摘している。
2022年9月、ロシア産天然ガスを欧州に送るパイプライン「ノルドストリーム」が爆破された。それはバイデン大統領の命令で米海軍の潜水士が実行したと、米国の有名ジャーナリストが2023年2月に公表した。それを直言「「勝利する」と「負けない」の間―ウクライナ侵攻1年とハーバーマス」の冒頭で紹介した。だが、今年になって、それはウクライナによるものであることが明らかになった。実行犯にはドイツの連邦検察庁から逮捕状が出されたが、ポーランドのウクライナ大使館公用車で逃亡した(直言「「クルスクの戦い」81周年のリアル―ゼレンスキーの「一撃講和」戦略?」の付記参照)。
ゼレンスキー「勝利計画」―ドイツ首相はNATO加盟要請を拒否
ゼレンスキーは10月16日の最高会議(国会)で、戦争終結に向けた「勝利計画」(Victory Plan)なるものを発表した。その骨子は5点。①NATO加盟への即時の招待、②越境作戦の継続、ロシア領内への長射程のミサイル等による攻撃の許可、③対ロシア抑止力の強化、④資源の保護・活用、米欧との投資協定の締結、⑤NATOや欧州での戦後のウクライナ軍の運用、である。ゼレンスキーは、「計画をすぐに実行に移せば来年までに戦争を終わらせることも可能だ」と述べた。2025年まで戦争を続ける気でいる。骨子の②は「クルスク侵攻作戦」の継続だが、ほとんど軍事的に失敗しており、長射程のミサイルでロシア領内を攻撃することは米国もNATOも認めない。①については、NATOの ルッテ事務総長は慎重な姿勢を示したという。
停戦しては困る事情
ゼレンスキーは昨年9月29日、全世界の兵器産業225社をキエフ(キーウ)に招いて、「防衛産業連合」の創設を呼びかけた。各国兵器産業の拠点をウクライナ国内に設けて、まさに「地産地消」(兵器を現地で生産して、ロシア軍との戦闘で使う)を行うのだろうか。直言「「ウクライナを世界最大の兵器生産国にする」―戦争を長期化させようとする力とは」をお読みいただきたい。私はゼレンスキーを、俳優時代の代表作『国民の僕』に引っかけて、「軍需産業の「僕」」と呼んでいる。
兵員不足はロシア軍も深刻で、この原稿を書いている時に、北朝鮮軍部隊がウクライナ戦線に投入されているという報道が流れた。前線で兵士が死んでいくのは、どの戦争でも悲惨である(直言「戦で死ぬ兵たちのこと」)。まさに「ウクライナ東部戦線異状あり」である。
それでも、戦争をやめない、やめられない、やめたくない人たちがいることを忘れてはならない。米国の戦争政策に深く関わった2人の女性がいる。その一人、ネオコンの反ロシアの急先鋒、ヴィクトリア・ヌーラント米国務次官(当時)は、ロシアのウクライナ侵攻の前々日、2022年2月22日、次のように語っていた。
「私たちが提供している支援のほとんどは、実際には米国経済と防衛産業基盤に還元され、米国の雇用と経済成長を創出しながら、米国自身の重要な防衛インフラの近代化と拡大を支援しています。実際、最初の支援の750億ドルは、全米の少なくとも40州の高給の雇用を創出し、この次の(ウクライナ向け予算)要求の90%も同じことをするのです」(成澤宗男『米国を戦争に導く二人の魔女』(緑風出版、2024年)340-341頁)と。11月5日、米合衆国大統領に誰がなっても、この事情は基本的に変わらないだろう。
ゼレンスキーが「勝利計画」で、戦争の終結を「2025年」としている背後に、こうした「不都合な真実」が隠されているのではないか。直言「「最悪の平和はどんな戦争よりもましだ」」の末尾で紹介した、亡命ウクライナYouTuberの言葉をかみしめる必要があろう。